諸々の騒動が終息し、夜。俺は一人浜辺へと来ていた
「旅行に来てまで騒動に巻き込まれるとは……マジでついてねぇ……」
今、俺の辟易しきった心を癒してくれるのは零達でもお袋でもなく心地よく耳に入ってくる波の音。これまでの事全てを思い返し、自分でも不思議に思う。今までよく人間嫌いにならなかったなと
『きょうは騒動に巻き込まれる、あるいは人を守る星の元に生まれたんだから仕方ないよ~』
隣に浮かぶお袋は他人事のように言う。このまま騒動に巻き込まれ続けたら俺はいつか人間不信かストレスで倒れる自信があるぞ
「そんな星の元に生まれたくなかったんだがなぁ……」
『まぁまぁ、そう言わないの。嫌だったら嫌って言っていいんだから。お祖母ちゃんと過激派のリーダーにもそう言われたでしょ~?』
「まぁな」
俺は真央が元へ戻るまでの過程を思い出す。大変だったし疲れるから思い出したくはないのだが、今までの事を騒動を振り返る意味と自分の立場を認識する意味でも今回の騒動は後に役に立ち、もしかしたら失いかけていた大人への信頼を取り戻せるかもしれない
時は廃墟にいた時まで戻る────。
「は、はあ……」
俺は声を震わせ自分を恐怖の対象であり、敵に回したくないという過激派リーダーの青年に何て答えていいか分からず曖昧な返事を返した。言っている方には明確な理由があっての事だろうけど、言われている方からすれば何の事だか全く理解出来ない
『その様子じゃ分かってません……よね?』
聞きづらい質問をしている。青年の口振りと態度がそう言っていた
「は、恥ずかしながら……。母からは俺が本気で切れると街一つ破壊しかねないとしか言われてないものでして……」
お袋には俺が人とは違う力を持っていて使い方を誤れば街一つなんて簡単に破壊できるという話は聞いていた。しかし、そう言われても実感がなく、驚く事も恐れる事も出来なかったというのが俺の認識で自分にそんな力があるだなんて今でも信じられない
『街一つですか……まぁ、恭さんならその気になれば街一つ壊すのなんて朝飯前です。が、俺達が恐れている点はそこではありません。もっと別のところです』
「別のところ?」
『ええ。恭さん、貴方、自分の力を暴走させた事あります?』
問いかける青年の目は真剣そのもの。だが、自分の力を暴走させた事があるか?と聞かれても俺には分からない。前にお袋が小学生の頃に俺は学校を滅茶苦茶にしかけた的な事は言ってたけど、それが暴走なのかと聞かれると答えに詰まってしまう
「小学生の頃に学校を滅茶苦茶にしかけた的な話は聞いた事ありますけど……」
あくまでも聞いた話であり、どの程度滅茶苦茶になったか分からないから暴走と呼んでいいのかはあやふやだ
『そうですか……。まぁ、その程度じゃ暴走したとは言い難いですしその一件について咎める気もありません。ついでに言うとこれから先、霊圧を使うなともね。今の恭さんに必要なのは力を暴走させる事ですから』
「どういう事でしょうか?」
普通なら暴走しないように注意喚起を促すはずなのに青年は暴走させろと言ってる気がしてならない
『簡単な事です。二十歳を迎えたら喫煙、飲酒が可能になります。喫煙はともかく、飲酒に限っては一度どこかで自分がどれだけ飲んだら酔いつぶれるかを知る必要があります。それと同じで恭さんはどこかで力を暴走させ、その結果、周囲にどんな影響が出るか、どんな傷跡を残すかを知る必要があるんです。人は失敗から学ぶ生き物ですから』
青年の言う事を纏めると、自分の力を使い、一度失敗してみろ。と、こういう事らしい。
「は、はぁ、機会があれば……」
必ずやります! とは言えず、俺は曖昧に返事を返す。自分がどこで暴走するかなんて第三者はもちろん、自分自身ですら分からず、絶対に成し遂げるという約束は出来ない
『今はそれでいいです。時が来れば分かりますから。さて、恭さんと復讐の話はこれくらいにして、お連れの方を乗っ取っている人ですが……、はぁ……』
青年は俺と復讐の話を打ち切り、真央の身体を乗っ取っている人の話に話題を変えたのだが、なぜか深い溜息を吐く
「どうしました?溜息なんて吐いて」
『あ、いや、俺達の間で復讐なんて止めようっていう方向で決まったというのに彼女は何をしているんだと思いまして……』
真央の身体を乗っ取っている人が女性だというのは分かった。それは真央が豹変した時から分かってはいたが
