「なぁ、零」
「何かしら?」
「俺達は何を見せられてるんだろうな」
「知らないわよ。本当に何を見せられているのやら……」
零のクラス。文化祭の準備を早々に終えた零達は残りの準備期間をのんべんだらりと過ごすらしい。俺もこの教室に入ってから初めて知った。このクラスって実は有能な人間が多いのか? そんなこんなで特にやる事がなく、各々が自由に過ごしていたのだが、このクラスの担任によってその自由は奪われた
「ちょっと! 誰なの!? あけみって! また浮気なの!? 私の何がいけないって言うのよ!」
「た、ただの言い間違いだ! それにまたも何も俺は一度だって浮気した事はない! 愛してるのは晴美だけだ!」
教室の中心で展開されているのは修羅場。アホらし過ぎて事の経緯を説明するのすら面倒なんだが……一応、説明しとく。零達の担任が嫁さん連れて来た→嫁さんの名前を言い間違えた→修羅場。分かりやすいだろ?
「言い間違い? それ何回目!?」
「えーっと……何回目だろうな……ごめん、覚えてないや……」
頭を掻きながら愛想笑いを浮かべる零の担任。名前を間違えたのは一回だけじゃなかったらしい。俺達は死んだ魚のような目で彼を見る。どちらにも同情できん
「でしょうね! 私も途中から数えるのを止めたわ! でも、しょっちゅう間違えないでよ! このままだとあなたを殺して私も死ぬわ!」
晴美さんはメンヘラだったか……零達の担任は彼女がメンヘラだって知っててわざと名前間違えてるとしたら色んな意味で質が悪い
「そ、それは勘弁! 俺が愛してるのは晴美だけだから!」
「その言葉何回目!? 名前間違える度に言うよね!?」
何回も言ってるのかよ……確信犯じゃねーか……
「はぁ……くだらねぇ……」
俺の予想だが、彼は晴美さんの事を愛している。特にメンヘラな部分を。だからこそわざと名前を間違えてる。くだらねぇ……
「アタシもそう思うわ」
好きな人の好きな部分を見たい気持ちは解からんでもない。だが、見たいからってわざと名前間違える事はあるまい……
「抜け出してぇ……」
「奇遇ね。アタシも同じ事思っていたわ」
「じゃあ、抜け出すか」
「そうね。毎度毎度こんな茶番に付き合ってられないわ」
茶番に辟易していた俺達は周囲に気付かれないように教室を抜け出した。ちなみにだが、俺達が教室を抜け出す時、他の生徒も同じ事を思ったのか次々と教室を出たと言っておこう。幸い茶番を繰り広げてる当事者達は生徒達が教室を抜け出そうとしているというのに全く気にしなかった。教師がそれでいいのか?
教室を抜け出し、俺と零が来たのは保健室。昨日もだが、今日も保健室の主は不在らしい。それでいいのか? と思うが、いないものは仕方ない
「またここか……」
一緒に来る相手が違うが、昨日の今日で再び訪れるとは思わなかった。サボれる場所は他にもあるだろうに……ここをチョイスする意味が解からん
「悪かったわね。アタシだって好きな人と保健室に来たかったんだからいいじゃない。憧れだったのよ」
「悪いとは言ってないだろ。つか、憧れてたのかよ……」
「悪い?」
「いや、悪くない」
「そう。じゃあ、早速行きましょうか」
そう言った零が指さしたのはベッド。デジャヴだ……昨日みたいに眠らされた挙句拘束されなきゃいいが……大人しく従っておこう。断ったらどうなるか火を見るより明らかだ
「はいはい」
「はいは一回!」
「はい」
「よろしい!」
まさか婆さんの学校に来て二日連続保健室で過ごす事になるとは思いもよらない。今は拘束されない事を信じよう
「キス……して?」
拘束されはしなかった。意外な事に零は俺が横になると隣で横になったのだ。てっきり拘束されるもんだとばかり思ってたぞ……上目遣いでこちらを見つめる彼女には口が裂けても言えないよなぁ……
「いきなりだな」
「いきなりよ。それよりキスしてよ……」
「額か頬っぺたでいいか?」
我ながら意地が悪い。彼女がどこにキスしてほしいか知ってるクセにこんな事を聞くんだから灰賀恭という人間はかなり歪んだ性格の持ち主だ
「イジワル……」
「知ってるよ」
「悪質ね」
「自覚はある」
「そういうトコ直した方がいいわよ?」
「直るならとっくの昔に直ってるさ」
「そうよね。それより……」
「ああ」
俺は零の唇に自身の唇を押し当てる。彼女のファーストキスがこんなダメ人間でよかったのかとは思うが、これは彼女が望んだ事。文句を言われる筋合いはない
