あの事件から一夜明けた今日。当然の事ながら事件は終わっていない。あの後犯人達は逮捕され、お袋の事を親父に説明しようとするも『今日は疲れたから明日にしろ』と言われ、諸々の説明を次の日である今日に持ち越し。しつこいと思うかもしれないけど俺にとって昨日の事件は忘れる事はない。何故なら─────
『灰賀君、退屈だわ。何か面白い事をしなさい』
昨日悲惨な最期を遂げた千才さんが幽霊となって俺の隣にいるからだ
「おかしいだろ!!」
何がおかしいって俺は直接見たわけじゃないけど確かに千才さんは昨日悲惨な最期を遂げたはずだ。なのに今日になってちゃっかり俺に憑りついている。何もかもがおかしい
『おかしくなんかないわ。おかしいのは灰賀君の頭でしょ?』
「いやいや! アンタは昨日悲惨な最期を遂げただろ! なのに何で俺に憑いてるんだよ!」
死んだ人間が幽霊となり、人に憑りつく期間など俺の知る由もない。だから細かい事はお袋の方が詳しいと思う。それでも変だ
『あら、私が憑りついてたら変かしら?』
「変だよ! つか! 同級生達はどうした!? 普通ならアンタは死んだ後も永遠に消えない苦しみとかが待ってるんじゃねーのかよ!!」
悲惨な末路を辿った人間は大抵の場合、死んだ後も苦しみ続けるというのがホラゲの王道的展開だというのにこの人はそんなのお構いなしと言った感じだ
『紗李達?それならもうすぐ戻ってくるわ』
「はい?」
『日本語が理解出来なくなったの?紗李達はもうすぐ戻ってくるわよって言ったの』
日本語が理解出来なくなったわけじゃない。アンタの言ってる事が理解出来ないだけだ
「それはさっきも聞きました。じゃなくて! いろいろと突っ込みどころ満載なんです!」
『うるさいわね。それより、早く面白い事をしなさい。私、退屈って嫌いなのよ』
アンタが退屈してようと何してようと俺には関係ない。現状について説明しろ
「いやいや! 現状についての説明が先だろ!」
こっちとら親父への説明だってあんのに面倒事を増やすな
『説明なら貴方のお母様にして頂きなさい。詳しいのでしょ?』
「はいはい、そうしますよ。それと、退屈を凌ぎたいのならテレビでも見ててください」
昨日も思った。この人は神経図太すぎだと
『私、テレビ嫌いなのよ』
身も蓋もない事を言わんでくれませんかねぇ……
「はぁ……」
平穏な入院ライフが崩れ去る……。昨日の一件だけなら運が悪かったと諦めもついたものだが、こうなってくると溜息しか出ない……
『溜息吐いてると幸せが逃げるわよ?』
その溜息の原因はアンタだよ!! と声を大にして言ったところで何も変わりはしないと思った俺は早々に諦め、無言でテレビを点けた。
テレビを点けてから五分。しょうもないバラエティー番組を垂れ流し、そろそろ飽きてきた時だった
『きょう~、今戻ったよ~』
『ただいま! ちーちゃん!』
『灰賀君、千才に迷惑掛けられてない?』
『千才に何かされたらいつでも相談してね?力になるから』
幽霊女子メンバー帰還。お袋は普段通りだが、昨日とは別人の三人を見てもう一度
「おかしいだろ!!」
昨日はまともな言語能力を有してなかった三人が親し気な感じで俺に話しかけてくる。本当に何がどうなっているんだよ
『きょう、気持ちは解かるから落ち着こうか~?』
「落ち着けるか!! 俺だけか?この状況をおかしいと思うのは俺だけなのか!?」
『まぁまぁ、ちゃんと説明するから~』
「それならいいけどよ……」
多少の不満はあるものの、説明してくれるというのならそれに越した事はない。納得のいく説明をしてもらおうか
『偉い偉い。ご褒美にお母さんがなでなでしてあげるね~』
お袋、俺の歳考えろ。母親に頭を撫でてもらって喜ぶ年齢はとうの昔に過ぎた
『じゃあ、私はおっぱいパフパフでもしてあげようかしら?灰賀君、そういうの好きでしょ?』
千才さん?貴方は生前俺をどんな目で見てたんですか?
