幽霊はどこまで出来る?そんなの一度たりとも考えなかった。俺が知ってる中で幽霊が出来る事と言えば人の夢に入れるという程度だ。そんな認識しかなかった俺にお袋がしてきたのはある意味では衝撃的である意味では想定の範囲内だった。とんでもない提案には変わりないけどな
『きょう、そういう難聴系主人公みたいな返しは今は……というか、いつも求めてないよ~、お母さんの思いには真っ直ぐに答えてほしいからね~』
目の前にいる幽霊様は自分が初めて聞かされる方からするととんでもない提案をしているというのは自覚してるのか?俺は耳が遠くなったから聞き返したんじゃないぞ……
「難聴系主人公の真似なんかしてない。お袋の提案が俺の想像の斜め上過ぎて理解が追い付かないだけだ」
コンビニで自分の欲しい物を買うついでに何か買ってこようか?みたいなノリで他人様の記憶を覗こうか?なんて言わないでくれ……。
『そうなの?まぁいいや。それで?どうする?お母さん、犯人にトラウマを植え付けた警察官の記憶覗く?』
人の記憶というのは曖昧だ。言った言わないもだが、やったやらないも覚えていられる範囲というのは限られている。お袋の提案は非常に有難いのだが、問題はお袋だけが記憶を見たとして一般人からは見えない、話が出来ないとなるとどうしようもない。詰みだ
「覗くのはいいんだけどよ、一般人から見えない、話すら出来ないとなると見たところで意味はないだろ」
零達や由香、夏希さんはお袋の姿が見えるから何等かの手段を使えば覗いた記憶を見られるだろう。しかし、現段階でお袋の姿が見えるのは俺だけ。覗いた記憶を他の人と共有出来なきゃ何の意味も成さない
『覗いた記憶の共有?そんなの簡単に出来るよ?幽霊が見えなくてもね』
「はい?」
『きょうが言いたいのはお母さん一人が記憶を覗いたところで他の人も見えなきゃ意味がないって事だよね?』
「そ、そうだけどよ……え?覗いた記憶っつーか、お袋が見た物って共有出来るのか?」
『うん、すごく簡単に』
キョトンとした顔で小首を傾げるお袋。まるで俺がおかしいとでも言いたげだ
「お袋が見たものを共有できるとか初耳なんだけど?」
『うん、今初めて言った~』
某ボッチが主人公のラノベに出てくる生徒会長みたいな笑顔を浮かべるお袋を見て頭が痛くなった。実の母親だから可愛いなとか、癒されるなとかは微塵も思わねーんだけどな
「そういうのはもっと早い段階で言ってくれませんかねぇ……」
『だってぇ~、きょうがお母さんとデートしてくれなかったから言うタイミングなかったんだも~ん……』
何で他人の記憶を覗けますよってカミングアウトをするのに俺とのデートが必要なんでしょうか?ぶっちゃけ、家にいる時とか、登下校中にサラッと言うだけじゃダメなんですかねぇ?
「何で他人の記憶を覗けるって言うだけなのに俺とデートする必要があるんだよ……」
俺は『母親と出かけるのはデートじゃない』と喉元まで出かかったのだが、それを言うと……これ以上は何も言うまい。毎度毎度お袋のボケに過剰な突っ込みを入れたらどうなるかを語るのは疲れる
『え~、零ちゃん達に幽霊が見える人は他人の記憶を覗けるってバレたらマズイでしょ~?』
確かに……。零達にこんな事がバレたらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。絶対に俺の記憶を覗いてくる予感しかしない
「確かにそれはバレたらマズイな。でも、俺の中で母親と出かけるのはデートじゃないんだけどなぁ……」
異性であるのには変わりない。だからと言って母親と出かけるまでデートとカウントしてたら世の男子(男性)諸君はどれだけデートしてるんだ?って話になる。それにだ。世の女子(女性)諸君は父親、あるいは兄か弟と一緒に歩いてたらデートって事になる。うん、考えたくもないな
『え~! お母さん的にはデートだよぉ~』
お袋的にはそうかもしれないけど俺的にはそうではない。その話は置いといて話を戻すか
「それはいいとしてだ。覗いた記憶の共有だが、どうすればいいんだ?」
今は早いとここの立てこもり事件を終わらせ、平和な入院ライフをエンジョイするためにどうするか?だ
『ぶ~! きょうが話を逸らしたぁ~!』
ブー垂れるなよ……子供じゃないんだから……
「この騒動が終わったら好きなだけデートしてやっからブー垂れないでくれませんかねぇ……」
実の母であり、幽霊でもあるお袋とデート……言いえて妙な感じだ。言い換えるのなら生者と死者のデートなんだからこれほど妙な話もない。お袋が生きてたとしてだ、実の母親と一緒に出掛けるのだって普通の男子高校生なら嫌がると思う。実際、お袋が生きていたとして同じ事を言われたら間違いなく俺は嫌がっていたと思うしな
『ほんと!? 約束だからね!』
「ああ、約束だ」
何だろう……。初デートにこれと言った拘りなんてねーけど、実の母親という一点を除くとだ。幽霊とデートする高校生ってのは多分、世界中探しても俺一人のような気がしてならない
『やった! きょうとデート!』
俺の思いとは裏腹に小さくガッツポーズをし喜ぶお袋。そんな姿を見せられると約束はしたが守るとは一言も言ってないなんて無粋な発言は出来ない。
「それはそうと、早く記憶を共有する方法を教えてはくれないか?」
時は刻一刻と迫っているなんて緊迫した状況ではない。あくまでも人質として、医療機器を使用している人がいないから能天気な事を思っていられるのだが、警察の突入部隊の事を考えると能天気に振る舞ってもいられない
『うん! 記憶の共有なんだけど、やり方は簡単! 今回のケースで言うとまずお母さんが犯人にトラウマを植え付けた警察官の記憶を覗きます!』
「ああ」
『覗いた後お母さんの額をきょうの額に当てます! 所為熱を測る時の状態ね!』
「ああ」
なんか料理番組のノリになっているのは気のせいか?心なしかBGMまで聞こえてくるんですけど?
