「平和だな」
「平和ね」
一通り遊んだ俺と零は現在、ビーチチェアでゆったりとした時間を過ごしていた
「こんな平和な時間がずっと続けばいいのにな」
「そうね」
日差しの照り付ける屋外なら日焼けを気にしなければならないのだが、ここは屋内でオマケに日は全く当たらない。それもそのはず、ここは元々映画を観るための場所でプール用に作られたものじゃないから、天窓などあろうはずもない。その為、日差しは全く入ってこない
「腹、減ったなぁ……」
「そうねぇ、考えてみれば朝ご飯食べてから何も食べてなかったわね」
「俺なんてこの暑さで朝飯すら食ってない」
「アンタいつか身体壊すわよ?」
「そうは言っても食欲がないんじゃ仕方ないだろ?」
「夏バテかしら?」
「多分な」
客観的に見れば盃屋真央が大変な目に遭っているというのに呑気にプールで遊んでていいのか?と問いただされるだろうこの状況。俺としては被害者である盃屋さんには申し訳ないけど、声優になった以上、気持ちの悪い奴に付き纏われるのも仕方のない事だとしか言いようがない
『きょう~、お母さん的にはきょうの水着姿見れて複眼だけど、お爺ちゃん来るって事忘れてない?』
『お姉さん的には恭君と零ちゃんのイチャイチャチュッチュが見れないのが残念だけどね』
くつろいでいるところで幽霊二人組からお声が掛かる。お袋には忘れかけていた爺さんの事を思い出させてもらって感謝するが、紗枝さん、アンタは俺達に何を望んでるんだ?
「お袋、嫌な事思い出させるなよ。それと紗枝さん、イチャイチャチュッチュはどうかと思いますよ?なぁ、零もそう思────────」
同意を求め、俺は零の方を見た。すると────────
「あ、アタシときょ、恭が……い、イチャイチャ……」
なぜか顔を真っ赤にしてブツブツ言ってた
「はぁ……」
リンゴもビックリなくらい真っ赤な顔をしている零にかける言葉が見つからず俺は溜息を吐くしかなかった。言う事ないのかと聞いてくる諸君、俺と同じ状況になったらなんて声を掛けるのか是非とも教えてくれ
リンゴ零をこちらの世界へ戻した後、爺さんだけならいくら待たせても構わないが、今回は連れがいるらしいからとりあえずプールから出て着替えを済ませたのち、部屋へ戻る事にした。もちろん、今回の騒動の発端については何一つ調べてない
「おっ、やっと戻って来たか! 恭!」
「おおぉ! 君が恭二郎の孫の恭君か! ウチの声優を引き取ってくれてありがとう!」
部屋に戻って来た俺と零を出迎えたのは琴音でも闇華でもなく、爺さんと豪快な爺さん。どっちも爺さんじゃねーか……。声優の事務所の社長って婆さんがやるんじゃねーのか?
「あー、えっと、遅れて申し訳ありません」
リアクションに困った俺はとりあえず遅れた事を謝罪。俺がリアクションに困った話はどうでもいいとして、この社長は現状をどれだけ把握しているんだ?
「よいよい、時間を伝えなかった儂が悪いんじゃから」
全く持ってその通り
「それに、ウチの大事な声優に居場所を与えてくれた恩人だからこれくらいどうって事ない!」
とりあえず怒られなくてよかった……
「そ、そう言って頂けると助かります……」
突っ込みたいところはある。今は些細な事でいちいち突っ込んでると時間がいくらあっても足らないから無視だ
「立ち話もなんじゃ、リビングへ来るといい」
さも当たり前かのように仕切る我が祖父。ここ俺の家なんだけど?
