昔やったゲームの詳細な内容を覚えているか?と聞かれれば俺は覚えていないと答える。昔のゲームが何等かの形でリメイクされ、発売されたら間違いなく買う。ゲーム談義はここまでにしてだ、俺は何かを忘れているような気がしてならない。談話室を出てトイレへ行く途中それを思い出そうとして見るも結果は……
「お、思い出せない……トイレに向かう途中で何かがあったような気がするんだが……何だったかな……」
重要な事だったような……大した事なかったような……。思い出そうとすると頭がモヤモヤする。まるで霞がかかったような感じだ。
「忘れるくらいだから大した事じゃねぇか……」
次に教師がいなくなれば思い出すだろと俺は結論付け、トイレへ向かう。俺が思い出せないのはこの館の元ネタとなったゲームの内容。その一部であり、スクーリング全体に関わるような事じゃない。思い出せなかったとしても何とかなるだろ
『そうだよ~、忘れるくらいなんだから大した事じゃないよ~。お母さんももう少しのところまで出かかってるんだけど思い出せない事あるしね』
ニヘラとだらしない笑みを浮かべる早織は何か忘れているようには見えない。むしろこの状況を楽しんでいるようみたいだ。俺としては手放しで楽しめず、どちらかと言うと面倒だという方が大きい
「早織の場合、思い出せないってより思い出そうとしないっつった方が正しいんじゃねぇのか?今は切迫した状況じゃねぇから無理して思い出そうとしなくてもいいけどよ」
今は人の一生や今後の生活が懸かっている状況じゃなく、単なる教員主催のかくれんぼ。教師の一人や二人消えたところで焦る必要なんてないのだ。逆にいなくなった教師を見捨てて帰ってしまおうと思ってすらいる。だって、プライベートで子供同士のかくれんぼだったら今後の交友関係に関わってくるが、学校行事の教員主催かくれんぼ。いなくなった連中の存在を忘れ、スクーリングを楽しんだところで俺的には問題ない。だって、人の一生や今後の生活に影響が出るわけではないしな
『忘れるって事は恭様にとって差ほど重要な事ではないのでしょ?その程度なら思い出そうとするだけ無駄よ。それより、元からかもしれないけれどこの館はこんなに静かなのかしら?』
「は?」
『え?』
神矢想花の質問に俺と早織の目が点になる。ゲームでもそうだったが、この館は元々静まり返っている。電気が点いていても薄暗いからワイワイ騒げるような雰囲気でもない。かと言って館にいる全ての人間が黙ると全体的に静まり返るのかと聞かれると違う。何度も言うようにここの元ネタはゲーム。作中では怪しい人物がいないか残った宿泊客全員で建物全体を隈なく調べる描写があったから足音くらいは聞こえた。同時に怒りに震えた唸り声もな。だから、神矢想花の質問はどこか引っかかる
『気のせいだったら申し訳ないのだけれど、私の記憶じゃいなくなったのは管理人の琴音さんと塚尼という教師。現状二人の人間が消えた事になってるわ。なのに誰もその二人を探そうとせず、教師に意見を仰ごうとすらしない。かくれんぼだって分かっていてもこれって変じゃないかしら?そういう意味でこの館は静かなのかしらと聞いたのだけれど』
俺は神矢想花の意見に眉根を寄せる。彼女の意見はもっともで返す言葉もない。だが、誰も探そうと言い出さない事は確かに変だ。いなくなった琴音と塚尼先生は多分無事で彼女らの安否はともかく、俺は現状、教師が何人残っているか知らない。
「言われてみればそうだな。普通、人が二人消えたら誰かが探しに行こうって言い出してもおかしない。だが、俺が寝ている間に瀧口達がこの館内を隈なく探し回った可能性だってあるだろ?」
『ないわ。私が知る限り、貴方が寝ている間、瀧口君や零さん達はもちろん、他の生徒達も誰一人としていなくなった塚尼って教師を探そうとはしなかったわ』
神矢想花は間髪入れずに俺の提示した可能性を否定した。彼女の言葉が本当なら俺の寝てる間に瀧口達は何もしてない事になる。いくらかくれんぼだって解ってても探すくらいはするはずだ。一体全体何がどうなっている?
