零ちゃんからお風呂に入って来るように言われて部屋から出た私達は現在────
「あったまるねぇ~」
「そうですね~」
「うん」
言われた通りお風呂に入っている最中。恭クンに甘やかしてもらう順番は拾われた順。打ち合わせをしてたわけじゃないけど、そうなるんじゃないかというのは何となく分かっていた
「恭クン……」
オバサン臭い事を言う闇華ちゃん達を後目に私は恭クンと約束をしたあの日の事を思い出していた
『きょうおにいちゃんはずっとあすかのそばにいてくれる?』
あの日、途中まで私の精神は子供だった。そんな私の問いかけに恭クンは
『もちろん』
そう答えてくれた。恭クンからしてみれば子供だった私を安心させるためにあえてそう言ってくれただけだったのかもしれない。でも、私はその何気ない一言に救われた
「はぁ……恭クンって私達の事どんな風に思ってるのかな?」
ゴールデンウイークで恭クンは私達の事を代用品だと言っていた。その考えも蒼クンとの喧嘩で改めたようで私達は変わらずここに住み続けられている。それでも私は恭クンが分からない
「飛鳥、恭ちゃんの事気になる?」
物思いに耽り過ぎたせいで東城先生が隣に来ているのに気づかなかった
「と、東城先生……、そうですね、恭クンの事は気になります」
「そう。でも、恭ちゃんの事が気になっているのは飛鳥だけじゃない。蒼君も闇華ちゃんも琴音だってそう。みんな恭ちゃんの事が気になっている。私もね」
東城先生が何で最初に蒼クンを出したのかは分からない。少なからず恭クンの事を気にしているという事は分かったけど
「蒼クンは友達として……ですよね?」
蒼クンがそっちの人じゃないと信じつつ私は東城先生に尋ねた
「そうだよ。蒼君には碧ちゃんがいる。でも、友達としては気にしてるんじゃないかな。それで?飛鳥は恭ちゃんの何が気になっているのかな?」
私はゴールデンウイークの一件を含めて、約束した日の事を話した
「────というわけなんです」
「なるほど、恭ちゃんは飛鳥の精神が子供だから自分のお願いを適当に聞き流されたと思っているんだ?」
「……………はい」
「私は幼い頃の恭ちゃんしか知らないから絶対にこうだって言えないから憶測になっちゃう。でも、恭ちゃんは一度した約束はちゃんと守るよ」
「は、はあ……」
東城先生が嘘を吐くとは思えないし、恭クンの事を信用してないわけじゃない。ただ私が臆病になっているだけだった
「恭ちゃんは私に対しても飛鳥や零、闇華ちゃんや琴音に対しても踏み込んだ話をしないし聞いてこないから不安になるのも分からなくはないよ。昔からそうだったから。でも、約束はちゃんと守る」
約束の件はともかく、私は恭クンと深いところの話をした事なんてない。自分からした事も、恭クンからされた事も
「そうなんですか?」
「うん。それに恭ちゃんの聞いてこない、話さないってところに不安を持っているのは飛鳥だけじゃない」
「そうですよ、飛鳥ちゃん」
「飛鳥ちゃんの感じている不安は私も感じてるよ」
「闇華ちゃん、琴音さん……」
ゴールデンウイークの時に恭クンの本心を聞いてもどこか不安になってしまう。何でそう思ってしまうのかは分からないけどね
零と二人きりになり、俺は話を聞くのも甘やかすうちの一つだと思い、ドンと来いなんて言った。その言葉に嘘偽りはないのだが……
「……………」
当の話を聞いてほしいと言った零はこちらに視線を向けては逸らし、話をする気配がない
「なんだよ、話を聞いてほしいんじゃなかったのか?」
いつまで経っても話を切り出そうとしない彼女にイラつきはしないものの、ずっと無言もキツイので俺は話をするように促した
「そ、それは……そうだけど……」
「そうだけどなんだ?もしかして言いづらい事なのか?」
「い、言いづらいという事もないわよ?ただ……」
言いづらくないのなら何で歯切れが悪いんだ?
