「教師が絶対に失敗しない。神矢先生、アンタはそう言いたいのか?」
「そうよ! 私達教師は絶対に失敗しないわ!」
教師は絶対に失敗しない?そんなわけがない。教師だって人間だ失敗はする
「話になりませんね。教師とか生徒関係なく人間は少なからず失敗します」
俺の失敗はゴールデンウィークを迎える前に零達と本音で語り合わなかった事だ。今までの人生で失敗ばかりしてきた俺だが、高校に入ってからした大きな失敗はこれだという自信がある
「それは灰賀君が無能だからでしょ!」
「無能ねぇ……じゃあ、アンタは有能なのか? 有能な人間が行く先々の学校で同じ問題を起こし、たらい回しにされた挙句、教員免許はく奪の署名活動なんてされるのか?」
有能な人間なら数多くの企業からスカウトが来る。有能な教師なら数多くの学校から授業の依頼とか来てもおかしくない。神矢の場合はかつての生徒達が教員免許はく奪の署名を集める運動をしている。それは有能な教師の姿なのか?
「私の指導の意味が理解出来なかった一部の人間が起こした事なんて興味ないわ」
コイツは承認欲求の塊だ。自分が他者を否定してもいい。反対に自分が否定されるのは許せない。マジでどこぞの信者達だ。
「あ、そう。まぁ、いいや」
俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、電話帳から婆さんの番号を呼び出す
『もしもし』
「婆さん、恭だけど」
『なんだい、もう終わったのかい』
「ああ。俺と神矢は水と油だった」
『そうかい。後はあたしらに任せな。待機させている使いをそっちに寄越すから少し待ってな』
「分かった。なぁ、婆さん、一つ聞いていいか?」
『可愛い孫の質問だ。いくらでも聞いとくれ』
「悪いようにはしないって言ってたが、神矢想子をどうするつもりだ? 教員免許を取り上げるのか?」
婆さんの持つ権限がどれほどのものかは知らない。もしかすると教員免許を取り上げる事も可能かもしれない
『バカ言え、更生ついでに我が校で雇うんだよ。最初は担任を持たせられないし、授業は同僚の先生が最低でも二人は付く。今までと同じように好き勝手はさせないよ』
「物好きなこって。でも、最初にさせる事は違うんだろ?」
『当たり前だよ。まずは終わった事だとはいえ過去の過ちをキッチリ清算するのが先だね』
「そうか……」
教師────というよりも学校組織は不祥事を隠すものだ。ニュースで教師のニュースを見ると嫌でもそう思ってしまう。だから婆さんも不祥事を隠すと思っていた。でも意外な答えが返ってきてビックリしている。といっても神矢の一件は灰賀女学院の不祥事というよりも神矢個人の不祥事だけど
『教師は生徒を教え導くものだからね、時として悪い事をしたら謝れと指導するのも教師の役目だよ。その教師が謝罪も出来ないなんて話にならないだろ? ま、神矢想子の事はあたし達に任せな』
婆さんの言葉からは熱い闘志のようなものが感じられた。神矢を見捨てない。そう言われているようにも思える
「ああ、任せた」
『よろしい。じゃあ、あたしゃ仕事だ。また何かあれば連絡しとくれ』
「ああ。分かった」
話を終えた俺は電話を切り、スマホをズボンのポケットにしまうと今度は神矢想子の方を向く。地面に這いつくばったままだが、迎えが来るまでの間、当事者であるコイツには話だけでも済ませておきたい
「アンタの処遇が決まった。結論から言うとアンタは教師を続けられる」
「当たり前でしょ! 私は何も悪い事なんてしてないんだから!」
一時は神矢を憎んだ事もあった。それが今じゃ思うところはなく、コイツの未来よりも子供返りを起こした飛鳥をどうするか考えるので手一杯だった
「アンタがそう思うならそうなんだろ。で、教師を続けられはしてもそれは星野川高校じゃない。俺の婆さんが理事を務める灰賀女学院だ」
