熊75のバスに乗り、橋の手前にあるバス停白川1条1丁目で下車し、俺達は東城家に向かって歩いていた。それにしてもデカい家と空き地が多いな……
「静かでいいところです。私も将来恭君と結婚したらこんな場所に住みたいです」
「闇華ちゃん、恭クンと結婚するのは私だよ。当然、静かな場所で夫婦仲良く住むのも私」
俺と東城先生の後方を歩いている闇華と飛鳥はどっちが俺と結婚してのどかな場所に家を構えるかを議論している。当の本人である俺を差し置いて
「二人ともこんなところで言い合いしないで。それに、恭ちゃんと結婚するのは私」
東城先生、教師なら歩きながら言い合いしているのを止めましょうね?火に油注ぐような事言わないでくれませんか?
「今の俺は誰かと結婚するって言った覚えはないんだけどなぁ……」
東城先生と結婚すると幼い頃に宣言してしまったらしい俺は強く言う事は出来ず、呟くだけだった。東城先生と結婚する云々は東城母に聞こう。そうしよう
「幼い頃、恭ちゃんは私と結婚すると言った」
「だから今のって付けて言ったんだよ。はぁ……」
拾った日に告白してきた闇華。何故か好感度が高い飛鳥。幼い頃一緒に遊び、結婚すると言った東城先生。好感度が高いのは零達も同じ事ではある。俺にはその理由がサッパリ分からない
「恭君! 私達だっていつまでも若いわけじゃないんです! 早いとこ誰と結婚するのか決めてください!」
「そうだよ! 私なんて後三年もすれば二十歳なんだよ! だから早く私と結婚するって言ってよ! 恭クン!」
闇華も飛鳥もまだ十代じゃねーか……それを言ったら東城先生なんて……
「闇華ちゃんと飛鳥はまだ十代。出会いはこれからだってある。でも、私は二十二だから早く結婚したい。ね?恭ちゃん?」
ね? とか言われましても……っていうか、東城先生? 貴女もまだ二十二じゃないですか……教師歴で言うと新米じゃないですか……結婚を焦る年齢でもないですよね?
「揃いも揃って結婚を焦る歳じゃねーだろ。焦って結婚すると碌な事ねーぞ」
俺に結婚歴はない。もちろん、周囲に早い結婚で苦労したという経験を持っている人間もいない。今言ったのは俺の想像でだ
「恭ちゃんは結婚の重要性がまるで解っていない」
「そうです! 恭君は結婚について真剣に考えるべきです!」
「二人に同感! 恭クン! 女の子にとって結婚というのは大事な事なんだよ!」
「お、おう、そ、そうか……」
俺は東城家の前に行くまでの道中、闇華達から結婚の重要性についてという有難くも何ともない授業を受けさせられた。
闇華達から有難くない授業を受けさせながら歩く事五分─────。
「ここが私の家」
和風の屋敷とは言えないまでもそれなりにデカい家の前に辿り着いた。どうやらこれが東城家らしい
「「「で、デカい……」」」
普通の家にしてはデカすぎる外観に俺達は開いた口が塞がらないでいた
「そう?別に普通だと思うけど」
長年住み慣れた家だけあって東城先生は特に気にした様子はない。慣れてりゃデカいとは感じないわな
「いや、デカいって藍ちゃん」
「恭クンに同意。デカすぎますよ……東城先生」
「そうです! デカすぎますよ」
闇華と飛鳥がどんな家に住んでたのかは知らない。デカすぎるって言ってるって事は普通サイズの家に住んでいたのは確かだ。で、闇華と飛鳥の基準でもデカすぎるって事は普通の家からするとデカいんだろ
「そうかな? まぁ、この辺は空き地が多いからそう感じるんじゃない?」
東城先生の言う通りバス停から東城家に来るまで空き地が多かった。仮に空き地がなくても東城家はデカいと思うが……この辺はデカい家が多いからなぁ……
「やべぇ……距離感とか諸々狂いそう」
「わ、私もです」
「私もだよ」
距離感とか諸々の感覚が狂いそうな俺達を余所に東城先生は“ただいま”と言いながら玄関の引き戸を引き、俺達はそれに続き“お邪魔します”と言って家の中へ
「あら、藍。おかえり」
「ただいま、母さん」
出迎えてくれたのは東城先生の母親。見た目は瓜二つではないが、この人の母なんだと感じさせられる
「うん。ところで……恭は分かるけどそっちの二人は? 藍の生徒?」
東城母は東城先生の後ろにいた俺達を見て目を丸くした。俺の事は分かっても闇華と飛鳥は分からないから当たり前か
「片方はそうだけど、もう片方は違う。生徒って言うなら恭ちゃんも私の生徒」
東城先生の言ってる事は間違ってない。闇華は東城先生の生徒じゃないけど俺と飛鳥は東城先生の生徒だ。もっと言うと俺に至っては担当するクラスの生徒になる
「そう。ここで立ち話でも何だから上がって?お茶でも出すから」
「そうだよ。遠慮なく上がって」
「「「お、お邪魔します」」」
東城母案内の元、俺達は居間へ通された。それにしても東城先生って外見もそうだけど、喋り方も母親似だったんだな
「やっぱ居間も和風だよな……」
外観と玄関が和風で居間だけ洋風だなんて事をするのは家の親父くらいだ。俺ん家は全て洋風だけど
「何言ってるの? 恭? 和風の家なんだから当たり前でしょ。それより適当に座ってて。今お茶入れるから」
「あ、私手伝います!」
「私も!」
闇華と飛鳥が手伝いを申し出た。いくら客だとはいえ何もしないのも悪いよな
「気持ちは有難いけど、君達はお客さんなんだからゆっくりしてて。お茶くらい入れられるから」
