「で?俺の子供らしい部分を見れて満足したんだったらそろそろ答えを教えてもらいたいんだが……」
満足気に笑う神矢想花とだらしのない笑顔を浮かべるお袋。同じ女性で幽霊でもここまで違うとどう反応していいのか分からなくなり、茜の部屋の件がなければ俺はそのまま二人を放置していたところだ
『答え?きょうがお母さんにしてくれたプロポーズの答えならOKだよ!』
「そっちじゃなくて、茜の部屋以外の場所がどうだったかの答えだよ!」
危うくした覚えのないプロポーズをOKされるところだった……そもそも、結婚の話すらしてないぞ……
『汚かったわ。吹き曝しなんですもの、清掃が入ったとしても靴に付いた泥やら何やらで綺麗なのは精々三十分ってところね』
神矢想花は事もなげに答える。何を基準に清掃後、綺麗なままなのは三十分だと言っているのかは分からないが、言わんとしてる事は分かったような気がする
『まぁ、あの立地だったらそれくらいだろうね~。でも、茜ちゃんのお部屋の前はちょっと綺麗過ぎだけど』
神矢想花とお袋は納得した感じで話しているが、俺には何が何だか全く分からない。神矢想花が言わんとしている事は屋外をいくら掃除したところで完全に綺麗にするだなんてのは難しく、どんなに掃除しても風が運んで来た花粉やら何やらですぐに汚れると彼女はそう言いたいのだろう。
「お袋達の綺麗過ぎの基準が分かんねぇよ……」
俺が感じる綺麗とお袋達が感じる綺麗に差というか、齟齬を感じる。単に俺が雑なだけなのか、それとも、お袋達が細か過ぎるのか……それは分からない
『え?お母さんの事知りたいって?』
『恭様、私に興味があるなら手取り足取り腰取り何でも教えてあげるわよ?』
この二人はどうして話を脱線させるかねぇ……俺は基準が分からないって言っただけでお袋の事を知りたいとも神矢想花に興味があるとも言ってないんだけどなぁ……
「俺はお袋達自身の事を知りたいとも興味があるとも言ってねぇよ。ただ、お袋達の綺麗過ぎるってのが何を持ってそう感じるか知りたいと思っただけだ」
俺はアパートで暮らした事なんてないから何を持って綺麗か、何を持って汚いかが分からない。家の前に生ゴミが放置されてりゃ住まいに関して無頓着な俺でも汚いとは思う。それを考慮して、お袋と神矢想花の綺麗過ぎるという判断基準は何だ?
『アパート限定って事を前提でお母さんの綺麗過ぎる基準は階段横にある雨水を流す溝とか、床の汚れ具合だよ!』
『私も早織さんと同じよ』
「要するに茜の部屋の前だけ水回りが綺麗だったって言いたいのね」
階段横にある溝に関しては汚れてても綺麗でも大して変わらないと思う。というのも人が歩く部分は白いタイルが敷かれ見た目はオシャレだ。その横の溝はコンクリで色は灰色。余程目立つ汚れでもない限り汚いとは思わない。対して床は白いタイルだから汚れが目立つとはいえ、あのアパートは白いタイルは使っているものの、若干黄ばんでいた。泥汚れなら目立つかもだけど、微かな汚れ程度ならほとんど目立たない
『違うよ!きょうも知ってるとは思うけど、あのアパートの床に使用されているタイルって白いけど、若干黄ばんでたでしょ~?』
「ああ。住人や訪問者の往来で黄ばんだのか、元から若干黄ばんだ白を選んだのかは知らんけど、確かに黄ばんでたな」
風で運ばれてきたものの影響もあるだろうが、あのアパートのタイルは黄ばんでいる。築年数を考えれば黄ばむのも無理はないから最初から黄ばんでいたのか元から黄ばんだタイルを選んだのかは分からず、確かめる方法は爺さんに確認するしかない
『どちらにしてもアパートの床に使われているタイルは全部黄ばんでたよ!幽霊一同で確かめたから間違いないよ!』
俺らが茜のケアとか今後の対策を練っていた時にそんな事してたのかよ……
「そ、そうか。それで?アパートのタイルが黄ばんでいたとして、茜の部屋の前はどうだったんだ?他の部屋の前と同じで黄ばんでたんだろ?」
他の階、部屋の前のタイルが黄ばんでいたと言われれば不思議な事に自ずと茜の部屋の前も黄ばんでいると思ってしまう。今は先入観を捨て、お袋の話を最後まで聞こう
『普通ならそうなんだけど、茜ちゃんの部屋の前はその逆。白かったよ』
白かった?元々白いタイルを使用しているんだから床が白いのは当たり前だ
「白いタイルを使ってるんだから白いのは当たり前だろ?」
『違うのよ、恭様』
「違う?何がだ?」
『茜ちゃんの部屋の前だけ塗り直されたみたいに白かったのよ』
本格的に意味が分からない……
「塗り直されたみたいにって……意味が分かんねぇぞ?」
『なら言い方を変えましょう。犯人が茜さんの部屋のドアを赤く染めた時に塗り直したのよ』
