エレベーター内で手間取った理由がネクタイを結べなかった事だと暴露された俺、灰賀恭は同居人の津野田零と渡井琴音から盛大に笑われ、自分が出来ない事とはいえ赤っ恥を掻いた。ネクタイが結べない事は些細な事として、俺は今、女将駅から徒歩五分の場所にある『ホテルヤルマハ』に来ていた
「…………婆さんが新しく作った学校って女子高だったのな」
婆さんは新しく学校を作ったとしか言ってなかったし、俺も新しく学校を作った以外の事は何一つ聞いてなかったから共学校だろうが女子高だろうがどっちでもよかった。実際に今現在、見渡す限りの女子を見たところでどうとも思わん。
「恭くんはお婆さんから何も聞いてなかったの?」
隣にいる琴音が意外そうな顔をしていた。琴音からしてみると祖母が作った学校なんだから共学なのか女子高なのか知ってて当然だと思うところはあるんだろうが、俺は別に婆さんが学校を作ったところで自分が通うわけじゃないので微塵も興味は湧かなかった
「婆さんが学校を作った事は琴音が来る前に聞いただけで特に男女共学とか女子高とかは聞いてなかった。零と闇華に入学しないかと言ってきた時点で男子校じゃないなってのは思ったよ」
婆さんが学校を作ろうと何しようと関係ない。いつもならそう言っていた。零と闇華が通うとなった以上そうも言ってられなくなったっぽいけどな
「そうなんだ……ところで恭くん」
「何だよ」
「今日の私や零ちゃん達の服ってどう思う?」
琴音の質問は零と一緒に住み始めた頃にされた質問だ。今日の琴音や零達の服か……琴音は白を基調としたドレスで零と闇華は制服だから感想を言えと言われても困る。そんな俺が出した答えは……
「よく似合ってると思うぞ。琴音もそうだが、零と闇華もそれぞれ気品があっていいと思う」
無難なものだった。チャラ男や口の上手い奴ならば歯の浮くようなセリフが出てくるんだろうけど俺は自慢じゃないけど女性慣れなんてしてない
「きょ、恭くんもそういう事言えるんだね」
「まぁな。それより、琴音は顔が赤いようだけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ! ちょっとこの暑いだけだから!」
「ならいいんだけどよ」
琴音の顔が若干赤いような気もしなくはない。本人が大丈夫だと言ってる以上、深く聞かなくていいか
「それより、早く中へ入ろうよ!」
「そうだな」
今日の俺達は新入生の保護者枠で来ていて先に会場内へ入る事が許されている。零と闇華の正式な保護者というわけじゃないが、入学を祝う友人が妥当だろう。そんな俺達は一足先に会場へ入り、座席を確保。それはいいとしてだ
「今日来ている保護者の中で男は恭くんだけだね」
「だな。何か俺が場違いみたいな感じがしてならないのは気のせい?」
琴音の言う通り周囲の来客は不思議な事に女性しかおらず唯一の男である俺は浮きまくっている。だからといって変な目で見られているだなんて事はないのだが、居心地が悪すぎる
「気のせいじゃないかな? 別に男が恭くんだけだからといって変な目で見られているわけじゃないんだからさ」
琴音の言う通り男が俺一人だからといって変な目で見られているわけじゃない。この居心地の悪さは俺が一方的に感じているだけに過ぎない。
「だといいんだが、それより、入学式って何時からだっけ?」
普通なら入学式のプログラムくらい受付でくれるものだ。普通ならな。この学校の入学式は普通ではなく、受付で入学式のプログラムは貰えず、具体的に何時から入学式が開始されるとも知らされず。何と言うか投げやりと言った感じだ
「さぁ? 受付でプログラムも渡されなかったから新入生が全員集合した時点で開始なんじゃないかな?」
「な、投げやり過ぎるだろ……」
投げやりだと心の中で思うだけに留めておくつもりだった。琴音からそれを聞いて途端にウッカリ心の声が漏れてしまった
「ま、まぁ、そんな入学式でも私はいいと思うよ?決められたレールがないわけだしさ」
苦笑いで学校側のフォローをする琴音だが、本心では俺と同じように投げやりだろって絶対に思っているに違いない
「婆さんが作った学校の入学式だしな。作った人がそれでいいと思ってるなら俺は一向に構わないと思う」
学校を作った婆さんが入学式のプログラムを来客に配らないようにする方針なら俺が口を出す事じゃない。それにだ。保護者の人達からも苦情が一切ないからとやかく言う事もあるまい
『えー、それでは只今より灰賀女学院の入学式を執り行いたいと思います』
女性のアナウンスにより、入学式の始まりが宣言された。この瞬間から何故か俺は嫌な予感がしてならない。主に俺にとってよくない事が起こる。そんな予感がヒシヒシと伝わってくる
『新入生、入場』
新入生入場のアナウンスで担任を先頭にゾロゾロと生徒が入ってくる。当たり前だが、零と闇華もその中にいる
『新入生 着席』
俺から見て前方にある椅子の前で止まった新入生達はアナウンスの指示に従い席に着く。そして、全員が席に着いたところで担任が教頭や校長と思しき人達がいる方へ。ここまでは普通の学校と何ら変わらないと思う。なのに何でだろう?嫌な予感はさっきよりもより一層強くなった
『えー、普通ならここで新入生代表のお言葉や来賓代表のお言葉を頂きたいところではありますが、何分、開校して間もない学校ですので来賓代表が決まっておりません。で、新入生代表のお言葉なのですが、理事長が新入生代表の言葉で一人の生徒を目立たせるべきではないと言ったのでその辺全部端折ります』
おい! それでいいのか!? この学校そんなんでいいのか!?