爺さん達に連れられ、リビングへ移動した俺と零。テーブルにはすでに闇華達が就いてる事から俺達が最後のようだというのはすぐに把握した。何で無言なのかは知らんけど
「さて、恭。今回の事について説明してよいかのう?」
全員が座ったのを確認し、爺さんが話を切り出す。いいも何も説明してもらわなきゃ困る。ついでに豪快な爺さんの紹介があると超助かる
「いいも何も説明してもらわなきゃ困る。ついでに爺さんの友達の紹介とアイドル声優について知らない奴がいるからそれについての説明もな」
「分かっとるわい。その辺りは諸々の説明の後じゃ。まずは真央ちゃんが置かれている状況の説明が先じゃ!」
「へいへい」
何で事務所の社長じゃなく爺さんが説明するんだと違和感はあった。だが、この事態の説明をしてくれるのであれば誰でもよかったからあえてスルー
「説明を始める前に恭、お前、盃屋真央という声優をどこまで知っておるのじゃ?」
説明を開始するみたいな事言っといていきなり質問ですか……
「どこまでって年齢的には藍ちゃんと大して変わらないのに数多くの作品に出て、声優関係、アニメ関係の雑誌で表紙を飾ってるってのは知ってる」
本当は出演作関連のラジオのレギュラーを持ってたり、自分のラジオ番組を持ってるのも知ってるが、出すと話が長くなりそうだからこの程度に留めた。まぁ、何となくこの質問で彼女がやった事とその結果が見えてしまったのは内緒だ。
「そうか……、それを踏まえてじゃ、今回何でこんな事になったかを説明させてもらうとじゃな、数年前に公開された真央ちゃんのブログの記事が事の発端じゃった」
「ブログの記事?そんなもので嫌がらせというか、ストーカーされる事ってあるんですか?」
東城先生の疑問は知らない人からすると尤もだ。俺も声優について熱く語れるほど詳しくはないものの、放映されているアニメで気になるキャストがいたら調べ、その過程でブログを見つけては何度か目にした事はある。
「まぁのう」
爺さんは東城先生の質問を曖昧な返事で返すだけで詳細には語らない。いや、語ろうとはしないと言った方が正しい。つまるところ盃屋真央が数年前に公開したブログの記事は歪んだファンにとって許容出来るものではなく、彼らを悪の道に走らせるには十分すぎるほど衝撃的だったらしい。その証拠に盃屋さんを一瞥すると彼女は気まずそうに顔を逸らした
「記事の中身は存じ上げませんけどたかがプライベートの一部を公開しただけでこんな大事になるものなのでしょうか?私は学校ブログしかやった事ありませんけど、そのような嫌がらせを受けた事はありません」
珍しく真面目なセンター長もまた東城先生同様、声優というものを知らないらしい。現に言ってる事がズレている。高校のブログなど本当にごく一部の人間しか見ない。補足として言っておくならコメントを書き込む人間などほんの僅かで書かれないのが普通で書かれるのは多分、十年に一度程度。声優のブログともなるとファンが書き込むからそれなりの量になる
「うむ、学校ブログじゃとコメントを残す人間はごく僅かじゃ。じゃが、人気声優ともなると多くのファンが書き込む。とは言っても現在じゃSNSがあるからコメントはほとんどそっちにシフトするじゃろうけどな」
爺さんの言う通り現在はSNSに書き込むと言うのが主流になっている傾向がある。それに伴ってか芸能関係の人間はSNSを利用している人が多い。今のはあくまでも俺が知っている範囲での情報で全てではないからおそらくそうではないかという予想に過ぎない
「意味分かんない……」
「私もです」
東城先生とセンター長同様に理解不能な零と闇華。前者は単に興味がないから知らなかっただけの二人、後者の二人はそもそもがメディアに触れ合う機会のなかった二人。どちらも仕方ないと言えばそれまでで知らないという事に対して非はない
「東城先生とセンター長は知る機会がなく、零と闇華は今までの生活が生活だ。知らねぇのも無理はない。けど、よかったじゃないか。盃屋さん含め世の中には純粋なファンと歪んだファンがいるって知れるキッカケになったんだからよ」
「恭、アンタ……」
「恭君……」
零と闇華の俺を見る目は完全にゴールデンウィークの時と同じ……。俺の本性を知った時に向けてきた軽蔑にも似た眼差し。そんな目で見られる意味は分からない
「何でそんな目で見るんですかねぇ……、東城先生達はともかく、零と闇華は自分達の身内で見てるだろ?人の醜さってのをよ」
終わった話を今更するつもりなんてなかった。でも、人の醜さを教えるには彼女達の過去を引っ張り出してくる他なく、仕方なく二人の過去を持ち出したのだ
