「やっと昼飯か……長かったな」
東城先生に睨まれ居心地の悪い国語の授業が終わり、その後の数学を乗り切り今は昼飯の時間。俺にとって至福の時と言っても過言ではない。
「よぉ、廃墟」
至福の時間が一瞬で崩れ去った。転入生・瀧口祐介によって
「誰だ? お前?」
とりあえず面倒だし、知らないフリをする。俺にとってコイツは由香以上に興味・関心のない存在だ。朝のHRで自己紹介していても名前を覚える気が全くない俺にとってはその辺の石ころ以下の存在だ
「あれだけ殴ってやったのに俺の事忘れたのか? あ?」
イキって絡んでくる瀧口。ここがどこで今が何の時間か忘れたのか?
「イキって絡んでくるのは勝手だが、ここは学校。さらに言うと教室で今は昼飯の時間でお前は転入初日。囲いの女達に嫌われたくなかったら大人しくしてろ」
自己紹介の時にみんなと仲良くしたいとか言ってた割に絡んでくるの早すぎじゃないですかねぇ……
「それもそうだな」
俺は椅子から落ちそうになった。普通さ、イキって絡んでくるじゃん? で、素っ気なく返すじゃん?逆上して喧嘩にならない?いやね?別に喧嘩するつもりなんてないんだよ? ただ、これで終わりかよ!! とは思うけど
「アッサリ引くのな」
「まぁ……前の高校を辞めた理由が俺が中学でお前にした事と同じ事をされて耐え切れなくなったからだから……声掛けたのもお前に謝りたいと思ったからで喧嘩しようと思ってじゃない」
謝りたいのならいきなり廃墟はないだろ……アレか? コイツはアホなのか?
「あ、そう。お前が何を謝りたいのかは知らないが、俺は大切な物を取り戻した。んで、当事者には然るべき十字架を背負わせた。今更お前に謝られても困る」
ここが学校じゃなく、周囲に人がいなかったら俺はコイツを迷わず死ぬまで殴っていただろう。それに、コイツは転入初日にしてクラスの女子を虜にしてしまう程度にはカリスマ性を持っている。長い目で見ればメリットこそあれどデメリットは大してない
「そ、そうか……お前は俺を許してくれるのか?」
甘ったれた事を言う瀧口。俺は許すとは言ってない。だからと言って許さないとも言ってないけどな
「お前の元・彼女にも言ったがな、俺はお前に許すとも許さないとも言わない。自分が過去にした事を十字架として背負って生きていけ。俺からは以上だ」
「分かった……それと、本当にごめん」
「謝罪は要らない。とっとと囲いの元へ行ったらどうだ?」
転入早々囲いを作るとはリア充のコミュ力は化け物か!? と言いたくなる。俺みたいにダリィ、めんどいが信条な奴には羨ましいどころか文化祭、体育祭で大いに頑張ってくれとしか思わないけどな
「か、囲いって……まぁ、そうだな。友達を待たせるのも悪いから俺はこれで」
囲いの元へ戻っていく瀧口。職員室から戻って来た時は女にのみ囲まれていたが、今は男女関係なく瀧口の周りに集まっている。そんな姿を見ると由香が言ってた黒い噂の詳細が気になる。だが……
「俺には関係ないか」
噂の詳細が気にはなっても自分には関係ない。噂だって俺の情報源は由香であり、その由香は実際にその現場を見たと言っていたが俺が実際に見たわけじゃなく、考えてみると俺は瀧口について何も知らないからアイツにどうのこうのとは言えない
「飯……食うか」
瀧口の事ばかり考えてられない。今は飯の時間だ。
「べ、弁当がねぇ……」
さぁ飯だ! と意気込んでカバンを開けた俺は絶望のどん底へ突き落された。
「マジかよ……え? 飯抜きはキツイ」
今朝バタバタしてたわけではない。単純に俺が弁当を入れ忘れただけだ
「今から家へ帰って再登校……いや、そもそも一度学校を出たら中抜けになるだろ……」
通信制高校だから遅刻・早退がないと思ったら大間違い。ちゃんと遅刻も早退もある。ついでに言うなら公共の交通機関が何等かのトラブルで遅れた場合、遅延証明書を提出すれば遅刻扱いにしないあたり校則が緩くともその辺りは普通高校と何ら変わりないのだ。つまり……
「飯を買いに行くと俺は早退扱いされる。そうなったら東城先生と飛鳥に何て言われるか……」
弁当がないのは仕方ない。忘れた俺が悪いんだから。でも、黙って中抜けした事が東城先生と飛鳥にバレたら……
『恭ちゃん、私に何も言わずに中抜けしたらしいね。課題倍か私と結婚かどっちか選んで』
『恭クン、お弁当がないって素直に言ってくれれば私のを分けたんだよ? もちろん、アーンでね』
こうなる。どっちにバレても俺は地獄を見る
「はい、飯抜きか飲み物で空腹を紛らわすの決定」
弁当を忘れたのが悪いと結論付け、俺は教室を出た。ボッチ……ではないと思うけどこの学校で俺には友達と呼べる存在はいない。飛鳥は……ノーカンだ。アイツは友達以上の何かになりつつある
「友達がいたとしても弁当を分けてくれだなんて言えねぇよな」
仮に友達がいたとしても弁当を忘れたからわけてくれとは言えない。ソイツの食う分が減るし、俺も罪悪感に苛まれそうだし
「コーラでも飲んで空腹を紛らわすか」
俺は最近コーラって実は万能なんじゃないか? と思う事がある。映画のお供になったり、鍋のお供になったり、星を見る時のお供、小説を読む時のお供と多種多様な場面でコーラを飲む事が多い。が、食いモンを食ってる時はごく自然な形で飲めるし、何かしている時も自然な形で飲める。コーラ最高!!