「ざ、斬新な学校だね」
隣にいる琴音は苦笑い、周囲にいる保護者は特に気にした様子がない。気にしろよ! 保護者!
「俺的には斬新を通り越して面倒な部分を全て省いたとしか思えないんだけどな」
琴音の言うようによく言えば斬新な学校。悪く言えばただ面倒なところを全て省いた手抜きだ
「い、いいんじゃないかな? こう言っちゃ悪いけど、新入生代表の言葉も来賓代表の言葉も聞いてる方からすれば退屈なだけだしさ」
「気持ちは解かるが、それでもちゃんとするべきところはちゃんとしなきゃだろ」
新入生代表の言葉や来賓の言葉というのは聞いていてとても退屈だというのは理解出来ないわけじゃない。ただ、ちゃんとするべきところはちゃんとするべきだろ
「ま、まぁ、それを言われちゃ言い返せないんだけどさ」
別に琴音が言い返す必要なんてないんだぞ?悪いのは学校なんだから
『それでは諸々飛ばしましたが、理事長である灰賀暦様より入学お祝いの言葉です』
婆さんが目立ちたかっただけじゃねーか! そのために諸々飛ばしたな……まったく、なんつー婆さんだ……
『只今ご紹介に上がりました理事長の灰賀暦です。皆様、まずはご入学おめでとうございます』
壇上に上がり、一礼。その後に入学祝いの言葉を述べる婆さんはどこにでもいる学校のトップと言った感じだ。なのに俺の嫌な予感は最高潮を期していた
『我が灰賀女学院は先ほども説明があった通り開校して間もない学校です。それこそ一年経ってません。我が校に勤務している教員もほとんどが私の教え子だった者であり、学年主任やら校長、教頭は決めてありますが、PTAに関しては全くノータッチというのが現状でございます。その点に関してはこちらの不手際をこの場をお借りして謝罪致します』
入学式というおめでたい場で謝罪するはどうかと思う。ただ、婆さんの言った通りPTAの役員が決まってないのは学校の不手際だから間違ってはいない。
『それでと言ってはなんですが、来賓代表の代わりに私の孫で今日この場にいるであろう灰賀恭の方から皆様に入学お祝いの言葉を述べさせていただきます』
は?婆さんはなんて言った?来賓代表の代わりに俺が入学祝いの言葉を言う?バカじゃねーの?
「嫌な予感はこれだったか……」
入学式開始からした嫌な予感はこれだったのか。俺は頭の靄が晴れて気分爽快!とはならず、むしろあのくそババアは何を言ってるんだと呆れてしまった。マジで何言ってんだ?
『恭! いるのは分かっている! 大人しく投降しな!』
婆さんの口調が先ほどとは違い荒々しいものになっている。しかも、投降しろって俺は立てこもり犯じゃねーよ! 俺は婆さんが諦めるまで沈黙する事にしよう
『そこの母親の中で一人浮いてる灰賀恭! 時間は限られてるんだから早く壇上まで上がってきな!』
デスヨネー、保護者が母親だけの中男だけだったら目立ちますよねー
「きょ、恭くん、ここは大人しく壇上に言った方がいいんじゃないかな? どの道逃げきれそうになさそうだし」
隣の琴音は本日何度目かの苦笑いを浮かべていた。んで、母親達と新入生達は何故か目を輝かせている。そんな視線を浴びたら目立ちたがり屋じゃなくても登壇しないわけにはいかなくなり……
「行ってくる」
壇上に上がるしかなかった
「やっと来たね、恭。さぁ! あたしが理事を務める学校に入学してくる娘達に入学祝いの言葉の一つでも言ってやりな!」
壇上に上がった俺を待ち構えていたのは当然婆さん。この春高校生になったのはめでたい事だ。何で俺が来賓代表の代わりを務めなきゃいけないのかは全く持って理解できないけどな!
