『あれ?恭?』
お袋がカフェに入ると出迎えてくれたのはキョトンとした曾婆さん。今回は昨日聞こえた雄叫びは聞こえず、静かだった。
「おう、元気か詩織ちゃん」
『うん?元気だよ?』
「それは何よりだ」
『どうしたの?私に何かご用?』
「まぁな」
曾婆さんまで騙す必要あるのか?俺の口調じゃなくて自分の口調で喋ってもいいんじゃねぇの?
『ふ~ん、恭が私にご用ねぇ~……』
曾婆さんが疑いの目でお袋を見る。俺が曾婆さんに用事があったら変なのか?と思ったところで今の俺は声を上げられない。ここは成り行きを見守ろう
「俺がアンタに用事があると変か?」
用事がある事自体は変じゃない。俺だってお袋の黒歴史関係で曾婆さんから話を聞きたいと思う事だってあり、単独……とは言えずとも零達抜きでここを訪れるかもしれない。そう考えるとどこも変な事はない。では、なぜ彼女は疑いの眼差しを向ける?
『何も変じゃないよ?でもねぇ~……』
「でも何だよ?」
『早織ちゃんが絶対に恭単体では私に会わせない! って宣言してたからちょっとねぇ~』
お袋、そんな事言ったのか……
「そ、それは、お、お祖母ちゃんが私が小さかった頃の話をきょうにするって言うから……」
お袋……アンタは子供か?
『やっぱり早織ちゃんだ~!』
「あっ、ヤバッ……!」
〝お祖母ちゃん”この単語が引き金となり、疑いの目を向けていた曾婆さんはイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべ、お袋は手で口元を覆う。しかし、すでに勝敗が着いており、結果はお袋の負け。ま、年貢の納め時ってやつだ
『やっぱりね~、恭が単体で私に会いに来るわけないもん』
どうやら曾婆さんは最初からお袋が中身がお袋だと最初から気付いていたらしい
「むぅ~! 闇華ちゃん達は上手く騙せたのにぃ~! 私、これでも学生時代は演劇部だったのにぃ~!」
道理で何の躊躇いもなく俺の口調を真似出来たわけだ。部活とはいえ演じる事をやってりゃ多少恥ずかしい台詞や大胆な台詞も平気だわな
『それは演技の部分でってだけでしょ?お祖母ちゃんを騙したいのなら霊力の波長を変えてから出直して来てねぇ~』
「ぶー!ぶー!」
いい歳した女がぶー垂れるな。ついでに俺の声でぶー垂れたところで気色が悪いだけだ
『はいはい、ぶー垂れないの。それで?今日は何の用?恭の身体に入ってまでここへ来たって事は零ちゃん達には聞かせられない重要な話があるんでしょ?』
見た目が完全にロリなのに口調は大人……これが俗に言うロリババアというやつか……。しかも、お袋は何も言ってないのに用事がある事まで言い当てやがった
「ど、どうして分かったの?私まだ何も言ってないのに……」
『分かるよ。これでも早織ちゃんのお祖母ちゃんで恭の曾お祖母ちゃんなんだから』
ば、婆さんパワースゲェ……。世の中の孫がいる婆さんはみんなこうなのか?
「分かってるなら単刀直入に言うけど、どうしてあんな事言ったの?」
あんな事って何だ?
『あんな事?あぁ、嫌な事は嫌って言っていいよって事ね』
「うん。いくら曾祖母の言葉でも親としては見過ごせないよ」
お袋にしては珍しく曾婆さんを鋭い目つきで睨む。普通なら嫌な事は嫌と言っていいと言うのは大抵母親だ。だが、お袋はそれを言わず、曾婆さんが代わりに言った。孫を甘やかす祖父母は山のようにいて娘や息子にあんまり子供を甘やかすなと怒られる場面が多い。曾祖母や曽祖父の場合は分からんが
『親としては見過ごせないねぇ……早織ちゃんだって恭が幼い頃はたくさん甘やかしてたのに?』
挑発的な視線を送る曾婆さんが言うように俺は幼い頃、お袋に甘やかされていた。でも、甘やかされる中でもちゃんと我慢するところは我慢しろと教わったつもりだし実際、俺は我慢するところは我慢した。あれ?どうやって我慢する事を覚えたんだっけ?
「そ、それは……そうだけど……でも、私は例え嫌な事でも我慢しなきゃいけないって事は教えてきたつもりだよ」
『その結果がこれなんだけど?』
その結果がこれとはどういう意味だ?