「こんな時に彼女がいればなぁ……」
自販機の前に到着しコーラを探す俺の頭に零達の前では絶対に言わない事が浮かぶ。彼女がいれば弁当を分けてもらえたり、作ってもらえる。零達の前じゃ絶対に言えないよなぁ……
「お? 何? 恭クンは彼女が欲しいカンジ?」
彼女か……
「別にいらない」
今の俺にとって彼女は不要……というよりは彼女と女友達の境界線が分からない。手を繋いだり、一緒に遊びに行ったりとかは彼女じゃなくても出来る。いきなり手を握ったら単にヤバい奴だけど。授業で女子と手を握る、転んだ女を起こす時に手を握る。うん、彼女じゃなくてもいいな
「そ、そっかぁ~、俺は欲しいなって思う時はあるんだけどなぁ……」
飛鳥が女だと知っている立場からすると聞きづらい……え~っと、この場合は彼女が欲しいのか?でいいんだよな?
「そうかい。まぁ、飛鳥ならすぐに恋人の一人や二人出来るだろ」
彼女が出来るとも彼氏が出来るとも言えなかった俺はあえて恋人という言葉でお茶を濁した。他の生徒にバラすなとは言われてないものの、心情的にバラしちゃいけないって思ってしまう
「そ、そんな事ないっしょ! 好きな人にアピっても中々気づいてもらえなくて大変なんよ~」
「そうか。大変なんだな」
俺はポケットから財布を取り出して自販機に缶コーラ二本分の硬貨を投入。コーラのボタンを押し、ガコンと音を立てコーラが出てくるとそれを取り出し飛鳥へ渡す
「え?」
「俺の奢りだ」
受け取った飛鳥は目を丸くしていた。俺が奢ったのは予想外だったか?
「奢りって俺何もしてないべ! 奢ってもらう義理なんてないっしょ!」
飛鳥の言う事にも一理ある。というか、何で俺は奢ったりしたんだ?
「まぁそう言うな。感謝の気持ちとして受け取ってくれればいいから」
自分でも奢った理由が思いつかず、つい感謝の気持ちなんて言ったが感謝しているというのは本当だ
「か、感謝って……俺恭クンから感謝される事なんてしてないべ! むしろ俺の方が感謝してるっつーか……」
「俺の方こそ感謝される事なんて何もしてない。何とは言わないが、余ってるところを提供しりどこぞの誰かが都合のいい社畜を探しているのをお前の親父さんに押し付けただけだからな」
飛鳥と一緒に住んでいる現状、職を失った飛鳥の親父に仕事を紹介した話は校内では出来ず、暈して言うしかなかなく、傍から聞いてれば食いモンの残りを分け、仕事を押し付けたという会話に聞こえなくもないのは気のせいか?
「それこそ俺の方が感謝してる! 恭クンには助けてもらってばかりで俺なんて……」
俺なんて……か。コイツはアレですか? 自尊心が低いタイプの人間ですか?
「それ以上言うな。飛鳥にそれ以上言われたら俺の周りにいる奴全員に存在する意味がなくなりそうだ」
飛鳥に自分なんてって言われたら零達の立場がなくなる。
「うん……」
気まぐれでコーラ奢って沈まれたんじゃ堪ったもんじゃねーよ……
「はぁ……一食抜くっつーのはキツイな」
弁当を忘れたという現実を受け止めながら自販機のボタンを押し、出てきたコーラを取り出す。
「え? 恭クンの弁当なら俺が預かってるけど?」
自販機からコーラを取り出した後で知らされる衝撃の真実
「え? 何で飛鳥が俺の弁当持ってるの?」
「何でって恭クンの弁当は俺が作ってるからに決まってるじゃん」
「マジで?」
「マジで」
「それ先に言ってくんない?」
「言う前に飲み物買ってた人に何を言えと?」
「…………とりあえず俺のクラス来る?」
「うん…………」
飛鳥が俺の弁当を作っているという事実をどう受け止めていいか分からなかった俺は彼女を自分のクラスへ誘うしか出来なかった
飛鳥を引き連れて戻ると教室内はガラガラ。そんな中、俺の席に居座る奴がいた
「お、おかえり……」
今日転入してきた由香だ。彼女は弁当も広げず俺の席に座っていた。一緒に弁当食う奴はいないのか?
「た、ただいま。ところで何故俺の席に座ってるんだ?」
「い、一緒にお弁当食べようと思って……」
転入初日の由香は親しい友達がいないのか?と一瞬考えてしまったが、瀧口は転入初日にして男女関係なく囲いを作っている。一概に転入初日で友達を作るのに失敗したと決めつけるのは早計だろ
「そ、そうか、まぁ、二人より三人の方が楽しいっちゃ楽しいか」
「俺もそう思うっしょ! 飯は大勢で食った方が楽しいっしょ!」
「そうだね。ご飯は多い方が楽しいよね」
うん、俺の意見に賛同してくれるのは大変嬉しく思うよ?でもさ、君達の目が一ミリも笑ってないのは気のせいかな?
「何があったのかは知らんが、二人共睨み合うなよ」
「「ふんっ!!」」
「はぁ……」
今日の俺は本当にツイてない。理由は散々語ったから省くが、マジでツイてない。もうお祓い行こうかな……そんな事を考えていた五月の昼下がりだった
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