「はぁ……」
茜達が出て行き、重苦しい空気が流れ、俺は深い溜息を吐く。椅子に拘束されたままだから誰一人として追いかけないのか?と聞いてくる者はいない。
「やっちゃったわね、恭」
「やっちゃったと言われてもなぁ……」
この件には明確な悪者はいない。発端はお袋の単独行動だが、茜と真央が出て行った原因は違う。単独行動をした理由を隠したからだ。
「やっちゃったでしょ。茜と真央、泣いてたじゃない。それをやらかしたと言わずに何て言うのかしら?」
女を泣かせただけでやっちゃったと言われても困るぞ……
「泣いて出て行ったでいいだろ。元はと言えば俺の単独行動が原因だけどよ、俺にだって言えない事や一人になりたい時はある。今回がそうだった。それだけの話だ」
茜が隠し事に対して過剰になる理由は分からない。昔隠し事をされて辛い目に遭ったのかもしれないしそうじゃないかもしれない。隠し事をされるのは自分が信用されてないと言われているみたいで悲しくなるかもだが、友達だから、昔から親しい仲だからといって全てを話せるか?と言われるとそうじゃなく、友達だから、昔から親しい仲だからこそ言えない事というのもある
「恭ちゃん、いくら何でもそれは冷たすぎない?」
「そんな事ねーだろ。茜を悪く言うつもりはねーけど、人には言えない事の一つや二つある。現にゴールデンウィークの一件がいい例だ。いや、あれは言いたくないとか知られたくないからじゃなく、ただ俺が言わなかっただけなんだけど」
ゴールデンウィークの一件は言いたくないから、知られたくないから言わなかったんじゃない。言う必要がないから言わなかった。今回の事とは少し違う
「恭君、詳しくは言えなくてもせめて単独行動については謝った方が……」
「分かってる。単独行動に関してはちゃんと謝るさ」
闇華の言う通り単独行動に関してはお袋がした事だとはいえ俺に非がある。闇華と飛鳥にも心配をかけたからちゃんと謝らないといけない。具体的に何をしていたかまでは答えられないけどな
「それで済むと本気で思ってる?あたしはそれじゃ済まないと思うよ?」
由香が何を言っているのか理解出来ない……単独行動が原因なんだからそれについて謝罪すれば全て終わりだろ?
「茜達が出て行ったのは俺の単独行動が原因だ。それについて謝れば全て済む話だろ?」
「そう思ってるのは恭だけだよ。あたし達はそうじゃない」
そうじゃないと言われても……今回の事に関しては俺が謝れば済む話だろ?
「恭くんにも言える事と言えない事があるのは解かるよ?でもさ、私────いや、私達は君が単独行動をした明確な理由が知りたいんだよ?」
琴音の言う事は単なる傲慢だ。幼い子供ならどこへ、何をしに行くのか明確に伝えなきゃいけない。小学校でも遊びに行く時は保護者に一声掛けろって教わり、安全上の事を考慮すると子供の居場所を知っているというのは保護者はこれ以上ないくらい安心だ。じゃあ、高校生は?未成年という意味では子供だ。でも、身体という面では未熟ではあるものの、大人と大して変わらなず、何かあれば自分で対処する知恵や思考する頭もある。
「ガキじゃあるまい、明確な理由なんてなくてもいいだろ。本当はちゃんとした理由があったとしても知られたくない理由だってある。茜や真央もだけどよ、心配なのは解るけど、行動を知られる方からすると窮屈過ぎだ」
ヤンデレが嫌いじゃないのと窮屈は違う。ヤンデレ女の中には逐一何をしているか報告しろって奴もいるらしく、それが原因で別れるって話も少なくはない。ブログとかでヤンデレとの別れ話やメリット、デメリットの記事を読んでると本当に大変だと思う。
「恭くん……」
何か言いたげにこちらを見る闇華。でも言葉が出ないのか彼女は何も言わずに俺を見るだけだった
「何度でも言うが単独行動に関しては完全に俺が悪い。でも、単独行動の明確な理由は言えない。特に真央と茜にはな」
俺は闇華だけじゃなく、零達にも言い聞かせるように言う。言葉の裏にこれ以上の干渉はするなという思いを込めて
「恭はあたし達を信頼してなかったんだね……。あたし達────少なくともあたしは恭の事信じてたんだけどな……」
由香は悲しそうに笑うとそのまま部屋を飛び出した
「私も由香ちゃんと同じ思いです」
由香に続き闇華も退出。そして……
「由香ちゃんと闇華ちゃんには私から言っておくよ」
苦笑を浮かべた琴音も退出。残されたのは零と東城先生だけとなり────
「恭ちゃん、これでいいの?」
「闇華達、絶対に傷ついてたわよ?」
茜と真央が出て行った時と同じく怒るでも泣くでもなくジッと俺を見つめ、零と東城先生が訊ねてきた
「別にいいだろ。さっきも言ったけどよ、相手の事を全て知りたいだなんて傲慢だ。自分が話してほしいと思っても相手にとっては話すのが辛い事や話しづらい事だってある。世の中には知らなくていい事だってある。それよりも拘束を解いてくれないか?」
闇華達が泣いたり悲しそうな顔されるよりも今は拘束されたままの方が辛い
