「恭君、私達を置いて零ちゃんと二人でどこに行ってたんですか?」
闇華達が起床し始めたところにタイミング悪く戻り、捕獲された俺は現在、硬い床に正座させられ、顔を上げると闇華を筆頭にお怒りメンバーに見下ろされる形で睨まれるという連絡なしに深夜帰りをしたサラリーマンか浮気がバレた彼氏状態を満喫している真っ最中。方や零は椅子に座って優雅にくつろいでいる。
「腹が減ったから飯食ってきたんだよ」
疚しい事をしたわけじゃないので俺は正直にありのまま自分の行動歴を伝える
「そうですか、私達を差し置いて零ちゃんと二人で食事……随分と言い御身分ですねぇ」
今まで何度か聞いた闇華の冷たい声。たかが二人で飯を食いに行っただけなのに大袈裟な……
「いい御身分って……昨日の朝を最後に何も食ってなくて腹減ってたんだよ」
この部屋に設置されている冷蔵庫には食料の類は入ってない。入ってるのは俺の好物であるコーラだけでそれ以外は何もない。じゃあ部屋に食い物がないのかと聞かれると答えは否。ちゃんと食い物はある。あるんだけど、零達女性陣が買ってきたお菓子の類しかなく、人のものを勝手に食うのはダメだ。つか、男子高校生の腹が菓子ごときで膨れるわけがない
「恭ちゃん、例えお腹が空いてたとしても零ちゃんだけ連れて行くだなんて薄情だとは思わない?」
「東城先生の言う通りだよ恭クン。零ちゃんの他に起こすべき女性がいたでしょ?」
零を起したわけじゃ……いや、俺とお袋、神矢想花が騒いでたせいで起きたから実質起こしたようなモンか。とにかく! 零に関して言えば起きてしまったものは仕方なく、腹が減って死にそうで罰ゲーム執行中だったから連れて行ったに過ぎない
「零以外は気持ちよさそうに寝てて起こすのが躊躇われたんだよ」
本当は起こすのがめんどくさかっただけなんだけど、それを言うと火に油。闇華達の怒りを余計に買うだけだから口には出さない。こういった場合、親父なら、爺さんならどう切り抜ける?特に爺さん。我が祖父ながら女の扱いに関しては俺よりも上。他の女にフラグを立てても婆さんが怒り狂わないのがその証拠だ。そんな爺さんの孫である俺がこの怒りに燃える修羅達をどうにか出来ないわけがない
「グレー、私達はそういう事を言ってるんじゃなくて、少しでも長く君と過ごしたかったって言ってるんだよ?昨日は一日自由だったっていうのもあるけど、グレーずっとどっか行ってていなかったから寂しかったって言ってるの」
諭すように言う茜の目には薄っすらと涙が浮かぶ。寂しい思いをさせてしまった事に関しては悪いと思ってはいるものの、あのまま神矢想花を放置するわけにはいかず、茜達よりも真央を優先させてしまった。その結果が現状だ。
「それは悪かった。俺にも止むに止まれぬ事情があったんだよ」
茜や真央には幽霊関係の話をするわけにはいかず、事情という事にしてお茶を濁す
「その事情って何?」
「あ、いや、ちょっとな……」
お茶を濁したのが裏目に出たか……事情と言えば誤魔化せると思っていたが、認識が甘かった。零達に助けを求めるも苦い顔をされてしまい、挙句目を逸らた
「ちょっと?ちょっと何?」
そんな事お構いなしに茜から鋭い質問が飛ぶ
「あー……ちょっとはちょっとだ」
茜は悪い奴じゃないのなんてのは中学時代からの付き合いで分かっている。ゲーム上での話だけどな。でも、言えない事だってあり、今がそうだ。だから俺は再びお茶を濁す
「私はそのちょっとを聞いてるの。何?もしかして言えないの?グレーは私に隠し事するの?」
「べ、別に隠し事をするわけじゃ……」
