「面倒な事になった……」
管理人室を出て部屋に道中、誰もいない廊下で一人呟いた。琴音から聞かされた話を要約するとこれから起こる事は謎解き有りのかくれんぼ。鬼は俺達生徒で隠れるのは琴音と教師陣。ここまではいい。問題は全ての答えを知ってる俺は何もしない事だ。普段の俺はこんな好条件を突きつけられたらもろ手を挙げて喜ぶ。だが、今回に限っては喜べず、むしろ面倒だとすら思っていた。というのも────
「ヒントを出す事すらダメとか鬼かよ……」
琴音からヒントを出す事すら禁止されてしまったからだ。彼女曰く『コーラ飲んだよね?他の生徒達に黙って。その上、恭くんは一度ゲームでこれから起こる事全て知ってるし犯人が私だって事も知ってるから何もしないで』との事。だったらいなくなるメンバーに俺を加えろと言いたい。こんな事なら飲み物はいらないと断っておくべきだったと後悔したところで後の祭り。俺は甘んじて琴音の言う事を聞くしかないのだ
「もう帰りてぇ……」
許されるのなら今からでも帰りたい。仮病使って帰った事バレたらスクーリングの単位出なさそうだからしないけど
『きょう~、サボるのはダメだよ~?』
『そうよ、恭様。サボるのはよくないわ』
言われんでも分かってるっての! 言ってみただけだ!
「分かってるよ。言ってみただけだ」
早織と神矢想花に言われんでも分かってる。分かっていても面倒なものは面倒なわけで……
『ならいいよ~』
『言うだけなら無料だから私も咎める気はないわ』
他人事みたいに言う早織と神矢想花は本当に楽しそうだ。人の不幸は蜜の味とはこの事か
「俺は本気なんだけどなぁ……」
俺はこれからどうしたものかと頭を痛めながら部屋へ向かった
部屋に戻ると瀧口は大いびきで寝てるだろうという俺の予想に反し……
「おかえり、灰賀君」
満面の笑みで出迎えてくれた。琴音は睡眠薬を盛ったと言ってたが、即効性とは言ってない。効き始めるまでに時間が掛かる。だから瀧口が起きてても不思議じゃないんだが……
「おかえり、お兄ちゃん」
「どこ行ってたんですか?兄さん」
「お義姉ちゃんを置いてくなんて悪いお義弟だね」
「恭クン、お話聞かせてね?」
何で零達がここにいる?オマケに……
「灰賀、アンタ具合悪いんじゃなかったの?」
「病人があまりウロウロするものではありませんわよ?」
求道と北郷までいるしよ……
「瀧口、これは一体どういう事なんだ?」
「どういう事も何も彼女達は君のお見舞いに来たんだよ」
笑みを崩さない瀧口と口元は笑ってるのに目が全く笑ってない零達。そして興味なさ気な求道と北郷。反応は様々だが、コイツらに共通して言えるのは睡眠薬入りのカレーを食べたという事だ
「さいですか」
「それで?灰賀君はどこに?」
「トイレだよ」
本当は管理人室で琴音と駄弁ってたんだが、管理人室にいた事はもちろん、その管理人が実は琴音だったとは言えず、嘘を吐いた。遅かれ早かれバレる事だから今言う必要なんてないのだ
「お腹の具合でも悪いのかい?」
「そんなとこ。それより、零達と求道達はここにいていいのか?先生達に見つかったらヤバいんじゃねぇの?」
しおりには問題行動を起こすなとは書いてあっても異性の部屋を始め、他の部屋に行ってはいけないとは書いてなかったし諸注意でも言われてないから女性陣がここにいても怒られはしないと思う。だが、TPOというのはわきまえなきゃいけないわけで、今はプライベート旅行ではなく、学校行事としての旅行。いくら何も言われなかったとはいえ、男子の部屋に女子がいるのはマズい
「いいんじゃないかな?彼女達は灰賀君のお見舞いに来たんだから」
どこか嬉しそうにしてる瀧口を前に女性陣を追い出すのは野暮。しおりに書かず、諸注意で言わなかった教師が悪いと自分に言い聞かせた俺は……
「それならまぁいいか」
事が起こるまでのつかの間の休息を楽しむ事にした。それからというもの、夜でテンションが上がってるのもあり、俺達ははしゃぎまくった。だが、楽しい時間はあっという間で────
「ふぁ~……」
ふと瀧口があくびを洩らした。夕食のカレーに盛られた睡眠薬が今になって効いてきたようだ。眠そうにしているのは瀧口だけじゃなく、女性陣も同じ。多分、他の生徒も今頃はあくびしてるか寝てるだろう
「眠いのか?」
俺は夕食のカレーを食わなかった。念のため管理人室を出る時琴音におじやや飲み物に睡眠薬を入れたかどうか聞いたが、俺は幽体離脱出来るから眠らせるだけ無駄らしくおじやにもコーラにも睡眠薬は入れなかったらしい
「う、うん……い、移動で疲れたみたい……」
眠そうに目を擦りながら答える瀧口は油断すると今にも寝てしまいそうなくらいフラフラだ
「そうか。零達もか?」
「うん……お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「俺は零達が飯食ってる間に少し寝たから平気だ」
「兄さん……頭がボーっとしますぅ……」
「恭クン……眠いよ……」
「恭、お義姉ちゃんもうダメ……」