『ちーちゃんがするならわたしもやる!』
紗李さん、張り合わないでください
『なら私は膝枕を……』
麻衣子さん、触れられないのに何を言ってるんですか?
『じゃあお姉ちゃんは一緒にお風呂入ってあげよっか?』
紗枝さん、アウトです
「撫でるのもパフパフも混浴もいらねぇから説明をしろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
昨日は麻衣子さん達が雄叫びを上げていたが、今日は俺が雄叫び上げる羽目となった。
「アンタら、次ふざけたら押しつぶすからな」
『『『『『ごめんなさい』』』』』
大人の女性とは思えない女五人に霊圧を当てとりあえず黙らせた。最初からこうしておけばよかったと今になって思う。俺よりも年上の女性達が自分の目の前で正座している光景はシュールな事この上ない
「よし、じゃあ、説明しろ。千才さんが俺に憑いてる理由、怨念が強すぎるあまり言語能力を失った麻衣子さん達が喋れるようになった理由、ついでに千才さん達が仲良くなってる理由をな!!」
昨日のパンツ集団もとい立てこもり犯達は千才さんへの復讐心から犯行に及んだ。麻衣子さん達はお袋が連れてきた時点でまともな会話が出来ない状態。千才さんとの人間関係も言語能力も元に戻らないと思っていたのだが、蓋開けてみれば和気あいあい。うん、ふざけんな
『千才ちゃん達を代表してお母さんから説明させてもらっていい?』
「ああ、それは構わない。っていうか、こういう事の説明には最適だろ」
『じゃあ、僭越ながら、まず千才ちゃんがこうなった理由から説明するね』
「頼む」
千才さんと話した事なんて爆弾予告の怪文書の時に一回だけ。だから詳細な人間性とかまでは分からない。当然ながら家柄も
『千才ちゃんの件に関しては簡単で死ぬ直前に強く死にたくないと思った……でも、死にたくないと思い、幽霊になったとしても自分の意志を伝えられなければ意味がない。そこで! きょうの登場! きょうなら強い力を持ってるし、自分と意思疎通ができる! だから千才ちゃんはきょうを選んだんだよ!』
お袋の説明は毎度毎度の事ながら分かりやすい。分かりやすくはあるのだが、ドヤ顔は止めろ
「おかしいだろ! 俺を選んだ意味!!」
世の中探せば霊感の強い奴なんて山のようにいる。何が言いたいかと言うと、憑りつくのは俺じゃなくてもいいだろって事だ
『そんなのお母さんに言われても~……文句なら千才ちゃん達に言ってよぉ~』
「分かってるよ……それで?千才さん達は何で俺なんだよ?」
視線をお袋から件の千才さん達の方へ移す。千才さんに関して言えば生前俺に幽霊が見えるとは一言も言っていない。にも関わらず彼女は俺のところに来た。何もかもがおかしい
『そんなの決まってるじゃない。私の身近で幽霊が見えるのって灰賀君以外にいないでしょ?』
「身近ってほど身近じゃない気もしなくはないんですけど……それはこの際どうでもいい。アンタ達は何でそんな和気あいあいなんだよ?昨日は麻衣子さん達は千才さんを殺しかねない感じだったろ?」
殺しかねない感じで実際に殺されたから笑えないのだが、済んだ話を蒸し返しても仕方のない事なので最早言うまい
『あ~、あれね、確かにわたし達はちーちゃんを恨み、憎んだよ?憎しみのあまり言語能力を失ったしね』
紗李さんの言葉に苦笑いを浮かべつつ頷く麻衣子さんと紗枝さん。昨日の様子を見る限り恨み憎んだというのは確認するまでもなく本当だと思うから疑う余地などない
「だったら何で今はそんなに和気あいあい何ですかねぇ……」
紗李さんの言ってる事が本当だと仮定し、考えても結論的にこうはならない。俺の人生経験が浅く、人としての器が小さいだけなのかもしれないのは重々承知だ
『それはね─────────』
『そこから先は私が話すわ』
続きを話そうとした紗李さんを制し、千才さんが前へ出た
「出来る事なら紗李さん達と和気あいあいになった理由まで話してくれると助かるんですけどね」
昨日見た千才さんの記憶が高校何年生の時かは分からない。東城先生に聞けばいいんだろうけど、何て聞けばいい?まさか高校生の頃に同級生が何人か自殺しただろ?何て聞けるか!
