神矢の騒動から一週間。俺と飛鳥は退学せずに済み、一件落着……とはいかなかった
「きょうおにいちゃん!」
教室内、他の生徒がいるにも関わらず俺にベッタリくっ付いて来るのは内田飛鳥その人
「おー、よしよし」
「えへへ~」
俺が頭を撫でると嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女。最初こそ注意もした。その時は泣きそうな顔して“きょうおにいちゃんはあすかのこときらい?”なんて訊かれ、慌てた。今となってはいい思い出だ
「いつになったら元に戻るのやら……」
今の飛鳥は前みたいに男の格好ではなく、ちゃんと女子の格好をしている。元々女子だったし違和感はない。あっ、それこそ意外だったのは学年の連中が飛鳥は女だと打ち明けたら意外や意外、みんなアッサリ受け入れてくれた事だ。曰く『元から中世的な顔付きだったから女だと言われても驚かない』らしい
「きょうおにいちゃん! じゅぎょうたのしかったね!」
「あ、ああ、そうだな……」
もう一つ驚く事に飛鳥は学校の授業に付いてこれた。これが一番驚きだ
「おひるたべよ!」
「ああ、そうだな」
俺はカバンから二人分の弁当を取り出し、机に並べる。そうなった原因は琴音が飛鳥の負担を少しでも軽くしたいからというのが発端だ。それを提案された俺は大した荷物にならないと思い、二つ返事でOKを出した。
説明するの怠いから神矢が星野川高校を去った日……俺が化け物呼ばわりされた日まで遡って話をしよう
俺が化け物呼ばわりされたあの日、琴音達に悲しそうな顔をさせ、お袋に泣かれた後の話
「…………帰る」
琴音達やクビを言い渡されなかった教師陣、センター長からの視線を一身に浴び、耐え切れなくなった俺は一言呟いた。目は口ほどにものを言うとは俺の為にある言葉だと痛感した
「ま、待って! 灰賀君!」
居たたまれなくなり職員室を出て行こうとしたところでセンター長から呼び止められた
「何でしょうか?」
「あ、いや、あの……」
センター長は俺を呼び止めたはいいが、上手く言葉が出ない様子だ。そりゃそうだ。いきなり揺れが起きたと思ったら俺の言葉で物が浮かび、それが自分達目掛けて飛んでくる。原理はともかく、その元凶にどんな言葉をかけたものか戸惑うのも無理はない
「用がないなら俺は帰ります」
戸惑うセンター長と恨みの視線を浴びせる解雇教師達を放置し、自分のカバンを取りに教室へ向かおうとした時だった
「恭、学校……辞めないよね?」
東城先生が不安そうに尋ねてきた
「辞める……それもいいかもしれませんね」
俺はハッキリ辞めるとも辞めないとも言わずどっちつかずな返事を返す。正直どうしようか決めあぐねていた。
「そ、そんな……」
俺の返事を聞いた東城先生の顔は絶望一色。辞めるなんて一言も言ってないんだけど? それもいいかもとは言ったけど
「そんなって……辞めるとは一言も言ってないんですけど……ただ、自主退学も視野に入れて考えているってだけの話です」
お袋と再会した日に俺達のやり取りについては話しかけられても人前じゃ反応しないという取り決めをし、力について取り決めをしてなかった。だから俺が熱くなり、力を使い、誰が犠牲になろうとも関係ないだなんて事じゃ済まされない
「恭が学校を辞める必要なんてないんだよ?」
「そうだよ! 恭くんが学校を辞めなきゃいけない理由なんてどこにもないよ!」
俺を擁護してくれる東城先生と琴音。この二人は何で俺を恐れない? 自分の力を誇示するわけじゃないが、俺は人知を超えた力を使ったんだぞ? それに、辞めるって言ってないよ?
