もっと早く気付くべきだった……なんて後悔を今したところで後の祭り。
「う、うるせぇ……」
零達を甘やかした日から一夜が過ぎ、月曜日。学年の登校日。現在は授業中。何が言いたいのかと言うと……
「アイツ等……今は授業中だぞ……」
先ほどからスマホの振動が途絶えない。その原因が零達。主に零、闇華、琴音である。しかも、東城先生が担当する国語の授業中に送られてくるってんだから目も当てられない
「はぁ……」
溜息を吐くと幸せが逃げると言うが、俺は現在進行形で幸せを逃がしている。普通のメッセージで休み時間だったら可愛げもあったさ。そんな生易しいものじゃないから困っている。何しろ……
「またかよ……」
十分……いや、五分おきくらいのペースでメッセージが送られてくる。内容はと言うと
『恭、今何をしているのかしら?』
とか
『恭君! 他の女に目移りしちゃ嫌ですよ?』
とか
『恭くん! 私と藍ちゃん以外の成人女性の相手をしちゃ……嫌だよ?』
とか。なんだ?このバカップルとヤンデレを彷彿とさせる内容のメッセージは……。しかも、行動は完全にヤンデレかメンヘラ女のそれ。マジで何がどうなってるんだ?アレか?霊的なものの仕業とかか?
「何でこうなったのやら……」
甘やかしたのは俺がそうしたいと思った上での事だからいい。メッセージのやり取りも俺が承諾した事だからいい。問題なのはそれが送られてくる量だ。さっきから俺のスマホは鳴りっぱなしで留まる事を知らない
「恭、授業中にスマホ弄らないで」
スマホから声のした方へ視線を移すと東城先生が俺の前に立っていた。口調は普段通りだったものの、目に光はない
「す、すみません……、電源切っときます……」
「うん、そうして。私の授業中にスマホ弄られるの嫌だから」
東城先生?その言い方だと他の授業では弄っていいと言ってるように聞こえますよ?
「すみませんでした……」
他の生徒の笑い声と『灰賀、何やってるんだよ……』という瀧口の声が聞こえ、軽いノリで約束なんてするものじゃないなと俺は本気で後悔する
「分かればいい。次やったら恭だけ私と二人きりで補修授業だから」
「き、肝に銘じておきます……」
「うん。私としては恭と二人きりの空間で補習授業したいからバンバンスマホ弄っててほしいけど、他の生徒に示しがつかないから注意だけしておく」
さっきは笑い声だったが、今度は『灰賀、うらやましいぞぉ~!』という活発派男子の声と『灰賀君やるぅ~!』という活発派女子の声が教室内に響く。補習授業を言い渡されて羨ましいと感じるな。
「はい……」
東城先生は俺に一言『零達ばかりじゃなくて私にも構って』と耳打ちし、戻って行った。
「恭クン……」
東城先生が戻り一段落……とはいかず、今度は隣の席にいる飛鳥が東城先生と同じ目をしながら声を掛けてきた
「な、何でございましょう……?」
授業の妨げにならないよう、声のトーンを落とし、先ほどのように注意を受けないよう、顔だけは前を向きつつ、返事を返す
「この学校には東城先生だけじゃなくて私もいるって忘れてないかな?」
「そんな事はない」
「そう?恭クンの事ずっと見てたけどさ、随分と楽しそうにスマホ見てたよね?零ちゃんからのメッセージがそんなに嬉しかったの?」
「違うっつーの……全く……」
「どうだか。授業中にも関わらずスマホを見るって事はそういう事でしょ?」
分刻みでメッセージを送ってくる連中とのやり取りのどこが楽しいのか俺は知りたいぞ、飛鳥……そもそもが何で飛鳥と東城先生が零達とメッセでやり取りしてるのを知ってるかと言うとだ、答えは簡単。甘やかした日の夜に零が俺とメッセでやり取りをする約束を取り付けたと自慢し、他の連中がそれに対抗した。それだけだ
「五分おきにスマホが鳴って大変なんだぞ?いくら約束したとはいえ、分刻みでメッセ来るだなんて聞いてねぇよ……」
てっきり休み時間にちょっとやり取りするだけだと思っていた。そんな程度ならと思って約束をした。実際蓋開けてみたらどうだ?五分おき?マジで勘弁してくれよ……
「大変そうだね」
「大変だよ。実際な」
こんな事ならグループ作っとくんだったと後悔するも時すでに遅し。甘やかした日の夜に作っておくんだった……
スマホを弄り過ぎて東城先生から注意を受けた挙句、隣の飛鳥に勘違いされそうになるハプニングがあったものの、何とか国語の授業を乗り切り、机に突っ伏しながら自身の教室へ帰る連中を眺める。
「連中はきっと平和な日常を送っているんだろうなぁ」
我ながら僻みにも近い呟きだとそう思う。人それぞれで生活環境が違うというのに僻んでも仕方ないのは分かっている。だが……
「言いたくなっちゃうんだよなぁ……」
人間って不思議なもので言っても仕方ない事は言いたくなる。逆に肝心な事に限って隠したくなる。俺限定かもしれんけど
「恭クン……」
アホな思考に陥ってるところで上から飛鳥の声がした
「何だよ?」
顔を上げ、飛鳥の方を見ると……
「次の授業は一緒の教室じゃないからメッセ送るけど……」
目が据わっていた
「ああ」
「ちゃんと返事返してね?」
据わった目をしている飛鳥に逆らえるわけもなく、俺は