零達も瀧口同様目を擦りながら頷く。彼女達も油断すると倒れてしまいそうだが、一応、部屋に戻れるかは聞いとくか
「自分達の部屋には戻れそうか?」
俺の問いに零達は首を横に振る。眠さで喋るのも億劫みたいだ。
「わ、悪いけど、今のアタシ達にそんな気力残ってないよ……」
「ゆ、弓香さんに同じく……ただでさえ油断すると倒れそうなのに自分のお部屋に戻るだけの余力はありませんの……」
「そういう事だ。灰賀君、僕達は少し寝かせてもらうよ」
そう言って俺以外の人間はその場に力なく崩れ、寝息を立て始めた。
「ったく、どんだけ強力な睡眠薬盛ったんだよ……」
死んだように眠る零達を見ながら俺は一人管理人室にいるだろう琴音に不満をぶつけた
零達が眠ってからは大変だった。まず、俺と瀧口が使う予定だったベッドをくっ付け、瀧口のベッドに求道と北郷を、俺のベッドに零、闇華、飛鳥、由香を強引に詰め込む形で寝かせた後、瀧口を邪魔にならないよう部屋の隅へ寝かせ、俺はその隣に腰を落とした。一人で七人の人間を移動させたのもそうだが、ベッドを動かすという重労働で疲れ切ったが、眠くなる事はなく、現在────
「暇だ……」
寝息が響く部屋で一人暇を持て余していた。
『みんな寝ちゃってるもんね~』
「そうなんだよ、起きてたら喧しいが、寝てると寝てるで逆に暇だ」
『暇なら私とお話しましょう。恭様』
「そう言われてもなぁ……これと言った話題がない」
神矢想花とは特にそうだが、話をしようと言われても肝心の話題がないから困る。何を話せばいいんだ?
『奇遇ね。提案しておいてなんだけど私もこれと言った話題はないわ』
そう言ってドヤ顔で胸を張る神矢想花。コイツは自分から話を振るようなタイプじゃないのは明白だ
「だろうな。アンタは自分から話を振るっつーより振られた話に相槌を打つタイプっぽい」
ドヤ顔で胸を張る神矢想花に俺は溜息交じりで返す。神矢想花みたいにプライドが高いタイプの人間は下手な事を言うと怒り狂う。かと言って返さなかったら返さないでめんどくさい。主に罵倒が
『当たり前よ。私は別に他人と話さなくても困らないのだから』
それはそれでどうかと思うぞ?今は幽霊だからそれでいいかもしれないけど
「聞いてねぇよ。つか、神矢想花って姉妹いるのか?」
飛鳥騒動の時、突っかかって来たのは神矢想子。んで、旅行ん時に真央の身体を乗っ取り、今は俺に憑いてるのが神矢想花。共通点が多い上に想花と想子。一字違いだから姉妹だったとしても不思議じゃない
『言ってなかったかしら?私は神矢想子の姉よ』
あ、やっぱり?何となくそんな気はしてた
『きょう知らなかったの?想子と想花って一字違いだからすぐに気づくと思ってたのに~』
シレっと関係を暴露する神矢想花と笑顔を絶やさずに言う早織。何で二人共俺が気付いてない、知らない前提なの?
「何となくそんな気はしてた。だが、同じ神矢でも関係ないと思ってたから言わなかったんだよ」
本当のところ言うと神矢想花に家族関係の話をしなかったのは単にめんどくさかったからだ。姉妹揃って人の言う事聞かなかった。彼女に家族の事を聞いてみろ?俺が疲れるのは目に見えて分かるだろ?
『別に聞いてくれても良かったのよ?私は想子と違って聞き分けがいいから』
神矢想花……浮かべている笑みは彼女を知らない人が見たら聖母のような微笑みに見えるだろう。俺には面倒事を背負って来る悪魔の微笑みにしか見えん
「機会がなかったんだよ。それに、飛鳥の前で気安く神矢想子の名前出せなかったんだよ。知ってるだろ?」
『ええ。それについてはバカな妹に代わって謝罪するわ』
そう言って頭を下げる神矢想花。彼女から謝ってほしいわけでも頭を下げてほしいわけでもない。少なくとも俺はそんな事望んでない
「俺に謝っても仕方ねぇだろ。謝るなら飛鳥にだろ。アンタの妹が何でああなったかは知らねぇし、今更やってしまった事について文句を言うつもりもねぇ。だが、妹のした事で少しでも悪いと思ってんなら飛鳥にだけは謝っとけ」
『そのつもりよ。ところで────────』
神矢想花の言葉を遮り、空気を切り裂くような女の悲鳴が廊下の方で響いた
「「「「「「「何!?」」」」」」」
悲鳴に驚き、女性陣と瀧口が飛び起きた。
「始まったか……」
俺は謎解きかくれんぼがスタートしたんだとゲンナリしながら部屋を出た。向かうは唯一窓があったあの部屋。記憶が確かなら最初の被害者はあの部屋に宿泊してた人だと記憶している
唯一窓がある部屋の前に到着した俺は迷わずドアを開けた。
「暗いな……」
ドアを開ける室内は真っ暗で人の気配はしない。荷物がある事から星野川高校か灰賀女学院の生徒、あるいは教師が泊まっていたのは間違いない。だが、その部屋主の姿はなく、ベッドの方へ行くと……
「マネキンか……学校行事で殺人事件なんてシャレにならねぇからこれが妥当だな」
マネキンが横たえられていた。
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