「グレーのばか……」
と言って俺を不貞腐れながら涙目で睨むのは言わずと知れた今を時めく人気声優・高多茜
「バカって、始める前に俺が使うデッキの特徴と戦術教えただろ……」
最初にこのデッキに使用しているカードの色と分類について軽く説明をしてから俺達は対戦に臨み、結果は……ご覧の通り。茜の前には横向きになったモンスターカードが五枚と墓場に置かれたカードが数枚。手札はゼロ。対して俺は縦向きのモンスターカードが二枚と墓場にはざっと数えて十枚程度のカードがあり、手札は一枚。互いにコストとして使用したダイスは二つで両方とも5の目。コスト合計は10。まぁ、俺の使ったデッキがそういうデッキだから決着まで短く見積もって8ターン。今回は手を抜いたから10ターン掛かった。それはさておき、涙目で俺を睨む茜をどうしたものか……
「聞いてはいたけど~……むぅ~」
聞いてはいたけど納得がいかない茜は頬を膨らませる。初心者相手にこのデッキを使うのは意地悪が過ぎたか?
「言っとくが、これでも少し手を抜いた方なんだぞ?ちゃんとしてりゃ8ターン……もっと早ければ5ターンくらいで決着がついてたんだからよ」
「ふん!」
「いや、ふんって……」
「だって……想像してたのと違うんだもん……」
えぇ……対戦始める前に説明したやん……
「始める前に説明しただろ……」
俺は対戦が始まる前に黒いスリーブのデッキがどんなものかを懇切丁寧に説明し、茜も分かったって言ってたはずなんだが……
『初心者相手にそんなバーンデッキを使ったきょうが悪いと思うよ~?』
拗ねる茜をどうしたものかと頭を悩ませていたところに今まで黙っていたお袋が口を開いた。すると茜は目にも止まらぬ速さでお袋に詰め寄り……
「そうですよね! 早織さんもそう思いますよね!」
目をカッと見開いて同意を求めた。
『あ、あはは……そ、そうだね……、茜ちゃんはアニメに出てたと言っても実際のプレイは初心者なんだから最初のチュートリアル的なプレイはバーンデッキよりもビートダウンデッキの方がよかったんじゃないかな~とは思うよ?』
同意を求められたお袋は苦笑を浮かべながらも茜の意見に同意。二対一で俺が圧倒的に悪い空気が完成したのだ。
「そうだよ! ビートダウンデッキってのがどういうものか分からないけど! 初心者相手にバーンデッキを使う事なかったんじゃないのかな!」
初心者相手に使うデッキに最適なものなんてねぇよ。あるとすれば構築済みデッキくらいだ
『今回ばかりはきょうが悪いね~。バーンデッキなんて使うから……』
「そうだ!そうだ!」
使ったデッキ一つでここまで言われんのかよ……と何も知らない人間なら理不尽さを感じるところだが、俺は違う。初心者の茜は除くとして、お袋には茜を擁護する理由がある。とは言っても大した理由じゃない。単に俺が中坊の頃、お袋と対戦した時に俺が好んで使っていたデッキが黒いスリーブのデッキ────つまり、バーンデッキだった。対してお袋が使っていたデッキがロックデッキ。ロックっていうのはバンドの方じゃないぞ?施錠の方だぞ。モンスターファイターで言うなら相手の攻撃を封じるのをメインとしたデッキの事だ
「アンタら、バーンデッキ嫌いすぎだろ……」
「『当たり前だよ!』」
お袋と茜はこちらへやって来ると二人して俺の組んだバーンデッキは悪質だと声を揃えて言い放った。
「はぁ……」
憤慨する茜とお袋を前に深い溜息を吐き、対戦開始前に思いを馳せた。
対戦開始前────。俺と茜はテーブルへ着き、互いの場に狩場カードをセットし、各自デッキシャッフルし終えたところまで話は遡る。ちなみに俺が選択した狩場カードは『毒の沼地』で茜は『天使の楽園』だ
「最初の手札は互いに五枚、持ち点は80点。ここまではいいな?」
「うん」
「で、次にデッキから手札となるカードを互いに五枚引く」
「うん」
俺と茜は互いにデッキから手札となるカードを五枚引いた。先攻後攻を決める前に茜がその手札を先に見てしまいそうになり、俺はすかさず止める
「ちょっと待て、先攻後攻も決めてないのに手札を見るのはなしだ」
