今まで生きてきて異性に押し倒された経験を皆さんはお持ちだろうか?俺はあるにはあるけど、それは酔っぱらった勢いでそうなってしまったといった感じの偶発的なものが多かった。その押し倒してきた相手はまたの機会に語るとしよう。
「冷静な人間はいきなり異性をベッドに追い詰めたり押し倒したりしないぞ?」
冷静に俺を押し倒している。琴音はそう言ったけど、冷静な人間は人をベッドに追い詰め、押し倒したりしない。まして彼女はシラフだ
「そうかもね。でも、私はこれ以上ないってくらい冷静だよ。冷静に恭くんを押し倒しているし冷静に恭くんを襲いたいと思っている」
さっきから自分は冷静だと言ってるけどよ、やってる事はそうじゃないぞ?むしろ正常な判断力が欠如しているのではないかと疑わしい
「冷静な人間は人を襲いたいって言わないぞ?」
確かに琴音は今まで俺を押し倒してきた人間の中で比較的冷静な方であるとは思う。これまでを考えると……。うん、止そう。
「そうかもね。でも私は恭くんを襲いたい」
襲いたいと言われてもどうコメントすればいいんだよ……。
「それを聞いた俺が大人しく首を縦に振ると思うか?」
襲いたいと言われてYESと言う人間はいない
「思わないよ。だからこうして無理矢理しようとしているんだよ」
無理矢理しようとしていると言う割には一向にアクションを起こそうとしてないようにしか見えないのは突っ込んだら負けかな?
「その割には何もしようとしてこないな」
襲われるのを望んでるわけじゃないが、何かが変だ。それは今この瞬間に限った事じゃなく、ここに来てからずっとそうだ。
「うっ……」
何もしてこないって言っただけなのに何で顔を背ける?
「えーっと、もしかしてこういう経験ないのか?」
「ひゅ、ヒューヒュー……、な、何の事かな?私は大人だよ?け、経験がなくったってち、知識くらいならあるよ?」
口笛が吹けてない上にしどろもどろだぞ
「口笛が吹けてない上にしどろもどろだ。嘘吐いてるのがバレバレだからな?」
襲うのに知識が必要なのかと聞かれれば否だ。そのような知識はとっととゴミ箱にでも放り込めばいいし、必要ない
「うっ……、ご、ごめんなさい」
「素直でよろしい。とりあえず退いてくれ」
「はい……」
琴音の夜這い(?)が未遂に終わり、俺達は向かい合う形でテーブルに就く。正面に座る琴音は気まずそうに顔を伏せたまま何も喋らないでいた
「黙ったままじゃ何も分からないだろ?とりあえず何であんな事したか話してくれないか?」
「……………」
琴音は俺の問いかけに顔すら上げず、黙って俯くばかり。襲われそうになった方としては理由だけでも知りたいけど、肝心の彼女が黙ったままだと何も始まらない
「黙ったままだと話が前に進まないだろ?とりあえず理由だけでも話してくれないか?」
「…………怒らない?」
不安そうに顔を上げた琴音の目には涙が浮かぶ。その顔はまるで母親にイタズラがバレた子供の様だ
「怒らない。つか、元々怒ってないし慣れっ子だ。俺にとって怒る事でもない」
「本当?」
「ああ。された方からすると琴音のは今までの中で一番マシだ。酷かった時なんて……いや、この話は止そう……。思い出しただけで疲れる。とにかく!俺は怒ってないし、理由を知っても怒らない」
お────とある人なんて琴音よりも酷かった。その人と比べると彼女のはまだ可愛い方だ
「本当に本当?理由を知った後で怒るのはナシだからね?」
「分かったよ。分かったから早く話せ」
琴音────いや、琴音達は前に俺を拘束し、自らの名前を俺の身体に刻もうとした事がある。その時は霊圧があったとはいえ多少なりとも恐怖を覚え、あの時を思い出すと身が震える。その時ですら怒らなかったんだ、この程度で怒るなどあり得ない
「海で恭くんが言ってたけど、普段は関わる機会って少ないでしょ?」
「ああ、そうだな」
「その上二人きりになる機会もあまりないでしょ?」
「ああ」
「だ、だから……そ、その……きょ、恭くんとスキンシップが取りたいなぁと思いまして……おそい……ました……」
段々と声が小さくなるにつれ、俯く琴音は心底申し訳なさそうにしていて逆に俺が悪い奴みたいだ。琴音に襲われかけたのを怒る気は全くなく、むしろ自分は彼女に寂しい思いをさせてしまったのではないか?と申し訳なくなる。ただ、スキンシップを取りたいのと押し倒すのは関係あるのかと疑問ではあるけどな
「スキンシップが取りたいなら普通に抱き着くとかでよかったんじゃないのか?何も押し倒す事はないだろ?」
「はい、その通りでございます……」
零もそうだけど、琴音も素直じゃない
「はぁ……」
