スクーリング二日目。固い地面で目覚めたせいか爽やかとは程遠い朝を迎えていた。というのも、零、闇華、由香が俺のベッドを占領しているせいだ。昨日管理人室で飛鳥と琴音が語った事は掻い摘んで話そうと思う。その前にまず俺がする事は着替え。昨日の恰好のまま寝たからさすがにあちこち痛い。特に腰回り。それと……
「すぅ……すぅ……きょう……クン……」
俺の隣で寝ている内田飛鳥を起す事だ。ついでに瀧口と女性陣────零、闇華、由香、北郷、求道も起こすとしよう。はぁ……
「朝だぞ、起きろ飛鳥」
「ん~……」
上半身を少し起した俺は飛鳥の身体を揺すってみた。しかし、彼女は幸せそうな笑みを浮かべ、俺の手を振り払う。どんな夢を見ているのやら……
「起きないと朝飯食い損ねるぞ?」
「や~……たべたくない……」
今度は嫌そうな顔で手を振り払われた。寝起きだからか言動が子供っぽいというか、幼く見える。俺もその気持ちは解かる。昨日のカレーがレトルト食品で朝飯もレトルト食品。栄養が偏るのはもちろん、朝から味の濃いものなど食べたいとは思わない
「食べたくないのは同意だ。だがな、食わなきゃ一日持たないぞ?」
「や~! あすか、レトルト食品じゃなくてちゃんとしたごはんたべたい!」
完全に駄々っ子だ。キャンプでもないのにレトルト食品はねぇよなと思いながら天を仰ぐ。飛鳥はこんなに寝起きが悪かったか?と聞かれると答えは否。普段は俺よりも早起きだ。ではこうなった理由はどこにある?それは昨日の夜、管理人室に行った時の話をしなければならない
「はぁ……昨日はあんなに大人っぽかったのに……」
俺の脳裏に妖艶な笑みを浮かべる飛鳥の顔が過る。昨日の事を思い出すとそれだけで疲れそうだが、思い出さないと話が前に進まない。掻い摘んで話すと飛鳥は俺が仮病を使ってたのを知っていた。何で知ってたかは紗李さんに幽体離脱して出歩いてるところを見られたかららしい。カレーがレトルト食品って事やそのカレーに睡眠薬が入ってたのは知らなかったのは不幸中の幸い。で、俺が単独で幽体離脱して館内をうろついてるのを飛鳥に報告。俺の仮病がバレたようだ
「きのうはきのう~、いまのあすかはとってもねむいの~」
眠いの~と言われても困る。飯の時間だってあるだろうに……。俺は朝食わないからいいんだけど
「俺はともかく、飛鳥は朝飯食べる派だろ?」
「いつもはたべるけど、きょうはたべない」
「それは奇遇だ。俺も今日に限っては朝飯を食いたい気分じゃない」
普段なら朝飯はしっかり食べる。というか、食いたくなくても同居人の誰かに叩き起こされ、目が覚めたら朝飯が用意されてるから食わざる得ないんだけどな! 今日はうるさい同居人が……いないわけでもない。ただ、生活習慣にうるさい同居人二人がこの場にいないだけで。瀧口達の事は知らん! 奴らの生活習慣なんて俺の知った事ではない
「じゃあ、このままもう少し寝てよーよ」
そう言って飛鳥はこちらを向き、微笑んだ
「だな」
飛鳥の甘い誘惑に勝てず、俺は再び横になるとそのまま目を閉じた。今日の昼に誰がいなくなろうと風邪引いた状態で幽体離脱したらどうなるとか知るか。しおりにはレク関係の予定なんて一切書かれてなかった。書いてあったとしても朝食・昼食・夕食の時間のみ。人がいなくなる方は居場所以外の事は知ってるから慌てる必要はない。居場所は聞いても教えてくれなかったから知らん。他の連中だってまだ寝てるんだ。俺だって寝てもいいだろ
────────きて!
───────いがくん! 起きて!
────灰賀君! 起きて!
俺を呼ぶ声がする……あれから何時間経ったんだ?
灰賀君! 起きて! 大変なんだ!
誰かが俺の身体を揺すってる……うるせぇなぁ……もう少し寝かせろよ……
起きろ! 灰賀!!
はいはい、今起きますよ。ったく、怒鳴らなくたっていいだろ?