「────────!?」
俺の言葉に神矢は驚きの表情を見せた。まぁ、意外な結末っちゃ意外な結末だ。俺も同じ事を言われたら驚く
「きょ、恭くん! 本気で言ってるの!?」
「そうだよ! 恭!」
俺の言葉に異を唱えたのは琴音と東城先生。灰賀女学院の生徒がどんな奴らなのか知っている人間からすると驚きもするだろうな
「本気も何もそこの理事が引き取るって言うんだからそうなんだろ」
婆さんから伝えられた言葉をそのまま伝えているに過ぎない俺に文句を言われても困るのだが、婆さんの作った学校に通う生徒を知っている身からすると異論を唱えたくなったとしても不思議じゃない
「あそこには零ちゃんと闇華ちゃんが通ってるんだよ!? そんなところにこんな人を置くって言うの!?」
琴音が心配しているのは零と闇華だけじゃなく、婆さんの学校に通う全ての生徒の心配だ。あそこに通う生徒全員が母子家庭でその上引き取られる前の生活は婆さんのおかげで衣食住には困らなかったものの、極貧生活を強いられていたと言っても過言じゃない過酷な生活
「俺に文句を言うな。婆さんが神矢を欲しいと言うんだからしょうがないだろ」
それを聞いた琴音と東城先生は押し黙る。その二人とは対照的に神矢は……
「私の指導力に目を付けるとは灰賀君のお婆様は聡明なお方のようね」
自信に満ち溢れた顔をし、当然だと言わんばかりの態度だった。これからかつての生徒やその保護者に謝罪し、監視付きで授業を行う羽目になるとは夢にも思ってないだろう
「俺の祖母は両方とも賢いですから。可能性のある人間は絶対に見逃さないんですよ」
「そんな聡明な祖母が二人もいるのに孫の灰賀君は低能なのね。嘆かわしい」
これからある種の地獄を味わう神矢想子に何を言われても俺は何とも思わない。一方、琴音と東城先生の方は違ったようで二人揃って神矢に掴みかからんばかりの勢いで彼女を睨んだ。神矢の前だから詳細は教えられないが、二人には気にしてないと言い聞かせ、事なきを得た
それから少しして、資料を届けてくれた女性がスーツ姿の女性を三人ほど引き連れ、神矢と共に去って行った。去り際に俺はずっと気になっていた事を神矢に訊いた
「なぁ、神矢先生」
迎えが来た時点で霊圧は収めており、普通に立って歩く事が可能になった神矢だが、その両脇にはスーツ姿の女性二人が。さながら警察官に連行される犯人といったところだ。
「何かしら? 灰賀君?」
神矢は振り向く事はせず、視線だけを俺に向ける
「過去の生徒や飛鳥を追い詰めたアンタにこんな事を訊くのは間違ってると思うんだけどよ、アンタは何で教師になったんだ?」
教員がイジメに加担し、生徒を自殺に追いやったニュースを目にする度に思っていた疑問。神矢はニュースに出てくるような教員の仕出かした事はしてない。ただ、結果として同じ事だ
「決まってるでしょ? 子供が好きだからよ」
子供が好きだから……か。なら、何で神矢は子供に対して暴言を吐いたり、嫌がる子供の意志を無視して自分の意志を通そうとしたんだろう?俺の中に一つ大きな謎を残した
「さてっと、飛鳥をどうするか……」
神矢が連行されたのを見届けた俺は精神が子供に戻ってしまった飛鳥を見て一人考えた。
「きょうおにいちゃん?」
俺に見つめられていた飛鳥はキョトンとしたこちらを見つめてくる。純真無垢な瞳で……これも内田飛鳥の一面だというのは十二分に理解しているが、いつまでもこのままにしておけない
「あ、ああ、悪い」
飛鳥を見つめていてもいい案は思い付かない。いっその事精神科にでも放り込めば楽だ。
「ううん。それより、きょうおにいちゃんどこかいたいの?」
「え……?」
「きょうおにいちゃん、つらそうなおかおしてたよ?」
