「年上女性なら誰でもいいのかよ……」
東城先生は慣れっ子だと言わんばかりの表情を、内田の知り合い以外の男子は沈黙し、ギャル二人は内田に軽蔑の眼差しを送る。ギャル二人以外の女子は男子同様沈黙している。俺はというと内田達のやり取りを聞いていたから呆れる事しか出来ない
「で? どうなの? センセー? 彼氏いるの? いないの?」
慣れていても疲れるものは疲れるらしく、東城先生は“はぁ……”と深く溜息を吐き、そして─────
「彼氏はいないよ。ただ、気になっている男性はいるけどね」
男子生徒からすると自分にもチャンスがあるのでは?と期待させる回答をした。
「え!? それって俺の事!?」
この内田という奴は相当なお調子者らしい。気になる男性と言われただけですぐさま自分の事だと勘違いしたようだ
「違うよ。それに、私に気になる男性がいたとしても君には関係ないから」
浮かれまくっている内田を軽くあしらう東城先生。
「そ、そんなぁ……」
告白してすらいないのにフラれる内田。そんな調子だと彼女なんて出来ないぞ? 内田。仮に彼女が出来たとしても姉さん女房みたいな感じの彼女だぞ?
「内田君以外に質問のある人いない?」
内田を軽くあしらい、教室全体を見回す東城先生。しかし、他の生徒から手が挙がる事はなかった
「質問がないなら右の席から順番に教科書を取りに来て」
東城先生に言われた通り右の席の一番前に座っている生徒から順番に教科書を取りに行き、全員に教科書が行き渡ったところで授業は終わりとなった
授業が終わり、次の授業は数学。次の授業も教室を移動する事になる。今は休み時間で俺はのんびり出来なかった。
「授業終わったから恭君に声掛けよ!」
「もち! 入学式にいた人達の事聞かなきゃ!」
授業開始前に俺の話題で盛り上がっていたギャル二人が行動を開始しようとしていた。それと同時に……
「よっし! 灰賀クンに年上の女紹介してもらうぜー!」
「だな! 下手したら年上ハーレムだぜ!」
内田とお友達と思しき男子も行動を開始しようとしていた。今日は俺にとって厄日らしい
「はぁ……移動するか」
触らぬ神に祟りなしだ。面倒な事になる前に俺は教室を出た。どうせ他のクラスの教室にも同じ張り紙がしてあるだろうし、最悪職員室で自分の教室を聞けばいい
「親しい間柄の人間ならともかく、そんな関係じゃない人間に家の連中の話をしてやる筋合いはねーからな」
零や闇華、琴音や母ーズの事は他人にベラベラ喋るような事じゃない。特に零と闇華の話はな。それに……
「俺はアイツ等とは絶対に相容れないだろうし」
ギャルやチャラ男が嫌いというわけではない。ただ、俺のように中学時代は部屋に引きこもっていたような人間と内田やギャル二人組のように友達と遊び歩いていたような人間とじゃ住む世界が違う
「ま、アイツ等とはご縁がなかったって事で」
教室を出て他のクラスに行くわけにもいかなかった俺は職員室へ。担任である東城先生が俺の過去をどれくらい把握しているのかはどうでもいいとして、俺の現状をどれくらい把握しているのかは知っておく必要がある
「東城先生が俺の現状を全て把握してるだなんて都合のいい話はあるわけねーよなぁ……」
担任だから全ての生徒の現状を把握している。そんな都合のいい話は存在しない。
「何にせよ本人に確認するか」
俺は早足で職員室へと向かった
「失礼します」
職員室に着いた俺は早速東城先生を探す
「ん? どうしたの? 灰賀君」
出迎えてくれたのは朝同様、東城先生だった。俺って本当に東城先生とのエンカウント率高いな
「東城先生に確認したい事があって来ました」
本当は面倒な事になる前に内田達から逃げてきたというのが本音だ。東城先生に確認したい事があるというのも本当だから嘘は言っていない
「確認? 私に?」
「はい。父から俺の現状についてどれくらい聞かされているのかと思いまして」
入学式の日に言っていた『うちの息子は多分、入学式に姉的な人一人と母親的な人七十八人くらい引き連れていくと思います。で、多分ですけど、集合写真の撮影直前で逃げ出すと思うんでそん時は捕獲してください』という親父からの伝言。親父は伝えてあるから現状を把握しているのは当然。でも、東城先生を始め、この学校の教師達は違う
「現状ね……その話少し長くなりそうだからちょっと待ってて」
東城先生は職員室内にいる一人の女性教師に声を掛け、何かを話し、鍵の束を持って戻って来た
「お待たせ。次の授業の先生には灰賀君は出られないって言ってきたから移動しよ」
「は、はい」
俺は東城先生に案内され、職員室から出て四階へ。
四階の廊下。東城先生はその突き当りにあったドアの鍵を開けた
「さあ、入って」
「し、失礼します」
俺は東城先生に言われるがままに部屋の中へ入り、後に続いて東城先生が中へ入り後ろ手に鍵を掛けた
「それで、灰賀君の家庭事情の話でよかったんだよね?」
椅子もテーブルもなく、薄暗い部屋。あるのは授業で使うであろう大量のノートパソコンとコード。言うならばここはパソコンの保管庫と言ったところか
「はい。先生方が俺の家庭事情をどれくらい把握してるのかと思いまして」
俺の実家については世間の許容範囲内ではあるが一応、複雑ではある。それでも大した問題じゃない。問題なのは今だ
「私達が現状で把握しているのは灰賀君が一人暮らしをしている事、住んでいる家が元々がデパートだったって事くらいで入学式に来ていた人達の事に関しては何も聞かされてないよ」
東城先生の話を纏めると俺がデパートの空き店舗を自分の家にしている事くらいしか学校側は把握してないという事になる。じゃあ、琴音と母ーズの事は何も聞かされてないのか?
