「真央の身体を乗っ取っている奴を追い出すのはいい。でも、それをいつやるんだよ?」
お袋の話じゃ真央の身体を乗っ取ってる奴に霊圧をぶつければ出ていくらしく、本当は専門家を呼んで対処した方がいいのではないかと思いながらも時間的な事と場所的な事を考え、承諾。俺が責任を持って彼女を助ける事となったのはいい。問題は時間。それと、建物にいるだろう過激派の人達をどうするかだ
『真央ちゃんの人格と完全に同化しちゃうから早い方に越した事はない。まぁ、きょうの霊圧なら完全に同化した後でも追い出せはするんだけどね~』
俺の母親マジ呑気……。そもそも、幽霊が人格を乗っ取るとか話が徐々にオカルト────いや、ファンタジックな方向に進んでるのは気のせいだろうか?
「完全に同化しても俺なら追い出せちゃうのかよ……」
『うん! きょうの霊圧を充てられた幽霊って日常生活で例えると額に銃口を押し付けられたようなものだからね~。完全に同化したとしても怖くなって逃げだしちゃうよ』
いつの間に俺は凶悪犯になったんだ?お袋の例えをもっと簡単にすると俺がライオンで真央の身体を乗っ取ってる奴はライオンの檻に投げ込まれたエサと言ったところだな
「俺は基本無害な奴なんだけどなぁ……」
『え?きょうって無害だったの?』
何言ってんだ?お前?と言わんばかりの顔で覗き込んでくるお袋。俺って無害だろ?
「え?俺って無害じゃないの?じゃあ何なの?」
『お母さんキラー?』
聞いた俺がバカだった。何だよ?お母さんキラーって……。アレか?母親限定でフラグを立てる奴だとでも言いたいのか?
「俺はお袋にも他の母親にも色目を使った覚えなんてないんだけど?」
『え?いつも何気なくお母さんに愛してるって言ったりしてるのにそれを言うの?』
確かにピンチの時や面倒だと思った時には言ってる。ぶっちゃけ誤魔化しに使っていると言っても過言じゃない。けど、あくまでも息子として母であるお袋を愛していると言っただけでお袋を一人の女性として愛してるとは一言も言ってない
「それはあくまでも息子として母親を愛してるって意味であって一人の女性としてって意味じゃねーぞ?」
『えっ……?』
「えっ……?」
俺がおかしいのか?何でこの母親はキョトンとするんだ?俺がお袋に向ける愛情が家族愛なのは当然の事なのに
『きょうはお母さんの事を女性として見てないの?』
「見てないけど?つか、母親を女性として見るのって幼少期の頃だけだろ」
家庭環境やその子のキャラによるから一概にこうとは言えないという事を念頭に置いて言わせてもらうとだ、男の子が最初に目にするというか、関わる異性というのは母親だ。女性として意識しなくもなく、将来はお母さんと結婚するって言った記憶のある子は多いと思う。女の子なら父親な。幼少期だと恋愛感情とか分からないだろうから結婚の意味が理解できてないのは当然。でだ、以上の事を踏まえて俺がお袋を一人の女性として見ているかと聞かれると答えは否。そんな時期が無きにしも非ずと言ったところなのだが……
『違うよ?他の子はそうかもしれないけどきょうは現在進行形でお母さんを一人の女として見てるでしょ?お母さんはきょうを一人の男として見てるし』
この非常事態とも言える状況でなんて事を暴露してくれたんだ!初耳ならそう思った。しかし、お袋のムスコン発言は今に始まった事ではなく、日常茶飯事なので取り乱したりなんてしない
「はいはい、嬉しい嬉しい。で、話は戻るが真央の身体を乗っ取ってる奴をいつ追い出すかなんだけどよ」
『むぅ~、きょうのいけず……』
「いけずじゃない。愛されるってのは悪い気はしねーけど、今はあの迷惑極まりない男嫌いを叩き出す方が先決だろ?あのままじゃ日常生活はもちろん、仕事する上で悪影響ありまくりだしよ」
今の真央は家に同居しているから日用品や食品などの買い物はほとんど必要なく、蒼はどうか知らんけど、俺はアイツの言う事など戯言の一種として聞き流せる。だって実際戯言だしな。でも、他の人はそうじゃない。ちょっとした事で怒りを顕わにする人はもちろん、仕事の事を考えると確実にヤバい
『確かに真央ちゃんのお仕事を考えるとあのままじゃマズいよね~。アフレコする時は別撮りでうまい事やるとしてもイベントだとそれは使えないし……』
自分の母親が声優という職業に理解があり、ほんの少し嬉しくなる半面、アフレコ時やイベント時の事を考えると頭が痛くなる自分がいた。こればかりはどんな策を練ったところで回避可能なものではない。ま、細かい事を考えると日が暮れるから省くとしてだ、今のままだとマズいのは確かだと言っておこう
「細かい事は気にしないとしてだ、今のままじゃかなりマズい。一刻も早く真央を返してほしいところなんだが……問題はいつ追い出すかだ。それと、追い出した後の処遇だな」
真央の身体を乗っ取ってる奴を追い出せば万事解決じゃない。他の過激派にも操原さん達やこのホテルを訪れる人達に手を出すなと警告しなければならず、事態は俺達だけの問題ではなくなってきている
『きょう、真央ちゃんから過激派の人を追い出す前にあの建物に行って穏健派の人達に過激派の人達を抑制して~ってお願いした方がいいんじゃない?』
「穏健派の人達にお願いってのは悪くねぇけどよ、その……なんだ?抑制しきれるのか?」
穏健派の人数がどれだけいるか、力がどれだけあるかは分からない。穏健派の人達が過激派よりも人数が少なく、力が弱かったらと考えると手放しには信用できないのだ
『その辺は大丈夫だよ~。穏健派のリーダーはお母さんのよく知る人だし、力も強い! それに、きょうの頼みなら絶対に断らないから!』
最初の二つはいいとして、最後! 俺の頼みなら断らないってどういう意味だ?