そんな顔をしたつもりはない。だとしても精神が子供になってる飛鳥からすると無意識のうちに俺が辛そうにしていると思い込んだみたいだ
「別に辛くはないさ。ただ、これからどうするかなって考えてただけだ」
「そうなの?」
「ああ、怖い人がいなくなって学校が平和になっただろ?」
「うん!」
「だからどうやって過ごそうかな?って考えてただけだ」
俺が思い悩んでも飛鳥の精神は元には戻らない。と諦めかけてたその時だった
「内田さんは退学させて精神科に入院してもらうしかなさそうだな」
俺の声でも、東城先生の声でもまして、琴音の声でもない男の声。声の主の意見は自分達はたかがパートの神矢に屈したクセにいなくなったらアッサリ生徒を切り捨てるという無責任なもの。
「ですね、私達じゃどうしようもないですし……」
「本人の為です。仕方ありませんね」
声の主の意見に賛同する他の教師。自分達じゃどうしようもない? 本人の為? 俺の中で何かがキレた
「ふざけんな!!」
俺が上げた怒声と共に職員室全体が揺れる。驚いた教師連中、琴音と飛鳥は小さく悲鳴を上げながら尻餅をつく
「アンタ等教師が神矢に屈し、結果一人の生徒の精神が壊れたんだぞ!! それを何だ!! 自分達じゃどうしようもなくなったらアッサリ見捨てる? ふざけんのも大概にしろ!!」
尻餅をつく琴音達に構わず俺は怒りの刃を教師達に向ける
「おい、今飛鳥を退学にさせて精神科に放り込んだ方がいいって言った奴、出て来い。それに賛同した奴らもだ!!」
俺の声に教師達は目を逸らし、黙秘を決め込む。
「どうした? 出てこないのか?」
教師達が黙秘を続けている間にも揺れは止む気配がなく、むしろ徐々に大きくなりつつある。そんな中で黙秘を続けられるという事はだ、そういう事でいいんだよな?
「出てこないのか……まぁ、いい。なら纏めて死ね……」
俺の言葉に反応したかのように机や椅子が浮かび、教師達の目掛け飛んでいく。
『きょう!! ダメ!!』
「────!?」
お袋の静止で揺れは収まり、教師達目掛け飛んでいった机や椅子は大きな音を立て、その場に落ちた
『ダメだよ……、きょう……。怒りに任せて力を使っちゃ……気持ちは解かるけど、落ち着いて? ね?』
他の連中には見えてなだろうが、俺は今、お袋に抱きしめられている。不思議な事に触れずともお袋の温もりを感じるのは何でだ?
「チッ、命拾いしたな」
お袋が止めてくれなければ俺は教師全員を殺していたし、別にこんな奴らなんて死んでもいいと思っていた。しかし、当の教師達は違ったようで……
「ば、化け物!!」
一人の男性教師が俺を見てそう叫んだ。化け物……そう言われても仕方ない
「化け物!! ここから出て行け!!」
もう一人の男性教師の声に賛同したのか他の教師達も口々に言う。化け物、出て行けと
「止めなさい!!」
そんな教師達の罵詈雑言を止めたのはセンター長だった
「し、しかし! うちの学校に化け物がいたんですよ! 早く追い出さないと私達は皆殺しです!!」
センター長に異を唱えたのは最初に俺を化け物と呼んだ男性教師
「出て行くのは生徒を化け物呼ばわりし、罵詈雑言を浴びせた先生方の方です!! もう来て頂かなくて結構です!! 早く私物を纏めて出て行きなさい!!」
神矢が起こした騒動は飛鳥の精神が子供になったまま、星野川高校の教師が大量に解雇されるという結末で幕を閉めた。化け物呼ばわりされた俺はというと……
「恭くん……」
「恭……」
「きょうおにいちゃん……」
同居人から悲しみの視線を向けられ
『きょう……お母さんがもっとしっかりしていればこんな事にはならなかった……ごめん……ごめんねぇ……』
お袋を泣かせてしまった。何やってんだ……?俺……
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