『まず私が殺された後どうなったかを話すところから始めないといけないわね』
当たり前だ。捕まった立てこもり連中はともかく、紗李さん達は言語能力を失ってたんだ。そんな状態しか知らなかったのに気が付いたら和気あいあいで仲良し三人娘となっていてオマケにお袋との関係も良好だなんて納得出来るか
「そうですね。俺は直接見てませんけど、それなりに悲惨な有様だったみたいですし」
俺が見たのは千才さんが自動ドアを突き破って飛ばされていくところまででその後どうなったかまでは詳しく知らない。紗李さん達が怨念に憑りつかれていた事や吹っ飛んだスピードを考えると助からないだろうけど
『まぁ、自分で言うのも何だけど酷い有様だったわよ?何なら詳しくその時の状況を話しましょうか?』
「遠慮しておきます。それよりも今は俺のところに来た理由と紗李さん達とどうやって仲直りする事が出来たかです」
シレっと自分の最後を話そうとする千才さんのメンタルは一体どうなっているのだろうか?つか、こうして死んだ人間が幽霊として目の前に現れるという現象に慣れると人間の死を軽んじそうになる。だが、命というのは一人一つだ。そこは勘違いしちゃいけないという事を肝に銘じておく必要がありそうだ
『そう。それよりも私が死んだ後の話だったわね』
「ええ」
『あの後は────────』
千才さんは自分のした事が悪い事だと自覚してなかった。少なくとも昨日までは。だからこそ悲惨な最期を迎えたわけなのだが、そんな彼女の口から何が語られる?
『ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
『ギィィィィィィィャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』
「え?ちょ────────」
昨日、私は戸惑いの声を上げる間もなく外へと放り出され、何かに叩きつけられた。それが何かは分からなかったけれど、気が付いたら─────────
『う、浮いてる?どうなっているの?』
私は宙に浮いていた。
『ゆ、夢を見ているのかしら?それとも、まだ不思議な力で宙に浮かされているのかしら?』
この時は夢あるいは不思議な力で宙に浮かされたままだと思っていたわ。でも────────
『ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
『ギィィィィィィィャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!』
灰賀君に煽られている時には聞こえなかった声を聞いてすぐに自分の置かれている状況が普通の状況じゃない事を知った
『ひ、ひぃぃぃぃぃ!! な、何よ!? 何なの!? 貴女達!?』
辛うじて人間の姿を保ってはいる何かがいきなり目の前に現れ、情けない声を上げ、腰を抜かしてしまった
『ちー……ちゃ……ん……』
『『ちと……せ……』』
これまで狂ったように声を上げていた人の形をした何かが私を懐かしい呼び方で呼ぶ。下の名前で呼ばれる事はあれどちーちゃんと呼ぶのは過去に関わってきた人達の中で一人しかいない。私は恐る恐る彼女の名前を呼んだ
『さ、紗李……?』
『う……ん……、ひさ……しぶり……ちー……ちゃ……ん』
紗李は私が高校生の時に自殺した。いや、私が追い込んで殺した。こんな形で再会するとは思わなかったけれど
『ひ、久しぶりね……』
紗李との再会を素直に喜べない。当たり前よね、私は彼女に酷い事をした。灰賀君に問い詰められた時は何を謝ればいいのか分からないと言ったけれど本当は分かっていた。犯罪を犯すまでに追い詰めてしまった人達、自ら命を絶たせてしまった紗李と麻衣子、橋から川へ投げ入れた紗枝に償いをしないといけないけない事なんて最初から分かっていた
『う……ん……ひさ……し……ぶ……り……』
先ほどとは違い、狂ったように笑いはしないものの、言葉はたどたどしい。原理は分からなかったけれどそんなになるまで追い詰めたのは私だという事はすぐに理解した
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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