どれくらい俺達は唇を重ねてただろうか……キスしている時は時間の流れが遅く感じる……
「恭……」
「零……」
名残り惜しさを感じながら唇を離すと俺達はどちらからともなく抱き合う。不思議なもので儀式的な事をした後って自然と身体が動いてしまう。その場の雰囲気もあるだろうが、別の何かが働いてるような気もするのは何でだろう? ついでに言うと零の体温が心地いいと感じてしまう理由も知りたかったりする
「俺達が出会ってから色々あったよな」
「そうね」
「同居人も増えたよな」
「ええ」
「今の生活楽しいか?」
「楽しいわよ。今までの生活なんかよりずっとね」
「それならよかった」
今の生活を楽しいと感じてもらえたなら何より。彼女だけじゃなく、他の同居人も楽しいと感じてくれてるといいが、全員が全員現在の生活に満足しているとは限らない。言わないだけで中には今の生活に不満を感じている奴もいるかもしれない。元が元なだけに逆戻りしたいと思ってる奴はいなさそうだが
「恭は今の生活楽しいかしら?」
「楽しいな。監禁されてるから怠けてても文句一つ言われねぇ。これが楽しくなきゃダメ人間失格だ」
「アンタ、変わってるわね」
「誉め言葉として受け取っておこう」
変わり者なのは自分が一番解ってる。監禁生活が理想だって言う奴が変人じゃないわけがないだろ
「褒めてないわよ! って言いたいけど、今回は褒めてあげる。何もなかったアタシに居場所と家族をくれたしね」
何もなかった……か。申し訳ないが、否定できない。出会った当初の零はバッグ以外何も持ってなかったし、住む場所すらなかった。無理に否定したら逆に彼女を傷つけてしまう。だが、肯定もできない。肯定してしまうと彼女の存在を全否定してしまう気がする。だから俺は────
「何もないならこれから作ればいいさ。自分の居場所も家族もな」
「そうするわ。その第一歩として恭、アタシと結婚しなさい」
「結婚する前に俺達は義理の兄妹なんだが……」
「義理なら結婚できるでしょ?」
「そうだけどよ……」
「何? アタシじゃ嫌だって言うの?」
「嫌だとは言ってない。結婚するにしたってまずは彼氏彼女から始めるべきなんじゃないかって思っただけだ」
零だろうと闇華だろうと結婚するのは構わない。だが、物事には順序というものがあってだな……
「アタシ的には即結婚でもいいんだけど?」
「物事には順序があるんだが……」
「アタシ達に常識が通用すると思ってるの? 幽霊が見えて霊圧が扱える時点で普通じゃないでしょ」
「それを言われると返す言葉もないな」
「でしょ?」
「ああ」
彼女の言う事は正しい。幽霊が見え、霊圧を扱える時点で俺達は普通の存在だとは言えない。常識という点で言うなら正解はない。自分が常識だと思っている事が実は世間じゃ非常識だなんて珍しい話じゃない。例えば困ってる人がいたら助ける。これを俺の常識だとしよう。だが、全ての人間がこれを常識だって思っているとは限らない。中には非常識だと思っている人間だっている。そう考えると何が常識で何が非常識か分かったものじゃない。強いて言うなら大勢の人間がそれは変だと言うものが非常識なんだと思う
あの後、適当にキスしたり抱き合ったりして過ごしたが、さすがに長時間ここにいるのはマズいと思い、教室に戻ったのだが……
「晴美……愛してる……」
「私もよ……」
タイミング悪くバカ夫婦が丁度キスするところに遭遇してしまった
「「はぁ……」」
校舎内でキスしてた俺達がバカ夫婦に強く注意できる立場じゃないのを自覚してはいるものの、溜息は出る。俺達は人目につきにくいところでしたが、バカ夫婦は教室のど真ん中。溜息の一つも出る。ここは二人だけの空間じゃないぞ……
「あなたが私のメンヘラな部分が好きなのは知ってるけど、名前間違えられる方は辛いのよ?」
「ゴメン……」
「本当に悪いと思ってる?」
「もちろん」
「なら今夜分かってるわよね?」
「うん」
唇を離したと思ったらなんつー話してんだ、このバカ夫婦は……婆さんが選ぶ人間って俺以上の変人しかいないのかよ……
「この学校大丈夫か?」
灰賀女学院の未来を心配しつつ俺は天井を見上げた
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