自分が寝泊まりしている部屋に戻るためエレベーターに向かって歩いてる最中、それは起こった
「ちょっと、仮にも私は病人よ?もっと丁重に運べないのかしら?」
このお嬢様を匂わすような物言いをしているのは真央。俺の記憶が正しければ彼女の一人称は拙者で高確率で語尾にござるを付けていたはず……。
「拙者とござるはどうしたんだよ?」
「うるさいわね。それより、さっきの話を聞いてなかったのかしら?私は病人なのだから丁重に運びなさいと言ったはずよ?貴方、耳悪いの?」
丁重に運べと言われても徒歩である以上、多少の揺れは多めに見てほしい。それよりも俺が内心ビックリしているのは一人称と口調の急激な変化だ。真央は体調が悪くなったり酒に酔ったりすると上から目線で物を言う性格に変化するとでも言うのか?
「耳は悪くない。丁重に運べと言うけどな、こっちは徒歩なんだから多少揺れんのは勘弁してくれよ。これでも気ぃ使って歩いてんだからよ」
「気を使っているのなら車椅子の一つでも借りればよかったでしょ?そんな当たり前の気遣いも出来ないのかしら?それとも、貴方の頭じゃその結論に至らなかったの?」
ござるに拙者。この二つだけでもラノベから出てきたのかお前ってくらい濃いキャラなのに人格が変わるとか勘弁してくれよ……
「気分が悪いってだけで車椅子を借りれとか大袈裟にも程があるだろ」
真央と知り合ってから日はまだ浅く、知らない事が多い。今は体調不良もあってか精神が不安定なのだろう
「この灰賀真央に口答え?いい度胸してるわね」
灰賀真央?俺の聞き間違いじゃなければ確かにそう言ったよな?彼女の苗字は盃屋だったはずだぞ?
「口答えじゃないっつーの。つか、灰賀真央って何?」
「何って私の名前よ?もう呆けたの?」
失礼な奴だな、俺はまだ呆けてはいない。いきなり同居人の女が自分と同じ姓を名乗ったらビックリするだろ?元から同姓だったら珍しい事もあるんだな程度で済ませるものの、真央の姓は盃屋で灰賀じゃない
「呆けてねーから。真央の苗字は盃屋であって灰賀じゃないだろ?」
「は?貴方の方こそ私の苗字を覚えてないのではなくて?私の苗字は灰賀よ」
いきなり喋り方が変わったと思えば今度は自分の苗字は灰賀だと言い出す始末。何がどうなっている?
「灰賀は俺の苗字だよ。アンタは盃屋だ」
「うるさい男ね。というか、さっきから気になっていたのだけどいいかしら?」
「何だよ?」
「どうして私は貴方のような気持ちの悪い男に背負われているのかしら?」
気持ちの悪い男とは失礼な奴だな
「お前が頂上で体調を崩したからだよ。とても歩けそうになかったんでな、俺が背負って運ぶ事にしたんだ」
「そう。なら下して頂戴。私はもう大丈夫だから」
「大丈夫って……ここへ着いた時はまだ具合が悪いから部屋まで運べって言ってただろ?」
「私が大丈夫だって言ったら大丈夫なの。それよりも早く下して。私は男が大嫌いなの、一分一秒でも触れていたくないのよ」
「はいはい」
内心戸惑いつつも俺は真央の言う通りに。男嫌い?真央と話す機会は少なかったが、頂上へ向かう途中のバスではそんな事言ってなかったぞ?
「ふぅ、やっと解放されたわ。それにしても、このお洋服はもう着られないわね……結構気に入ってたのだけれど……」
俺の背中から降りると彼女は汚いものを触ったとでも言いたげに自分の腕をほろい、ポケットに入ってたハンカチで手を入念に拭っていた。
「おいこら、それじゃ俺が汚いみたいだろ?」
「汚いでしょ?貴方も他の男も」
常人なら喧嘩になりそうな一言だ
「お前は中学生かよ……」
「は?私が中学生?馬鹿な事言わないで。これでも成人し、仕事も持ってる立派な社会人よ?それに、男はみんな私よりも劣った存在じゃない」
何がどうなっているのかは後々考えるとしてだ……、せ、性格わりぃ……
「はいはい、そうですね。劣ってますね。んじゃ、そんな劣った存在とは一緒にいたくないですよね?」
本来なら病人相手に煽るような事は言わないし我慢の限界が来たというわけでもない。一人称、口調が変化した以上に不可解な点があり、あえて煽ったのだ
「そうね。私よりも劣った存在とは一緒にいたくないわね」
「それじゃあここからは別行動って事でいいか?」
「ええ、構わないわ」
「んじゃ、そういう事で」
俺は真央を残し、歩き出した。その時─────
「待ちなさい」
背後から俺を引き留める真央の声が
「何だよ?自分より劣る存在の男である俺とは一緒にいたくないんだろ?なのに何で引き留めるんだ?」
「私を置いてどこかに行こうとしてるからに決まってるじゃない」
さっきは一分一秒でも一緒にいたくないって言っておきながら離れようとした途端に引き留める。明らかに矛盾してんぞ
「どこかって俺は部屋に戻るだけだ。別に真央を置いてどこかに行こうとしているわけじゃない」
俺はただ自分の部屋に戻るだけ。どう解釈したらどこかへ行こうとしていると捉えられるんだ?