「ご、ごめんなさい……」
「謝れって言ってないだろ?琴音の言うように普段は関わる機会が少ないんだ、お前の気持ちはよく解かる。だから────────」
俺は立ち上がるとベッドへ移動し、そのまま寝ころび、大の字に
「きょ、恭くん……?」
そんな俺に琴音は目を丸くし、戸惑いの声を上げる
「普段スキンシップ取れない代わりと言っちゃなんだが、今は好きなだけスキンシップ取ればいいさ」
安直考えなのは自覚している。不安に駆られたり傷ついている相手を慰めるのにハグ……。これしかないのか?と言われても仕方なく、自分の人生経験と語彙力が少ないのが心底恨めしく、もどかしい。そうは思っても俺にはこれしかなく、どうしたらいいか逆に教えてほしいくらいだ
「い、いいの……?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ、え、遠慮なく……」
遠慮がちに俺の方へ来た琴音は俺の隣に寝るのではなく、覆いかぶさってきた
「琴音さん?俺は何のために両腕を広げたと思います?」
好きなだけスキンシップを取ればいいと言った手前、退けとは言えず、上に乗る意味を尋ねるしか出来ない。近くで見ると琴音の顔って美人系ってよりかは可愛い系なんだな
「私を抱きしめるため?」
可愛く小首を傾げる彼女はとても年上とは思えず、どちらかと言うと幼く見え、本当に俺よりも年上なのかと疑わしい
「いや、琴音に腕枕するためなんだけど?」
「そうなの?」
「あ、ああ。まぁ、琴音が抱きしめろって言うならそうするけどよ」
今は琴音が独占する時間だから彼女の希望は可能な限り叶えてやりたい。抱きしめろと言うなら抱きしめるし、頭を撫でろと言うならそうする
「なら抱きしめて。そして頭を撫でて」
「了解、お姫様」
「よろしい」
言われるがまま琴音を抱きしめ、そっと頭を撫でると彼女は幸せそうに目を細めた。こんなとこ零達には見せられたものではなく、バレたらきっと同じ要求をしてくるのは目に見えている。これは琴音と俺、二人だけの秘密だな
「なぁ、琴音」
「何?恭くん」
「この事は零達には秘密な」
「何で?」
「二人だけの秘密があった方が特別感あるだろ?」
零達にバレたらめんどくさいという本音は隠し、それっぽい事を言って誤魔化す。監禁された時に飛鳥が平等なんていらないと言っていたが、現状で恋愛感情を抱いてる異性などいない俺には琴音達を平等に扱うしか出来ず、旅行中に異性と二人きりになり、抱き合ったなんて知られたら自分もと言い出しかねない
「恭くんは私を特別扱いしてくれるの?」
特別扱いと言えば特別扱いだ。琴音だけじゃなく、飛鳥もな
「まぁな。特別扱いしてなきゃこんな事しないし言わない」
「そっか。私は恭くんにとって特別なんだ……」
自分が特別と知るや否や琴音は俺の首に顔を埋め、抱きしめる力を更に強める。お前は犬かと突っ込みそうになりそうなのをグッと堪えたのは秘密だ。そんな姿を見ながらふと出会った日の事を思い出し────────
「琴音は猫っぽいなぁ……」
俺の首筋に頬擦りするだなんて自分のなわばりにマーキングする猫みたいだ
「私って猫っぽい?」
人の呟きに反応しないでもらえませんかねぇ……
「ああ。猫って自分のなわばりに匂いをつけてマーキングする習性があるらしいからな、今の琴音は完全に猫だろ」
まぁ、猫のマーキングに関しちゃその時々によって異なるから一概に匂いを付けるだけってわけじゃないから完全にとは言い切れないところはある。匂いを付ける以外のやつは人間がやると完全にアウトだけどな
「そっか、私猫っぽいか……」
「今まで言われた事なかったか?」
「そういう話は何回かあったけど、猫っぽいって言われたのは初めてかな」
「へぇ、それなら今までは何っぽいって言われてたんだ?」
猫っぽいって言われたのが初めてなら今までは何っぽいって言われてたのか気になるところではあるな
「今までは犬っぽいって言われる事が多かったよ」
琴音が犬っぽい。初耳だ
「そうか?少なくとも俺には猫っぽく見えるぞ?」
俺の目には琴音が猫っぽく見える。昔の琴音や普段の琴音を知らないからそう思うだけで実際は犬っぽいのかもしれない
「そうなの?」
「そうなの。人の首筋に顔埋めて頬擦りしてたところなんて自分のなわばりにマーキングする猫みたいだった」
「恭くんがそう言うならそうなのかもね。でも、私がこんな事するのは君だけだよ?」
俺だけと言われてもリアクションに困るぞ……
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