「恭、儂が何もなしにお主と話をすると思うか?」
ドヤ顔の我が祖父を前に俺は言葉が出ない。何が腹立つってドヤ顔もだが、足を組んで座る姿が様になっているところだ。大企業の社長を想像させる辺り、この人は俺よりも人生経験が豊富だと思い知らされ、自分は未熟なガキだと痛感させられてしまう。
「…………うるせぇよ」
俺の口から出た辛うじて出たのは無駄な抵抗と受け取られても仕方ない言葉。尋ねて来た祖父が盗聴器を持ってるだなんて誰が想像出来る?盗聴癖があり、盗聴器を持ち歩いてるとかなら日頃の行動から警戒のしようもあるが、このジジイから悪癖関係なしに病気があるといった話は聞いた事がなく、今回は完全に不意を突かれちまった……
「悔しいか?悔しいのぅ~?きょ~う~?」
「くっ……」
俺を出し抜けたのが余程嬉しかったようで爺さんは下衆な笑みを浮かべながら俺を煽る
「いやぁ~、儂もまだまだ捨てたもんじゃないのぅ~、まさか恭を出し抜けるとは思ってもみなかったぞ?」
う、うぜぇ……。この糞ジジイ殺してやろうか?おっと、いかんいかん、ここでキレたらジジイの思う壺だ。冷静に、冷静に、大人の対応をせねば!深呼吸、深呼吸……すぅ~はぁ~……よしッ!
「あー、はいはい、もうそれでいいから帰れよ。盗聴したのをどうするのかは知らんけど、アンタの道楽に突き合わされんのはコリゴリなんだよ」
「釣れないのぅ……恭、祖父に対して冷たくないか?」
「会話を盗聴しているって言われたら冷たくなるのも当たり前だろ。本当、何しに来たんだよ?」
この爺さんは本当に何をしに来たか分からない。話をしに来たというのは本当っぽいけど、中身にまとまりがない。親父の女装が気色悪いって言ったと思ったら茜と真央を信用出来ないのは声優だからか?って言い出すしよ……
「何って孫と話をしに来たんじゃよ。最初に言ったじゃろ?」
「ああ、言ったな。内容は纏まりがねぇけどな」
「久々にする孫との会話なんじゃ、話したい事はいろいろあるわい」
「盗聴器を持って来てまでか?」
孫と話すだけなら盗聴器は必要ないだろ……
「将来の孫娘達に恭との会話を聞かせるのも祖父の仕事での。その辺は勘弁してくれ」
孫娘達って……俺がハーレムたを築けるほどモテるわけねぇだろ?
「日本は一夫一妻制で結婚できるのは一人だけなんだよ」
将来俺が一夫多妻制の国で暮らす事が決定しているのならまだしも今の俺に日本を出る予定はなく、複数の女と付き合う気も結婚する気もない
「結婚するならな。付き合う分には別に何人でも構わんじゃろ?」
「それじゃあ俺はただの女好きかチャラ男だっつーの!」
俺は器用な方じゃないから複数の女性と同時に付き合うのは無理だ。大勢の女を侍らせている奴に限って紳士的な振舞いをし、尚且つマメだったりする。そのクセ内心じゃ女をアクセサリーや財布程度にしか思ってない節があったりなかったり……純粋に女好きだったり寂しがりだったりと一概にこうだって言えないのは否めない
「そうじゃなかったのか?」
コイツ何言ってんだ?という目で俺を見る爺さんは心底信じられないような顔をしている。何を持って女好きかチャラ男だと思ったのか、その根拠はどこに?