「そう。それなら私を貴方の部屋とやらに案内しなさい。これはお願いではなく命令よ」
一分一秒でも一緒にいたくなかったんじゃないのかよ?
「一分一秒でも一緒にいたくないはどこ行ったんだよ?」
「うるさいわね、知らない場所なんだから仕方ないでしょ」
知らない場所……だと?そんなバカな……。ここへ来てから軽く四日は経ってるんだぞ?知らない場所ってのはおかしいだろ
「ここに宿泊してから軽く四日は経ってんだぞ?なのに知らないって事はないだろ?」
「黙りなさい愚民。今まで寝てたんだから仕方ないでしょ?雰囲気で何となくここがホテルだっていう事は理解したけれど私は貴方なんて知らないわ。分かるのは自分の年齢と職業くらいよ」
本格的に頭が痛くなってきた……。言動といい、俺の名前を知らない事といい、何がどうなってんだよ?何はともあれ、まずは職業のからだ
「ほう、なら自分の職業を言ってみろよ。言ってる事が本当なら当てられるよな?」
「当たり前じゃない。私の職業は声優よ」
あ、当たってやがる……。
「せ、正解だ……」
自分の職業を言い当てる真央に俺は苦々しく正解を言い渡す
「当然よ。さぁ、早く貴方の部屋に案内しなさい。私の時間を無駄にしないで」
「わ、分かったよ」
俺は変貌を遂げた真央と共にエレベーターに乗り込むと自分の部屋がある階のボタンを押した。エレベーターへ乗る際、彼女からは自分の半径1m以内に近づくなと釘を刺された
エレベーターが九階に着き、俺達は無言で降り、そのまま部屋へ向かい、あっという間に部屋の前に到着。俺にとってここからが正念場だ
「どうしたのかしら?部屋に着いたのなら早くドアを開けてくれないかしら?」
部屋にいるであろう零達にどう説明したものかと考えていると後ろから真央の急かす声。中にいる連中も時と場合によっては面倒で背後にいる真央も現状では面倒。今の俺は面倒と面倒に挟まれ、これから苦労する予感しかしない
「うっせ。中にいる連中にお前の事をどう説明しようか考える時間くらい寄越せよ」
今まで自らを拙者と言い、語尾にござるを付けていた女が戻ってきたら一人称が私で口調がどこぞのお嬢様になりましただなんてどう説明しろっつーんだよ?作家でも声優でも誰でもいい、語彙力と文才がある奴がいたら教えてくれよ……
「本当に愚図ね。ありのままを言えばいいじゃない」
ありのままを言ったら大変な事になるから困ってるんだっつーの!
「それが言えたら苦労はしないんだよ……」
「それは貴方が人にものを伝える能力がないからでしょ?余程の馬鹿ではない限り話せば解かってくれるものよ?」
この女ぁ~! 言わせておけばいい気になりやがって……! キレていい?ねぇ?キレていい?
「世の中話して簡単に納得してくれる奴ばかりじゃない。真央の場合はあまりにも変化が激しいんだよ」
「そうかしら?それと、気安く真央って呼ばないで。真央様と呼びなさい」
マジめんどくせぇ……
「はいはい、真央様」
もういっその事この場から逃げ出してしまおうと邪な考えが俺の頭を過った時だった
「何してんのよ?恭」
ドアが開き、零が出てきた
「零……零ぃぃぃぃぃ!」
零の顔を見て緊張の糸が切れたのか俺は彼女に思い切り抱き着いた
「ちょ、ちょっと、きょ、恭!? い、いきなりそんな……」
抱き着かれた零が戸惑いの声を上げるが気にしない。普段の俺なら異性に抱き着くだなんて真似絶対にしないのだが、豹変した真央の相手をしていて疲労が溜まっていたらしい。だからなのか、零が天使に見えるのは
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