『神矢想子は過去に十人以上もの生徒を不登校にしたりと問題を起こしてるよ』
婆さんの言葉は神矢と現在進行形で関わっている俺からすると驚くべき言葉ではなかった。むしろ“ああ、やっぱりか”と納得するには十分なものだった
「だろうな。飛鳥を見てるとそんな気はしていた。むしろ学校に行かないという選択は賢いと思う」
神矢と大して関わらず、人となりを知らなかったら多少は驚きはした。人となり、やり方を知らなきゃな
『恭の家にいる飛鳥ちゃんは神矢想子のやり方に耐え切れず不登校という選択をせず子供に返る事で自分を守ったみたいだね。不登校に追い詰めただけじゃなく、生徒を精神的に追い詰めるとは……同じ教師として情けない限りだよ。神矢想子に対しても、星野川高校の教師達に対してもね』
婆さんの苦言は正しい。指導と称して自分の価値観だけを押し付ける神矢、教員歴を盾に注意すら出来ない星野川高校の教師。生徒の立場からするとどちらも情けない
「それを俺に言ったってしょうがないだろ? で? 俺にどうしろと? 神矢を更生させろってなら無理だぞ? 目の敵にされてっからな」
俺の言葉に神矢が耳を貸すだなんて思えない。むしろ鼻で笑って一蹴される。神矢の更生なんて俺にゃ無理な芸当だ
『恭に神矢想子の更生なんて期待してないよ。あたしの使いがそろそろそっちに着く。ソイツから貰った資料を見てどうするか判断しな。じゃあね』
判断しろと言って電話を切られた。婆さんにも仕事があるだろうから掛けなおすなんてしない
「判断しろって……教師の運命を高校生である俺に委ねるなよな……」
通話が終了したスマホを見つめ、ここにいない婆さんに文句を言ってみる。それが無意味だと知っていても。俺はスマホをズボンのポケットにしまう
「さてっと、婆さんの使いが来るまでしばし休憩とするか」
神矢にぶつけている霊圧を少し弱めた後、俺は飛鳥と琴音を連れ、自販機へ。
「二人は何飲む?」
自販機前で財布を取り出すと連れてきた二人に飲みたいものを聞いた
「え?奢ってもらうだなんて悪いよ……」
「あすかはオレンジジュース!」
遠慮がちな琴音とオレンジジュースを所望する飛鳥。体格に差はないにしろ精神的には成人と幼子という大きな差がここで発揮された。
「飛鳥はオレンジジュースな。で? 琴音は?」
財布から取り出した硬貨を自販機に入れ、オレンジジュースのボタンを押す。ガコンと音を立てて出てきたオレンジジュースを取り出し飛鳥に手渡した
「きょうおにいちゃん! ありがとう!」
ニパーッと笑みを浮かべ、飛鳥はそれを受け取った
「おう。でも、開けるのは職員室……さっきのお部屋に戻ってからだぞ?」
「うん!」
「よし、いい子だ」
飛鳥の頭を撫でると彼女はくすぐったそうな笑顔を浮かべた。
「次は琴音の番だぞ? 何飲む?」
「わ、悪いよ、奢ってもらうだなんて……」
年下に奢ってもらう事に対して罪悪感を感じているのか琴音は飲み物を選ぼうとしない
「なんだ……琴音にゃ普段家事とかしてもらってるしな、こんなモンで済むとは思ってねーけど感謝の気持ちとして奢らせてくれっと嬉しい」
「きょ、恭くんがそう言うなら……れ、レモンティー……」
「了解」
飛鳥の時同様、俺は財布から硬貨を取り出し、自販機に投入。レモンティーのボタンを押す。後は流れ作業で出てきたレモンティーを琴音に手渡す。最後に俺の分の飲み物……安定のコーラを買い、職員室に戻る
職員室へ戻ると未だ地面に這いつくばっている神矢想子とそれを不安そうに黙って見つめている星野川高校の教師陣の姿があった。
「は、灰賀君……い、今ならまだ許してあげるから……だ、だから、さっさと仕掛けを解除しなさい!」
霊圧を弱めたとはいえ、地に這いつくばり続ける神矢想子の言葉は脅しに近しいものがあれど力強さは感じない
「婆さんの使いが持ってくる資料を読み終えてからな」
「ふ、ふざけないで……! はやく解除しなさい……!」
俺は神矢想子を無視し、婆さんが寄越した使いとやらを待った。それから少しして婆さんの使いが到着。資料を持ってきた。
「恭様、こちらが暦様から預かった神矢想子に関する資料でございます」
持っていたバッグから資料を取り出す。スーツを着た女性は見ようによっては婆さんの秘書にも見える。婆さんや爺さんに秘書がいるのか知らないからこの人の仕事内容が想像つかない
「あ、ありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから」
眼鏡をクイっと上げる女性の姿に生真面目な委員長キャラを連想してしまう。眼鏡=委員長なんて短絡的過ぎるだろ
「そ、そうですか……」
「ええ。それから暦様からの伝言で“資料を読んで恭個人として神矢想子を許すも許さないも勝手だけどね、処遇はあたしに一任してもらうよ。悪いようにはしないから終わったら電話しな”との事です」
「分かった」
「では、私はこれで失礼します」
資料を届けてくれた秘書っぽい女性は颯爽と帰って行った。
「神矢想子に関する調査書って……婆さん……」
資料の多さは大したものではなく、A4の紙五枚分だ。内容が内容だけに婆さんは調べ上げるまでにどれくらいの時間を掛け、どうやって調べ上げたのかと気になるところは多々ある。今は気にしないけど……いつか聞こう
