加賀に切り捨てられ、完全に俺がアウェーになってから五分が経った
「茜の身だしなみも整ったところで恭、話を聞かせてちょうだい」
女性陣の特攻隊長である零が切り出した
「話っつっても爺さんがここへ来る。それ以外だと車へ戻って待つかここで待ち続けるかの質問しかない」
俺が爺さんに電話し、した話というのは単なる通知でしかなく、今後、茜がどうするべきかって話じゃない。本当にここへ来る、待ってると言った待ち合わせだ
「恭君、本当にそれだけですか?」
「それだけだ。鍵穴を壊した方法は大体想像つくけど、ドアを赤く染めたものが何か分からない以上、爺さんが来たところでやりようがない。それにだ、他の住人が犯人を見ていたとしてもやれ点検だ、ドアの塗り直しだと言い訳していたら聞いたところで収穫はゼロ。聞き込みするだけ時間と労力の無駄だ」
染められたドアに黒い封筒とやっている事は狂ってる。行為だけ見ると狂っているようにしか見えないのだが、計画的にこれをしていたら悪質極まりない
「だからって恭は何もしないの?あたしは茜さんのために自分にできる事をしたいよ……」
唇を噛み、悔しさを滲ませる由香。中学時代の彼女が今の彼女をみたら多分、鼻で笑って罵倒コース突入だろうな……
「何もしないとは言ってない。ただ、現状で俺達に出来る事は何もないってだけでちゃんと考えてある」
由香達には秘密だが俺の頭にはストーカーを捕まえる算段はすでに出来上がっている。それには茜の引っ越し、紙とペン、セロハンテープ、俺ん家のちょっとした改良が必要なだけで
「なら今すぐ実行しようよ、恭ちゃん。ストーカーはどこに潜んでいるか分からないしさ」
「その通りだクソガキ。お前が何を考えてるかは分かんねぇが、行動するなら早いに越した事はないだろ?」
「二人の言う通りだよ、恭くん。解決策があるなら早めにしないと!」
「そうでござる! 恭殿! 行動は早い方がいい! 今すぐにでもやるでござるよ!」
大人達が口々に早くしろと急かす。得体の知れない人間に狙われる茜を思い、自分が同じ立場だったらと考えて焦る気持ちは解からなくもない。でも、まずは爺さんの到着が先だ
「爺さんがここへ来てすらいないのに行動出来るわけないだろ。この計画には茜の引っ越しが必要不可欠なんだからよ」
この計画を実行するに当たり、茜の引っ越しが必要不可欠。言い換えると彼女がここを引っ越さない事には何も始まらないのだ
「グレー、どういう事?」
「ストーカーを撃退する手はあるが、ここじゃ他の住人に迷惑が掛かる。そこでだ、茜には家に来てもらう。家ならガラスが割られようがドアにイタズラされようが俺の部屋と加賀達の部屋、母娘がいる部屋さえ無事だったらダメージはない。つまり、外観を少し汚されたり壊されたりしたところでノープロブレムなんだよ。茜も一人じゃ怖いだろうけど、俺や零達が一緒なら平気だろ?不測の事態に遭遇しても落ち着いて対応すると言った意味で茜、お前の引っ越しは必要不可欠だ」
本当はこの場所に来た犯人を家まで誘き寄せ、警察へ突き出す算段だが、無理に不安を煽って怖い思いをさせる必要はないから黙っとくか
「「「「「「「「な、なるほど……」」」」」」」」
圧巻したとでも言いたげな零達に対し、俺は内心呆れていた。こんな事は誰だって思い付くし警察と事務所が迅速な対応をしていれば防げた事態だ。もしかして警察や事務所が動けない事情でもあるのか?
「納得してくれたところでだ、爺さんが来るまでの間をどう過ごす?このままここで爺さんを待ち続けるか一度車に戻るかどっちがいい?」
二択を与えたが、俺の選択はただ一つ。車に戻るだ。欲を言うなら喫茶店に入って冷たいコーラかオレンジジュースを飲んでゆっくりしたい。だが、女八人に男二人の合計十人が一緒に座れる喫茶店なんて都合よくあるわけがなく、だからと言ってファミレスに入るとなると駅前か大きな通りに出なくてはならず、結果、車で大人しくしてるしかない。
「車へ戻るに決まってるだろ、クソガキ。この人数でこのままここに待機するだなんて近隣住民からすると迷惑でしかねぇ」
最初に意見を出したのは加賀。彼の言う通りこの人数でここに待機するだなんて近隣住民にとっては迷惑でしかない。加えて言うならこのアパートの住人に届け物をする業者にとっても迷惑だ。
「加賀さんの言う通りここで待ち続けるのは迷惑行為だから車に戻って待ってようよ。みんなもそれでいい?」
東城先生の意見に零達は無言で頷く。心なしか先生達の目が座っているような気もしなくはないが、意見が一致して何よりだ
「満場一致っつー事で車へ戻るぞ」
「「「「「「「「うん……」」」」」」」」
「ああ……」
というわけで車へ戻る事になった。
で、現在────。
「「「「「「「「うだ~……」」」」」」」」
「嫁と娘に会いたい……」
爺さんが来るのを車内で待っているのだが……この連中は車へ入った瞬間、女性陣はだらけ、加賀は家族欠乏症。そして俺は……
「さっきまでのシリアスムードはどこ行ったんだよ……」
使い物にならなくなったと言っても過言じゃない連中を見て深い溜息を吐いていた。
「「「「「「「「だってぇ~……」」」」」」」」
「嫁ぇ~、娘ぇ~……」
だ、ダメだコイツ等……
「はぁ……、飲み物でも買って来るか……」
俺はだらけている女性陣と家族欠乏症の加賀に飲み物を買いに行くと伝え、車から降りる。一応、声は掛けたから買って戻ったら小言を言われる事はないと思う。とはいえ、今の加賀達に伝わっているかどうか果てしなく不安だ
「どうしてああなったんだか……」
車から降り、車内に残された女性らしさの欠片もない零達とハンドルを見つめ、ブツブツと何か言ってるであろう加賀を見て俺は今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。今日は大して暑いというわけでもないから絵に書いたような感じでだらけなくてもいいと生粋のダメ人間恭は思うぞ?加賀?加賀は分かんね。俺には嫁も娘もいないからな!
