飛鳥と共に八階までやって来た俺は思った。持ってるカバンが邪魔だと
「なぁ、飛鳥」
「何? 恭クン? まさか今更嘘だったとか言わないよね?」
「言わねぇよ! 工事してるのだって証拠にならんだろうしな! じゃなくって! 風呂行く前にカバンを住まいに置きたいけどいいか?って相談しようと思っただけだ!」
風呂に入る時にカバンなんて必要か?銭湯じゃあるまいし
「それは恭クンの好きにしてよ。私は恭クンに付いて行くだけなんだからさ」
「じゃあ一旦カバン置きに行っていいか?」
「うん。それと、私が預かっていた恭クンの財布返すね」
飛鳥がズボンのポケットから取り出した財布を受け取り俺達は住まいへと向かう事に
「飛鳥は何で俺に家庭事情を相談してきたんだ?」
住まいへ向かう途中で俺はふと気になった事を聞いてみた
「え?」
「だってそうだろ? 出会って間もないどころか飛鳥に嘘吐くような真似してたんだぞ?俺だったら出会って間もない奴に父親が職を失った挙句、家族揃ってホームレス状態ですって相談なんかしないぞ」
琴音達の事情は簡単に話していいものじゃないと思ったから黙っていただけだ。ここに住んでるのだって別に聞かれてないから言わなかっただけだと言ってしまえばそれまでだ
「恭クンの言う通り出会って間もない人に普通は自分の家庭事情なんて相談しない。それに、自分が本当は女の子でしたって言うわけないよね……」
「飛鳥が女だって知ったのは偶然だけどな」
「ふふっ、そうだね。私が女子トイレから出たのを見られたのがキッカケだから女の子だって知られたのは偶然だからノーカンだね」
俺は飛鳥が女の子らしく笑う姿を初めて見た。いや、違うか。俺は飛鳥の笑顔を初めて見たんだ
「だな。女の件は完全に偶然だ。で、話を戻すけど、何で俺に家庭事情なんて相談してきたんだ?」
教師に相談するのならまだ解かる。飛鳥が教師に家庭事情の相談をしていたかどうかは分からない。しかし、親が職を失くしましたとか家族揃ってホームレスやってますだなんて親しい友達にも相談しないだろ
「自分でもよく分らないけど、恭クンなら何とかしてくれそうな気がしたからかな?」
飛鳥さん?そんな過度な期待を寄せられても困るんですけど? っていうか、貴女と貴女のお母様は俺の事思いっきり疑ってますよね?
「単なる高校生の俺に過度な期待を寄せないでもらえませんかねぇ……」
「でも恭クンは私に嘘なんて吐かないでしょ?」
「嘘みたいなものはこれから見せるけどな」
「期待しておくよ」
住まいである十四番スクリーンの前に着いた俺達はすぐに中へ入らず立ち止まった
「どうしたの恭クン? 住まいにはまだ着かないの?」
急に立ち止まった俺にキョトンとする飛鳥
「住まいには着いた。その前に飛鳥に言っとく事があってな」
「何?」
「中へ入ったら靴は脱いでくれ。外見は映画館のままだが、広すぎる以外は普通の家だから」
「う、うん……」
「じゃあ、入るぞ」
「うん」
扉を開け住まいの中へ。慣れてしまった俺は今更広すぎるとか思わない。しかし、飛鳥は別だ。今まで普通サイズの家に住んでいた人間がいきなり広すぎる家に来ると……
「…………広すぎるっしょ」
処理落ちする。俺は叫ぶタイプだったが、飛鳥は呟くタイプか
「まだ出入口だからな? つか、中はもっと広いけど入ってくか?」
「一応、入れてもらうわ」
「んじゃ、さっき言った通り靴は脱いでくれ」
「お、おう」
ここに来る前まで女口調だった飛鳥がここに来て男口調に戻ったっつー事はあれか?住まいの広さに自分の口調が迷子になったって事か?
何はともあれ飛鳥を我が城に招き入れられたのはよかった。出入口だけだったら営業していた時と違いがある事は理解させられる程度で決定打にはならないからな
「…………」
「どうだ?俺がここに住んでるって信じられたか?」
自分のプライベートな部分を見せるのは恥ずかしいものがある。恥ずかしくても時として見せなきゃならない時もあり、今がその時だから仕方ないのは重々承知だ
「…………広すぎるっしょ」
「それはさっき聞いた」
「いやいや! え?何?恭クンって本当にここに住んでたの!?」
「ああ。まぁ、最初は一人暮らしだったが、今はその……何だ? いろいろあってルームシェア? してる」
家なき子や自分の担任を経緯はどうあれ拾ってきましただなんて言えるわけがない。それにだ。ルームシェアで合ってるよね?大丈夫だよね?