「じゃあ何で言えないの?」
先程とは違い茜の目尻に涙が溜まる。大方信じてる人に隠し事をされたのが悲しいといったところだろう。俺としても長い付き合いである彼女に隠し事をするのは心苦しく、話せるものなら全て話してしまいたい。さて、どうするか……
『きょう、ここは茜ちゃん達に送るプレゼントを選んでたとでも言って誤魔化すしかないんじゃない?』
この場をどう切り抜けようか悩んでいたところにお袋からまさかの提案。そういや零に揶揄ったお詫びとしてプレゼントを贈れって言われてたの忘れてた
「い、言えないわけじゃねぇけどよ、プレゼントを贈るなら極限まで言わないでおいた方がいいと思ってな」
「プレゼント?グレーが?私に?」
「あ、ああ」
茜からするとプレゼントを貰う覚えなんてないのは明白。こう言ったらなんだが、俺も茜にプレゼントを贈る理由なんて友達記念的なものしか思いつかん。
「ぐ、グレーが私に?」
「正確には茜達にだな」
本来何もなければホテルの売店で買ったキーホルダーか何かを茜以外の連中に渡して即終了のはずだったのだが、急場を凌ぐためとはいえ茜もプレゼントを贈る面子に入れてしまい、俺の懐に与えるダメージが増える羽目になっちまった……懐へのダメージは別にいい。家に引きこもりがちの俺は金を使う機会なんてほとんどねぇからな。問題は彼女が誤魔化されるか否かだ
「そ、そっか……そっかぁ……グレーが私にプレゼントかぁ……え、えへへ……」
どうやら要らぬ心配みたいだ。プレゼントと聞いた瞬間、茜の目尻に溜まっていた涙は一気に引っ込み、満面の笑みが浮かぶ
「だから言いたくなかったんだよ……」
「ご、ごめんねぇ~、グレーが私に隠し事してるって考えたら急に悲しくなっちゃってぇ~」
俺からのプレゼントが相当嬉しいのかお袋みたいになる茜。おっと、お袋みたいになってるのは茜だけじゃなく、零達もだ
「それは悪かった。さて、ネタも上がっちまったから聞くけどよ、お前らは何が欲しい?俺の用意出来る範囲のもので安ければ用意するぞ」
俺の用意出来る範囲で安いものとは言ったものの、ホテルの売店に売ってて女に送って喜ばれるものなんてたかが知れてる。大体の大きなホテルや旅館のお土産コーナーにあって女が喜びそうなものなんて勾玉のストラップか星の砂と称し、売ってる砂浜の砂を瓶詰めされたものくらいだ
「それに関して女子だけで話し合いするから一端外へ出てて」
「へいへい。んじゃ、部屋の前にいるから決まったら教えてくれ」
「うん!」
俺は立ち上がると懐へのダメージが少ないものにしてくれよと祈りながら部屋を出た
部屋を出た俺は───────
「何を要求されんのかな……?」
茜達が何を要求してくるか気が気じゃなかった。
『お母さんはきょうから貰えるものなら何でもいいよ~』
『私もよ。恭様から貰えるのならその辺に落ちてる石ころでも構わないわ』
高額なものを要求されるのは困る。しかし、お袋の何でもいいが一番困り、神矢想花の言うその辺の石ころでも構わないというのは反応に困る
「ダメだ、大人の女性二人の意見が全く参考にならない……」
お袋も神矢想花も一応は大人の女性。勝手にリクエストしてきたとはいえ、参考になればと思ってたがこれじゃ全く参考にならない
『きょう~、女の子は好きな人からのプレゼントなら何を貰っても嬉しいものなんだよ~』
女心は複雑すぎる。お袋の理論で言うと好きな人からのプレゼントなら鼻かんだティッシュでも嬉しいって事になりそうだぞ?さすがにゴミ押し付けられたら百年の恋も冷めるんじゃねーのか?
