零達が不安に満ちた表情で見守る中、いよいよ真央(神矢想花)寸前。正直なところ追い出した幽霊がどうなるかなんて俺には分からない。だけど、真央をこのままにしておけないのも確か。その前に─────
「真央、お前、この人に謝れ」
先輩声優である男性に謝罪させるのが先だ
「どうしてかしら?私が謝る理由なんてないのだけど?」
悪びれる事なく言う真央(神矢想花)。俺は茜の話だけでしか状況を知らないから教師みたいにあーだこーだと説教する事は出来ない。だから第三者にその役目を担ってもらいたいところではある。そう思って零達の方へ視線を向けると全員なぜか身を寄せ合って震えていて役に立ちそうにない
「本当にそうか?お前は俺とここへ戻ってくる途中、ここへ戻って来てからもそうだったけどよ、男と見りゃ容赦なく罵倒する。別にお前が誰に嫌われようと俺の知ったこっちゃねーけど、嫌われて困るのは他の誰でもないお前自身なんじゃねーのか?」
説教なんて俺のガラじゃなく、真央(神矢想花)が誰に嫌われようと知った事ではない。神矢想花に身体を乗っ取られてなきゃ多分、俺は突き放すような真似はしなかった。
「困る?私が?どうしてかしら?例え同僚に嫌われていようと私には多くのファンがいるわ。声優でも女優でも需要がある限り仕事は勝手に舞い込んでくるの。だから私が低俗な男に謝る必要なんて全くないのよ?」
真央(神矢想花)の言うように盃屋真央という一人の声優には多くのファンがいて人気もある。だから数多くの作品に出演する事が出来たんだと思う。それは一重に真央の努力の賜物と言ってもいいくらいだ。神矢想花の言う事に間違いがあるとするならば仕事というのは待ってても来ないという事だ
「アンタがそう思ってるならそれはそれでいい。だがな、同僚や身内の前でしてる事ってファンの前でも出るぞ?そうなったら人気は下がり、仕事もなくなるだろうな」
加えて言うなら声優という職業に夢見がちな連中から執拗な嫌がらせだって受ける。そうなれば人気とか仕事の有無ではなく、事務所としては庇い切れなくなるだろう。なんて社会的な事で御託並べてみたけど、結局は俺の家にみょうちきりんな連中が乗り込んできたら面倒なだけだったりする
「それは困るわね……」
さすがに真央(神矢想花)も人気が下がる、仕事がなくなると言われたらヤバいと思ったのか思案顔になった
「だろ?心の中じゃ男が嫌いだろうと何だろうと構わねぇけど、それを口にした挙句、その人単品を罵倒するのは違うだろ」
男嫌いは仕方ない。嫌いなモンは嫌いなわけだし。
「低能な男の意見に同意するのは誠に遺憾だけどそれもそうね。ここで喧嘩して後々いろいろバラされても困るわね」
うん、真央(神矢想花)は何も分かってなかった。この分じゃ謝る流れになったとしても本心じゃぜってー納得いってねぇだろうなぁ……
「だろ?だから、この場で仲直りして綺麗サッパリ水に流そうぜ?」
真央(神矢想花)が本心から悪いと思って謝罪しなかったとしても今の俺には関係ない。一刻も早く真央の中から神矢想花を追い出せさえすればそれでいいんだからな
「後で今日の事バラされても困るし本意ではないけれど、言いすぎた事に関しては謝るわ」
案の定、真央(神矢想花)の謝罪は心からではなく、自分の保身に走ったものだった
「本心じゃなく、自分の保身に走ったもので決して大人としての謝罪ではありませんが、これで許してはくれませんか?彼女は今、体調が悪く、精神が不安定なんです」
ここで拗れても困るので俺は一応、形だけでも真央(神矢想花)をフォローする。さて、男性は許してくれるのだろうか?
