零達の説教が終わった後、俺は自由を失った。それに関しては自業自得だからいいとして、その前に説教されている最中の話を少しだけしよう。説教中、正座させられ、碧以外の女性陣は仁王立ちでこちらに睨みを利かせ、とてもじゃないが、自分の意見を言える状況じゃなかった。と、ここまではある意味でいつも通り。ただ、熱を帯びた砂浜に正座させられたのは予想外。で、今は─────
「ったく、俺が悪いとはいえ、普通、こんなになるまで正座させっかよ……」
ビーチパラソルの下で真っ赤になった自らの膝を見ながら零達への不満を漏らしていた
『生理現象だったとはいえ、お母さん達を不安にさせたきょうが悪いんでしょ~?自業自得だよ』
「早織さんの言う通りだよ! トイレに行くならあたしに一声掛ければよかったじゃん!」
お袋と由香の理不尽とも取れる連携攻撃が炸裂。この旅行中、行動する時は由香達の誰かと一緒じゃなきゃいけないのは分かっている。しかし、いきなり催してきたら一声掛ける暇なんてない。当然の事ながら付き添いで揉められでもしてみろ、俺はその場で年甲斐もなく漏らすぞ
「あのなぁ……、いちいちトイレの度に一声掛けて付き添いを待ってたら面倒だろ。生理現象なんていつ来るか分からねぇんだからよ」
赤ん坊や幼子じゃないから多少の我慢は出来るよ?でも、我慢出来ずに漏らしたら恥ずかしい上に後始末をする人が大変だ。この海パンは借り物じゃないにしろ洗濯して汚れが落ちるかと言われれば必ずしもそうではない。これ以上下品な話はしたくないからここまでにしておくけど、世の中には落ちる汚れと落ちない頑固汚れってのがあるとだけ言っておこう
「それでも! 黙っていなくなられたら不安なんだよ! 今度からはちゃんと声掛ける事!」
「へいへい、分かりましたよ」
不満はあれど、この場で逆らうのは得策じゃなかったからとりあえず頷いておいた。本当、俺の周囲に集まる女性陣はどうして人がいなくなるという事に関して敏感なんだか……
「返事ははい!」
由香、お前は俺の母親かよ……
「はいはい」
「はいは一回!」
実の母親であるお袋よりも細かいな、この女……
「はい」
「よろしい!」
満足気に頷いた由香を見ていると中学時代に俺を虐めてきた奴と同一人物なのかと疑いたくなる。それと言うのも中学時代の彼女はしっかり者キャラではなく、どちらかというと三流の小物といった感じで高校に入ったら絶対に再会したくない女子ナンバーワンだった。人の縁とは不思議なもので、高校入学して一か月が経ち、親父の再婚で再会。書類上は俺の姉となるだなんて思いもしなかった
「はぁ……、細かい女……」
由香の細かさに嫌気が差した俺は小声で呟いた。
「恭! 聞こえてるよ! 誰が細かい女だって?」
そう言って由香は俺の右耳を引っ張ってきた
「いてぇ! 地獄耳かよ! お前は!」
「恭の言う事なら何でも聞こえるよ!」
何それ怖い。俺限定の地獄耳とかマジで勘弁してほしい
「何?そのピンポイントな地獄耳」
俺限定の地獄耳とか嫌すぎる
「悪い?恭の事なら何でも知りたいの!」
美少女に貴方の事なら何でも知りたいの! と言われて嬉しくない男はいないだろう。傍から見れば羨ましいのも理解は出来る。それと実際言われるのは別で言われてみると寒気しかしない
「何でも知りたいって……、はぁ……」
由香の発言は何て言うか、アレだ。初めて恋人が出来た奴かその一歩手前の奴がいう台詞だ
「お前はアレか?絶賛片思い中の人か?」
片思い中の奴には相手の事なら何でも知りたがる輩がいるとネットの掲示板で見た事がある。その時は嘘だと思っていた俺なのだが、実際に言う奴がいるとは思わなかった
「恭に片思いしてるもん……」
俺に片思いしていると言われても彼女に好かれる意味が理解不能だ。何度も話に出しているけど、由香は中学時代に俺を虐めていた。客観的に見ればそう捉えられる。当の俺からするとお袋の形見を盗られた程度で具体的に虐めがあったのかと聞かれるとウザいくらいに絡まれた程度で虐めか?と聞かれれば微妙なところ。そんな話はさておき、絡んでは罵倒してきただけの奴に好きだと言われても困る
「そうかい。俺が言えた義理じゃねーけど頑張れ」
中学時代の話を掘り返す事はせず、適当にエールを送る。零達の場合、キッカケから聞いても大して時間は掛からない。彼女達とは違い、由香の場合は出会いが中学で運命の悪戯なのか三年間同じクラス。キッカケを聞くだけでも時間が掛かる。人の想いを邪険に扱うというわけではないものの、めんどくさい
「頑張れってあたしは恭が好きだって言ってるんだよ!」
「それは聞いた。だが、俺は絶対に異性を好きにはならねーから」
俺が異性を好きになる事はないとは言わない。ただ、好きにならないってだけで
「ど、どうして?」
「どうしてって……まぁ、いろいろあるんだよ」
「いろいろって?」
「いろいろはいろいろだ。とにかく、俺は異性を好きになる事はない」