「とりあえずコンビニを目指すか……」
女性陣と加賀の変わりようは何だと思いながらコンビニを目指そうとしたその時、俺達の乗って来た車の後方に一台の車が停車し────
「恭、どこへ行くのじゃ?」
中から爺さんが出て来た
「コンビニ」
「儂が来たのに?」
「喉乾いたんだよ」
いくら爺さんでも俺に水分を摂取するなとか言わないよな?
「それなら仕方ないのう。話は零ちゃん達から聞いておくから、早く戻ってくるのじゃぞ」
「へいへい。ところで、コンビニってどっちだ?」
「車で来た道を戻って大きな通りに出て左へ曲がったところすぐじゃ」
「了解」
俺は爺さんをその場に残し、歩き出した
少し歩き、車から離れたところで俺は今回の事について少し考えた結果……
「人間って不思議だ……」
アニメに出てくる魔人のような事を呟いていた
『きょうも人間でしょ~?』
『恭様、病人は病院よ?』
俺の呟きに茶々入れないでくれませんかねぇ……
「うるせぇ。あのドアと手紙見たら誰だって俺と同じ事を思うだろ?」
誰だってとは言い過ぎかも知れんが、少なくとも
『確かにドアを赤くしたり、謎めいた脅迫文は狂ってるとしか言いようないけど……お母さんは犯人が狂った勢いだけであんな事したとは思えないんだよね~』
『私も早織さんに同感。勢いだけでアレをやったとしたら犯人はかなりの強運だわ』
お袋と神矢想花が何を言ってるか分からない。真っ赤に染められたドアとホラゲに出てきそうな脅迫文。狂った人間がやりそうな事ばかりなんだが……
「いや、アレはどう考えたって狂った人間の犯行だろ」
普通の人間なら人ん家のドアを赤く染めたり、謎めいた脅迫文なんて送ってこない。狂った人間だからこその犯行だ
『ん~、パッと見はそうなんだけど……ね?想花ちゃん?』
『ええ、パッ見た感じだと犯人が狂った人間だと思っても無理はないわね』
パッと見はって……お袋と神矢想花は何が言いたいんだ?
「二人とも何が言いたい?その言い方だと俺達は何かを見落としてるみたいじゃないか」
俺だって人間だから見落としはある。見落としがあるとしたら何だ?
『見落としているっていうか……お母さん達的には茜ちゃん家の前だけ綺麗過ぎて逆に不気味だったと言うか……』
『あそこまで綺麗だと薄気味悪いわ』
お袋達は何を言っている?アパートが綺麗で何が悪い?汚いのは問題だが、綺麗に越した事はないだろ?
「アパートが綺麗な事のどこが不気味なんだよ?」
汚い部屋に住み慣れていて逆に綺麗な部屋が妙に落ち着かないとかなら解かる。頭じゃ自分の部屋だと分かってるのに綺麗になった途端、違う部屋に見え、自分の部屋じゃないような感覚になるって人はいるみたいだしな
『アパートが綺麗な事が不気味って言ってるんじゃなくて、茜ちゃん家の周辺だけが異様に綺麗なのが不気味なの! きょうが茜ちゃんのフォローとか、今後の話し合いをしている間にお母さん達は一通りアパート全体を見て来たけど部屋の前どうだったと思う?』
どうだったと思うってそんなの綺麗に決まってる。清掃会社の人か爺さんの会社で定期的に掃除してるだろうし
「綺麗に決まってるだろ?清掃会社の人か爺さんの会社で定期的に掃除してるだろうしな」
完全にとは言わないまでも外から人が来ても平気な程度には清掃しているだろ。じゃないと人が出て行くだろうし
『きょうはまだ子供だから分からないと思うけど~、アパート然り、マンション然り、社宅然り、汚れが溜まりやすい場所って掃除したとしてもすぐに汚れるんだよ?まして、あのアパートは一階以外はどの階も部屋の前は吹き曝し。この意味分かる?』
全く分からん。吹き曝しの意味は分かるけど
「全然分からん。吹き曝しだからなんだ?風がよく通っていいじゃないか」
どんな家でも風通しは重要だ。換気という面では特にな
『風がいろんな場所からいろんなものを運んでくるっていうのは知ってるわよね?恭様?』
「ああ、理科の授業で習った。たしか風は花粉はもちろん、別の国から黄砂なんかを運んでくるんだろ?」
『その通りよ。さすがにこれは知ってるのね』
この女、俺をバカにしてんのか?
「当たり前だ! 中学校は不登校だったとしても小学校は一応行ってたんだ!」
『ふふっ、ごめんなさい。別に恭様をバカにしたわけじゃないのだけど、どうしても子供らしい恭様を見たくなってね』
神矢想花は嬉しそうに笑う。俺としてはバカにされた気分だが、風がいろんな場所からいろんなものを運んでくるのと茜ん家の前が綺麗なのと何の関係がある?ダメだ……サッパリ分からん
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