「ま、まぁ、灰屋真央を長く見てきて彼女がイタズラに人を罵倒する人間じゃないってのは知ってる。今回の事だっていきなりの事で頭に血が上ってカッとなってしまった。今後こういう事がないように気を付けてくれれば俺はそれでいい」
男性の顔には納得してませんと書いてあったが、何とか許してくれた。さて、謝罪も終わった事だしこっからは俺の仕事をしますか
「んじゃ、仲直りが済んだところで、真央以外は席を外してくれないか?」
男性に当てていた霊圧を引っ込め、俺は零達にこの部屋を出るように言う。さすがにここから先は声優陣と零達には見せていいものじゃない
「恭、アタシ達が出て行かなきゃならない理由を教えてくれない?」
「そうです! いきなり出ていけと言われる筋合いはありません!」
いきなりの出てけ発言に噛み付いてくる零と闇華。確かにいきなり出ていけと言われたら場合によっては噛み付きたくなるのは解る
「恭クン、私達、何かしちゃったかな?」
「グレー、出ていくのはいいけど、ちゃんと理由くらい教えてほしいな~」
苦笑を浮かべる飛鳥とおちゃらけて見せてはいるが、どこか悲しそうな茜。零と闇華もだけど、彼女達は何もしてないし理由だって話せるものなら話したい。それが出来ないのは真央に起こっている事が普通じゃあり得ない事で言っても理解されない事だからだ
「恭くん……」
何も言わない俺をただ見つめる琴音。本当は零と闇華のように噛み付きたく、飛鳥と茜のように出ていけと言われる理由を聞き出したい。けど、自分までそれをしてしまうと収集が付かなくなるから黙っている。自分の本心を抑え込んで。でも、いくら問いただされようと今回の事は言えない
「全てが解決して気が向いたら話てやっから、今は黙って出ていけ」
俺に言えるのはこれが精一杯だった
「何よ! その言い方! アタシ達が邪魔だって言いたいの!?」
俺の言い草にカッとなった零がこちらに来て胸倉を掴む
「ああ。邪魔だ」
その言葉を放った刹那、俺の胸倉から手を離した零は頬を打った。部屋全体に乾いた音が響き渡り、闇華達は目を丸くした
「アタシはゴールデンウィークの一件を経てアンタと少しだけだけど分かり合えたと思っていた。けど、アンタは違ってたようね」
「どんだけ関係が深まろうと全てを分かり合えるだなんて傲慢だろ。分からない部分もあるさ」
「アンタねぇ!!」
再び零に胸倉を掴まれ、今度は思い切り引き寄せられる
「何だよ?ビンタだけじゃ飽き足らず今度は頭突きでもするつもりか?」
「そんなんじゃないわよ。ただ……」
「ただ?ただ何だ?」
胸倉を掴んでいた零は俺の耳元まで顔を近づけ意外にも─────
「今の真央がどうなっているのかアタシには分からないけど、他の人……特に茜達声優には聞かせたくないんでしょ?お膳立てしてあげるから早いとこ何とかしなさい」
と言ってきた。
「な、何で、それを……」
零に合わせ俺も小声で尋ねる
「ここを出る前と後で様子が違えば気づくわよ」
「零、お前……」
「言ったでしょ?ゴールデンウィークの一件でアンタと少しだけだけど分かり合えたと思っていたって。全てを分かり合えるだなんて傲慢かもしれないけど、アンタが何の理由もなくアタシ達を追い出そうとするような奴じゃないって事くらいは知ってるわよ。終わった後、話してくれればそれでいいわ」
俺は零という女の子を少し見誤っていたみたいだ。
「約束する」
「よろしい。んじゃ、最後の仕上げね」
「任せた」
そう言うと零は俺の耳元から顔を離し、掴んでいた胸倉からゆっくりと手を離した。そして─────
「恭! アンタには失望したわ!!」
捨て台詞を残し、部屋の外へ走り去って行った
「ま、待ってよ!零ちゃん!」
マズいと思ったのか茜と声優陣が出て行った零を追いかけ、残った闇華達は……
「恭君、全部終わったら話、聞かせてくださいね?」
「そうだよ恭クン。責任持ってちゃんと話してね?」
「茜ちゃん達のフォローは任せて。恭くん」
言いたい事を言って部屋を出て行った。随分と察しがいいなとは思う。しかし、あからさまに変わってしまった真央を目の当たりにしたら誰だって何かあったと嫌でも解かる。
零達が部屋を出て真央(神矢想花)と二人きり。ここから俺の仕事が始まる
「貴方と二人きりだなんて反吐が出るわ」
二人きりになった途端、真央(神矢想花)の毒舌攻撃!俺に0のダメージが入る
「そう言ってくれるな。俺だって好きでお前と二人きりになったわけじゃねぇ。なぁ、神矢想花」
零達がいない今、建前を言っても無駄だと判断した俺は仕掛ける
「あら、気づいてたのね」
正体を見破られた彼女は特に動揺は見せず、涼しい顔で自分が神矢想花だと認め、余裕の体勢を崩さない
「まぁな。っつっても名前はある人達から聞いたんだけど」
「あの人達ね。全く、口が軽いというのも考え物だわ」
眉間に手をやり、溜息を吐く神矢想花
「口が軽いんじゃなくてアンタが単に信頼されてないだけなんじゃないのか?異性からも同性からもな」
神矢想花─────。彼女がどんな人生を歩んできたのかは分からない。だが、男を見下す態度とものの言い方を見るに信頼されてないだろう事は何となく分かる。
「今何て言ったのかしら?よく聞こえなかったからもう一度言ってくれないかしら?」
今の言葉は神矢想子の琴線に触れたようで、声に若干の怒気が含まれていた
「あ?聞こえなかったんだったらもういっぺん言ってやるよ。そんなんだから異性はもちろん、同性からも信頼されねぇんだよ!」
どことなく神矢想子に似ている彼女はこの煽り文句にどう返してくるか……
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