零達の入学式があった翌日である今日。平日である今日は零達はこの部屋にはいない。学校に行ってるからな! 学生は学校に行くのが当たり前。高校に入学すらしてない俺が言えた事ではないけど。零達が学校に行っていていないという事はだ、この部屋には俺と琴音の二人しかいない事になる
「零達が学校に行ってるうちに琴音のスマホだけでも買いに行きたいな」
昨日調べた結果、新しい入居者達はここに来る前にスマホを購入済みという事だった。つまり、現在この家でスマホを持っていないのは琴音だけという事になる
「零ちゃん達に黙って行ったら怒られると思うよ?」
琴音のスマホを買いに行く事は零達も知っていてあろう事か二人も付いてくると言い出した。一緒に来たいと言ってた事は昨日の段階で分かっている。しかしだ、たかがスマホを買いに行くだけなのに付いて来たいものなのかねぇ
「それは分かってるよ。言ってみただけだ」
そう、黙って行ったら零達に怒られるのは分かっている。言うだけならタダだろうから言っただけで
「ならいいけど……ところで恭くん」
「何だよ?」
「私もそうだけど、一応、新しく入って来た人達って管理人なんだよね?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
琴音の言う通り新しくここへ住まわせた人達は管理人として雇うという条件の元連れてきた。仕事に関しちゃ別に出来ても出来なくてもどっちでもよかったりする。だって、管理人という名目で連れては来たものの、特にこれと言ってやる事はないし、今は工事中だ
「私は後付けみたいな感じで管理人になったけどさ、新しく来た人達は困るんじゃない?仕事がないんだから」
琴音の言ってる事は正しい。普通のマンションやアパートの管理人は掃除したりするのが仕事だ。でもなぁ……
「仕事を与えてやりたいのは山々だが、このフロアの一部と五階、六階、七階は現在工事中だ。他の階はともかく、このフロアに関して言えば今のところ琴音達に頼む仕事がないんだよ」
このフロアのどこを工事するのか知らされてないが、下手に掃除でもされて工事してる人達の邪魔になっても困る。だからあえて俺は琴音や新入居者達に仕事を与えていない
「でもそれだと私達は暇だよ」
うつ伏せの状態で暇そうに足をバタバタさせる琴音。確かに琴音の言う通り雇っておいて仕事がないというのは暇な事この上ない
「暇か……」
暇だと言われても俺だってやる事はない
「うん! 暇だよ!」
「琴音が暇だと言うって事は他の住人も暇してるんだろうな。念のため聞いてみるか」
琴音が暇だと言ってるからって他の人間が暇だと言ってるとは限らないとは思う。そうは思っても聞いといて損はない。俺はパソコンを起動し、RINK内にある『灰賀の住人』というグループチャットを開く。すると……
『暇です』
『やる事ないですか?』
『暇すぎて死にそうです!』
暇だというメッセージがずらっと並んでいた。今のは一部抜粋したものだが、こんな感じのメッセージが十を超えていた
「他の人達も琴音と同じ事を思ってたのか……」
複数の暇メッセージを放置するわけにもいかず、俺はない頭を使って必死にやる事を見つけようとする。しかし、現段階では何も浮かんでこない
「恭くん、何かやる事ないかな?」
終いには琴音にまで聞かれる始末。やる事ねぇ……何かあったかな?うーん……あったとして家の工事してくれる人達にお茶を出す程度か
「やる事ねぇ……あったとして工事している人達に飲み物の差し入れする程度しかないな」
工事が終われば空き室の掃除とか頼むんだけど、現状琴音達にやってもらう事としては工事の人達への差し入れしかない
「それでもいいよ! やる事さえあれば!」
「そうかい。んじゃ、工事してる人達へ飲み物の差し入れを頼む。ちなみにカップとかじゃなくて500ミリリットルのペットボトルの方がいいぞ。休憩時間中に飲めるからな」
「わかった! じゃあ、私用意してくるね!」
「ああ。俺は他の人達に伝える」
仕事があって嬉しいのか琴音はキッチンへスキップ。俺は俺で新しい入居者達へ『工事の人達へ飲み物の差し入れを。ただし、500ミリリットルのペットボトルで』とグループチャットで伝えた。掃除?それはやらなくていいわけではないが、それは追々
工事の人達への差し入れを用意し、仮設事務所に向かったまではよかった。だが……
「何だ? この状況?」
「さ、さぁ……何だろうね?」
「「「「…………………」」」」
辛うじて言葉が出た俺と俺の問いに答える琴音以外は黙って目の前を見つめるだけの修羅場でも何でもない状況。
「「「「「は、腹減ったぁ……」」」」」
それもそのはずで俺達が飲み物の差し入れをした時には作業員全員が空腹で倒れているという状況だった
「え?何?この人達今まで飲まずはないが、何も食わずに作業してたの?」
作業員達は脱水症状ではないだろうから何も飲んでない事はないと思う。だからマジで空腹なんだろうけど、どうしてこうなった?