「やっと起きた! 灰賀君! 大変なんだ!」
目覚めると目の前にはひどく慌てた瀧口の顔があった。男の顔のアップなんて嬉しくねぇぞ。
「ふぁ~、大変って何が?つか、顔が近い」
「それは済まなかった。それより! 管理人の井門さんがいなくなったんだ!」
「そうか。管理人の井門さんがいなくなったか……ちなみに、井門さんの下の名前は?」
「利根子さんらしい。って! 今はそれどころじゃないんだ! 管理人の井門さんが忽然と姿を消してみんな大慌てなんだ! すぐ来てくれ!」
一人でノリツッコミをする瀧口に吹き出しそうになったが、そこをグッと堪え、瀧口を引きはがす。井門利根子って……渡井琴音の配置を変えただけで何の捻りもねぇぞ?だって井門って苗字は渡井を逆にしただけ、利根子って名前は琴音の文字列を入れ替えただけ。安直にも程がある
「すぐ来いって……そんな慌てるような事でもないだろ?管理人は二日目の昼に死亡────姿を消すのなんて昨日の内に知らせてあったんだしよ」
昨日の夜に一人、今日の昼に管理人ともう二人いなくなる。ゲームじゃ初日の零時にゲーム関係の仕事をしているって男が死亡、昼飯前に管理人の遺体が発見され、その後にライターの女、そのまた後にテレビ関係の仕事をしている男が遺体となって発見されるという展開だ。これの通りになるとしたらだ、琴音がいなくなった理由は納得がいく。琴音が姿を消した今、残るは二人。女一人に男一人。だが、今回のスクーリングじゃ教師の男女比はどう見ても女の方が多い。そこはどうでもいいんだけどな
「そ、それはそうだけど……」
「だったらいいだろ?塚尼先生の時もそうだが、今回の事だって東城先生を始めとした教師陣は何も言ってないんだろ?」
最初に塚尼先生が姿を眩ませた時、教師陣は特に何も言わなかった。多分、教師だけを集めて話し合う事すらしてないと見てまず間違いはない。
「あ、ああ……」
「それなら慌てなくてもいいんじゃないのか?それより、他の連中はどうした?」
「他の子達ならみんな談話室に集まっているよ。先の事を知ってても不安だったみたいで星野川高校の生徒達も灰賀女学院の生徒達もロクに寝てなかったみたいで今は仮眠中だよ」
仮眠なら個々の部屋で摂ればいいものの……何で一か所に集まって寝るかねぇ……
「一人部屋に泊まってるわけじゃねぇのに何で一か所に集まってんだよ……」
呆れるというか、気持ちは解からなくもないが、一か所に集まって寝るとかミステリーゲーじゃバッドエンド一直線の行動なんですけど……
「仕方ないだろ?みんな一か所に集まれば犯人を返り討ちにできるって言って聞かなかったんだよ。一応、説得はしたけどね」
疲れた顔で言う瀧口。これは言うならば教師からの挑戦状だから生徒が狙われる事はないんだが……
「この騒ぎを起こした犯人が生徒を狙うなんて事はないんだがなぁ……」
俺は両校の生徒の行動に眉間へ手をやり、溜息を吐いた。
「本当にそう言い切れるのかい?」
疲れた顔をしていた瀧口の表情が真面目なものへ変わる。今更何を疑ってるんだ?
「どういう意味だ?」
「塚尼先生と井門さんを連れ去った犯人が狙うのは先生達だけだって言い切れるのかい?僕達生徒全員これから何が起こるのかは知っている。だけど、僕達はこれから起こる事しか聞いてない」
「そこしか話してないからな」
俺は昨日、瀧口を含めた星野川高校、灰賀女学院両校の生徒にこれから起こる事は話した。だが、犯人の正体や使ったトリックや動機は話してない。話したのはこれから起こるイベントだけだ。言い換えるのなら彼らにゲームのパッケージは見せたがプレイはさせてないのだ
「だったら犯人が生徒を狙わない保証はないだろ?」
瀧口が俺の胸倉を掴んできた。彼の顔には焦りの色が浮かび、掴んでいる手は微かに震える。口に出さずとも焦っているのは解かる。しかし、なぜ焦る?どこに焦る必要がある?これは教師から生徒達への挑戦だ。協力して謎を解き、いなくなった人達を見つけろっていうな。だから姿を消すのは教師と管理人の琴音だけで生徒へ手を出す事は間違ってもしないはずだぞ?
「それがあるって言ったらどうする?」
「はい?」
「これを見てくれ」
瀧口は胸倉から手を離し、二つ折りにされた一枚の黒い紙を取り出し、渡してきた。俺は何だこの紙?と思いながら渡された紙を開く。するとそこには……
『次のターゲットは灰賀恭だ』
と赤字で書かれていた。
「マジかよ……」
予告を見た俺は内心、琴音のヤツ何考えてんだ?と毒づいた。狙うのは教師だけじゃなかったのかよ……
「マジだよ。次のターゲットは灰賀君、君だ」
「はぁ……勘弁してくれよ……」
これじゃ瀧口が焦るのも何となく解かる。俺も少しビビった。だって殺される役────このスクーリングじゃ姿を消す役は教師のみだと思ってたのに次のターゲットに選ばれたのは俺。何がどうしてこうなる?
「これにはさすがの先生達も焦ったみたいで今食堂で緊急会議をしてる。スクーリングが中止になる事はないと思うけどね」
なるほど、これは教師陣にとっても想定外だったって事か……
「なるほどな……。ところでこれをどこで?」
「管理人室だよ。お昼ご飯の時間になって食堂に行ったら用意されているはずの昼食がなかったんだ。それで星野川高校からは僕が、灰賀女学院からは零さんが代表して管理人室へ様子を見に行ったんだけど……」
「管理人室はもぬけの殻で代わりにこの紙があったと」
「ああ。管理人室にあるリビングのテーブルに置いてあったよ。とは言っても零さんに電気を点けるよう言われてなかったら気付かなかったけどね」
瀧口と零が管理人室に行ったという事は、室内の説明をする必要はないだろう。この部屋や他の部屋とは違い、あそこだけ明るいのも知ってるだろうしな
「事情は分かったが……いまいちピンと来ねぇ……。俺が連れ去られるねぇ……」
「僕だって信じたくはないさ。でも、事実手紙には次に狙うのは灰賀君だって書いてあるだろ?」
「そうなんだが……まずは状況整理から始めるか」
めんどくせぇと思いながら身体を起した俺は状況整理の為、着替えもせず瀧口と共に部屋を出た。本当は着替えたかったのだが、状況が状況だ。そんな流暢な事を言っている暇なんてないのは一目瞭然だった
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