『恭! どこにいるの! 出てきなさい!』
『恭君、どこに隠れてるんですかー?早く出て来ないと会った時大変な事になりますよー?』
『恭ちゃん、出て来ないと課題これ以上に増やすよ?』
『恭くん、出てこないって事はお仕置き確定だね』
『お義姉ちゃんから逃げるだなんて悪い義弟には躾けが必要なのかな?』
モニターに映っているのはゾンビってよりも脱出系のホラゲで暴走を始めたキャラみたいになっている零達。虚ろな目でホテルを徘徊していた時は怖いという感情は浮かばず、飽きもせずよくやるな程度の認識でしかなく、コーラでも飲みながら高みの見物をしていた。それが今となってはちょっとした恐怖でしかなく、万が一にもここへ突撃されたら俺は茜、盃屋さんという二人の人気声優がいようとも霊圧で彼女達を黙らせようと思ってすらいる
「煽り過ぎたか……」
俺を探し回る零達は鬼の形相。それこそ煽った俺が後悔する程だ。それよりも怖いのが……
『茜ぇぇぇぇ!! 出てくるでござる!!』
木刀を振り回し、叫ぶ盃屋さん。彼女が何で怒りの表情を浮かべ、茜を探し回っているのかは謎だ。きっと何か因縁があるんだろうな
「こりゃ見つかったらタダじゃ済まなさそうだな……」
頭の片隅にはいざとなったら霊圧で黙らせればいいかと甘えた考えがあるのだが、このホテル内を徘徊しているのは零達身内だけではなく、操原さんを始めとする株式会社CREATEの皆様もいて迂闊にいつものように霊圧ぶつけて~っていうのは困難を極める
「まぁ、見つかった時の対策はその時に考えるとしてだ……」
俺は茜と飛鳥の方へ目をやり様子を窺うと二人は今にも泣きそうになりながら身を寄せ合って震えていた
「はぁ……、マジでやり過ぎたな……」
身を寄せ合い、震える飛鳥達を見て自分はやり過ぎたと痛感させられる。今回は零達を煽っただけだからこれと言った後悔はなく、苦悩する事も葛藤する事もないけど、これが命に関わる事だったら……そう考えると反省せずにはいられない
「悪い、ちょっとやり過ぎた」
零達を煽ればどういう事になるかなんて最初から目に見えていた。なのにそれをしてしまったせいで二人には怖い思いをさせてしまった
「い、いや、私達も結構楽しんだからそれはいいんだけどさ……」
「あ、飛鳥ちゃんの言う通り真央っち達を煽る事に関しては楽しかったからいいんだよ、グレー。それよりも……」
「それよりも?それよりも何だ?」
「「この部屋寒くない?」」
寒い?言われてみれば身体の節々が痛いような気が……って! 寒っ!
「さ、さみぃ……」
夏だから外が寒いという事はなく、だとすると部屋のエアコンが効き過ぎてるとしか考えられない。そう思って俺はエアコンのリモコンを確認してみたが、電源は入っていない。つまり、エアコンは動いてすらいなかった。となると考えられる原因は……
『きょ~う~、お母さんを差し置いて飛鳥ちゃん、茜ちゃんとイチャつこうだなんていい度胸してるね~』
顔に笑顔を張り付け怒りに震えるお袋しかいない
「わ、悪い、ちょっとトイレ行ってくるから飛鳥達は毛布にでも包まっていてくれ」
「「わ、分かった……」」
俺は飛鳥達を残し、お袋と話をすべくトイレへと向かった
トイレへ入るとすぐに鍵を掛ける。お袋と話している最中に飛鳥が入って来る分には何の問題もない。しかし、これが茜だったら俺は間違いなく精神病患者として病院へ放り込まれ、入院生活を余儀なくされるだろう。警戒しておいて損はない
「お袋、単刀直入に聞くけど部屋の温度が下がったのって」
『お母さんが霊圧で下げたからに決まってるでしょ~?』
私、怒ってますといった感じで悪びれもせず答えるお袋。俺だけ、俺と飛鳥だけならまだしもここには霊圧どころかお袋が死んだ事すら知らない茜がいるんだから下手な事はしないでほしい
「あのなぁ……」
本来であれば霊関係とは無縁な茜のいる前で怪奇現象擬きを起こすなと叱責するべきなんだろうけど、ここはトイレで全く事情を知らない茜がいる手前、怒鳴りつけるわけにはいかず、俺はそこから先の言葉を飲み込んだ
『だって! きょうが飛鳥ちゃん、茜ちゃんとイチャつきたいとか言うから! お母さんだっているのに!』
いるのに! って言われてもお袋は死者だ。死者とイチャつきたいとか言ったら俺は完全に頭のおかしい奴。仮に生きていたとしても重度のマザコンでどっちに転んでも俺がヤバい奴になる
「そうは言われても茜の前でお袋の話なんて出来るわけないだろ。アイツにはお袋の姿はもちろん、声すら聞こえないんだからよ」
身内でも零達同居メンバーと夏希さん、親父、由香、爺さんとお袋が見える人は少なく、婆さんに関して言えば見えるのかすら怪しい。同じ部屋で同居している面子の中で唯一盃屋さんだけは見えない。というよりも彼女のいる前じゃお袋が話しかけて来ようとも反応はせず、幽霊関係の話もしないんだけどな