「そんなもんかねぇ……」
『そんなもんだよ』
今まで女子に告白された事はおろか、交流すらなかった俺に女心は難しすぎる
「好きな人ねぇ……」
一応、初恋を経験してはいるものの、自分の初恋が本当に恋だったのかは分からない。相手が相手だったから憧れだったんじゃないのかと言われてしまえばそれまでだ。本当の恋─────それが何なのか……これに関してはどれだけ考えても決まりきった答えなんて永久に出ないんだろうなぁ……
「恭ちゃん、決まったから入っていいよ」
好きな人からの贈り物について考えているとドアが開き、東城先生がひょっこりと顔を出した
「分かった」
東城先生に案内されるまま室内に入るとなぜかほんのり頬を赤く染めて零達が熱を帯びた目で俺を見ていた。
「恭ちゃん、そこ」
東城先生が指さしたのはベランダに通じる窓の前。そこに立てという事かと瞬時に理解した俺は指示に従うのだが、何を要求されるのか全く分からない
「えーっと、零達が欲しいものと俺がここへ立つのに何の意味があるんだ?」
「それを今から説明すんだからアンタは黙る!」
「わ、分かった」
ピシャリと言い放つ零に委縮しつつも女性陣が口を開くのを待つ。零は黙ってろとだけ言って説明するとは一言も言ってない。誰が何をどう説明してくれるのか見ものだ
「私から説明するね、恭ちゃん」
一歩前に出てきたのは東城先生。教師という職業柄、人に何かを説明する事に慣れている彼女なら俺でも理解出来ると踏んだのか、自分から説明役を買って出たのかは分からない。分かるとすれば彼女も零達同様、ほんのり頬が赤いっつー事だけだ
「俺でも理解しやすいように頼む」
東城先生の授業を受けていて話が分からないという事は一回もなかった。だから俺が窓の側に立たされている理由も解かりやすく丁寧に説明してくれるはずに違いない
「分かってるよ。とは言っても私達が欲しいものに関しての話し合いって名目で部屋から追い出したから大まかな主題は恭ちゃんも理解してるよね?」
「ああ。俺が藍ちゃん達に贈るプレゼントについてだろ?」
「うん」
「そのプレゼントについて教えてくれ。俺に用意出来る範囲のものなら用意する」
零達の事だから高額でも精々限りなく二千円に近い千円台の品がいいところだ。大人組の東城先生、琴音、真央、茜も俺が高校生だなんて百も承知。つか大人組に関しては高校生のクソガキである俺よりも金は持ってるだろ。特に東城先生、真央、茜は働いてるわけだし
「大丈夫。私達の欲しいものは恭ちゃんだったら簡単に用意出来るしお金も掛からないから」
何だろう?簡単に用意出来て金も掛からないって言われたら喜ぶとこなんだろうけど嫌な予感しかしない
「へ、へぇ~、そ、それはよかった……。んで?藍ちゃん達の欲しいものっつーのは何なんだ?」
冷静に振舞って見せるも背中に嫌な汗が伝い、俺の本能がその先を聞くなと警笛を鳴らす。今すぐここから逃げ出せという幻聴すら聞こえ始めているくらいだ
「恭ちゃんからのキス」
嫌な予感的中。とりあえずキスの意味が理解出来てない体を装うか
「今から全員分の鱚を釣りに行けばいいんだな?分かった」
必殺!接吻のキスと魚のキスを間違える! 我ながら上手い返しだ! 勝った!
「恭クン、本気で言ってる?」
「だとしたら小学校からやり直した方がいいわね」
ダメだった。飛鳥と零のゴミを見る冷たい視線が痛い……
「悪い、冗談だ」
この視線には勝てなかったよ……
「恭君、言っていい冗談と悪い冗談がありますよね?」
「冗談は嫌いじゃないけど、今のは笑えないよ恭くん」
「グレー、さすがにそれはない」
「恭殿は拙者達にキスするのがそんなに嫌なのでござるか?」
ハイライトの消えた闇華の視線、怒りの炎が宿った琴音の視線、絶対零度の冷たさを誇る茜の視線、心底悲しそうな真央の視線と俺が向けられたくないランキング上位に位置する四つの視線が刺さる。何を意味するかなど考えるまでもなかった
「はぁ……、唇じゃなくてか?」
「「「「「「「うん!」」」」」」」
「んじゃ、キスする場所はデコで順番は俺が拾った順な」
この部屋における男女の割合を考えると俺の意見など通らないのは明白。仮に男子……いや、男がいたとしても親父や爺さん、蒼はキス賛成派の味方になるだろうから使い物にならない。操原さんとこの男性声優を味方にするという案もなくはないが、それだって零達に圧力をかけられ、その後の事は考えるだけ時間の無駄だ。ならばせめてキスする場所と順番だけはと思い、俺の独断と偏見で決めさせてもらった。果たして彼女達はこれを了承するのか……
「唇じゃないのは納得いかないけどアタシは構わないわ」
「零ちゃんに同じく唇じゃないのは不満ですけど今はそれでいいです」
「キスしない宣言をしていた恭くんがおでことはいえ、キスしてくれるならどこでも……」
最初に拾った零、闇華、琴音は異論なし。残るは……
「恭ちゃんからキスしてくれるなら今はおでこで我慢する」
「東城先生や零ちゃんの意見には全面的に同意だけど、恭クンからのキスが大事だから私も」
「恭殿からの接吻……」
「グレー……やっとキス出来る……」
同じ学校組と声優組も異論なし。満場一致という事で何よりだ
「異論はないなら始めるぞ?」
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