「え?どうして?」
「モンスターファイターのルールじゃそうだからだ。他のゲームだと先攻後攻を決める前に手札を確認して交換するってルールがあるから全てのカードゲームが絶対そうだとは言わねぇけど、このゲームは最初に手札を見たら絶対に先行を取るってルールがあるんだよ」
この時俺は先に先攻後攻を決めておいた方がよかったかとほんの少し後悔。まぁ、先攻後攻を決めるタイミングなんて手札を引いてからか、手札を引く前かは公式の回答じゃ手札を引いた後で決めるとされてはいるが、友達同士の対戦ならどっちでもいいと俺は思う
「ほえ~、そうなんだ」
「ああ。まぁ、茜の出るイベントじゃ手札を引いてから先攻後攻を決めるのか、引く前に決めるのかは分かんねぇ。俺が言えるのはルールとして最初に手札交換が存在するゲームならともかく、手札交換がないゲームは最初に手札を見ない方がいいとだけ言っとく」
イベント内での対戦だから細かい事は言われないとは思う。だが、教えを乞われた以上、俺の知っている最低限の知識は彼女に詰め込みたいと思う
「わ、分かった!」
「よし。じゃあ、進める」
「うん!」
「手札を五枚引いたところで次は先攻後攻を決める。しかし、茜は初心者だ。今回は俺の先攻で始めさせてもらうぞ?」
「うん」
自分のターン開始を宣言し、カードを引こうとした。が、そこで手が止まる。手札が悪いわけじゃなく、茜に伝え忘れた事があった。
「どうしたの?」
「ゲームに移る前に俺のデッキの特徴と勝ち筋を教えておくのを忘れていた」
「特徴と勝ち筋?どういう事?」
俺が何を言ってるのか分からない茜は首を傾げる。これだけだと意味が分からないのも無理はない
「要するに俺の使うデッキの在り方と勝つ方法だ。今からそれを伝えようと思う」
「う、うん……でもさ、そういうのって普通は対戦が終わった後に言うものなんじゃないの?」
茜の言う事はもっともだ。対戦有きデッキ解説動画なんかだと最初にこういうデッキを作ってきましたとザックリ紹介し、コンセプトや動かし方、勝ち筋は動画の最後に紹介する。俺と茜は対戦動画を撮ってるわけじゃないが、これは言っておかないと茜の性格上、拗ねるだろうから最初に言う
「普通はそうなんだけどよ、茜の場合最初に言っとかないと後で拗ねるような気がしてな」
中学時代に茜とネトゲで遊んだ時は対戦じゃなく、協力してCPUや相手プレイヤーを倒していた。だから勝負に負けたり隠し事をしたら拗ねるんだろうなとは思いもしなかった。彼女と知り合い、神矢想花の一件を経てお袋が別行動を取った時、彼女はお袋の存在を隠そうとする俺を追及してきた。俺の持論だけど、高多茜という人間は親しい間柄にいる人間が隠し事をしたり情報を後出しすると追及するか拗ねるに違いないと思う
「勝負に負けたくらいじゃ拗ねないよ! グレー! 私は子供じゃないんだよ!」
「はいはい。でも、後学のために俺が使うデッキの中身を知っておいて損はないと思うぞ?」
教えながらの対戦だとはいえ、相手が自分から手の内を晒してくれるなんて有り難い機会はそうない。俺的には乗っておくのが得策だと思う
「むぅ~! なんかバカにされた気分……でも、教えてくれるなら聞く……」
剥れながらも俺の提案に乗ってくる辺り彼女は自分にとってこれ以上ないくらいいい案だというのは理解しているようだ
「了解。早速だけど、俺の使うデッキはバーンデッキでほとんどが効果によるダメージを与えるカードと相手の攻撃を凌ぐカードやダメージを軽減させるカードで構築されている」
「ふーん……。ところでバーンデッキって何?」
「バーンデッキってのは簡単に言えばカードの効果によるプレイヤーへの直接ダメージで勝利を目指すデッキの事だ。今はモンスターファイターのみで話すが、俺が使うデッキに入ってるカードは狩場カードを含めて効果ダメージを与えるカードで構築されている。後はさっきも言った通り、相手の攻撃を凌ぐカードとダメージを軽減させるカードも入ってる」