「えーっと……ふむふむ……うわっ、マジかよ……」
資料の最初に書いてたのは軽い経歴や家族構成。生まれ、出身中学、高校、大学と教員採用試験に合格した年。こんなものは別に見なくてもいい。俺の本命は婆さんが言ってた彼女が追い詰めた生徒がどうなったかだった
神矢想子に追い詰められた生徒の現在や当時の状況を読んで絶句まではいかずともドン引きはした。なぜなら……
「不登校になって家に引きこもり出て来なくなったのが十人、幸いなのは自殺者が一人も出なかった事。でも、神矢の粘着質な指導と人格を否定され、現在も精神科に通院してるのが十人中五人か……残るは……仕事や学校に通いながら神矢想子の教員免許はく奪を願う署名を集める為に活動を行っているのが大多数」
コイツの指導で精神的に病んでしまい、不登校を経て引きこもりになった生徒が十人。その内の半分は現在も精神科に通院している。残る大多数は教員免許はく奪を願う署名を集める活動をしている。何したら人をこんな風にし、ここまで人に恨まれるんだよ……
その後も資料を読み進め、人となりがある程度は理解出来た。コイツは自分に反抗する生徒は脅してでも言う事を聞かせ、そうではない生徒に対しては世間の常識を語り価値観を押し付ける。これじゃ生徒から嫌われても仕方ないな
「神矢先生……やっぱアンタはそういう人間だったか……」
資料を読み終えた俺は這いつくばっている神矢を見下ろして一言そう言った
「そ、そういう人間? な、何の事かしら?」
「何の事。ほぉ、俺がアンタに関する調査書を読み終えたと知って惚けるとは……まあ、いい。アンタ、飛鳥にしたのと全く同じ事を過去にもしてたらしいじゃねぇか。結果、生徒は不登校、保護者からはクレームが殺到し、学校側はそれを隠すためにアンタを転勤させた。これが何を意味するか理解出来るか?」
「知らないわよ! 私の指導について来られなかった生徒なんて!!」
神矢の言い分は俺の予想通りだ
「だろうな。アンタにとって不登校になった生徒なんてどうでもいいだろうな。どうせ精神が弱いから不登校になったって言うだろ?」
「解ってるじゃない。そうよ! 指導について来れず不登校になった弱い精神の生徒が悪いのよ!」
神矢の行いは本当に指導なのか?という疑問は全くなかった。だってそうだろ?ちゃんとした指導なら資料に書いてあるような事態にはなってない
「はぁ……こりゃ生徒である俺や同僚が何を言っても無駄だな。あー! 止め止め! コイツに何を言っても無駄だ!」
コンビニで絡まれたのはノーカンとして、学校で絡まれてから今に至るまでずっと思ってた。コイツに何を言っても無駄だと
「何よ! 生徒の分際で教師を下に見てるんじゃないわよ!」
「生徒の分際でって、その生徒のお陰で飯が食えてる奴が何を言ってんだ? 進学希望の子供がいなけりゃ高校や大学は廃校するしかねーし、小学校や中学校は子供の数が減れば同じく廃校の道を辿る。アンタも星野川高校の教師も子供に助けられて生活出来てるって事実を忘れたワケじゃないだろ?」
教師の側からすると生徒や保護者はいわば客。客を蔑ろにしたり、客の扱いが雑な飲食店はすぐに廃れるのと同様、指導力のない教師を慕う子供なんているワケがない
「貴方とは考え方が違うようで残念だわ。灰賀君。生徒は教師の奴隷よ! 教師の言う事は絶対に────!?」
神矢は持論を最後まで言う事は叶わなかった。なぜなら────────
『黙って聞いてれば……きょうは貴女の奴隷じゃない!!』
鬼の形相をしたお袋が神矢に何かしたからだ
「あ、あがっ……、お、重い……、な、何……? こ、これ……、はい……が……くん……、あ、貴方のし、しわざ……、なの……?」
パッと見、神矢の身体に重いものは乗っていない。それに俺は何もしてない。そうなると残る犯人は一人だけだ
「俺は何もしてませんよ。それに、生徒が教師の奴隷?承認欲求を満たしたいならホストクラブにでも行ってくださいよ。まぁ、仮に俺がホストだとしてもアンタなんか認めないけどな」
お袋を止めたいところだが、職員室にいる手前、声を大にして止めるのは……別に困難じゃない
「わ、わた……し……は……」
反論しようにも身体に掛かる負荷で上手く喋れない神矢
「とりあえず落ち着いてくださいよ。じゃないと話も出来ないじゃないですか」
俺は神矢に目もくれず、隣にいるお袋を一瞥する。その視線に気づいてかハッとした表情をし、お袋は何かをするのを止めた。残念ながら何をしたかまでは分からない
『きょ、きょう~、ご、ごめんねぇ~、お母さん、つい怒りで……』
自分のした事を反省し、シュンとするお袋。自分の子供が奴隷だなんて言われたら腹も立つだろうけど本音を言うとそこは抑えてほしかった
「お、起き上がるにはまだキツイけど、幾分かマシになったわ」
「よかったですね」
「ええ。それで、話の続きだけど、貴方達生徒は黙って教師の言う事を聞いていればいいのよ!」
元の状態になったらなったで威勢がいいな。さぁ、最終決戦といこうじゃないか
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