手伝うと言った二人の申し出を東城母はやんわり断った
「それを言うならお母さんも座ってて。お茶を入れるのは私がやるから」
「でも……藍も疲れてるんじゃないの?」
「大丈夫だよ。恭ちゃん家は快適だから」
「そうなの?」
「うん。だからお母さんは休んでて。お茶は私が入れる」
「で、でも……」
「いいから。何かしたいって言うなら恭ちゃん達の話し相手でもしてて」
「わ、分かった」
と、いう事で俺達と東城母は東城先生がお茶を入れている間、居間で待つ事になった
「藍がお茶を入れている間軽い自己紹介しておこうか。私は恭以外知らないから」
東城母からすると俺以外知らないというのは間違いじゃない。俺からすると東城先生の事を覚えてなかったんだから当然、東城母の事を覚えているわけがないから知らないも同然なんだけど
「東城先生のお母さん?俺も東城先生の事を覚えてなかったわけですし、二人と同じだと思うんですけど……」
東城先生から幼い頃一緒に遊んだと聞かされた。一緒に遊んだという事は当然、東城母にも会った事がある。しかし、俺は覚えてない。覚えてないという事はだ。いくら相手が過去に会った事があると言ったところでこっちが覚えてないのなら初対面も同然だ
「そりゃ、一緒に遊んでいた頃の恭は五歳で藍は十二歳。私とも会った事あるけど、五歳だったから覚えてないのも無理はないよ」
「え? 今、何て……」
「だから私と会った事もあるけど、五歳だったから覚えてないのも無理はないって」
「いや! その前! 俺と一緒に遊んでいた頃の東城先生は何歳だって言いましたか!?」
「十二歳。藍が恭と遊んでた頃は小学校六年生だよ」
初登校の日に聞かされた話と違うんですけど……
「き、聞いてた話と違うんですけど……」
「そうなの? ちなみに藍は何て言ってた?」
「先生から聞いた話ですと俺が一緒に遊んでいた歳は四~五歳の頃。当時の東城先生は小学校二年生だったって言ってました」
普通に考えれば解かる事だ。俺の年齢が十五歳で東城先生が二十二歳。その年の差は七歳。それを踏まえて東城先生が小二で五歳の俺と遊ぶというのはどう考えたって無理がある
「藍……思いっきり嘘を教えたんだ……」
「藍さん……」
「東城先生……」
俺の話を聞いた東城母は頭を抱え、闇華と飛鳥は引いていた。当事者である俺はコメントに困る。何だこれ
「俺も早く気が付くべきでした。東城先生と俺の年齢差は七歳。よく考えてみれば小二の東城先生が五歳の俺と遊ぶだなんてタイムスリップでもしない限り無理でしたね」
初登校の日に自分の担任から幼い頃に一緒に遊んでいただなんて話を聞かされたからと言い訳をするつもりはない。考えが至らなかった俺が悪いんだからな
「藍から話を聞かされた時に気付こうよ。その話は後にして、とりあえず自己紹介。私は東城朱莉。東城藍の母。次は……そっちの黒髪の子」
朱莉さんは自分の自己紹介を終えると闇華を指名した
「は、はい、私は八雲闇華と言います。藍さんの生徒ではありませんが、同居人です! よ、よろしくお願いします!」
「うん。よろしくね。じゃあ、次はそっちの子」
闇華の自己紹介が終わり、軽く挨拶をすると次は飛鳥を指名した朱莉さん。東城先生は間違いなく朱莉さんの子だ
「はい。名前は内田飛鳥といいます。東城先生のクラスではありませんが、授業を担当していただいてます。私と東城先生の関係は生徒兼同居人です」
飛鳥の言っている事に間違いはなく、全て本当だ。俺も初登校の日に確認してみてビックリした。国語、数学、英語と習熟度別ではあるものの、担当が全て東城先生だった事、飛鳥と同じだった事は今でも衝撃的だ。一つ違うのは初登校の日と違って面倒だとは思ってないって事くらいだ
「よろしく。ところで生徒兼同居人って事は飛鳥ちゃんも恭が一人暮らししてるところに住んでるって事でいいんだよね?」
「は、はい、私の父親が職を失って家族揃って路頭に迷っていた事を恭クンに相談したらお仕事と住む場所を提供してくれました」
住む場所はいいとして、仕事を提供したのはタイミングよく爺さんがトラックの運ちゃんを探しているから紹介したまでだ
「そう。昔から恭は優しかったけど、人様の父親に仕事を紹介出来るまでに大きくなっていたとは思わなかった。住む場所は今住んでる場所を提供するだけだから何の問題もないけど」
今住んでいる場所を提供すればいいだけ。東城先生の父親が俺の現状を親父経由で知っているわけだから当然、妻である朱莉さんも知ってるとは思っていた。本当に知ってるとは思いもよらない
「住む場所については部屋が広すぎるし余ってるから提供したまでです。仕事に関しては偶然祖父がトラックの運ちゃんを探しているという理由で飛鳥の父親が勤めていた会社の人間全員に声を掛けさせていただいただけですよ。全て偶然です」
偶然と余り物を提供しただけで大きく成長したと言われても嬉しくない
「それは恭がそう思っているだけ。助けられた方が恭と同じ事を思っているとは限らない」
朱莉さんが言いたいのは俺が偶然が重なっただけと思っていても相手はそうは思っていないと言いたかったんだと思う。だけど、引きこもり生活が長かった俺には人の感情を正しく理解する事はまだ難しい
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