「ただ何だ?」
「恭にこんな重たい女と関わるの面倒だなって思われたくないのよ……」
重たい女か……確かに零の言う通り男女問わず物理的にも精神的にも重たい奴と関わるのは面倒だ。最初こそ情熱を持って相手に向き合うだろう。しかし、それも回数をこなせば扱いが雑になる。普通の人間ならそう思うだろう。が、零達の場合は出会った状況が状況だ。そんなのとうの昔に慣れた
「確かに普通に零達と出会っていれば物理的にも精神的にも重たい奴と関わるのは面倒だと思う」
「やっぱり……」
先ほどまで暗かった零の表情が更に暗くなる
「だがな、ここに住んでる連中とは普通の出合い方なんてしてない。それぞれの事情だって高校生たる俺が何とか出来るものじゃなかったしな。出会った当初から重たい事情を持っていたんだ。重たいのなんて今更だろ」
「恭……」
零の場合は借金、闇華の場合は周囲の人間による理不尽。琴音の場合はリストラ、飛鳥や双子の場合は会社倒産。唯一理不尽な理由じゃないのが東城先生だけだ。母娘達や加賀も重たい理由を抱えてた。マジで重たい話を聞かされたりするのなんて今更だな
「別に面倒だなんて思わねぇ。俺が言えた立場じゃねーけど、悩んでるなら誰かに話した方が楽になるんじゃないのか?解決は出来ないとしてもな」
本当に俺が言えた立場じゃない。女々しいとは思うが、ゴールデンウイークの一件を思い出すと本当にそう思う
「恭がいいって言うなら遠慮なく話させてもらうけど、アタシって恭にとって必要な人なのかな……?」
「はい? いきなり何言ってんだ?」
重たい話云々の前に零が何を言っているのか理解出来ない。日本語を理解出来ないんじゃない。唐突に自分は俺にとって必要な人なのか?と聞かれる意味が理解出来ないんだ
「そうよね……いきなりこんな話されても困るわよね……」
「ああ、唐突に必要な人なのかな? って聞かれても反応に困る」
本当は答えに困ると言いたかった。目の前にいなければ確実にそう答えただろう
「じゃあ、順を追って話すけど、アタシって父親に借金を押し付けられて住む家すらなくて困ってたところで恭と出会ったでしょ?」
「ああ。まぁ、第一印象とかは何回か言ってるから割愛するとして、そうだな。俺と出会った当初の零は碌に荷物も持ってなかったな」
「そうね、あの時に持ってたのは財布と思い出のガラケーだけだったわね」
今思えば零は俺が拾わなかったらどうやって生活していくつもりだったんだ?
「ああ。で? それと俺が必要としている人になれているのかって話と何か関係があるのか?」
「ゴールデンウイークが終わってからよく考えるのよ。このまま恭に依存していいのか、恭に必要とされる、信頼される人間にならなきゃダメなんじゃないかってね」
俺の中でゴールデンウィークの一件は終わり方はどうあれ完結したものだと思っていた。あくまでも俺がそう思っていただけで零達の中では納得のいく完結ではなかったのかもしれない。だから俺は……
「ゴールデンウィークの一件を忘れろとは言わない。それにだ。今の俺にとって零達はいてくれるだけでいい。依存したいならそうすればいい。無理に頑張る必要はない」
苦しんでるだろう彼女にいてくれるだけでいいと一言言うだけだった
「ほんとう? 本当にアタシはいるだけでいいの?」
上目遣いで俺を見つめる零。瞳は不安の色に染まり切っている
「ああ、いてくれるだけでいい。何なら依存してもいいぞ」
本来なら依存していいだなんて言っちゃいけないんだと思う。人間誰かに依存したいって時もある。津野田零という一人の女の子が他人の温もりを求めているのなら彼女の望む通りにしよう
「本当に依存してもいいのかしら?」
「ああ。零がそうしたいならな」
依存は人をダメにする。する側もされる側も
「じゃあ、抱きしめて頭を撫でてもらってもいいかしら?」
「甘やかすって言ったんだ。それくらいお安い御用だ」
俺は零に歩みより、そっと抱きしめて頭を撫でる
「ねぇ、恭」
「何だよ」
「アタシなんて誰からも必要とされない人間だと思ってたわ。実の父親に借金を押し付けられた挙句、捨てられたからそう思うのも当然と言えば当然よね。でも、恭はそんなアタシの事も受け入れてくれるのよね?」
「ああ。人を拾ってきた時に毎回言ってるだろ? ここにいたいならそうしろって」
この言葉を言うのは何回目だろうか
「ここにいたいならじゃなくて、どこに行っても恭の側にいたらダメかしら?」
俺の側に……か。その答えも既に決まってる
「その答えも同じだ。俺の側にいたいならずっといろ」
「うん……ずっと側にいる」
引きこもっていた時は考えもしなかった。自分の側にいたいと言う物好きが現れるだなんて
『きょう~、お母さんもずっときょうの側にいるね~』
お袋、アンタ、それでいいのか? まぁ、お袋に対しての答えも零と同じだから何も言わんけどな
「恭、一つ聞いていいかしら?」
胸に顔を埋めていた零が見上げる形で見つめてくる
「一つって……二人きりになった時から数えると三つ目の質問になる気がするのは俺の気のせいか?」
「そんな野暮な事聞くもんじゃないわよ?」
「はぁ、分かった。何でも聞いてくれ」
質問の数について議論する気にはなれず、俺は追及する事はしなかった
「それじゃあ遠慮なく。これから学校行ってる間はメッセージ送っていいかしら?それこそ登校する時も下校する時も」
家にいればいくらでも話せるだろ?と喉元まで出かかったが、グッと飲み込んだ
「クラスで話せる友達もいないからいいぞ」
クラスで話すとのは由香と時々瀧口くらいでそれ以外の人間とは全くと言っていいほど会話はない。零との会話に支障はなく、俺は二つ返事でOKを出した
「やった! これからは毎日どこにいても恭と話せるのね……嬉しい……本当に嬉しい……」
涙を流しながら喜ぶ零。俺には泣くほど喜ぶ理由が理解出来ないが、彼女からすると余程嬉しい出来事だったんだろう
「泣くほどの事かよ……、家じゃ毎日顔付き合わせてるだろ?」
「だって嬉しいんだもん……」
それから俺は闇華達が戻って来るまで零を抱きしめて頭を撫で続けた
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
読み終わったら、ポイントを付けましょう!