由香に限らず零、闇華、琴音、東城先生、飛鳥、盃屋さん、茜と俺の周囲には魅力的な女性が多い。油断しているとウッカリ惚れそうになるくらいだ。当然、恋愛対象にならないかと聞かれると答えは否で由香もだが、恋愛対象にはなる。異性を好きにならない理由は……これは別の機会に話すとしよう
「わ、私のせい?」
由香は何を勘違いしたのか、自分のせいと言い出した
「由香のせいじゃない。俺自身の問題だ」
「恭の問題?」
「ああ。言っとくけど、同性しか愛せないとかじゃねーし、お袋にも話してねーから」
お袋はもちろん、親父や爺さん、婆さんにバレたら何て言われるか……。考えただけでも恐ろしい
「も、もしかして……昔酷いフラれ方したの?」
「いや。フラれるも何も告白した事すらない」
「じゃ、じゃあ、何で……」
「何でもだ。この話はここで終わりにして遊ぶか」
俺だって男で恋愛をしたいという気持ちはある。彼女と遊びに行ったり、時には喧嘩したりと当たり前の付き合いがしたい。今の環境を客観視すると恋愛したくても相手がいないだなんて言い訳はせず、女に縁のない連中から恨まれるだろう。しかしだ、俺には異性を好きにならない理由があり、零だろうと由香だろうと告白されても付き合わないし、俺から告白するつもりもない
「ちょっと! 話はまだ─────」
由香が何かを言い出す前に俺は彼女の手を引き、海へ向かって駆け出した
「あら、恭。暑いのは苦手だからパラソルの下を離れないと思っていたわ」
零達と合流し、開口一番、ビーチボールを持った零に声を掛けられた
「暑いのは苦手だけどよ、せっかくの海なんだから遊ばないともったいないと思って来ただけだ。それより、そのビーチボールはどっから持ってきたんだよ?」
「どっからって、そこに置いてあったわよ?」
零の指さす方向を見るとご自由にお使いくださいという看板の小屋があった
「普通はフロントに置いとくとか海の家で貸し出すものなんじゃないのかよ……」
普通ならビーチボールや浮き輪といった所謂海で遊ぶ道具はフロントに言ってレンタルか海の家で貸してもらうのが王道じゃないのか?
「そんな事知らないわよ」
零の言い草とこのホテルの理解不能さに軽く頭痛を覚える。まぁ、来た当初からこのホテルには理解不能な部分があったから今更突っ込まないけど
「はぁ……だよなぁ」
ホテル側の意図など零に聞いたところで明確な答えが返ってくるわけがない。最初から分かりきっていた事だ
「零ちゃんと話すのもいいけど、恭が異性を好きにならない理由ちゃんと答えてよね!」
「は?何それ?恭、アタシそれ聞いてない」
由香が余計な事を言ったせいで空気が凍る。その話は終わりだってさっき言ったのに……
「その話は終わりだって言っただろ?それに、俺だって秘密にしたい事の一つや二つある。それを無理矢理聞き出そうだなんて褒められた事じゃないぞ」
ここで動揺すると隙が出来る。俺は平静を装った。しかし……
「あたしだって言ったじゃん! 恭の事は何だって知りたいって!」
由香も先程言った事を持ち出してきた
「それは聞いたけどよ、その話は今ここでしなくてもいいんじゃねーか?ほら、みんなで楽しく遊んでるんだしよ」
俺が異性を好きにならない理由に関しては絶対に言えない。恋愛に対してトラウマがあるとかじゃなく、言えない理由がちゃんとあるんだ
「恭、あたし達は家族だよ?家族に隠し事するの?」
『由香ちゃんの言う通りだよ~、家族に隠し事はよくないとお母さんも思うな~』
お袋まで出てきたよ……
「家族だって言えないものは言えないんだ! なぁ、零からも何か─────」
同意を求め、零の方を見ると彼女は思い切り深呼吸をし、そして……
「みんなぁー! 恭の恋愛観知りたくなぁいー?」
と海で遊ぶ連中に向かって思い切り叫んだ。するとどうだろう?遊んでいた連中はそれまでしていた事を止め、猛スピードでこちらに走って来た
「知りたいです! 恭君! どんな私が好きなんですか!?」
「恭ちゃんは年上の女である私が好きなんだよね!?」
「恭クン! 私と付き合おうよ!」
「灰賀殿! 是非教えてくだされ!」
「恭くん! 私ならいつ告白されてもいいよ!」
「グレー! ここは長年のゲーム仲間で趣味の合う私を選ぶよね!」
詰め寄ってきた闇華達はどうやら零の言った事を聞いていなかったらしい
「恭さん! ボクを助けると思って答えてください!」
「ヘタレ! ちゃんと答えな!」
双子も双子で闇華達と同じだったか……。まぁ、妄想垂れ流してるよりかはマシだけどよ
「あのなぁ……」
爆弾を投下した零、そのキッカケを作った由香を恨めしく思いながら俺は目の前の野獣達をどうしたものかと考えるもいい案が浮かばずお袋に助けてもらおうと視線を送ったのだが……
『お母さんも恭の好きな女の子のタイプ知りたいな~』
完全に零達側で目を輝かせながら俺を見つめていた。要するにアレだ。この場に味方はおらず、神は死んだという事だ
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