「学校を辞めるか否かは別として、俺は当分学校に来ない方がいいと思う。東城先生と琴音はともかく、他の先生や事のあらましを知った生徒は怯えるだろ?」
幸い────いや、不思議な事に生徒達の中に誰一人として騒ぎを聞きつけ突撃してきた奴はおらず、俺が暴走したのは教職員達と琴音、飛鳥しか知らない。生徒達が知らないのはこの時だけできっと教師陣の中にはそれを公言する奴も出てくる
「で、でも────」
琴音が異を唱えようとしたその時だった
「飛鳥?」
飛鳥が無言で俺の元へやって来て服の袖を掴んだ
「あすか、きょうおにいちゃんこわくないよ? さっきはちょっとビックリしたけど、やさしいきょうおにいちゃんのままだったよ?」
そう言うと飛鳥はニコっと笑顔を浮かべた
「そうか?結構ひどい顔してたと思うぞ?」
鏡を見たわけじゃない。だけど、教師達に殺意を向けた時の顔はひどかったと思う
「そんなことないよ」
飛鳥は服の袖から手を離そうとはせず俺の意見を否定した。
「飛鳥の言う通り、恭は恭のままだった」
「二人の言う通り、恭くんは恭くんのままだったよ」
言ってる事はよく分らなかったが、飛鳥達が怖がってないのが幸いだった。
「はい、話も纏まったところで灰賀恭君」
ハッピーエンドと思われたところに思わぬ横槍が入る。それをしたのはセンター長だ
「はい」
「起こった現象についてはいずれ話してもらうとして、今回の件で私は灰賀君に退学しろとは言いません。もちろん、内田さんにもね。元は私達教師の不甲斐なさが招いた事。灰賀君を化け物と言うのならそれを生み出してしまったのは私達教師です」
センター長は何時ぞやとは違い丁寧な口調、丁寧な言葉で俺に告げる。今回の件は自分達の不甲斐なさが原因だと
「で、ですが、解雇された教員はともかく、解雇を免れた教員達は怯えると思いますよ?」
「そうでしょうか?生徒達には秘密ですが、教員達はこの建物が灰賀君がご好意で提供してくれたと話してあります。解雇した教員達の頭からはその事実が抜けてたようですが。つまり、先ほどの現象は防犯機器の誤作動。そうでしょ?」
俺を見て笑みを浮かべるセンター長。誤作動……今回ばかりはそう言う事にしとくか
「そう……ですね……大声を上げるとセンサーが反応するようにしてある機器の誤作動です」
「解雇を免れた先生方、それでよろしいでしょうか?」
センター長が教師陣の方を向き、確認を取る。教師達は口々に『ま、まぁ、機器の誤作動なら仕方ないか……』とか『私達が神矢先生を止められなかったのが原因ですし……』とか呟いた。そして、センター長は俺に向き直り……
「そう言う事ですので明日からも変わらずに登校して来てくださいね?」
と言ったので俺は────
「分かりました」
そう答えるしかなかった。
あれから一週間が経ち、現在、俺は……
「きょうおにいちゃん! あーん!」
笑顔の飛鳥にエビフライの刺さったフォークを差し出されていた
「あ、あーん……んぐ、うん、美味い」
このエビフライを琴音が作ったのか、市販のものかは不明だが、美味いものは美味い! 人間時には正直に生きなきゃな!