「ああ、分かってる」
と返した。
「ふふっ、約束だよ?」
「あ、ああ、約束だ」
「恭クン、約束、守ってね?」
約束とは言ったが、俺も飛鳥も授業がある。絶対に果たせるものではない
「ぜ、善処する」
絶対に守るとも無理だとも言えずなぁなぁな返事を返す。この答えならば守れたら守れたでラッキー。守れなかったとしても授業を言い訳に逃げられる。そう考えていた
「ダメ! 絶対に守って!」
飛鳥は目をカッと見開き、冷たいトーンで言った
「お、俺も飛鳥も授業がある。絶対にメッセを送れるという保証はないぞ?」
授業中にスマホを弄るのもそうだが、肝心なのはそのスマホのバッテリーだ。零、闇華、琴音からメッセからのメッセを絶えず受信し、バッテリーを消費している。そう言った意味でも約束を守れるか?と聞かれれば答えは努力はする。だが、バッテリーが切れる可能性があるから守り切れる保証はないだ
「ふぅ~ん、恭クンは私よりも零ちゃんや闇華ちゃん、琴音さんの方が大事なんだ?」
飛鳥が何を言っているか理解出来ない……コイツは人を天秤にかける奴だったか?何かがおかしい
「いや、そんな事言ってないだろ?ただ、授業中だしバッテリーの関係もあるから絶対に出来るって保証はないって言ってるだけだ」
よくよく考えたら現段階で俺の部屋に住んでるのは零、闇華、琴音、東城先生、飛鳥、双子の合計七人でうち五人とメッセのやり取りを約束している。さっきの授業では零、闇華、琴音の三人がメッセを連続で送ってきている。それを考えるとバッテリー残量が心もとない
「あ、そう。もういいよ」
「あ、おい────」
「じゃあね」
取り付く島もなく飛鳥はツカツカと歩いて教室を出て行ってしまった。
「何がどうなってんだよ……」
今日の飛鳥はどこか変だ。飛鳥だけじゃない、零達もだ。普段なら鬼のようにメッセを送ってくるような連中じゃないし、飛鳥に至っては人を天秤にかける奴じゃなかったはずだ。これじゃまるで……
「構って欲しいと騒ぐ子供じゃないか」
構って欲しいと騒ぐ子供の方がまだ幾分かマシに思える。
零達が変わった原因について考えるも答えは出ず、気が付けば次の授業始業チャイムが鳴り、教師が入って来る。それから俺は授業を受けるも内容が頭に入ってこず、授業中はずっと飛鳥とメッセでやり取りをしていて気が付けば授業が終わっていた
「ヤバ……、残り10パー……」
授業中にずっとスマホを弄っていたせいでバッテリー残量が残り10%になっていた。その通知がたった今、来た
「ヤベェな……」
スマホが使えないとなると飛鳥だけじゃなく、零達にもメッセが返せない。返せないんだが……
「バッテリー切れててくれた方が返信出来なかった言い訳をする時に楽だからいいか」
俺はバッテリーが切れかかっているスマホをポケットにしまい、机に突っ伏そうとした
「恭、ちょっと来て」
「え、ちょ、ちょっと……」
そんな俺の元へ東城先生がやって来てあっという間に教室から連れ出された俺は別室へ。そこには飛鳥もいた
「えっと……何のご用でしょうか?」
今日の零達はいつもと違う。だとしたら当然、東城先生だっていつもと違うと考えるのは俺にとって普通だ
「用があるから連れてきたんだよ。その前にちょっと待ってて」
そう言うと東城先生は入口の方へ行き、ドアに鍵を掛けた。状況的にはこれで俺は何かあったとしても助けを呼べなくなった
「鍵を掛ける必要なんてあるのでしょうか?」
生徒を指導するだけなら鍵を掛ける必要なんてどこにもない。
「恭ちゃんが逃げ出せないようにと他の生徒や先生が入って来れなくするため。今の恭ちゃんは私と飛鳥だけのものだから」
「そうだよ、恭クン。東城先生の言う通りだよ」
東城先生と飛鳥は何を言っている?っていうか、こんな強引だったか?
「何を言っているのか理解出来ません。どうして俺が二人のものって事になるんですか?」
理解出来ないのは言ってる事だけじゃない。飛鳥に関してだけ言えば零達と自分を天秤にかけるような発言をしている。普段の飛鳥ならそんな事言わない
「理解出来なくてもいいよ。身体に覚えさせるから」
「だね。零ちゃん達だけ大事にして私達を蔑ろにする恭クンには身体で覚えてもらうしかないね」
光のない目で俺を捉えた二人はゆっくりと上着を脱ぎだした
「何を言ってるんだ?二人共変だぞ?」
上着を脱いだのは体温調節のためと言い訳が立つ。言ってる内容は全く持って理解出来ないけどな
「何って私は当たり前の事しか言ってないよ?今の恭ちゃんは私達のもの……誰にも渡さない」
「恭クン、零ちゃん達ばかり気にして私達の事はノータッチ……それってズルいと思わない?それとも、キミは私達よりも零ちゃん達の方が好きだって言うの?」
マジで頭が痛い……飛鳥達の言ってる事が全く持って理解出来ない
「零達も飛鳥達も俺は平等に好きだぞ?」
彼女達が何を言ってるのか理解不能だ。ハッキリ言って綺麗事を並べたところで通用しない。ならばと思い俺は本音で話をする事にした。もちろん、今の言葉に嘘偽りはない
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