「きょ、恭様……申し訳ありません……わ、我々今朝から何も食べてなくて……」
作業員の一人。おそらく現場監督と思しき人物が本当に軽く説明してくれた。説明されても理解は出来ない。だって、今朝からっつー事は昨日の夜は何を食べたんだって話だし
「今朝からって……昨日の夜は何を食べたんですか?弁当ですか?それとも、皆さんで飲食店にでも行ったんですか?」
今朝から何も食べてないという事は昨日の夜は何かしら口にしているのは間違いない
「き、昨日のよ、夜は……び、ビスケットとプロテインを……」
開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。俺が言葉を失うという事は当然琴音達も……
「「「「………………」」」」
あまりの事に言葉が出ないのか誰も口を開かなかった。どうやら琴音達管理人の出番のようだ
「琴音達に仕事。大至急軽く食えるモン頼むわ」
「分かったよ! 恭くん!」
「「「「分かりました!」」」」
琴音達は飲み物を置いて家の中へ戻って行った。その間に俺は作業員達の空腹を紛らわせる為に飲み物を配る事に。作業員達は俺から飲み物を受け取るとゾンビのような感じで受け取り、口に運ぶのだが、飲み物では空腹を満たす事が出来なかったようでここへ来た時と変化はなかった
琴音達に軽食を持ってくるように言ってから三分が過ぎた
「いくら軽食と言えど三分程度で何とかなるわけないか」
未だ戻ってこない琴音達を怒る気はない。軽食がおにぎりだった場合、ご飯が余ってるならともかく、ない場合は一から炊かなきゃならない
「一応、パンもあったような気がするが、空腹で倒れている人にやるのっておにぎりと沢庵って相場が決まってるからなぁ」
ドラマやアニメの見過ぎだとは思う。空腹の人に与える軽食におにぎりと沢庵を思い浮かべるあたり俺も相当テレビの影響を受けてる
「この人達には申し訳ないが、今は空腹に耐えてもらおう」
空腹の作業員達には申し訳ないが、料理には時間が掛かる。ここは空腹に耐えてもらおうと思っていた時だった
『恭くん! ご飯持ってきたよ! ドア開けて!』
ドア越しに琴音の声がした。どうやら飯が完成したらしい
「すぐ開ける」
俺はドアの方へ向かい、琴音に言われた通りドアを開けた。すると─────
「お待たせ! 恭くん!」
ドアを開けた先に立っていたのはお盆にカップ麺を乗せた琴音達だった。箸はあるようだが、軽食のチョイス!!