「そ、そりゃ……」
「そうですけど……」
先ほどとは違い、辛そうな顔で目を伏せる零と闇華を見て俺は罪悪感に苛まれそうになる。同時に行動を起こす時には二人を置いて行こう。そう思わされた
「何にせよ盃屋さんがブログで何を書いたかだ。それが分からない以上、やってる連中の動機が分からない」
予想としては異性関係か同業者の悪口。どちらとも面倒な事に変わりはない
「そ、それについては事務所社長の私から話そう……。その前に軽く自己紹介を。私は株式会社CREATE社長の操原創。恭君のお爺さん、恭二郎とは高校からの同級生だ。以後よろしく頼む」
そう言って頭を下げた豪快爺さん。もとい操原創さんから初めて会った時のような豪快さはない。真面目な話をするのに豪快さは必要ないが、どうにも調子が狂う。俺達は操原さんに倣い頭を下げた
「よろしくお願いします。それで、操原さん、盃屋さんがブログにアップした記事の内容ってのはどんなのだったんです?」
「と、とある男性声優と遊びに行った時の写真だ……。訳あって男性声優の名前は伏せさせてもらうが、遊びに行った時に撮ったプリクラを上げてしまったようでな、その時は事務所もすぐに終息するだろうと高を括っていた。しかし……」
「そうはならず、そのとある男性声優の一部ファンと自身の一部ファンからヘイトを買ってしまった」
「あ、ああ……」
まぁ、芸能関係ではありそうな話だな。有名人カップルはそれぞれにファンがいる。公式というか、ファンの間で結婚しろと言われている二人ならいざ知らず、盃屋さんの場合はそうならなかった。第三者がいくら否定しても現状が物語っている
「一応聞きますけど、騒ぎになった時に両者否定は?」
「したさ。付き合ってるわけじゃなく、単なる同業者だとね」
否定してこれだ。俺個人の意見じゃここまで来ると元となった騒動は関係なく、盃屋真央の人気を妬んでの逆恨みのようにしか思えない
「そうですか」
これ以上操原さんの話を聞いたところで何も出てこないと思った俺は席を立った。
「恭ちゃん、いきなり立ち上がってどうしたの?」
「灰賀殿、拙者を助けてはくれないでござるか?」
立ち上がった俺を不安気に見上げてくる東城先生と盃屋さん
「ちょっとトイレに」
「恭! アンタ! 困ってる人を見捨てるの!?」
「そうですよ! 恭君! いつもなら何だかんだ言って助けてくれるのに!!」
「過去のものとはいえ自分の知名度を理解せずに安易な気持ちで異性と出かけた旨の記事を書いた盃屋さんの自業自得だ。出てけとは言わねーけど、ネットへの書き込みは当分自重した方がいいんじゃねーの?」
俺はそれだけ言ってリビングを後に。後ろから零達の咎める声がするが、そんなの気にしない
部屋の前で俺はポケットに入っていたスマホを取り出し、某聞いたら何でも答えてくれる先生を呼び出した
「盃屋真央 スレで出てきてくれると助かるんだけどなぁ……」
公式ページじゃ彼女のライブスケジュールやイベント出演情報くらいしか載ってない。そうなると8chのような掲示板を見るしかないのだが、あそこは書き込む際の決まりはあるくらいで批判するなり擁護するなりは自由。とにかく、本人の前じゃ絶対に見ちゃいけないものだ
「わお、こんなに出てくるなんてビックリ」
盃屋真央 スレで検索し、出てきた件数は軽く百件。その中から今回の騒動関係のものを探さなきゃならないから大変だ
「とりあえず居場所特定関係の書き込みを片っ端から探すしかないのか……」
現在進行形で書き込み可能なスレから一杯になってしまったスレまで全てを探すのかと思うと気が重い
「なら、ボクもお手伝いしましょうか?恭さん?」
隣から声がし、そちらを向くとそこにいたのは────────
「蒼……」
同居人唯一の男子、蒼だった
「零さん達、怒ってましたよ?それに、盃屋さんは泣いてました」
「だから何だよ?ああでも言わなきゃとても出て来れなかったんだから仕方ないだろ?つか、蒼は何て言って出てきたんだよ?俺を殴るとでも言って来たのか?」
「まさか。ボクは単に恭さんが本当にトイレに行ったか確認してくるって言ってきました」
それじゃ俺が信用ないみたいなんだけど?蒼君?もしかして俺って信用ない?
「俺が信用ないみたいな言い方だな」
「そう思うのなら日頃のダメ人間発言を何とかしてください」
あら、蒼君手厳しい……
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