「ご、ごめん、忘れてた……」
「あ、アタシも……」
東城先生と零は俺の拘束を解き始め、その間、俺は部屋を出た連中の事を考える。自分が全て正しいとは思わない。世の中には言える事と言えない事がある。相手の事を全て知りたいだなんてのは単なるエゴでしかない
零と東城先生により、拘束を解かれた俺は────
「ふぃ~、やっと自由になれた」
身体をほぐしていた
「拘束されたくなければ単独行動は控える事ね。全員に言えとは言わないけど、事情を知っている誰かには一声掛けるのを心掛けて行動しなさい」
「零の言う通りだよ、恭ちゃん」
「はいはい」
母親のような事を言う零と東城先生。そんな二人に反抗的な態度の俺。俺達のやり取りは完全に親子のそれだ
「全く、恭にも困ったものよね……」
手のかかる子供だと言わんばかりに肩を竦める零。単独行動をしたのは俺じゃないって彼女は知っているはずなんだけどなぁ……
「まぁまぁ、恭ちゃんだって好きで単独行動したんじゃないんだからそれくらいで勘弁してあげて」
「そうだぞ。つか、藍ちゃんはともかく、零は俺がお袋に身体貸してたの知ってるだろ?」
零はお袋が俺の身体に入っていく場面を目撃している。当然、着替えを手伝ったのも一緒に山へ行ったのも俺であって俺じゃないってのは知っていて零から話を聞いた東城先生にも同じ事が言える。二人は事情を知っているのだ
「知ってるわよ。だからあの廃墟で謝った時にちゃんと許したわ。真央と茜はともかく、闇華達は事情を話して謝れば許してくれるんじゃないかしら?」
零の言う通り闇華達は事情を話せば許してくれると思う。ちゃんと話を聞いてくれるかは別として
「闇華達はそれでいいと思うが、ちゃんと話せてそれを聞いてくれるかは別だろ。今のアイツらは俺に不信感しかもってないだろうしな」
「確かに、闇華ちゃん達が出て行く時、恭ちゃんへ向けていた目は完全に疑いの目だった。事情を話して信じてくれるかは微妙なところだね」
「だろ?こんな時に取れる選択は信じてもらえるまで頑張るか時間が経つのを待つかの二択だ」
信じてもらえるまで頑張るとは言っても何をどう頑張ればいいかは分からない。これが浮気なら誠心誠意尽くすか彼女あるいは妻以外の女とは連絡を取らない、キャバクラ等の女が大勢いる店には行かないとか目に見える形で信用を勝ち取るのは可能だ。今回みたいな場合、浮気したわけじゃないから具体的に何をどうするかから考えなきゃならないのがネックだ
「はぁ……アタシ達が様子を見てくるわよ。ついでにどうしたら恭を許すかも聞いてきてあげる」
「そうだね、私と零の二人で闇華ちゃん達と真央ちゃん達の様子を見るついでに恭ちゃんにどうしてほしいか聞いてくるのが一番手っ取り早い」
そう言って零と東城先生は俺の返事も待たず出て行った
残された俺は特に何をするでもなく、ベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めていた
『きょう、お母さんのせいで大変な事になっちゃってごめんね……』
天井を眺めていると申し訳なさそうにしながらお袋が上から顔を覗かせた
「別にいいさ。アイツらの詮索にはウンザリしていた部分もあったしな」
茜と対面で知り合ったのは最近だが、彼女を始め、闇華達の詮索にウンザリしていたというのは事実。遅かれ早かれこうなるのは何となく分かっていた
『きょう……』
「ヤンデレ女は嫌いじゃねぇ。むしろ俺にはヤンデレくらいがちょうどいいとすら思ってっけど、さすがに事あるごとに詮索されてイラつかない、面倒にならないほど俺は人間出来てねぇだ、多分、今回の事がなくともいずれ嫌気がさしてた」
詮索されるというのは気分がいい。誰かに注目されてんだからな。気分がいい反面、しんどくもある。いつも監視されているような感じがして落ち着かず、何をしていても心が休まらない。詮索されて嬉しく思うのは最初で何回も続くと嫌になるのは当然の事だ
『きょうはお母さん達の事を疎ましく思う?』
俺はお袋達をどう思ってんだろう?疎ましく思ってたのか?分からない……
「分かんねぇ。もしかしたら疎ましく思ってるかもしれねぇな」
『そっか……』
「ああ。口では疎ましく思ってないって言ったところで内心じゃ疎ましく思ってるかもしれねぇからな」
社交辞令というものが世の中には存在する。立場が上だったり取引先の人間を前にし、心にもない事を言わなきゃいけない場合なんて腐るほどあり、本音をぶちまけられる場所なんて居酒屋か自宅くらいだ。だから俺はこの手の質問に断言はしない
『本音と建て前は別だもんね』
「ああ」
お袋との会話はこれを最後に途切れた
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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