「ちっげーよ! マジ、要件だけ言って帰れよ」
爺さんと話すのは真面目な話以外は基本怠い。口を開けば女の話しかせず、内容は巨乳と貧乳どちらが好きか?とか、ケツがデカい女と小さい女どちらが好きか?とかセクハラスレスレの話題がほとんどだ。相手によってはマジ訴えられるぞってものが多い
「せっかち過ぎじゃろ……まぁ、恭には回りくどいやり方をしても無駄じゃからそろそろ本題に入るとするかの」
俺の事を理解してるなら最初から本題を話せよな……
「最初からそうしろよ……」
「時には回りくどいやり方も必要なんじゃ。それはさておき、真央ちゃんなんじゃが、あの子、恭の隠し事に薄々気付いてるぞ」
言葉が出ないとはこの事だ。俺の隠している事────つまり、お袋や千才さんの存在に気付いてるって事だよな?彼女の前でお袋と話した事なんてないしお袋にも真央の前では話し掛けられても反応は返せねぇと言ってある。ボロは出してないはずだ。なのに何で……
「………………」
「言葉が出ないようじゃな?」
「あ、当たり前だ!俺はあの二人の前じゃお袋と話すらしてねぇんだぞ!? 絶対に気付かれるわけがない!」
トイレで話をしたのを聞いたと言われてしまえば俺は反論出来ず、洗いざらい隠している事を吐く他ない
「普通ならそうじゃ。じゃがのう、アルバムを盗み見た日にお主は何をした?」
俺は爺さん達がアルバムを盗み見た日、腹が立って嫌がらせのつもりで微量ながら霊圧を当てた。とは言っても肩が重いなと感じる程度で命に関わるものじゃない……と思う。
「……………………覚えてねぇよ」
「ほう?覚えてないとな?その歳で呆けが始まったのか?」
「うっせぇ、覚えてねぇモンは覚えてねぇんだよ」
盗聴されてるかもしれねぇのに素直に喋るバカがどこにいるっつーんだよ?爺さんが俺の立場でも同じ事を言うだろうに
「そうか、覚えてないか」
爺さんはゆっくりと息を吐くように言うと真顔でこちらを見た
「んだよ?文句でもあんのか?」
俺は爺さんに対抗し、睨み返す
「文句はない。元はと言えばあの日の事は儂らが原因じゃからのぅ。怒るのは筋違いというものじゃろ」
「分かってんじゃねぇか。あの日の事はアンタらが悪い。怒られて当然の事をしてんのに逆切れなんて無様過ぎる」
「その通りじゃ」
そう言うと爺さんはコップを置くと無言で席を立ち、部屋を出た
爺さんが部屋を出た後、俺は余ってた自分のコーラを一気に飲み干し、爺さんが使ったコーラが半分以上残ったコップを洗い、ベッドへ寝ころんだ。結局何を言いたかったのか、何がしたかったのかは分からず、零達も戻って来ない。騒がしい連中がいないのは気楽なモンだ
「やっと一人になれた……」
不登校だった頃は一人部屋に籠る行為は当たり前だった。リア友がいなかった俺にとって友と呼べるのは当時ゲーム内にいた茜だけ。ネットで知り合った奴を友と呼んでいいのかと聞かれると微妙なところだ。特にネトゲを介して出来た関係というのはそのネトゲ自体のサービスが終了すれば関係も終了。外部で連絡先を交換してるか、SNSでフォローしてるといった感じでネトゲ外で繋がってるのなら別ゲーで出会えはする。中学時代の俺と茜はスペースウォーというゲーム内のみの関係。リアルで対面したのだってここ最近だ。関係ない話をしてしまって済まない。何が言いたいのかと言うとだ、俺は一人でいるのが当たり前でこれまでがおかしかったんだ
『正確には一人じゃなくてお母さんと想花ちゃんもいるから三人なんだけどね~』
『そうよ、恭様』
そうでした! 上から顔を覗かす幽霊二人をカウントしてませんでした! 正確には三人です!
「うるさい。生きてる人間って意味じゃ一人きりなんだよ」
零達がいなくなったと思ったら爺さんが来て爺さんが帰ったと思ったら今度はこの二人……俺の安息はどこへ行ってしまったんだ……
『それを言われると何も言い返せないかな~』
お袋は苦笑いを浮かべ、神矢想花は溜息を吐く。そして、俺は何もせず天井を眺めるだけ。零達がいたらこうはいかず、高確率で誰かに付き合わされる
「うるさい女共や爺さん婆さんがいねぇと平和だ……平和過ぎる……」
零を拾ってからというもの、一人だった俺の周囲に一人、また一人と人が増え、気が付けば人と接するのが当たり前となっていた。で、いざ一人になってみると────
「うん、月一で一人きりで過ごしたい気分だ」
部屋に一人でいる事の素晴らしさを再認識させられる。騒がしくねぇし何をするにも俺の自由! マジ一人最高!
『きょう~?そんな事言うと零ちゃん達が怒るよ~?』
『そうよ、恭様。彼女達が怒ると面倒だからなるべくなら怒らせないでくれているとありがたいのだけど?』
「うっせぇなぁ……別にいいだろ?いつもいつも誰かと一緒にいると疲れるんだよ」
一緒にいてくれる人がいると自分は独りぼっちじゃないと自信が持てる。一緒にいる人間によっては疲れるのが難点なんだけどな!
『そんな事言って~、本当はお母さんと想花ちゃんだけでもきょうの側にいるのが嬉しかったりするんじゃないの~?』
『そうなの?恭様?』
ニヤニヤすんな。俺が寂しがり屋みてぇじゃねぇかよ
「んなワケあるか。俺は側にいる人間に対して頓着するガラじゃねぇんだよ」
中学時代、世間で言うところのボッチを経験している俺は誰が側にいて、誰が離れて行こうとどうでもいい。側にいる奴は何年経っても側にいて離れる奴はさっさと離れる。ずっと一緒、ずっと友達と言う奴に限って離れるのが早く、言う事が軽い
『そこは嘘でもお母さん達が一緒にいてくれてよかったって言ってほしかったな~』
『恭様は女心が分かってないわね』
女心もクソもあるか! 目に見えないものを理解するのなんて人には無理なんだ。理解したフリは出来てもな
「はいはい、俺は女心が分かんねぇよ」
お袋達に皮肉を返し、俺は目を閉じた
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