「何をって私が見る限りじゃお見舞いに来た男の先輩や恭ちゃんに喧嘩を売ってましたよ?」
黙っていた東城先生が口を開いた。男の先輩との喧嘩は俺の知らぬところだから何とも言えないけど、俺個人で言えば彼女の言う事は何も間違っておらず、逆にアレをコミュニケーションの一つと言う奴がいたら見てみたい
『やっぱり……全く、神矢ちゃんは……』
青年は眉間に手をやり、どこか呆れた感じで呟いた。真央の身体を乗っ取っている人は過激派の中でも問題児だったんだろう事が見て取れ、そんな奴を毎回なだめているのかと思うと同情の念を禁じ得ない。問題児の本当の苗字は神矢だったか……。ん?神矢?どこかで聞いた苗字だな。もしかして……
「なぁ、藍ちゃん、まさかとは思うけど、真央の身体を乗っ取ってるのって神矢想子の身内とかじゃ……」
嫌な予感がした俺は隣にいる東城先生に近づき、耳打ちをする
「か、考えたくはないけど、私と恭ちゃんが関わってきた人で神矢って言ったら神矢想子先生くらいだからひょっとするとひょっとするかもしれないね……」
俺と同じように耳打ちで不吉な事を言う東城先生。出来ればその予感は外れてほしい
『お二人は神矢想花をご存じで?』
「「い、いえ、知りません」」
青年の問いかけに声を揃えて否定した。俺達が知っているのは神矢想子であり、想花ではない
『ならいいんですが……はぁ……』
再び溜息を吐く青年からは哀愁が漂う。神矢想花という人物に何があるってんだ?
『先程から溜息ばかりですけど、何か問題でも?』
溜息ばかり吐く青年に千才さんが鋭い質問を投げた。こういう部分は元警察官だけあってさすがだ
『はあ、皆さんはすでに彼女と接しているでしょうからご理解していらっしゃるでしょうけど、神矢ちゃんって極度の男嫌いで触れるのはもちろん、話すのすら嫌悪するんですよ。それが原因でここでも何度揉めた事か……』
この時の俺は神矢想花を庇い切れなかった。男嫌いは事実であり、暴言も吐かれた挙句、今度は先輩声優と喧嘩。これをどう庇えというんだ
「そ、それはそれは大変でしたね……」
俺の口から出てきたのは青年への労いの言葉のみ。あの態度を見てフォロー出来る奴はいないだろう
『ええ、大変でしたよ……。おまけに午前中なんて男と一緒にいる女性を救うんだって言って霊圧を当て、弱っている隙を見計らって身体を乗っ取ったんですから』
俺は開いた口が塞がらなかった。青年の話に出てきた女性は完全に真央の事だ。しかし、この人は違った
「男と一緒にいる女性だったら私を始め、ホテルに泊まっている女性ほぼ全員に当てはまりませんか?」
言うまでもなく東城先生。同じ女性として想花の主張や行動に思うところがあるのだろう
『確かに貴女の言う通りです。ですが、貴女や他の女性じゃダメなんですよ。今身体を乗っ取られている人じゃないとね』
東城先生や他の人達じゃダメ?どういう意味だ?
「それはどういう意味でしょうか?」
納得がいかない。口に出さずとも東城先生の顔にはハッキリそう書いてあった
『詳しい事は神矢ちゃん本人に聞かないと分かりません。俺から言えるのは真央さんと同じ匂いを感じたからとしか……』
男性嫌いの想花と声優の真央。この二人を結ぶ共通点は何だ?
「分かりました。それは想花本人に聞きます」
俺は青年達に一礼するとその場を足早に去ろうとした。その時────
『待って、恭』
曾婆さんに呼び止められた
「何だよ?」
俺は振り返らずに返事を返す
『嫌な事は嫌って言っていいって事は覚えておいて』
曾婆さんの言っている事は生きていく上では大事な事だ。しかし、世の中嫌だと言える時とそうではない時がある
『詩織さんの言う通りです。嫌な事はハッキリ断っていいです。付け加えると恭さん、貴方はまだ子供です。大人にたくさん甘えてください、約束を破られた時は思いっきり癇癪を起していい。この二つを心のどこかへ留めておいてください』
青年と曾婆さんが何を言いたいのか、この時はよく分からなかったし今も分からない。ただ、癇癪を起すだなんて幼い頃はともかく、この歳でそれはねーよって思ったね
俺は返事を返さずにその場を後にし、車へ急いだ。あ、そう言えば何で過激派のリーダーが三人いたのか聞くの忘れた……。まぁ、再びここを訪れた時にでも聞くとするか
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