「そうですか。ちなみになんですけど、入学式に来ていた人達の事は?」
琴音と母ーズに関しては親父から入学式前に連絡があった。それについてどう思っているんだ?
「あの人達は灰賀君の実姉と親戚だと聞いているよ」
実姉と親戚か……物は言いようだ。親父のヤツ上手い事言いくるめたか
「そうでしたか……。ならいいです」
琴音を実姉、母ーズを親戚と認識しているのなら俺にとって好都合だ。内田やギャル二人組にもそう言えばいいんだからな
「確かにお父様から実姉と親戚だと学校側は聞いているけど、本当は違うよね?」
「はい?」
「はい? じゃなくて、入学式に来ていた人達は実姉と親戚じゃないよね? って言ってるの」
東城先生と知り合ってまだ間もない。だが、東城先生の観察力には目を見張るものがある。何で琴音と母ーズが姉と親戚じゃないだなんて言うんだ?親父だって『姉的な人と母親的な人』としか言ってないみたいで『拾ってきた人』とは一言も言ってないはずだ。
「いや、あの人達は姉と親戚達ですよ」
琴音達の事情を俺が勝手に話すわけにはいかないと思った俺は一先ず誤魔化す事にした
「灰賀君、私にそんな嘘は通用しないよ。あの人達と君は本当はどんな関係なのかな?」
東城先生の俺を見る目が言っている。『下手な誤魔化しや嘘は通用しない』と
「本当はどんな関係も何もあの人達は本当に姉と親戚ですよ」
下手な嘘や誤魔化しは通用しないとは分かっている。それでも俺は誤魔化し通すしかない
「灰賀女学院」
「─────!?」
「君のお婆様が作った学校だよね?」
俺は東城先生の口から灰賀女学院というワードが出て驚いた。何で東城先生が婆さんの作った学校の名前を知ってるんだよ?
「そ、そうですけど、それをどこで?」
まだ開校して間もなくとも調べれば出てくる。ただ、意図的に調べなきゃ出てこないけどな
「どこでってホテルの従業員が灰賀君を見て『あの子、灰賀女学院理事長の孫だよね?』って話しているのを聞いたんだよ」
「なるほど。でも、それだけだと入学式の日に来ていた人達と俺が只ならぬ関係だとは言えませんよ?」
俺が灰賀女学院理事長の孫だというのはホテルの従業員が話しているのを聞いたという事で説明がつく。それはあくまでも理事長の孫だという説明だけで俺と琴音達の関係を証明する事にはならない
「そうだね。今の話だけだと灰賀君は灰賀女学院理事長の孫だという事は証明出来ても入学式の日に来ていた人達との関係がどんなものかまでは証明出来ない。でもね、あの入学式の日に君がその新入生の娘と母親を拾うと宣言したのをホテルの従業員が聞いていてその従業員が私の身内だって言ったらどう?」
東城先生の言葉に俺は何も言い返せなくなった。大きなホテルに勤めている奴が簡単に客の情報を身内とはいえ部外者にペラペラ喋っていいのかよ? とか、あの時ホテルの従業員は見てないからきっと外から聞いてたんだとは思う。ホテルの防音設備どうなってんだよとかホテル側に文句はあっけどな
「はぁ、降参しますよ」
東城先生との舌戦は俺の敗北により幕を下ろした。東城先生も口の軽いホテルの従業員に助けられた部分が大きいけど
「そう。じゃあ、全て話してね」
「分かりましたよ」
敗者が勝者に逆らう事は許されず俺は誰にも言わないという約束をさせ、東城先生に全て話した
「────というわけです」
「そんな事情があったんだね」
「ええ。本当は他人にベラベラ喋る事じゃないと思うんですけど、詮索されるのも面倒なので東城先生にだけ特別にお話しました」
東城先生にだけ特別に話したとは言っても俺は完全に東城先生を信用したわけではない。教師の中に俺の事情を正確に把握している教師がいてくれれば楽だってだけでな
「そう。私が特別……」
特別という言葉を噛み締めている東城先生。心なしかその頬は真っ赤に染まっているように見えるのは俺だけだろうか?
「学校に一人でも俺が現在どんな環境にいるかを把握してくれている先生が一人でもいてくれた方が楽です。なのでそういった意味では東城先生は特別ですよ」
「そっか。でも、そういうところは昔から変わってないんだね。恭ちゃん」
「きょ、恭ちゃん?」
「うん。久しぶりだね。恭ちゃん」
柔らかな笑みを浮かべる東城先生に俺は戸惑うだけだった。久しぶりと言われましても俺には覚えがない
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