フロント係の人間が来てモニターや機材の使い方を教わった俺は今何をしていると思う?答えは────
『恭の奴、どこ行ったのかしら?』
零の部屋の様子を窺っていたでした。モニターはパソコンと連動しているらしく、パソコンの電源さえ入れれば自動でモニターの電源も入る。こんな単純でいいのかと思いはするものの、俺にはこういった機材の使い方なんて分からないからこれでいいような気もする。話を戻すと零は現在、部屋で一人椅子に座っていて不満ですと言わんばかりの顔で外を眺めていた
『全く、引きこもりまっしぐらな発言はいつもの事だからいいとしてもいきなり姿をくらますだなんて信じらんない!!』
立ち上がった彼女はその場で地団駄を踏み、心底悔しそうにしているが、その様子を当人である俺が見ていると知った時、彼女はどんな反応を示すのか興味が湧く
「スマホ持ってんならそれで連絡寄越せよ……」
地団駄を踏む彼女に文明の利器をどうして利用しないのかと突っ込むも当の本人である零には届くはずがない。スマホ関係なしに届けようと思えば届けられる。パソコンにはスタンド型のマイクが繋がれていて零の部屋番号を入れると音声があちらに届くらしい。まだ使ってないから本当かどうかは知らんけど
「このまま見ていても暇だし、ちょっと揶揄ってやるか」
普段なら零を揶揄ってやろうだなんて発想はあまり出てこない俺なのだが、今回は違う。物理的に制裁を加えられない状況下で心がデカくなったのか、俺の中に微かなイタズラ心が芽生えた
「零の部屋番は“503”だったな」
このホテルは西側と東側に分かれていて俺がいる部屋は西側で零達がいる部屋は東側。どんな割り振りの仕方をしたのかは知らないけど、零達がいる東側は101~601までの部屋があり、俺のいる西側は602~1401までの部屋がある。本当にどうしてこんな割り振りにしたのやら……。それはさておき、俺はマイクのミュートを解除すると零の部屋番を入力した
『全く、恭は団体行動が出来ないのかしら?』
失礼な奴め。俺は団体行動が苦手なだけで出来ないわけじゃない
「失礼だな零。俺は団体行動が苦手なだけで出来ないわけじゃないぞ?」
マイクに向かって零へ喋りかける。当然、俺の声は彼女に届き────────
『恭!? アンタどこにいんのよ!!』
ビックリして周囲を見回した後、怒ったように叫ぶ零はなかなかに面白い
「どこってお前と同じホテルだけど?」
『はぁ!? バカも休み休み言いなさいよ! このホテルに入ってからアタシはアンタの姿を一度たりとも見てないのよ!?』
この女はアホじゃなかろうか?このホテルは西側と東側に分かれていて俺がいる部屋は西側だ。東側の部屋にいる零が見つけられないのは至極当然の事だ。だって、東側にいないんだもん
「そりゃ俺とお前がいる部屋の場所が違うからな、俺を見つけられないのは当たり前だ。まぁ、飯の時には一緒になるんだからいいだろ?俺の事は気にせず楽しめ」
『ちょ、ちょっと待ちなさい!』
零の返事を待たず、俺はマイクをミュートにした
『恭! ちょっと! 聞こえてるんでしょ! 恭ったら!』
俺がマイクをミュートにしたとも知らず叫ぶ零。傍から見れば単なるヒステリック女でしかない
「さて、次は飛鳥だな」
揶揄う順番は具体体には決めてない。大雑把に言うと学生組を一通り揶揄い終えた後で成人組という雑な感じでは決めてるけど、その順番は決めておらず、適当だ
画面を零の部屋から飛鳥の部屋へ切り替え、現在の様子を窺う。さて、飛鳥は何してるのかな?