別のゲームだと効果ダメージを与えるカードはジャンルで言うなら補助カードみたいな種類に分類され、モンスターが入る事はあまりない。しかし、このモンスターファイターはモンスター増強カードや狩場カードはあれど多彩な補助はなく、モンスターカード、狩場カード、モンスター増強カードの三種類から成り立っているため、ダメージを与えるカードが狩場カードとモンスターカードになってしまうのは仕方ない
「そうなんだ。でも、私が使うデッキは上手くいけばそれを倒せるんでしょ?」
俺はこの問いに一瞬言葉が詰まった。バーンデッキが最強とまでは言わないけど、茜が使うデッキは言ってしまえば猪突猛進。効果を有するモンスターやモンスター増強カードは入ってるけど、俺の使うデッキを倒せるかと聞かれるとそうじゃない。
「ま、まぁ……茜のデッキが素早ければな」
「どういう事?」
「や、やれば分かるさ……」
「分かった! じゃあ! 早速やってみよう!」
「だな。んじゃ、気を取り直してゲームスタートと行くか」
「うん!」
俺の使うデッキの簡単な説明を終え、ゲーム再開。ドローステップ宣言をし、デッキからカードを一枚引き、続いてコストチャージステップ宣言をし、テーブルの端へ除けておいたダイスを一つケースから取り出し、一の目が茜にも見えるようにして置く。
「さて、どう動いたものか……」
俺の手札はドローしたカードを合わせて六枚。使えるコストは1コスト。悩む素振りを見せたけどやる事は一つだ
「俺は1コストを支払い、『スネーク・スライム』を場に出す」
俺はダイスを対戦の邪魔にならないような場所へ退け、場に『スネーク・スライム』を置く。
スネーク・スライム
コスト1 色・黒
パワー1
効果・場に出た時、相手プレイヤーに1点ダメージを与える
「う、うわぁ……」
場に置かれた『スネーク・スライム』のカードを目にした茜は引きつった顔で俺を見る。名前にスライムと付いていても頭にはスネークが付き、イラストは蛇を模ったスライム。オマケに少しグロいときたもんだ。茜の顔が引きつるのも納得がいく
「で、『スネーク・スライム』が場に出た時、相手に1点ダメージを与える」
「も、物凄く嫌だけど、りょ、了解……」
渋々といった様子でスマホを操作し、80から1を引く茜。そんなに嫌か?
「モンスターファイターは最初のターンに相手プレイヤーを攻撃する事は出来ない。エンドステップに入っていいか?」
「うん。でも、このゲーム初めてやるけど、エンドステップって特にやる事ないでしょ?何で確認するの?」
茜は本当にアニメの上でしかこのゲームを知らないんだな……
「茜が言ってるのはあくまでもカードの効果処理がない場合の話だ。ま、効果処理があってもなくても現実じゃターン開始を含めて各ステップの確認はする。このデッキの場合はエンドステップに俺の場にある狩場カード『毒の沼地』の効果処理があるから確認したんだよ」
「そうなの?」
「ああ。アニメで出てくる狩場カードって攻撃の最中や攻撃を受けた時、モンスターが場に出た時に何等かの効果が発動するものばかりだったと思う。だがな、俺の場にある『毒の沼地』はエンドステップに『スライム』と名の付くカードがあれば相手に1点ダメージを与える効果があるんだよ」
毒の沼地
狩場カード
効果・このカードは自分の場に『スライム』と名の付くカードがあればエンドステップに相手プレイヤーに1点ダメージを与える
「う、嘘でしょ……?ちょ、ちょっと確認していい?」
「ああ。好きなだけ確認しろ」
「う、うん……」
茜は恐る恐る俺の場にある狩場カードを手に取ると目を走らせた
「ほ、本当だ……」
効果を読み終え元の場所にカードを戻すとスマホを操作し、79から1を引く
「信じてもらえて何より。俺はこれでターンエンド」
カードの効果処理が終わりターンエンドの宣言をする俺は茜から見ると悪魔か何かに見えただろう。正直、別のデッキを使えばよかったと後悔してる
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
読み終わったら、ポイントを付けましょう!