「い、いきなりどうしたのかしら?灰賀君」
顔を覗かせようとした千才さんは戸惑っていた
「いきなりどうしたのじゃねぇよ! アンタ、よくもまぁ今までドヤ顔で犯罪者捕まえてこれたものだな……」
「な、何を言っているのかしら……?」
俺の言っている事は客観視すれば十二分に変だ。その証拠に周囲からは心配の声がチラホラと聞こえてくる
「何を言っている……か。とりあえずさっき逮捕した犯人連中をここに連れ戻せ」
「ば、バカな事を言わないで! 灰賀君! 貴方、自分が何を言っているのか解ってるの!?」
「当たり前だ。さっき逮捕した犯人達をここへ連れて来いって言ったんだよ」
「いくら前に助けてもらった灰賀君の頼みとはいえ凶悪な立てこもり事件を起こした人達を手錠を付けてる状態でも連れて来られるわけないでしょ!!」
千才さんの意見に俺同様人質だった人達は『当たり前だよな……』『ケガ一つないとは私達に銃を突き付けて脅してきた奴らだから簡単に連れては来られないだろ……』等と言っている。普通に何も知らない人からするとそうだ。犯人達の復讐に協力すると言ったのもその場しのぎだってのも理解しているから他の連中に俺がとやかく言う筋合いはなく、病室に戻るなり支払いを済ませて帰宅するなりしろって感じだ。しかし、目の前にいる女性刑事は違う
「連れて来られないんじゃなくて連れて来れないだろ?」
「何を言っているの?連れて来られないのよ。仮にも病院に立てこもった凶悪犯よ?まだ高校生の灰賀君には解らないかもしれないけど、一応、彼等は凶悪犯。簡単に出歩かせるわけにはいかないの」
凶悪犯だから連れて来られないと千才さんの言い分は嘘だ。犯人達の手錠を掛けられているから両手は使えない。足は使えるだろうけど、逃げるのであればそれはいい手とは思えない。いつもの俺なら千才さんが言った言葉の意味を考え、当てずっぽうな発言でボロが出るまで待つという手段を取る。今回はそんな事しなくてもすぐにボロを出させるけどな
「凶悪犯ねぇ……。俺にはアンタもあの間抜けな犯人達もしてる事は大差ないと思うぞ?むしろアンタの方がしてきた事は悪質だとすら思える」
お袋から共有された千才さんの記憶は正直な話、とても警察官になろうかという人間が取るような行動じゃなかった
「私があの凶悪犯達と同じ?灰賀君、いくら貴方が藍の生徒とはいえこれ以上言うのなら私は貴方を逮捕するわよ?」
警察官という立場を利用して相手を黙らせる。自分の立場を利用して気に入らない奴、自分に楯突く奴を黙らせるというのは無能な人間かよくやる手だ。そんなコケ脅しなんて俺は怖くないんだけどな!
「逮捕ねぇ……、アンタは高校時代に笑いながらナイフで犯人グループにいる女の腕を切りつけた」
「何を言っているのかしら?警察官である私が高校時代とはいえそんな事するわけがないでしょ」
人質だった人達は目を丸くして千才さんを見る。初めて会う人だから疑うもクソもないから当然の反応だ。対して当人である千才さんはというと目に見える口調はこれまでと変わらないものの、若干顔色が悪い。多分、図星を突かれて焦ってる
「そうか?犯人達の要求は千才さん、アンタがここに一人で来る事だった。なのにアンタはその要求を反故にし複数の警察官を連れてきた。それは何でだ?」
犯人の要求を反故にしたらどうなるか警察官なら────いや、こんなのは高校生の俺でさえ解かる。答えは簡単だ。殺されるまではいかなくても何かしらのケガは負い、最悪の場合は死に至るだろう。そうなる可能性だってあるのにこの人は複数の警察官を連れてきた
「何でって犯人逮捕のチャンスだと思ったからよ」
犯人逮捕のチャンスか……捉え方によってはそうなる。多分だけど千才さんの言う事は人質が一人だった場合限定だ
「警察官であるアンタがそう言うならそういう事にしとく。で、何で犯人達は要求でアンタを指名してきたと思う?」
「そんなの知らないわよ。犯罪者の考える事なんて私に分かるわけないわ」
「だろうな。俺も犯人の一人にこんなアホな事をしでかしたワケを聞くまでは理解出来なかった」
一人の人間に復讐したいが為に無関係な人間を巻き込むだなんて巻き込まれた方からすると迷惑な事この上ない。しかし、復讐したいという気持ちは理解出来なくもない
「灰賀君、もう一度言うけど、犯罪者の戯言に絆されちゃダメよ?彼等は単に同情を買いたいだけなんだから」
あ、これは言ってもダメなやつだ。今は千才さんが過去にした事の話をしているのであって俺が犯人の言う事を真に受けたかどうかの話をしているんじゃない。露骨に話題を逸らしたという事はこれ以上言われたくない事があるからに違いない
「はいはい、んじゃ、他の人達にもアンタがした事を実際に見てもらうとしますか」
「見てもらう?灰賀君、貴方は何を言ってるの?大体、見てもらうにしてもものが────────」
「黙ってろ。それから、さっき連行した犯人達を連れて来い。まだ署には連れてってねーだろ?」
言い訳がましい事を言い出した千才さんの言葉を遮り、一方的に用件を突きつける。もちろん、すんなりこちらの希望が叶うなんて思ってない。案の定……
「連行した犯人を連れて来れるわけがないでしょ?彼等はこれから署で事情調書があるんだから」
事情調書を盾に断れた。
『きょう~、お母さんが連れてこようか~?』
どうしたものかと頭を痛めていたところでお袋が犯人達をつれて来ようかと名乗りを上げてくれた。俺としては二つ返事でOKといいたいのだが、問題が一つある。それは……