『恭クン……』
画面上に映し出された飛鳥はベッドに顔を埋め、涙声で俺の名前を呟いていた
「か、揶揄いづらい……」
何故飛鳥が涙声で俺の名前を呼んでるのかは知らないが、どうにもやりづらい……。何て言うかこう、罪悪感が押し寄せてくる
『どこ行っちゃったの……?恭クン……?』
飛鳥から醸し出される空気は悲壮感が漂い、まるで俺が失踪したかのような感じだ
「これじゃ俺が悪い奴みたいじゃねーかよ……。仕方ねぇな……」
俺はスマホを取り出すと飛鳥に電話を掛ける。
『電話?恭クンから?』
着信に気付いた飛鳥はゆっくりとベッドがから起き上がり、スマホを手に取る。
『もしもし……?』
電話に出た飛鳥の声はさっきと変わらず泣きそうな声。とりあえずロビーに呼び出すとしよう
「もしもし、飛鳥か?」
『うん……』
「何も言わずにロビーまで来てくれないか?」
『行ったら恭クンに会える?』
「ああ。もちろん」
『じゃあ、行く』
「さんきゅ、じゃあ、ロビーで。ちなみに零達には内緒な?」
『うん……』
飛鳥が電話を切ったのを確認し、俺も電話を切り、貴重品とスマホ、部屋のキーをズボンのポケットへ放り込むとすぐに部屋を出た
「まさか泣きそうになってるとは思わなかったな……」
エレベーターホールに到着した俺はナイスタイミングで止まっていたエレベーターに乗り込み、一階を目指している。零達が爺さんにしょうもないドッキリを持ち掛けたのは気になるところではあるが、それに飛鳥が関与していると決まったわけじゃない。呼び出す時にもしもの事を考えなかったわけじゃないけど、泣きそうになりながら自分を呼ぶ女の子を放っておけるほど俺は冷血人間ではない
途中止まる事なくエレベーターは一階へ着き、俺は一直線にロビーへ
「あ……、恭クン……」
ロビーに着くと先に来ていただろう飛鳥が一目散にこちらへ走ってきた。そして────────
「うわっ! 会って早々抱き着くなよ」
勢いよく抱き着いてきた
「だって、寂しかったんだもん……」
こんな事を言われたら否が応でも嬉しくなってしまうのが男というもので例にも漏れず俺も内心では喜んでいた
「寂しかったって同じ場所に泊まってるんだから会おうと思えばいつだって会えるだろ?」
普段は同じ部屋で寝食を共にしているから旅行の時くらい離れて過ごすのも悪くない。そう思うのは俺だけだろうか?
「そう……だけど……、私が子供になった時に約束したじゃん。側にいて守ってくれるって」
飛鳥の言う約束とは神矢騒動の時にしたアレだ。確かに約束したけどそれって旅行中でも有効なのか?
「そりゃしたけどよ、それって旅行中でも有効なのか?」
「当たり前でしょ……。お願いだから一緒にいてよ……」
容姿を問わず女子からの一緒にいてよって言葉は俺にとって大ダメージだ。その前に確認する事あっけどな!
「一緒にいる事は構わないけどよ、その前に確認しておきたい事がある」
「確認しておきたい事?何?」
「爺さんが零達に吹っかけられて俺にドッキリを仕掛けようとしているみたいなんだが、それに飛鳥は参加するのか?」
ここで飛鳥が首を縦に振ろうものなら俺は適当な理由付けてこの場から去る。そうじゃなかったら飛鳥を部屋に連れ込む。お袋がいるとはいえ零達の部屋を監視するには生身の人間も欲しい
「そんな話があるみたいだけど私は参加しないよ。ドッキリになんて興味ないし」
「そうなのか?」
「うん」
「それじゃあ俺の部屋に来るっつーか、移るか?」
「うん!!」
了承を得たところで俺達はフロントへ行って飛鳥が部屋を移る旨を話し、飛鳥が現在宿泊している部屋のカードキーを返却。代わりに俺の宿泊している部屋のカードキーを受け取り、荷物はすぐ俺の部屋へ届けると言われ、俺達は九階603号室へ
部屋に戻って来た俺達は二人寄り添う形でベッドに腰かけ……
「きょ、恭クン……」
「何も言うな。これも爺さん達のドッキリに引っかからない為らしいんだ」
「いや、このモニターの数はどうかしてると思うよ?」
