『全員参加という事で早速─────』
『晩飯だな』
この場にいる全員の参加する意志を確認したお袋の開始宣言を遮る。俺と同じ状態になる前に飯くらい食わせてやれよ……。断じて碧から殴られるのが怖いとか、嫌だとか思って妨害したわけじゃないぞ?
『きょう~、いつから人の話を遮る子になっちゃったの?お母さん悲しいよ……』
私、心底悲しんでますという顔で俺を見つめてくるお袋に俺は一言言う
『俺達二人の身体は飯を食わなくても平気だとしてもだ。零達の身体はケガをしたわけでも何でもないんだ。元に戻った時に空腹で動けませんなんて事になったら困るだろ。だったら飯を優先させた方がいいだろ』
お袋は俺が中坊の時に亡くなってる。俺の身体は現在病院にあり、飯を食うのは不可能だったとしても栄養剤を点滴されているだろうから栄養に関しては何の問題もないだろう。点滴されていたらな。対して零達はそう言った事はされてない。万が一の事があったら困るのは本人達だ
『激しい運動をするわけでも何でもないから平気だよ~』
『それでもちゃんと飯は食わなきゃダメだろ。妙な時間に食うと太る原因にも繋がるしな』
恥ずかしながら妙な時間に間食して太った経験のある俺からすると飯は飯時に食っておいた方がいいってのは確かだ
『それってきょうが小学生の頃の話でしょ~?零ちゃん達は……』
お袋は零達まで言いかけたところでピタリと止まる。思うところがあるのか?
『どうした?零達が何だよ?』
普段俺は他人に対して興味を示さない。なぜか?どうでもいいからだ。そこに例外はなく、親父に対してもそうだ。だが、今は違う。お袋が言いかけて止めたその先がものすっごく気になる!!
『あ~、うん、何でもないよ~?きょうの言う通り幽体離脱の前にお夕飯食べちゃおっか。うん! そうしよう!』
捲し立てるように俺の意見に賛同するお袋。うん、めちゃくちゃ怪しい
「お夕飯の用意はまだ何で先に幽体離脱でもいいですよ?」
今まで黙っていた琴音が口を開く。用意の途中で呼び出されたから夕飯の用意が出来てないのも無理はない
『いや、お夕飯をキッチリ食べてからにしよう?ね?じゃないと絶対に後悔する事になるから』
先ほどまで夕飯なんて食わなくてもいいみたいな事言ってたお袋が掌を返し、必死に晩飯を優先させる。何かある。大事件に発展しないまでも本人にとって俺達にバレたら恥ずかしい何かが
「さ、早織さんがそう言うならそうしますけど……どうかされたのですか?」
いきなりの掌返しに戸惑う琴音。零達は頭に疑問符を浮かべ、首を捻っている。まぁ、解かり易い掌返しだったから当たり前と言えば当たり前か
『な、何でもないよ! さぁ! お夕飯!お夕飯!』
「は、はぁ……」
琴音は戸惑いながらも飛鳥、闇華を引き連れキッチンへ戻り、東城先生とセンター長は酔いが冷めたらしく零、双子と共にテーブルの片づけを始めた。普段なら俺も手伝うところなのだが、今は生憎物に触れられないので大人しく見ているしかなかった
それから少しして夕飯の時間となった。零達が飯を食ってる間暇になった俺は隣で楽しそうに団らんの様子を眺めているお袋にさっき掌を返した理由を尋ねてみる事に
『お袋』
『ん~?なに~?』
『さっきの零達について何か言いかけただろ?』
『……………』
さっきまで楽しそうにしていたお袋が固まった。
『何で無言になるんだ?』
固まったという事はお袋にとって触れられたくない事というのは理解した。が、俺は構わず続けた
『きょう、世の中には知らなくていい事ってあるとお母さん思うの。知りたいという気持ちはすごく大事だけど、知る事で後悔する事ってたくさんある。例えば、恋人の浮気がそう。お利口なきょうならお母さんの言いたい事解かるよね?』