『そうするとあら不思議! お母さんが見た景色がきょうの頭の中に流れ込んでくるではあーりませんか!』
前言撤回。料理番組じゃなくて胡散臭いテレビショッピングだった
「そうなのか?」
『うん! その原理は後で説明するとして、きょうの額とお母さんの額を合わせるときょうの頭の中にお母さんが見た物が映像みたいに流れるんだよ!』
どんな原理でそうなるのかは後で聞くとして、今の話だけ聞いてるとお袋の見たものを俺も見る事が出来るらしい。問題はお袋の見たものを犯人達や他の人質達にどうやって見せるかだ
「今の話だとお袋の見たものを俺だけが共有出来るようになっただけだよな?それだとそのトラウマを植え付けた警察官に言い逃れされて終わりだ。犯人グループと他の人質達にも見えなきゃ意味がない」
犯人が立てこもり、人質が俺一人だったとしたら何の問題もない。しかし、人質が複数いるという状態で俺だけがそれを見たところで意味があるのか?と訊かれれれば答えは否。それを証言したところで警察は俺が犯人に脅されているだけと判断しかねない
『そんなのきょうがその場にいる全員と手を握ればいいだけだよ~』
無茶を仰るお母様。その場にいる全員と手を握る?俺の手は二本しかない。手が複数あるのならまだしも二本しかないのにどうやって犯人達を含む全員と手を握れと言うんだ?
「お袋、俺の手は二本しかないんだけど?」
『知ってるよ。何もきょうが全員と直接手を握る必要はなくって、かごめかごめってあったでしょ?』
かごめかごめって確か鬼は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回り、歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ────つまり後ろの正面に誰がいるのかを当てる遊びだったな
「あの鬼が目隠しして中央に座ってってアレか?」
『そう! その時に手を繋ぎながら回ったと思うんだけど、回る事と歌う以外はそれと同じ事をすればいいだけ! そうすればお母さんからきょうへ、きょうから他の人達に記憶の共有が可能だから!』
幽霊であるお袋が見た物を不特定多数の人間と共有する方法は解かった。まぁ、何だ……、こんなアホな話を誰が信じるかって問題が残りはするんだけどな
「それはいいんだけどよ、その話を誰が信じるんだ?今のご時世、幽霊を信じる奴がいるかどうかすら危うい時代なのに」
昔はやれ日照り続き、やれ災害が起きたとなればそれが神の怒りとか言われてた時代もあった。じゃなかったらおまじないなんて存在しない。現代はどうだ?インターネットの発達や電子機器の発展、化学の進歩と便利になってきて神様の存在を信じている人間がいるかどうかすら危うい。なのに手を繋げば他人の記憶を見る事が出来ます?誰がそんな世迷言を信じるってんだ?
『そこはほら! お母さんから共有した記憶をきょうが詳細に話せばいいんだよ! 犯人達が復讐従っている警察官だって当然、犯人だって自分達しか知りえない事を今日初めて会ったきょうがペラペラ話してたら信じるしかないだろうし、それを見た恭弥を始めとする人質達だって信じるでしょ~?』
お袋が普通の人間に見ない以上、方法はお袋が言ったものしかない。仕方ないか……
「しゃーない、他に方法がない以上、それでいくしかないか……」
昔で言うところのまじない師になった覚えなど毛ほどもないのだが、この事件を早く終わらせる為には致し方のない事だった。若干の不安はありはする
『大丈夫だよ、お母さんがついてるから』
お袋は直接触れられないのに俺の頭を撫でる。触れられないから撫でられている感触はないものの、口では表現不可能な安心感が生まれる
「いざって時は頼りにしてる」
『まっかせなさい!』
話が纏まったところで鍵を開け、個室から出て犯人達がいる玄関ホールへ戻る。これからの展開に頭を痛めながら
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