「何? それ? 変なの」
「変でも何でも仕方ないだろ。それが俺の現状なんだからよ。んで?俺がここに住んでるって事は信用出来たのかな?飛鳥ちゃん?」
「う、うるさい! 信じるよ! こんなの見せられたら信じざる得ないでしょ!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く飛鳥は格好こそあれだが可愛かった
「信じてもらえて何より。んで? 次は風呂にでも入るか?」
来て早々茶も出さずに風呂か! と思うじゃん? こればかりは仕方ないんだよ。何せ家の前にいたホームレスは飛鳥だけじゃないんだからな
「え? すぐ入れるの?」
「ああ。この部屋の風呂なら洗って湯を貯めるところからしないといけないから時間掛かるけど大浴場だったらすぐに入れる。どっちを使うかは飛鳥に任せるけどな」
ここで暮らし始めてからというもの一度たりともこの部屋の風呂は使った事がない。掃除が面倒だったからな。
「じゃ、じゃあ、大浴場の方使わせてもらっていいかな?」
「ああ。その前に替えの下着と服取りに行くか」
「う、うん……って、女の子の下着とか服持ってるの!?」
「親父と爺さんが万が一の為にって送り付けてきた。俺に女物の下着や服を収集する趣味なんてねーのに」
六番スクリーンをちゃんと確認した時に女物の下着を発見した時の居たたまれなさは今でも鮮明に覚えている。あの時はマジでリアクションに困った
「きょ、恭クンのお父さんとお爺さんって不思議な感性の持ち主なんだね」
「親父と爺さんの考えている事なんて俺が知るか。とりあえず行くぞ」
「うん」
親父と爺さんの事を頭から消し、俺は飛鳥を引き連れて洋服部屋である六番スクリーンへ。その前に靴じゃ脱ぐときに大変だと思い、ひとまず現在学校に行っている零のスリッパを飛鳥に履かせた。零、非常事態なんだ悪く思うな
「わお」
「飛鳥、無理に驚く事はないんだぞ?」
六番スクリーンに入った飛鳥の目に飛び込んできたのは数々のタンスとクローゼット。俺はスゲー数で確認が面倒そうだな程度しか思わなかった。飛鳥は違ったようで何かしらのリアクションを起こさなきゃいけないと思ったみたいだ
「いや、驚いてるよ? 驚いてるけど、タンスとクローゼットが数多く並んでる光景なんてテレビでしか見た事なくて正直なんて言ったらいいか……」
飛鳥の言う通り数多くのタンスやクローゼットが並んでる光景なんて空想上のものだ。実際目の当たりにしたらリアクションに困るというのも無理はない
「無理にリアクションしなくていい。飛鳥がここに住み始めたとしたら部屋の広さにもこの光景にもすぐに慣れる。んじゃ、女物の下着や服は右のタンスやクローゼットを開けて適当に探してくれ。俺は外で待ってるから」
「分かった」
飛鳥を残し、俺は一人スクリーンから出た
六番スクリーンから出て暇を持て余した俺は一つ忘れている事があった
「そういえば爺さんから何時に迎えが来るとか聞いてねぇや」
電話で爺さんは迎えを寄越すと言っていた。だが、具体的に何時に来るかは聞いてない
「爺さん……何時に迎えを寄越すって言ってくれなきゃ困るぞ……」
迎えに来るのはいいとしても具体的に時間を伝えてくれなきゃ困る。親父にも当てはまる事だが肝心な事はちゃんと伝えてくれないと本当に困る
「親父の伝え忘れは爺さんからの遺伝だな……」
一人暮らし当初の事を思い出す。家具の類がどうなっているか俺から電話するまで分からなかった。これを親父の伝え忘れとするなら完全に爺さんからの遺伝だ
じりりりりん! じりりりりん!
「誰だよ……」
スマホが鳴り、着信画面を確認すると『爺さん』と表示されていた。もしかして迎えを寄越す時間を伝えるために電話をくれたのか?
「もしもし」
『あっ、恭? お爺ちゃんだよ☆』
「あ、うん。着信画面に表示されたから知ってる。で、何だよ?」
『一時間くらい前に迎えをやるって言ったじゃろ?』
一時間くらい前というと俺が飛鳥から学校に通う事が絶望的になったって話を聞かされていた頃だ
「ああ。言われたな。具体的な時間指定がなかったから何時に来るかは知らんけど。それがどうかしたのか?」
『その事なんじゃが迎えに行くの止めにした』
この爺さんはいきなり何を言い出すんだ?
「は? いきなり何言ってんだ? もしかして専属のトラックドライバー要らなくなったか?」
『いや、それは必要じゃよ? そうではなくてじゃな、儂からそっちに行く事にしたんじゃよ。ちょうどスーパーマーケットの空き店舗の話もあるしのう』
内田父の職の事でスーパーの空き店舗の事忘れてた
「あー、そういえばそんな話もあったな。で? 何時に来るんだ? 出来れば家の前に溜まっているホームレス連中の段ボールハウスの処理もしてほしいから早めに来てくれると助かる」
『はぁ……家の若い連中連れて今から行く。そうじゃな、到着は十五時頃になる』
言い方がヤクザっぽいのはこの際いいとして、到着時間は十五時頃か。今の時間が十一時だからここまで来るのに四時間か。ん?爺さんの屋敷から家までそんなに時間掛かったか?
「爺さん、今どこにいるんだ? 爺さんの屋敷からなら家に到着するまでそんな時間は掛からないだろ?」
爺さんの屋敷は実家から行っても二時間で着く。今俺が住んでいる家からだと一時間半だ。だというのに今から出て到着が十五時はおかしい
『爺さんにはいろいろと準備が必要なのじゃよ。それに、スーパーの空き店舗に関しては恭じゃなく別の人間と話をした方が早いじゃろ?』
「前半の女みたいな言い訳はスルーするとして、そうだな。スーパーの空き店舗に関しては話をするなら俺じゃない方がいいな。まぁ、とりあえず爺さんが来るって事でいいんだな?」
『そうじゃ』
「分かった。んじゃ、十五時に待ってるわ」
『うむ!』
爺さんに何の準備なんだよ……何はともあれ十五時までかなり時間がある。俺はその時間をどうやって潰そうか飛鳥を待っている間、のんびり考える事にした
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