「どういう事?」
『どういう事も何も言った通りだよ』
言った通りと言われても俺には全く分からない。心か身体に具体的な変化があったなら自分は今まで我慢し続け、壊れたのだと察しがつく。しかし、現状の俺は体調も心も悪いところはなく、至って正常。霊圧云々の話はよく分からずチンプンカンプンで乱れていると言われても実感が湧かない。お袋が何も言わないって事は乱れたり不安定になってないって事なんだろう
「言った通りじゃ分からないよ!」
カフェ内にお袋の怒鳴り声が響く。彼女の言う通り言った通りと言われても困る
『はぁ~、これでも最大限オブラートに包んだつもりなんだけど、分からないかなぁ~』
「分かんないよ! ちゃんと説明して!」
『そういわれてもねぇ~、ずっと恭の側にいた早織ちゃんなら解かってると思ったんだけどなぁ~』
なおも挑発的な視線をお袋に向ける曾婆さん。彼女の言う事には語弊があり、お袋がずっと側にいたというのは間違いだ。生きてた時は家にいる時以外は離れていたぞ?
「それは私が死んでからの話だよ! とは言ってもきょうには見えすらしなかったけどね!」
本人曰く死んでからはずっと側にいたらしいというのは零を拾ったエピソードを知っていた事からおそらくは本当だ。見えすらしなかったのも事実でお袋の話に間違いは一つもない
『だろうね。恭が中学校の時は二重で霊圧を抑え込んでいたみたいだしね』
本格的に曾婆さんが何を言ってるのか解からない……
「ど、どうしてそれを……」
『どうしてって早織ちゃんが恭にあげたペンダントあれ元々私のだよ?大元の持ち主である私が物の役割を知ってるのは当然の事でしょ?それに、恭のお部屋に行った時、私が記憶を覗いてたの知ってるでしょ?』
曾婆さん、人が寝てる間に何してんだよ……
「…………」
決定的な証拠を突き付けられた犯人のように黙り込んでしまうお袋。ここまで言われたら反論できねぇよな……
『ありゃりゃ、黙っちゃった……』
遊び道具がなくなって詰まらない。曾婆さんの顔にはハッキリとそう書かれていて態度にも出ている。違うと否定したところで信じる人はいないだろう
「は、話を戻すけど、どうして嫌な事は嫌って言っていいよだなんて言ったの?」
体勢を立て直したお袋は一番最初にした質問を再度ぶつける。曾婆さんが確固たる証拠を持っている以上、今のまま話を進めるのは不可能だ
『何でって、曾祖母として曾孫には長生きしてほしいからに決まってるでしょ?このまま我慢……というか、本人が意図してない行事に参加させられ、意図してない関係を築かされてたら早織ちゃん達にとって大惨事になるよ?それでもいいの?』
意図してない行事や関係が何を指しているのか俺には心当たりがあり過ぎた。今回の旅行は夏休み前に聞いてたから意図してない行事ではない。でも、その中であったイベントはどうだ?アレは完全に俺の意図してない行事だ。クイズなんて当日聞かされ、いつの間にか参加させられ、内心、ウザいなぁとすら思った
「大惨事?」
『そう。大惨事。零ちゃん達はどうなるか分からないけど、早織ちゃんの場合はそうだね……場合によっては魂が跡形もなく消え去るってところかな?』
満面の笑みから発せられた発言はかなり破壊力があったらしく、お袋は身体を跳ねさせた
「きょ、きょうはそんな事しないよ!」
『普段の恭はそうだね。でも、暴走した恭はどうするか分からないでしょ?消されはしなくても魂と魂がくっついたまま離れなくなる場合だってあるかもだしさ』
ダメだ……話に全く付いて行けん。昨日同様、どんどんオカルトチックな方向に話が行ってる……
「そ、それは……あ、アリかも……」
消されると言われ身震いしていたお袋が魂が離れなくなると言われた途端に顔を赤く染める。その顔は恋する乙女のようだった
『あ、アリかもって……まぁ、状態的には今と大して変わらないから祖母ちゃん的にはそっちの方が嬉しいし暴走した時絶対にそうなる方法も知らないわけじゃないんだけど……早織ちゃん、かなりムスコン拗らせちゃってるね……』
お袋のムスコン振りに顔が引きつる曾婆さんだが、俺としては昨日のアンタも大差なかったぞ?
「いいでしょ! 恭弥よりきょうの方が好きなんだから! もちろん! 異性としてね!」
『いや、それはダメなんじゃないかな?恭だって将来的には彼女作って結婚するんだから』
今まで見える人が少なかったってのと狂った奴に囲まれていたせいか、普通の意見なのにこんなにも感動している俺がいる
「別にきょうが彼女作って結婚してもいいもん! 彼女や妻なんて合わなかったら別れるけど、私はずっときょうの側にいられるもん!」
男の身体、男の声でもんって言うなよ……気色悪いなぁ
『早織ちゃん……』
お袋の想いの重さに眉間を抑え、深い溜息を吐く曾婆さんだが、容姿と恰好がアレだから何て言うか……背伸びしてる小学生にしか見えない
「私のムスコンは置いといて、きょうと完全に一つになる方法を教えて! 早く!」
この発言で俺は重い女というのはお袋みたいな人なんだと初めて知った。彼女は一体ここへ何をしにきたんだ?
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