『いや、全然、全く、これっぽっちも』
普通にね?危険な事しようとしている時に言われりゃ納得もするし理解もするんだよ?でも今は零達は……ってところで何を言いかけて止めた。その後いきなり夕飯を優先させた。そんな状態でこんな話をされたところで言わんとしている事が解かるわけがないだろ
『きょう、お母さんは知らなくてもいい事ってあるんだよって言いたいの。きょうにだって知られたくない過去とかあるでしょ?』
『そりゃ、あるっちゃあるけどよ……』
『お母さんにもそういう過去ってあるの。愛する息子にだけは知られたくない過去とかね』
お袋の言う愛する息子は言うまでもなく俺だろう。そんな俺に知られたくない過去……昔はヤンキーだったとかか?確かに今は某ラノベの生徒会長みたいな感じだが、昔はヤンキーだったとか……俺ならドン引きしてるな。だが、お袋の実家に行った時にそんな話は聞いた事がない
『そうかい。なら深くは聞かねぇよ』
お袋の隠している事が何なのか気にならないと言ったら嘘だ。本当はもの凄く気になる。だが、本人が知られたくないと言ってる以上それを聞き出すのはなしだ
『ありがとう、きょう』
嬉しそうな笑みを浮かべるお袋を見て不覚にも可愛いと思ってしまった俺は病気なんだろうか?
『別にいいさ。にしても、今日の夕飯は焼肉かよ……。太りそうで怖いな』
零達の方を見ると何やら煙が上がっており、肉の焼ける音が聞こえてくる。それで俺は夕飯を焼肉と仮定。これから普段とは違う事をするとはいえ、太りそうなのには変わらない。
『……………』
嬉しそうな笑みを浮かべていたお袋が固まった。何かマズい事言ったか?と自分の言った事を振り返り、俺は一つの結論に辿り着いた。
『なぁ、お袋』
『な、何~?』
『今から言う事は正直な話、俺の勝手な推測でしかないから違うなら違うって言ってくれて構わないんだけどよ』
『う、うん』
『お袋って俺と同い年の頃に幽体離脱のし過ぎで運動不足になって太った事ねーか?』
俺の辿り着いた結論。証拠も証言もないから全て勝手な推測でしかないが、太りそうだって言っただけで固まり、零達はと言いかけて夕飯を最優先させた。つまり、お袋は俺と同い年の頃かそこらで今日と同じ事をし続け太った。証拠も証言もないから合ってる自信はないけど
『そそそそそそそそそそんな事ないよ! きょう、考えすぎだよ! お母さんが太る?やだな~、きょうってば~!』
明らかに動揺し、何かを隠そうとするお袋。この反応を見て俺はああ、太ったんだなと確信した
『いや、考えすぎとかじゃなくて、零達に何か言いかけて止めたのとさっきの太りそうだってところで固まったのを考慮すりゃ過去に同じ事して太ったんだろうなって思うだろ……』
少なくとも俺はそう思う
『い、いやだなぁ~、お、お母さんが太るわけないでしょ~』
動揺してる時点で自白してるのと同義なんだけどなぁ……、仕方ない、ここはあの手を使うか
『そうか。俺の思い過ごしだったか』
『うん、きょうの思い過ごしだよ~』
『そりゃ残念だ。実を言うと俺はスリム系よりもぽっちゃり系の女性が好みで太ったお袋の姿も見てみたかったんだがなぁ……』
あの手とは爺さん直伝、目の前にいる女性のコンプレックスに思っているところを利用して自分から真実を話させる作戦だ。別名唆し
『本当!? きょうってぽっちゃり系がタイプだったの!?』
凄まじい勢いで食いついてくるお袋。心なしか息遣いも荒いような気がする。なんかハァハァいってるのは何でだろう?