『それでも! お母さんはとっても寂しかったよ!』
子供かよ……。まぁ、放置される寂しさは分からなくもない。
「悪かったよ……、今夜コッソリ抜け出して海に連れてってやるからそれでチャラにしてくれないか?」
深夜に女性と二人きりで行く場所に海というのはベタなチョイスだとは思う。仕方ないじゃないか、ここには海と山しかないんだから
『海に行って愛してるって言ってくれるなら考える……』
今のお袋は欲しいお菓子を買ってもらえずにいじけてる子供みたいだ
「分かったよ。それでお袋が許してくれるなら何度だって言う」
『なら許す!』
息子に愛してるって言わせる約束を取り付けただけで機嫌がよくなるだなんて単純すぎるぞ……
「んじゃ、一件落着したし戻るか」
『うん!』
お袋の怒りを鎮めた俺はトイレから出て飛鳥達の元へ
飛鳥達の元に戻ると零達の誰かがいたという事はなく、トイレに行く前と同じ光景が広がっていた。唯一違ったのは俺がお袋を連れてトイレへ行っているうちに部屋の温度が上がったのかエアコンが付いてる事と飛鳥達がパソコンで何かをしていた事だけだ
「おかえり、恭クン」
「グレー、おかえり」
「ああ、ただいま。それよりも何か作業をしていたのか?」
飛鳥は高校生で茜は声優。二人共パソコンを使って何か作業をするとは思えないが、遊んでいたのか?と聞くのも失礼かと思い、あえて何の作業をしていたか聞く
「グレーがトイレに行ってる間暇だったからスペースウォーやってだけで作業だなんて大それたものじゃないよ」
「そうだよ、恭クン。私達は特別な作業なんてしてないよ」
それは知ってる。何か作業をしているのならキーボードのタイプ音かマウスを操作する音が絶えず聞こえてくる。そのどちらも聞こえないけど、パソコンに向かっているって事は十中八九ゲームで予想は見事的中。当たったところで全く嬉しくないけど
「そうか。ところであれから零達の様子はどうだ?未だに俺を探し回ってる感じだったか?」
俺が最後に見た時の零達はお怒り状態。そんな彼女達がそう簡単に俺の捜索を諦めるとは考えにくいものの、もしかしたらという事も無きにしも非ずだ
「いや、今もグレー捜索は続いていてさらに言うとこっち側に来てるから見つかるのも時間の問題だよ」
茜の言うこっち側とは言うまでもなく俺らがいる西側の事だ
「って事は東側は探し尽くしたという事か……」
「だろうね。画面越しに零ちゃんが“このあたりにいないって事は西側ね!”って言ってたし」
飛鳥のモノマネが妙に似ていたのは置いといて、今西側に来ているのは零だけなんだろうか?
「それだけ聞いてると西側にいるのは零だけっていう風にしか聞こえないが、他に来ている奴いるのか?」
零だけならまだ何とかなる。だが、零だけじゃなく、闇華達もとなるとこの部屋に辿り着くのは時間の問題だ
「零ちゃん以外はまだ来てないよ」
「それならまだ何とかなるな」
「何とかってどうするの?グレー」
「どうするってアイツら全員を昨日飯食った場所に呼び出すんだよ」
この部屋に公序良俗に反するものはなくともホテル内全ての様子が映し出されているモニターはある。これが見つかったら最後、彼女達は怒り狂うか何かしらのイチャモンを付けてくるのは火を見るよりも明らか。そうなる前に零達を一か所に集めた方が効率がいいのは明白ではある。しかし、親父が女装し、爺さんに酌をしていたホールは俺とお袋、当事者である爺さん達しか知らず、徘徊している連中全員を集めるのは不可能。そうなると零達を呼び出す場所は消去法で昨日飯を食った大ホールしかない
「集めるのはいいけど、恭クン一人で行くの?」
「そうだけど?」
飛鳥と茜が一緒にいて何か不都合があるのか?と聞かれれば答えは否。だけど、零達が一堂に会した場で俺と同じ部屋にいると口を滑らさないとも限らない。
「真央っち達を集めた後はどうするの?グレー一人でどうにかなるの?」
「ああ、もちろん。何とかなるからアイツらを一か所に集めるんだ」
不安そうな顔でこちらを見る茜。大方俺一人ではどうにもならないと思っているのだろう。別に戦いに行くわけじゃないんだけどなぁ……
「本当?本当にグレーだけで何とかなるの?」
「まぁな。俺にはいざって時の切り札があるんだよ」
「切り札?何それ?」
「切り札は切り札だ。それ以上でもそれ以外でもない」
人よりも高い霊圧を持っていますとは言えないよなぁ……。切り札ってだけで茜は納得してくれ────────
「その切り札について詳しく教えてくれないなら私も一緒に行くから」
ないよなぁ……。何て説明したものかなぁ……
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