人に歴史あり。どんな人間にだって過去がある。芸能人にもニートにも。もちろん、俺や東城先生にだって過去がある。だからって……
「こんな写真見せられても困るんですけど……」
「そう?この時の恭は最っ高に可愛いと思うけど?」
赤ん坊の俺と小学校二年生の東城先生がマウストゥマウスでキスしてる写真を見せなくてもよくない?
「いや、可愛いか可愛くないかの問題じゃなくてですね、当時の俺は赤ん坊で東城先生は小二。それが今となっては生徒と教師ですよ?幼い頃のとはいえ担任とキスしてる写真見せられたら反応に困るんですけど……」
俺だって高校生だ。幼い頃とはいえ担任とキスしてる写真を見せられて何も思わないわけがない
「藍と結婚すればいいと思うよ!」
ダメだこの母親。いっその事東城先生の喋り方真似してた時の方がよっぽどよかった……
「付き合ってすらいないのに結婚なんて出来ません! それに、生徒と教師が恋人になるとか学校にバレたら大問題です!」
星野川高校に校則はない。それは服装、髪型に関しての校則だ。だから制服が存在しはするが、それを着用して登校するか私服で登校するかは生徒の自由。生徒と教師が恋人同士になるとなると話は別で東城先生が学校をクビになる恐れがある
「確かにそうだね。恭の言う通りだよ。それを踏まえてなんだけど、恭が入学する前に藍がどんな感じだったかって知りたくない?」
いきなり何だ?
「いきなり何ですか?」
「恭が星野川高校に合格してから初登校前日までの藍がどんな感じだったかを録音した録音機がここにあるんだけど聞きたくない?」
そう言って朱莉さんがズボンのポケットから取り出したのは一台の録音機。俺が星野川高校に合格してから初登校に至るまでの東城先生を知りたくないと言ったら嘘になる
「聞きたくないと言ったら嘘になります。ですがあのクールな東城先生ですから何も変わらないでしょ?」
零ツンデレ、闇華ヤンデレ、琴音ドジっ子、飛鳥男装女子、碧ヤンキー(?)、蒼毒舌系男の娘。で、東城先生クールと俺の中でイメージは固まりつつある。勝手な押し付けと言われたらそれまでなのだが、俺が見てないところでキャラや性格が変わるわけがない
「その言葉、これを聞いてからもう一回言ってよ」
挑戦的な表情で朱莉さんは録音機の再生ボタンを押した。すると……
『いやっっっっっっっっっふ~!! 恭ちゃん合格きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
やけにハイテンションな女性の声。俺を“恭ちゃん”って呼んでる事から声の主は東城先生だとすぐに分かった
「…………」
普段の東城先生からは想像出来ないくらいのハイテンションに俺は口を結んだ。
「どう?これを聞いても藍が何も変わらないって言いきれる?」
「…………」
音声が衝撃的過ぎて朱莉さんの質問に何て返していいか分からない
「今のだけじゃ信憑性に欠けるか……って事で次ね!」
朱莉さんは録音機を操作し、再生ボタンを押す。今度はどんな音声が流れるんだ?
『恭ちゃんの担任キター!!!!!!! これでずっと一緒にいられる!! いっっっっっやっっっっっったー!! 祝! 東城藍! 恭ちゃんの担任アーンド国語、英語、数学の担当!!』
マジでナニコレ? 俺の中でクールな東城先生のイメージが音を立てて崩れていく
「最初に聞かせたのが恭の合格が決まった時の藍。今聞かせたのが恭の担任と国語、英語、数学の担当に決まった時の藍。お次は……」
俺の反応を待たず、朱莉さんはさっきと同じように録音機を操作し、再生ボタンを押す
『私、東城藍は晴れてずっと会いたかった灰賀恭さんと再会する事が出来ました。これからの方向として恭さんと早いうちに婚約し、恭さんが大学か専門学校を卒業後に入籍したいと考えております。教師としてまだまだ未熟な私ですが、より一層精進していく所存ですのでご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。』
最初の二つと違って今聞かされたのは俺が普段接している東城先生だった。言ってる事が芸能人か何かのようだったけど
「何言ってんだ? あの人……」
二次創作でキャラ崩壊は数多く目にしてきた。そもそも二次創作者に原作者と寸分違わない文章力なんて期待してない。それはキャラの色も同じだ。それでも東城先生のキャラ崩壊は俺が今まで東城藍という人間に抱いたイメージを吹っ飛ばすには十分すぎる程威力があった
「恭からしたら藍のイメージが完全に破壊されたと思ってもしょうがないけど、私達からしてみればこんなものだよ? あっ、ちなみに動画もあるけど見る?」
動画もあるんかい! 娘の黒歴史を隠れて録音しただけじゃなく、盗撮もしてたんかい!