「は?何で?」
ドアを赤く染めた意味は血を連想させ、茜に恐怖心を植え付けるためだと強引ではあるが、説明はつく。しかし、床を塗り直す意味が全く理解出来ない
『これはお母さん達の想像だから何とも言えないけど、犯人はドアを染めた時に赤色の何かが入った入れ物をウッカリ溢し、何かの事情で急遽茜ちゃんの部屋の前を塗り直したんじゃないかな~?』
お袋の言う事は筋が通っているようで通ってない。ドアを赤く染めた時に赤色の何かを溢したと言うのなら階段とかに赤色が残っているはずだ。零達も俺もそんなのは見ておらず、溢したならどこかにそれが残っていてもおかしくはない
「赤色がどこかに残ってた俺じゃなくても他の住人や零達の誰かが気付くだろ。それがない事についてはどう説明するつもりだ?」
犯人がタイルを塗り直したというのなら茜の部屋がある階から下も塗り直さないと赤が目立つ。場合によっては流血事件だと警察へ通報されかねない
『それは分からないよ~。あくまでもお母さん達の想像なんだから』
『でも、茜さんの部屋の前だけ塗り直されたみたいになってたのは確かよ』
お袋が嘘を吐くとは思えない。それでも疑わしくはある
「戻るか」
俺は踵を返し、茜達の元へ戻った
茜達の元へ戻ると部屋の前に彼女達の姿はなく、どこへ行ったか気になりはしたが、捜索を後回しにし、お袋達が言っていた事を確かめる
「確かに、何でここだけ塗り直されたみたいに白いんだよ……」
茜の部屋の前の床を確認するとお袋達が言うように塗り直されたみたいに白い。隣の部屋の前の床は若干黄ばんでおり、隅には泥が溜まっている。が、茜の部屋の前は隅に泥はなく、床も塗り直されたかのように白い
『ね~?言ったでしょ~?』
「あ、ああ……」
目前の赤いドアがインパクト強すぎたせいで気が付かなかったけど、よく確認するとここだけが不自然なくらい白い。でも、一概に塗り直されたとは言い切れない。犯人が掃除したって可能性も捨てきれないからな
『恭様、他は黄ばんでいたのにここだけ真っ白っていうのは不自然だと思わない?』
「た、確かに……しかし、ここだけ白いからと言って塗り直したとは限らないんじゃないか?もしかしたら掃除したって可能性もあるだろ」
やり方は分からないけど、真っ白=塗り直したとは限らない。とは言っても目的は茜に粘着する変質者を退ける事だから床が白いのやドアが赤いのは関係なく、方法を調べるのは警察の仕事だ
『それはそうかもだけど~……』
「赤く染めたわけやここだけ白くした目的を調べるのは警察の仕事で俺の仕事じゃない。あくまでも俺に出来るのは茜に粘着する変質者を退ける事だけだ」
本当なら茜に粘着する変質者を退けるのも警察の仕事で俺の仕事じゃない。
『そんな事より恭様、茜ちゃん達を探さなくてもいいのかしら?』
「俺達の乗って来た車も爺さんが乗って来た車もここの前にあったんだ。どこにいるかは知らんけど、そう遠くへは行ってなさそうだし放っておいても平気だろ」
車は二台ともアパートの前にあったから遠くへは行ってないと思う。仮に遠くへ行ってたとしてもそのうち戻って来るだろうから何の心配もない
『少しは心配してあげてもいいんじゃ────』
お袋が何かを言いかけたその時、突然茜の部屋のドアが開き……
「恭、コンビニに行ったのではないのか?」
中から爺さんが出て来た
「お袋達が気になる事を言ってたから戻ってきたんだよ」
爺さんが茜の部屋から出て来たという事は鍵穴をどうにかしたらしく、部屋の中で何をしていたかは聞くまでもない。室内に異変がないかとか、盗まれた物がないかを調べるくらいしかやる事はなさそうだしな
「そうじゃったか……して、恭よ」
「んだよ?」
「茜ちゃんに嫌がらせした犯人は単独犯か複数犯かは分からんが、嫌がらせには手間も金も惜しまない奴のようじゃ」
「そうなのか?俺はてっきり狂った人間だとばかり思ってたぞ?」
見解の相違。俺と爺さんが思う犯人像は大きく異なる。俺は狂った奴が犯人だと思ってた。対して爺さんは嫌がらせには手間も金も惜しまない奴────いわば愉快犯だと思っているらしい
「恭の言うようにドアと手紙だけ見ると狂ってるとしか捉えられんのじゃが、嫌がらせのためだけに養生までするだなんて嫌がらせ命を懸けてるとしか儂には言いようがない」
養生?何だそれ?
「犯人がどんな奴でも俺はどうでもいい。それより、養生って何だ?」
犯人が嫌がらせに手間と金を掛けようと俺には関係ない。それよりも養生という単語の意味の方が気になるんだが……
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