『ま、まぁ、どちらかと言えば』
『今の言葉に嘘はないよね!?』
『あ、ああ、ない』
今の言葉に嘘はない。つか、お袋、近い
『じゃ、じゃあ、お母さんがきょうと同じ歳の頃に幽体離脱しすぎで太ったって知っても愛してくれるよね!?』
お袋、幽体離脱し過ぎて太った事あんのな……。それを知ったところで俺はお袋を愛しているぞ。母親として
『ああ、どんな体型になってもお袋はお袋だ。もちろん、俺はお袋を愛しているぞ。家族としてな』
『ええ~! 女としてじゃないの~?』
不満気に頬を膨らませるお袋だが、息子が実の母親を一人の女性として愛しているとかマザコンの域を超えてるだろ。アンタは自分の息子をマザコンを超えたヤバい奴にしたいのか?
『当たり前だ! お袋を女として愛してたら俺はただのヤベー奴だろ! アレですか!? アンタは俺をマザコンを超えたヤバい奴にしたいのか!?』
『もちろん! お母さんはきょうに一人の女として愛してほしいんだよ!』
うわぁ……俺の母親がヤバい人になってるぅ……
『アホか!!』
幽体だとはいえ頭が痛い……。何で俺が実の母親を一人の女として見なきゃいけないんだよ……
『アホじゃないもん!! 恭弥よりもきょうの事を愛してるだけだもん!!』
いい歳した大人がもんとか言うな! それと、サラッと親父に同情したくなるような発言も控えろ!
『お袋、親父に辛辣過ぎね?』
本当はいい歳してもんとか言うなと言ってやりたかったが、それ以上に親父に抱いた同情の念が勝ってしまい、ついそっちに突っ込んでしまった……
『いいんだよ! お母さんはきょうさえいればそれで! 恭弥には恭弥の幸せがあるから再婚した事については何も言わないけど、きょうを家から放り出して再婚した事は許してないから辛辣過ぎるくらいでちょうどいいんだよ!』
『お袋……』
お袋の言葉に目頭が熱くなる。実家に帰った時に親父は娘バカになっていて俺の意見なんて聞きやしなかった。だが、お袋は俺の意見を優先させてくれる。再会した時はそれが異常ではないのかとも思いはした。
『きょう……』
お袋は俺を深く抱きしめた。そして、お袋と俺の唇の距離が徐々に近づく。
『お袋……』
3cm……
『きょう……』
2cm……
『お袋……』
1cm……
『いいんだよ。全てお母さんに任せて』
ついに俺とお袋の唇が重なり……
『いや、任せろじゃねーから。何どさくさに紛れてキスしようとしてんだよ?』
合わなかった。寸前のところで俺はお袋を押しのけた
『ぶ~! きょうのケチ!』
押しのけられたお袋は不満気な表情で頬をリスみたいに膨らませている。
『ケチじゃない! どさくさに紛れてキスしようとしている母親を止めるのは息子として当たり前だろ!』
幽体とはいえ実の母親と、それもマウストゥマウスでキスだなんて高校生にもなって出来るか!
『小さい頃はさせてくれたのにぃ~!』
どうやらこの母親は俺を今でも幼い子供だと思っているらしい
『小さい頃っていくつの時の話だよ!』
『きょうが小学校一年生の頃だよ!』
『俺にそんな記憶はねーよ!』
赤ん坊の頃から四歳くらいの頃ならいざ知らず、小学校一年生の頃に俺はお袋とキスした記憶なんてない
『そりゃ、きょうが寝てる間にしたからね!!』
『そのカミングアウト要らない!』
今になってそんな真実を知らされても困る。
「へぇ~、恭、アンタ小さい頃お母さんにキスされてたんだ……」
「そのお話詳しく聞きたいです、恭君」
「恭くん、実の母親とは結婚出来ないんだよ?」
「恭クン、私にする時は自分の意志でしてくれるよね?」
突然背後から冷たい声と共に殺気を感じる。聞き間違いじゃなければ零達の声だ。振り向いてみるとそこには……
『ちょっと?零さん達?顔が怖いんだけど?目のハイライト戻して?』
ハイライトが消えた零、闇華、琴音、飛鳥と苦笑いを浮かべているセンター長と東城先生、俺の修羅場を心底楽しそうな顔で見つめる蒼と興味なさそうに欠伸をする碧がいた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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