「最初の二つはスルーするとして、最後のはどういう意味だ?何?穏健派のリーダーって俺の知り合いか何かか?」
『ううん、あっちが一方的に知ってるだけ~』
何それ?スッゲー気になる
「何だそれ?」
『行けば分かるよ』
こうなったお袋からどんな聞き方をしても無駄だと思った俺はとりあえず海を後にし、廃墟を目指した
炎天下の下、徒歩で海から山を目指すとなると結構な距離があるわけで、今の俺は────
「あ、あぢぃ……」
汗だくになりながら山を目指していた。
『海からだと結構な距離あるもんね~、きょうの気持ち解るよ~』
隣にいるお袋が涼し気な顔で言う。彼女が汗一つ掻いてない理由は……語るまい。語ると俺は元来た道を引き返したくなり、真央を乗っ取っている奴を追い出して満足してしまう。何で車の運転が出来るだろう奴を連れてこなかったか?って?俺一人の問題ではないが、加賀あるいは東城先生を連れて来ようものなら他の奴に事態がバレてしまう。東城先生の場合は零達も付いて来そうだしな
「額に汗一つない人に共感されても全く嬉しくない。それより、まだ着かねぇのかよ……」
頂上から見た感じだと近いように見えた。そう見えたのは山だって事と距離感が曖昧だったからで実際の距離はかなり遠い。悲しいかな山の高さ
『まだなんじゃないかな~?』
「ですよねー」
理不尽なのは理解している。それでも言わせてほしい。お袋に聞いた俺がバカだったと
『とにかく、あそこに行かなきゃ何も始まらないから頑張れ~』
「はぁ……分かってるよ」
お袋の言うようにあの建物に行かなきゃ何も始まらない。始まらないどころか解決すらしない。全く、面倒な事になったもんだ。と思っていたその時だった
じりりりりん! じりりりりん!
不意に俺のスマホに着信が。確認してみると画面に『東城先生』と表示があった
「藍ちゃん?何の用だ?」
用があるから電話してきたのは確かだ。その用事というのが何なのか心当たりは全くなく、だからと言って出ないわけにもいかず、俺は面倒だと思いながら電話を取った
『恭ちゃん?今どこにいるの?』
電話に出ると不安に満ちた声の東城先生が。何かあったのか?
「今?今は真央と行った山に向かってる途中の道だけど?どうかしたのか?」
『どうかしたのかじゃないよ! 真央ちゃんが大変なんだよ!』
「大変?」
『今、真央ちゃんが事務所の先輩と喧嘩してるの!』
その言葉を聞いた瞬間、俺はいろんな意味で頭の中が真っ白になった
「喧嘩してるって……何でそうなったんだよ?」
零達の誰かと喧嘩しているのなら解かる。あんな感じなら男じゃなくてもカチンとくるだろうし、零のような猪突猛進タイプとぶつからないわけがない
『じ、実は────』
東城先生曰く、真央が体調を崩している事を茜が同期に言ったらしく、話を聞いた同期が何人かでお見舞いに行くと言い出した。そこには先輩も交じっており、男女比で言ったら半々の人数で俺の部屋を訪れた。そこまではよかったのだが、男が混じっていた事が気に入らなかったようで俺と同じ感じで接し、先輩の一人を怒らせて喧嘩に発展。人の部屋で何をしてんだ?
「話は分かった。とは言ったものの、今の俺にはやる事があってすぐには戻れねーぞ?」
真央の事というか、部屋が無事なのかが非常に気になるところなのだが、俺は俺でやる事があるってのと結構歩き、かなり山へ近づいている。今からホテルに引き返したとしても相当時間が掛かり、着いて喧嘩が終わってましたじゃ今までの苦労が水の泡だ
『何で?』
電話口の向こうで怒気を孕んだ男性の声と凛とした真央の声が聞こえる。何て言っているのか詳細な内容までは分からないけど、状況はあまりよろしくない模様。
「何でって言われても……。やる事があるからとしか……」
真央がおかしくなった原因を話す事が出来ず、突然の電話だったから誤魔化す事も出来ない。説教は後で受ける事にして電話を切ろうとした
『じゃあ、車借りて恭ちゃんのいる場所まで行くから待ってて。詳しい話は合流してから聞くから』
それだけ言って東城先生に電話を切られてしまい、聞こえてくるのは無機質な音だけ
「マジかよ……」
通話を終了させ、スマホをポケットにしまうと俺は一言そう空に向かって呟いた。零達には絶対に知られちゃならないはずだったのになぁ……
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
読み終わったら、ポイントを付けましょう!