「ババア後で覚えてろ」
壇上で怒鳴り散らすわけにもいかず俺は婆さんに恨みの言葉だけ言ってマイク前に立った。立ったのはいいけど、入学祝いの言葉って何を言えばいいんだよ……
「あー、只今ご紹介に預かりました。理事長(笑)の孫の灰賀恭です。まずはご入学おめでとうございます。皆様が着ている灰賀女学院の制服はとてもよくお似合いで、その保護者の方々のお召し物も生徒同様とてもよくお似合いだと思います」
何をトチ狂ったのか俺は生徒達と母親達の着ている服を褒めてしまった。いや、似合ってないわけじゃないよ?ただ、入学式来賓代表がこんな事を言うか?と聞かれたらほぼ間違いなく言わないって答える人が多いだろうなとは思うけど
「祖母も言っていた通り灰賀女学院は開校して間もありません。それこそ開校して一年も経っておらずまともにPTAすら出来てません。ハッキリ言ってこの学校の教師が貴女方を見捨てないという保証もありません。だからと言って私は生徒の方、保護者の方を不安にさせたいわけではありません。ただ、私はこの三年間という時間で本当に信頼出来る人を見つけてほしいだけです。あまり長くなってしまっては皆様もお疲れになるでしょうから私からの言葉は以上とさせて頂きます」
婆さんからいきなり振られ、戸惑いとかはあった。しかし、それ以上に俺はこのババアをどうしてやろうか?という事しか頭になく、祝いの言葉も全てアドリブ。入学祝いの言葉として適切なのかは知らん!
「恭、祝いの言葉をありがとね。ああ、まだ戻るんじゃないよ。これから重大発表をするから」
入学祝いの言葉として適切かどうか問われるような内容だったにも関わらず婆さんは礼を言ってきた。で、俺はもういいだろうと思い、壇上から撤収しようとした矢先、婆さんから降りるなという全く持って有難くないお言葉。それに加えて重大発表。一体何なんだ?
「恭、あんたは一人暮らしを始めてから零ちゃん、闇華ちゃん、琴音ちゃんという三人の女の子を拾ったそうじゃないか」
マイクを取った婆さんがいきなり俺の近況を話し始める。そんな事こんな大勢の人がいる前で話すか?普通
「琴音ちゃんや零ちゃんと闇華ちゃんにゃそれぞれの事情があった。そうだろ?」
婆さんの言葉に俺は無言で頷くしか出来なかった。婆さんの言う通り琴音達はそれぞれ事情があり、その事情で困っているところを俺が拾ったのは間違いない
「それで恭。ここに来ている親御さんを見て何か違和感を感じただろ?」
違和感────。それはこの場にいる保護者は全て母親だって事を言いたいのか?
「違和感っつーか、母親しかいねーなとは思ったけどよ。それって単に父親が仕事で来られないってだけだろ?」
違和感と言ってしまえばそうかもしれない。しかしだ。この場に母親しかいないのは父親が仕事で来れないからだと言ってしまえばそれまでだ
「恭の言う通り父親が仕事で来れないってのも十分あり得るとは思う。だけどね、この場にいる保護者達はみんなシングルマザーだよ」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。いくら何でも都合が良過ぎる。だが、シングルマザーなんてのは世の中探せばいくらでもいる。ここにいる保護者が全員そうだと言われても何ら不思議じゃない
「そうか。で、ここにいる保護者が全員シングルマザーなのと俺と何の因果関係があるんだ?」
ここにいる保護者達がシングルマザーだとしても俺には何の関係もない。冷たい言い方になってしまうが、家は家、余所は余所だ
「大ありだよ! 今日からここにいる親子全員、恭の家に住むんだからね!」
「はい?」
婆さんによる会場全ての親子。その人達の入居宣言に俺はもちろん、琴音、零、闇華が目を丸くした。
「聞こえなかったのかい?ここに来ている親子全員あんたの家に住むって言ってるんだよ。いいだろ?どうせ部屋はたくさんあるんだから。そういうわけで決定事項だから!」
一人暮らしを始めて一か月と経ってない今日、俺、灰賀恭は大量の母娘を拾う事が決定しました。しかも、皮肉な事に祖母曰く決定事項だそうです
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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