「ちょっと! いい加減にしてよ!」
今まで黙っていたであろうクラスメイトの一人、一応、俺の義姉である由香が怒鳴り声を上げた
「ひっ……!」
その怒鳴り声に驚いた飛鳥は短く悲鳴を上げる
「んだよ? 昼飯くらい静かに食えないのか?」
俺は訝し気に由香を見る。マジ昼飯くらい静か且つ平和に食わせろ
「恭達がイチャついてなきゃ静かに食べられたよ! お互いにアーンし合うだなんてどこのバカップル!?」
由香の言う通り俺と飛鳥は今まで全てのおかずと白米を全てアーンで食べさせ合っていた。こうしないと飛鳥が泣く。仕方なかったんだ
「仕方ないだろ? こうしないと飛鳥泣いちゃうんだから」
「仕方なくないよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺と飛鳥は由香の絶叫をBGMに互いに食べさせ合った。周りの生徒達が顔を赤くしていた気もするが気のせいだろ。
絶叫が響き渡った昼が過ぎ、授業が全て終わって下校時間となり、俺達は加賀の運転する車で家へ向かっていた。
「すぅ……、すぅ……」
授業の疲れが出たのか飛鳥は俺にもたれ掛かって寝ている
「よっぽど疲れたんだな……」
夕日のせいで飛鳥の顔が紅く見える。恋愛ドラマのワンシーンのようだ
「きょう……おにいちゃん……」
「俺の夢見てんのかよ……」
もたれ掛かっている飛鳥の頭をそっと撫で、俺は外の景色を楽しむ事にした
家に着き、飛鳥を起こす。だが、彼女は起きる気配を全く見せず、仕方なく俺が寝ている飛鳥を負ぶって部屋まで連れて行く事に
「よく寝るなぁ~……」
車から降り、飛鳥を負ぶってエレベーターに乗った俺は背中で寝息を立てている彼女を見て呟く。背中に柔らかい二つの感触が。普通の状態なら役得だと多少は喜んだだろう
「んぅ……ここ……どこ……?」
幸せそうに寝息を立てていた飛鳥が目を覚ましたようだ
「家だよ。ついでに言うとエレベーターの中だ」
「きょうおにいちゃんのおんぶ……、あすか、ねてたんだ……」
俺に負んぶされている状態から自分は寝ていたんだと瞬時に判断した飛鳥の状況判断能力には目を見張るものがある。今はそんなのどうでもいいけど
「ああ。幸せそうな顔してたが、いい夢でも見たのか?」
「きょうおにいちゃんとけっこんするゆめ……」
「そっか。俺と結婚する夢か……」
「うん」
女子は結婚を意識するのが早いのか? と疑問を持ちながらもそれを聞かなかった。今の飛鳥は身体こそ出るところは出て締まるところは締まっている。その精神は子供であるため、そんな質問をしても俺が納得のいく答えは返ってこない
「俺と結婚したら飛鳥は何がしたいんだ?」
幼い子供に結婚したら何がしたいだなんて有り体な質問だ。つくづく俺は女性の扱い方を分かっておらず、語彙力が低いと思う
「ん~とねぇ……おおきなおうちにすんで……、まいにちあすかがおにいちゃんをおこしたい!」
「そっか」
「それでね、まいにちきょうおにいちゃんといっしょにねるの!」
飛鳥の言う夫婦生活は誰もが一度は描くであろう理想の夫婦生活だった
「そっか」
ありきたりな夫婦生活を嬉しそうに話す飛鳥に上手く返せない。自分とは無関係な子供の夢だったら毒の一つでも吐いてた。
「うん! ねぇ、きょうおにいちゃん……」
「何だ?」
「きょうおにいちゃんはずっとあすかのそばにいてくれる?」
「もちろん」
普段は断言なんてせず、曖昧な返事をする俺。それは同級生だからであり、勝手な主観だが、多くは語らなくても言葉の意図を読んでくれると思うから曖昧な返事をする。今の飛鳥にゃそんなの通用するとは思えず本音を言うほかない
「じゃあ、あすかのことずっとまもってくれる?」
「ああ」
「やくそくだよ?」
「ああ、約束だ」
神矢の一件は星野川高校教師陣の不甲斐なさが招いた事だ。それはいい。が、飛鳥が守ってくれる? と俺に訊いて来たという事はだ。極論を言ってしまうと星野川高校の……いや、星野川高校に限らず彼女は教師というものを信用していない。そう言う事になる
「恭クン、約束したからね? ずっと私の側にいて……私を守ってね?」
不意に飛鳥の口調が子供返りを起こす前のものに戻り、首に回された両腕に力が入る。
「ああ、俺は約束は守る男だ」
「破っちゃ……イヤだよ……?」
「破らねぇよ! それより、飛鳥」
「ん? 何?」
元に戻ったのかなんて確認するまでもない。俺は彼女に一言こう言った
「おかえり」
「ただいま」
一時はどうなる事かと思った。しかしだ。そんな状況でも意外と何とかなるらしい
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