「おにぎりと沢庵かと思ったらまさかのカップ麺だったよ」
カップ麺に文句はない。ただ、何でそれなんだとは思う
「私達の部屋も他の人達の部屋もご飯炊いてなくて、これしかなかったんだよ……」
琴音の言葉に軽食を持ってきた人達は申し訳なさそうにしている。まぁ、炊いてなかったのは仕方ないか
「炊いてなかったのは仕方ない。それより、早いとこ配ってやれ。全員もれなく空腹で死にそうだ」
「分かった!」
俺の指示で琴音達は作業員一人一人にカップ麺を配り、空腹だったのか作業員達はそれを掛けこむように食べ始めた。そして全員もれなく舌を火傷するというコメントに困る光景が目の前に広がった
作業員の事で一悶着?あった後、俺達は部屋に戻り、再び暇を持て余していた
「作業員の一件が終わってまた暇になったな」
「そうだね。何かやる事ないかな?」
管理人という肩書が付いてるせいかやたらと働きたがる琴音
「んじゃ、みんなで掃除用具でも探すか」
情けない話、部屋の中にある掃除用具はともかく、廊下や娯楽があるスクリーンを掃除する為の道具がどこにあるか知らない。探そうとも思わなかった。いい機会だからそれを探すのは十分にありだ
「そうだね。私達も掃除用具がどこにあるか知らないと困るし」
と、言う事でグループチャットに『今から掃除用具を探します』とメッセージを入れる。五分としないうちに『分かりました!!』と力強い返事が返ってきた
「他の人達もいいみたいだぞ」
「じゃあ、早速外へ行こう!」
琴音に手を引かれ外へ出る。外へ出た後は差し入れの時と同じで他の人達はすでに待っていた。もちろん、目を輝かせて
「みんな揃ってるし早速探しに行きましょう!」
「「「「おー!」」」」
「お、おー」
探検隊の隊長みたいなノリの琴音と隊員みたいなノリの母親達。それについていけない俺。何で琴音達はこんなに元気なの?
「最初にどこを探したいですか?」
隊長である琴音が捜索場所の候補を隊員達に聞いている。マジで探検隊みてーだな
「リネン室!」
「ランドリー!」
「ゲームコーナー!」
「プール!」
纏まりがねぇ……しかも、候補として挙がった場所は掃除関係ねーだろ
「う~ん、どこも有力な候補ばかりで非常に悩ましい……」
出た意見を何とか纏めようとしている琴音に言いたい。今まで出た場所には掃除用具はあると思うよ?ただ、その部屋専用のだけど。んで、有力候補でも何でもないよ?
「大浴場!」
「灰賀さん達の部屋!」
「「「「それだ!!」」」」
一人の母親が俺達の部屋を候補に挙げ、それに賛同する母親達と琴音。あー、ダメだー、今日中に見つかる気がしねぇ……
「こんなんで今日中に見つかるのかよ……」
一概にないとは言わない。ただ、この連中に任せていたらいつまで経っても見つかる気がしないのは確かだ。最悪の場合、親父か婆さんに聞けばいいんだけどな
「そんな事言うなら恭くんも意見出してよ!」
「「「「そうだ! そうだ!」」」」
ポソッと言ったつもりが聞こえてたらしく俺は琴音と母親達に睨まれてしまった
「意見っつーか、掃除用具関係って大抵はエントランスのトイレ付近にあるんじゃねーの?」
ここがデパートとして営業してた時、俺はエントランスのトイレ付近に掃除機が置いてあるのを何回か目にしたし、その近くにあった用具入れっぽい部屋に掃除機を仕舞ってるのを見た事がある
「ふ~ん、じゃあ、なかったら恭くんは一週間私の弟でこの人達の息子ね!」
琴音がわけの分からない事を言い出した
「は? 何でそうなるんだよ?」
「だって! 私は前から弟欲しかったし、ここにいる人達って娘はいるけど息子はいないんだよ?」
「だから?」
「ここの住人で唯一の男の子である恭くんで弟がいる気分、息子がいる気分を味わうしかないんだよ! だから! 恭くんの言った場所に掃除用具がなかった場合、一週間私を『お姉ちゃん』と呼び、母親の皆様を『お母さん』と呼ぶ事!」
俺の知らないうちに罰ゲームが決定してる件について
「いやいや! おかしいから! っつーか! あった場合どうすんだよ! 琴音が俺を『お兄ちゃん』とでも呼んでくれんのか?」
琴音は俺の予想が外れた場合の事は言った。だが、俺の予想が当たっていた場合の事は何も言ってない
「恭くんの予想が当たった場合は私をお姉ちゃんと呼んで甘えるなり、ここにいる母親の皆さんをお母さんと呼んで甘えるなり好きにしていいよ!」
やべぇ……予想が外れても当たっても俺からしてみれば罰ゲームだ
「ご褒美と罰ゲームの内容同じじゃねーかよ!」
掃除用具探すだけなのに何でこんな事に……
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