『ウガァァァァァァ!!!! コロス、チトセ、コロス!!』
『ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないちとせゆるさない』
『ちとせ……ちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせちとせ……ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!』
初対面の時と全く同じ事を言ってる千才さん被害者の方々だ。お袋がどうにか抑えててくれたから何とかなってるものの、ストッパーであるお袋がいなくなったらこの人達は千才さんに危害を与えないかと不安になる
『あの人達なら大丈夫だよ~、千才って警察官以外に手を出すつもりはないらしいからきょう達に害を成すなんて事はしないよ~』
お袋、俺が気にしているのはそこじゃない。千才さん本人への害だ。彼女の記憶を他の連中が見た後ならどうしようと勝手だが、今の段階でそれをされると困る
「事情調書ってアレですよね?話を聞くっていう」
「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」
「いえ、警察官が言う話を聞くってのは結局自分の都合のいいように犯人に自供させ、その後でそれっぽい事を言う意見の押し付けかと思っただけです」
偏見かもしれないけど、警察とか教師ってそういうものだ。自分よりも弱い立場にいる人間に対してマウントを取ってくる。誰のおかげで飯を食えてるのかも考えずに……。教師であれば生徒のお陰で飯を食えてると言っても過言じゃない。生徒がいなければ学校として成り立たず、結果廃校になり、職を失うからな。で、警察官の場合は税金を納めている人達が汗水垂らして働いた金の一部を給料として貰ってる。で、その結果が無能警官の量産。笑い話にもならない
「灰賀君、貴方本当に逮捕するわよ?」
こめかみをヒクつかせ高圧的な態度で俺を脅しにかかってくる千才さん。零達やお袋がいる状態で同じ事を聞かせたらきっとこう言うだろう。『貴女達警察じゃ恭を捕まえるのは無理よ』ってな
「どうぞ?貴女のコケ脅しなんて怖くも何ともありませんから」
今の俺が怖いものは警察官の逮捕宣言よりもお袋が連れてきた幽霊達。千才さんへの恨みつらみの方が怖い。
「それじゃあ、望み通り逮捕してあげる」
千才さんが手錠を取り出し、俺の手に掛けようとした時────────
「恭!! 謝れ!!」
親父の叫び声が玄関ホール全体に響き渡った
「謝る?俺が?何を?」
謝れと言われても何に対しての謝罪をすればいいのか全く理解できない。
「暴言を吐いた事に決まってるだろ! 逮捕される前に謝っとけ!」
暴言……。ああ、事情調書とは名ばかりで自分の意見を押し付けて悦に浸ってんだろ的な事言ったアレね
「謝るも何もこの人に俺は逮捕出来ないんだけど?」
「「なっ────!?」」
親父と千才さんは揃って驚愕の表情を浮かべて固まった。それは他の人達も同じだった
「まぁ、それでも逮捕するってならご自由にどうぞ?」
俺は驚愕する人達を余所に両手を千才さんへと差し出した
「灰賀恭、公務執行妨害で逮捕します」
こめかみに青筋を浮かべた千才さんが俺の両手に手錠を掛けようとしたその時だった
「ご自由にどうぞとは言ったけどよ、大人しく逮捕されるつもりは全くない」
「────!?」
俺は千才さんに霊圧を当て、地に伏せさせた
「な、何がどうなっているの!?」
千才さんと周囲の人達は驚きの表情を浮かべ、口々に『何が起きた!?』と戸惑いの声を上げる。俺はそんなのお構いなしだ
「どうしました?俺を逮捕するんですよね?もしかして激務の疲れがここに来て出ましたか?」
『きょうが霊圧を当てたのが原因なのに白々しいね~』
千才さん達が戸惑っている中、愉しそうにしてるお袋。そりゃ愉しいだろうよ、こうなった原因を知ってるんだから
「バカ言わないで! 私は疲れてなんてないわ!」
傍から見ると地に伏せてる状態で言われても説得力がないこの状況。お袋以外の突っ込み役がいないのが非常に残念だ
「そうですか?俺を逮捕しようとしたところでいきなり倒れるなんて疲労が溜まってるとしか思えないんですが?」
「疲れてたとしてもいきなり倒れたりしないわよ!」
いやいや、そう思ってるのは自分だけで人間いつ倒れるかなんて予測不能ですよ?ある日いきなり倒れてそのまま病院へ運ばれるかもしれないでしょ?
「そうですか。まぁ、いいです。さてっと、これからどうしましょうか?連行した犯人達を連れてきてくださいと言っても千才さんはこの有様ですし」
『じゃあ、お母さんが連れてくるしかないよね~。幽霊さん達も今のできょうに逆らったらダメだから大人しくするみたいだしさ~』
ちょっとウザいなと思った人をを黙らせようとほんの少し霊圧を当てただけなのにこの程度で大人しくなるのか……。何はともあれ幽霊達が大人しくしてくれるのなら犯人達はお袋に頼むか
『りょうか~い、連れて来るから少し待ってて~』
犯人の居場所が分かるのか?と訊く前にお袋は出て行ってしまった
「はぁ……」
この場でお袋の存在を明かすわけにはいかず、俺は溜息を吐いた
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
読み終わったら、ポイントを付けましょう!