青い海、晴れわたった空。照りつける太陽。南の島や海辺にいる時、人の気分を好調へと導く三種の神器とも呼べる好条件なのだが……
「何してくれたんだ……」
俺の気分は晴れない。アイツが藍にした事を思い出すと恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだ。キスしたのは俺じゃなくて霊圧なのだが、入れ替わってましたと言い訳したところで誰も信じはしないだろう。ワンチャン早織が信じてくれそうだが、証拠を見せろと言われそうで怖い
『きょう? 大丈夫?』
『恭様? 疲れてるのなら寝てていいのよ? お爺さまが到着したら起してあげるから』
早織と神矢想花が心配して声を掛けてくれるが、今の俺に届きはしない。幽霊二人組の気遣いが逆に痛い……
「放っておいてくれ……今俺は自分のバカさ加減にほとほと呆れているところなんだ」
藍達が俺に好意を寄せてくれてるのは知ってる。面倒だと言って今まで彼女達の思いから目を逸らしてきたのは他でもない俺だ。強引に唇を奪われたとしても文句は言えない。言えないのだが……高校生になってからいきなり複数の女性に好意を寄せられるようになったんだぜ? 環境の変化及び突如として訪れたモテ期に戸惑うなと言う方が無理だろ。今の俺がそうなんだからな
『もしかして藍ちゃんにした事気にしてるの?』
『突き放すような事を言っておいてそれはないでしょ』
「うっせぇよ……。あん時はその……何だ? ちょっとそういう気分だったんだよ。今後の事もあるしな」
今後の事とは言わずもがな蒼の親友騒動。聞いた話だと親友が無理してるとかなんとか。一度も顔を突き合わせた事のない人間の為にどうして俺が動かなきゃならんのやらって不満はある。だが、蒼にとって俺が最後の希望だったとするなら面倒でも応えないわけにはいかない。なんつーの? 誰かが泣いてるのを放置したら目覚めが悪い
『それを言われると……』
『私達からは何も言えないわね』
そうだろうそうだろう。二人は幽霊だからな。できる事は限られている。口を出すだけならできても実際に何か行動できるかと聞かれるとだ、オカルト関係の騒動だと動けるかもだが、他は大して役に立たない
「なら黙っててくれ……」
力なく項垂れ、どう言い訳しようか頭を悩ませる。アイツは迷惑料だって言ってたが、俺は迷惑料を取ろうと思った事はただの一度もない。騒動解決を仕事にしてない俺が報酬を受け取るなど烏滸がましい。謝礼が発生すると是が非でも騒動の解決あるいは終息を目指さなければならないが、高校生の身分で他人が持って来たトラブルなんて背負い切れるか。だから俺は騒動に巻き込まれた時に報酬の一切を要求してこなかったというのに……アイツのせいでそのスタンスが崩れてしまった
「はぁ……」
同居人兼担任への接吻行為と帰宅後に待ち構える騒動。今の俺は解決しないといけない問題で板挟み状態。片方は今後の生活に関わってくるわけで、絶対に解決しないといけない。方や同居人の友人関係を左右しかねない問題。こちらは俺に全く関係ないが、将来の事を考えると深入りする必要はなくとも必要最低限の事はしないといけないと思う。そう考えると溜息の一つも出る
結局、どっちを先に片付けるか決まらないまま一時間が過ぎ、俺は爺さんの寄越したヘリで一足先に帰宅。迎えを待っている間、家に帰る途中と零達から着信はあったが、とても出る気分じゃなく、俺は彼女達からの連絡を全て無視。結局この四日間はなんだったのか、どうして琴音が管理人をしていたのかという疑問だけが残った
八階の駐車場で降ろされ、時間を確認すると“13:00”と表示。今頃零達はどうしてるだろうか? きっと俺がいなくなって大騒ぎしてるんだろうな……。零達には後で適当に言い訳するとして、当面の問題は同居人達にどう言い訳するかだ
「さすがに体調不良は……通じねぇよなぁ……」
尻拭いは疲れると言って出てきた手前、体調不良は通じないだろうし、多分、同居人の誰かに零達から連絡が行ってるはずって考えたら正直に言うしかない
「正直に話せるとこだけ話すしかないか……」
『それがいいよ~。きっと真央ちゃん達だって分かってくれるよ』
『早織さんの言う通りよ。話せば分かってくれるわ』
「だといいんだがなぁ……」
本当に分かってくれっかな……。俺は一抹の不安を覚えつつ家の中へ入った
部屋の前に着き、俺は深く息を吸ってからドアを開けた。我ながら自己中な行動を仕出かした後ろめたさと本心を言ってやったという達成感が俺の中でせめぎ合う。やってやったって気持ちの方がデカいが、罪悪感も拭いきれない。疲れたからと言って勝手に帰宅するのはガキのする事だと自覚はあった。アイツのした事を責める気はない。俺はアイツでアイツは俺だ。アイツが言った事は半分俺の本心でもあった。大人のした事の尻拭いをするのは疲れる。心のどこかでそう思っていたのかもしれない
「た、ただいま~……」
俺は大事を取って小声で挨拶。琴音に見つかる心配はないが、真央と茜に見つかる可能性がある。声優という仕事を詳しくは知らないし、今期アニメに彼女達がどれくらいの割合で出演してるかは知らん。誰かに見つかりさえしなければそれでいい。と思っていたのだが……
「おかえり、グレー」
「おかえりなさいでござる。恭殿」
ナンテコッタイ。まさかの声優コンビが玄関でお出迎えしてくれたではないか
「お、おう、ただいま……」
何も言い訳考えてないのにお出迎えとかどうせいっちゅーねん……
「うん。おかえり、グレー。洗濯物あるなら出して。洗濯しとくから」
「お、おう。と、ところで二人共今日は仕事ないのか?」
「ないでござるよ。拙者も茜も今日一日はオフでござる」
「そ、そうか……」
「うん。それより、疲れたでしょ? 荷物預かるよ?」
「い、いや、大丈夫だ。それより、布団敷いてコーラ出しといてくれないか? 慣れない場所にいて疲れた」
「分かった」
茜と真央はリビングへ向かって行った。俺はそれを確認すると靴を脱ぎ言い訳を考えながら室内へと進んだ
リビングへ進むと既に布団が敷かれており、コーラも用意されていた。そして……
「改めて、おかえり。グレー」
「おかえりなさいでござる。恭殿」
茜と真央が三つ指を立てていた
「お、おう、た、ただいま……」
てっきり一人で帰って来たのを咎められると思っていた俺はたじろぐ。彼女達はどうして自分を咎めない? どうして何も聞かない? 零達から何か吹き込まれたか?