「マジで?」
『マジよ』
彼女の言ってる事が本当だったと仮定して話を進めるとだ、俺個人は別に何とも思わんが、教師の視点から見たらかなりヤバいと思う。直接聞いたわけじゃないから確証はないけど、このかくれんぼの趣旨は生徒同士のチームワーク向上。協力していなくなった教師を探し、この謎を解き明かす事を彼らは望んでいるだろう。神矢想花の言ってる事が仮に本当だったとしたら教師陣のねらいとは大きくかけ離れてしまう事になりそうだ。
「マジかぁ……」
これと言った制約がないスクーリングだが、これに関しては同情を禁じ得ない。塚尼先生がいなくなった時は深刻そうな顔してたが、冷静になって考えると単にかくれんぼが開始されただけの事だから慌てる必要がないっつーのは痛いほど解かる。俺自身、そう思っている節があるからな。だからなんだろう。溜息の一つすら出ないのは
『少し情報を与え過ぎたね、きょう』
「ああ。正直、今回の事を企画した先生には悪い事をしたなって思う」
瀧口を始めとした生徒達が全く動かない事に関し、少しばかり教師に同情。同時に制約を設けず、教師が一人ずつ隠れるだなんて十代の高校生にとってご褒美とも取れる企画を考えた教師はもしかしなくてもバカなのではないか?と呆れる。泊りがけ行事に置いて教師の目がなくなるというのは生徒からするとラッキー以外の何者でもない。
『十代の高校生にとって教師が少なくなるのはご褒美にしかならないからお母さんは同情の余地なしでバカだな~って思う。藍ちゃん達ってもしかしなくてもバカだよね』
それには同感。教師がいなくなったところで真面目に探そうって思う奴はそういない。いたとしたら引率している教師の中に恋愛的な意味で好きな先生がいるとか、身内がいるとか以外の理由がない限り探そうとは思わないだろう
「早織さん、さすがにそれは傷つくんですけど……」
突然背後から聞き覚えのある声がした
『傷つくって言われても事実を言っただけだよ。藍ちゃん』
「事実だから返す言葉もありませんが、そういう事は私達教師のいない場所で言ってください」
『いきなり現れといてよく言うよ。それにさ、言われたくなかったらもう少し人間として、社会人としてちゃんとしたら?ただでさえ私達保護者からすると教師って見ていて情けない存在なんだからさ~』
普段どちらかと言うと穏やかな方の早織が今に限って辛口コメントを連発している。どうしたんだ?
「早織さん、もしかしなくても喧嘩売ってます?」
藍の声に怒気が籠る。表情までは見えないけど、腹が立ったのは確かだ。俺だって自分のしている仕事をバカにされたら腹が立つ
『えっ?解っちゃった?』
「あんな言い方されたら誰だって喧嘩売られてると思いますよ。思いはどうあれ自分の仕事を否定されたんですから」
『否定されたくなければちゃんとしなよ~。どうせ保護者や生徒の困ってるって相談をお菓子食べながら自分で解決しろって笑い飛ばしているだけなんでしょ?だから教師は情けなくて無様で存在価値ゼロの仕事って言われるんだよ~。ハッキリ言って今の藍ちゃん達は存在価値ゼロだしね』
早織さん?貴女は教師に恨みでもあるんですか?
「私達教師だって忙しいんですよ。教材研究はもちろん、翌日の授業準備とかいろいろありますし」
藍の言うように教師が忙しいっつーのは解かる。時々藍が夜な夜なパソコンに向かっている姿を見るしな。だから俺は藍を否定しない。他の教師はともかく、藍だけは否定しちゃいけない
『そんなの生徒が帰った後でやればいいでしょ?というかさ~、もう少しマシな企画って言うか、レクレーション考えられなかった?こんなバカなレクじゃなくてさ~』
「こんなバカなレクでも教師同士で話し合った結果、決まったんですけど?」
そりゃそうだ。一人の教師による独断と偏見でこのレクが決まってたら今の早織と同じく俺だってボロクソ言ってる
『話し合いで決まった割には生徒の自主性やチームワーク向上に繋がってないみたいだけど?』
「うっ……!」
早織の率直な意見に藍は押し黙る。彼女の言ってる事は何も間違っていないのは生徒である俺から見ても明白。自主的に探しに行こうと言い出す生徒はいないし、協力して何かを成そうという生徒もいない。これじゃ自主性やチームワーク向上になんてなろうはずもない
『都合の悪い事言われたくらいで黙らないでよ~。これじゃ私が悪い人みたいでしょ?』
早織よ、悪い人みたいなんじゃなくて悪い人なんだよ。教師から見るとな
「うるさいですよ。少し黙ってくれません?」
『嫌だ☆』
「なら腕づくでも黙らせます」
『幽霊の私を相手にどうやって腕づくで黙らせるの~?言っておくけど、霊圧の勝負をしようって言うなら止めておいた方がいいよ?私、きょう程じゃないけど、藍ちゃん程度なら軽く捻っちゃうから』
早織が少し霊圧を上げると周囲が微かに揺れる
「私も嘗められたものですね」
藍も早織に対抗して霊圧を上げると微かだった揺れが先程よりも大きくなった。地震で言うと震度1だから騒ぎ立てるような揺れじゃないが、さすがにこの狭い廊下で霊圧同士の戦いをされるのはマズい
『嘗めてない嘗めてない。ただ、きょうに霊圧を分けてもらった分際で随分と大口を叩くな~とは思ってるけどね』
「大口を叩いたつもりはありませんよ。ただ、年増が何を調子に乗っているんだとは思ってますけど」
二人共落ち着いてくれ……。苛烈を極めつつある女同士の戦いをどう止めるべきかを考えながら俺は天を仰いだ
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