「言うな。このホテルのオーナー曰く爺さん達が仕掛けるしょうもないドッキリを未然に防ぐ為の措置らしい」
「そ、そうなんだ……」
こんな会話をしていた。飛鳥を連れて来たはいいけど……ロマンの欠片もない会話だ。ロマンチストじゃないけど
「と、とりあえず荷物が届くまで何する?」
一般ホテルの客室とは程遠いこの部屋で無言は辛く、更に言うと何もしないのはもっと辛い
「う~ん、とりあえず遊びたい!」
遊びたいと言われてもここにはパソコン以外何もない。モンスターファイターのデッキも携帯ゲーム機も家に置いてきてしまい、娯楽の類がスマホ以外なく、スマホもスマホでゲームしてバッテリーを消費するのは非常にもったいない。
「遊びたいと言われても娯楽の類はこの部屋にないぞ?」
「じゃあ零ちゃん達の様子見たい!」
「それは飛鳥が来る前にやってた。と言っても零と飛鳥の部屋しか見てないけどな」
「それじゃあ闇華ちゃん達の部屋はまだ見てないの?」
「ああ。零を揶揄った後で飛鳥の部屋を覗いたからな。後は言わなくても解かるよな?」
「うん……」
「「……………」」
気まずい沈黙が俺達を支配する。零の部屋を覗いたからではなく、揶揄い半分で飛鳥の部屋を覗いたら彼女が泣きそうな声で俺を呼んでいた。呼ばれていた俺はその光景を思い出し、今になって恥ずかしくなる。
「と、とりあえずコーラでも飲みながら闇華達の部屋を観察するか」
「う、うん……」
「んじゃ、取ってくる」
ベッドから立ち上がり、冷蔵庫から500mlコーラを二本取り出し、飛鳥のところへ戻る。
「ほれ、コーラ」
「ありがとう」
パソコンが置かれているテーブルとは別にちゃんとテーブルがあるのだが、今は何となく寄り添っていたいという事で俺は飛鳥にコーラを渡し、その隣に座る。普段は寝具で飲食なんてしない俺だけど今回はテーブルで飲食をしたい気分じゃない
「さて、零の部屋は見たから次は闇華だな」
「私は零ちゃんの部屋見てみたいんだけど?」
「俺としては一回見たから闇華の部屋を見たい」
「私は零ちゃんがいい」
「闇華だ」
「零ちゃん!」
「や────────」
闇華と言おうとしたところでドアがノックされ、外から従業員と思われる人の声がした
「飛鳥の荷物が来たみたいだから行ってくる」
「私の荷物なんだから私が行く」
「じゃあ、二人で行くか」
「うん」
零と闇華、どっちの部屋を覗くかで言い争っても待たせる人はいないからいい。けど、飛鳥の荷物をどっちが取りに行くかで言い争って従業員を待たせるのは忍びないと思った俺達の意見は見事一致。二人で従業員を迎えるべく出入口へ
「「……………」」
「内田様のお荷物をこんな形でお届けしてしまい申し訳ございません」
飛鳥の荷物はダストカートに入れられて届けられた。って! ちょっと待て!
「あの、何でダストカートに?」
元はと言えば部屋を変えると言い出したのは俺達だ。それを踏まえ、俺はなるべく冷静を保ち、従業員に尋ねた
「灰賀様のお爺様、強いては他のお連れ様に見つかっても怪しまれぬように配慮した結果でございます。ご安心ください、当ホテルはオープン前で灰賀様達が最初のお客様でございますのでこのダストカートも清潔そのものですので」
清潔か不潔かなんて聞いてない。それに、ダストカートってゴミを入れるだけじゃなく、工具を入れるものとしても使用されるらしいから荷物がそんなものに入っていたところで俺は気にしない。飛鳥はどうか知らんけど
「は、はぁ……」
「わ、私は荷物が綺麗な状態で届けられたのならそれでいいです……」
曖昧な返事を返す俺と苦笑いを浮かべる飛鳥を余所に従業員は荷物を部屋へ運び入れるととっとと帰って行った。普通は客の荷物をダストカートに入れて運んだりしないんだが、今回はそんな事をしないといけないくらい厄介な事になっているらしい
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