「「おかえりなさい。アナタ」」
天変地異の前触れ……じゃねぇよな? 時々男の俺には理解不能な行動を起こすし。だとしたら何だ? 何が原因だ? 思い当たる節はあるが、それで合ってるのかが分からない。もしかしたら今期アニメに出てくるキャラの練習かも知れんし
「…………これは夢か」
スクーリング中あった諸々のイベントで思考回路が完全にショートした俺は現実逃避する事にした。仮に正常な思考ができたとしても、彼女達の行動は理解不能。同じ事をしただろう
「現実だよ。グレー」
「そうでござるよ。恭殿」
顔を上げた茜と真央が何言ってんだ? コイツと言わんばかりの顔で俺を見る。逆に聞こう。何してんの? お前ら
「これが現実だとしたら言いたい事はただ一つ。何してんの? お前ら」
「見ての通りグレーを癒そうとしてるんだよ」
「そうでござるよ、恭殿」
癒そうとしてるなら何で新婚家庭を彷彿とさせる感じになってるの? 別の方法あっただろうに……
「癒そうとしてくれるのは分かったが、何で新婚夫婦みたいな感じなんだよ……」
「グレーが好きだって聞いたから」
「誰に?」
「恭二郎殿でござる!」
「爺さんもかよ……」
館では婆さんが俺のない事を神矢想子に吹き込んだかと思えば今度は爺さんが声優コンビにない事を吹き込んだのかよ……灰賀の祖父母は俺を歪んだ趣味趣向を持つ人間にしなきゃどうにかなる病気なのか? 俺は眉間に手をやり溜息を吐いた
「「爺さんも?」」
「あ、いや、何でもない」
疑問符を頭に浮かべる茜と真央を適当にやり過ごし、適当な場所に荷物を置くとテーブルにあったコーラを一気に飲み干した。今回のスクーリングには多少、分からない事があるのだが、どうでもいい。世の中には知らなくていい事や知る必要のない事だってある。聞かなくてもいい事がな
コーラを飲み干し、布団に入った俺はそのまま夢の世界へ旅立った。零達の心配? 神矢想子の同居? 知った事か。面倒な話は俺抜きでやってくれ。もう何もかもどうでもいい。なるようになってくれ……
夢を見ていた……もう一人の俺────アイツに呼び出される夢ではなく、とても懐かしい夢……
「ここは……あの時の公園……」
俺がいたのはあの時────姉ちゃんと出会った公園。今更どうして……
『本当、どうしてだろうな?』
背後で声がし、振り返ると不機嫌そうなもう一人の俺が立っていた。いつもコイツと会うのは何もない部屋。公園なんて洒落た場所じゃない
「お前も分からないのか? 俺はてっきりお前が呼びだしたのかと思ってたんだがな」
『バーカ。俺がお前を呼び出すにしても、お前が俺を呼び出すにしても何もない部屋と場所はいつも決まってるだろ。っつってもまだ三回目だからいつもっつっていいのかは分からんけどな』
「今回ばかりは全面的に同意だ。つか、何でお前いるの?」
『今更だな。悪いが俺も分かんねぇよ。気が付いたらここにいたんだからな』
霊圧でも夢を見るのかは置いとくとしてだ、夢っつーのはザックリ言うとその人が望んでる事やなりたい自分が具現化したものだと言う人がいる。これに則って話を進めると俺は姉ちゃんと出会った公園に行きたがってたか行く事を望んでるって事になる。だが、公園は家から歩いて行ける距離。夢の中で行くような場所じゃない
「お前が分からねぇって事は無意識に俺が公園に行きたいと望んでるって事か……」
『もしくは何かの啓示かもな』
公園に来る事のどこに啓示があるのやら……俺達は公園を一周する事にした
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