「え、遠慮します……見たら東城先生のイメージが崩れそうなんで」
音声だけでも俺にはダメージがデカかった。その上動画まで見せられたら立ち直れない
「面白そうだから恭には特別に藍のスペシャルムービーを見せましょう!」
朱莉さん? 俺の話聞いてました? 俺は遠慮しますって言いましたよね?
「遠慮しますって言ったの聞いてました?」
「もちろん! 聞いてたよ? でも私はあえて恭に藍のスペシャルムービーを見せようと思います!」
初登校の日に東城先生が俺の予定を勝手に決めてたけど、その傍若無人なところは朱莉さん似だったか……
「好きにしてください……」
東城先生に逆らえなかったのにその母親である朱莉さんに逆らえるはずもなく、俺は東城先生のスペシャルムービーを見る他なかった
「うん! 好きにする! って事で少し待ってて!」
朱莉さんは詰まれた物の中からビデオカメラを取り出した。俺としてはビデオカメラのバッテリーが途中で切れる事を祈りたい
「セット完了! 恭、どれから見たい?」
セット完了と言ってもこの部屋にはテレビがない。朱莉さんの言うセットとは単にカメラの電源を入れたというだけだ。
「どれでもいいです……」
音声だけでも東城藍という人間のキャラ崩壊が酷いのに今更どれが見たいかと聞かれてリクエストのしようがない
「じゃあ、音声と同じように恭が星野川高校に合格してから初登校前日でね!」
「もうそれでいいです」
もうリアクションする気も起きない……
「何か投げやり~。まぁいいや! とりあえず恭が星野川高校に合格した時の藍! スタート!」
やけにハイテンションな朱莉さんがカメラの再生ボタンを押した。音声よりはマシであってくれ! 俺はそう願う
『恭ちゃん……星野川高校に合格したんだ……』
カメラに映し出された東城先生は言ってる事とベッドに寝ころんでいるところだけは普通。格好は普通じゃないけど
「何で下着姿なんですかねぇ……」
自室というプライベート空間での格好は人それぞれだ。東城先生がどんな格好してたって俺にとやかく言う権利はない。ただ、担任の下着姿を見せられて反応には困るけど
『恭ちゃん……』
俺の突っ込みなどお構いなしに動画は再生され続け、切なげな声で東城先生が俺を呼ぶところに差し掛かっていた。恰好こそアレだが、その声は片思いしている男子を呼ぶ時のものと若干似てる
『恭ちゃん……恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん恭ちゃん』
間違えた。動画の東城先生は恋する乙女なんて生易しいものじゃなくて闇華大人版だった
『恭ちゃんは私のもの……ふふっ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……』
こえーよ!! ホラゲのヒロインかよ!!
「怖すぎますよ!!」
部屋での格好や言動に口を出す気は全くない。それでも今見た動画の東城先生は怖すぎる!! ホラーだよ! マジで!!
「面白半分で見せといてなんだけど、母親の私もドン引きしたゾ☆」
「なら見せないでくださいよ……」
この後、俺が星野川高校に入学した日の動画や初登校前日の動画を見せられた。本当はどんな動画だったか話したいのだが、それは遠慮しておこう。主に俺の精神の為に
「お母さん、恭ちゃんに余計な事言ってないといいけど……」
お母さんが半ば強引に物置部屋へ恭ちゃんを連れて行った。本当は下着の一つでも見せて恭ちゃんを誘惑……あわよくば私を意識させようとしたのに
「藍さん、何か言われて困る事でもあるんですか?」
荷物整理を中断し、私、闇華ちゃん、飛鳥の三人でプチ女子会を開いていた
「そうですよ、東城先生。恭クンに知られたくない事でもあるんですか?」
恭ちゃんに知られたくない事ならたくさんある。例えば、恭ちゃんが私の勤める星野川高校に合格した日の事とか
「まあね。お母さん、本当はあんなんじゃないから」
恭ちゃんの前ではクールを装っていた。本当はクールの『く』の字もないのに
「そうなんですか? 私が見た感じですけど、藍さんと朱莉さんはよく似てると思いましたよ?」
「私も……」
母娘なんだから似るのは当たり前。私は外見だけなら間違いなくお母さん似。性格はお父さん似
「見た目はお母さん似だけど性格はお父さん似なんだよ。私は。居間にいた時はお母さんが私の真似をしていただけ」
「そうだったんですか。でも何で朱莉さんは藍さんの真似なんてしてたんでしょう?」
「確かに。闇華ちゃんの言う通りです。何で東城先生のお母さんは先生の真似を?」
「お母さんは昔から自分が面白そうだと思った事を唐突にやり出す破天荒なところがあった。私の真似をしたのだってそう」
昔からお母さんのする事には度肝を抜かれた。小学生の頃なんてロシアンシュークリームと称してからし入りのシュークリームを食べさせられた事があった。普通なら複数の外れに一つの当たりという割合。これが普通だと思う。お母さんの場合は違った
「って事は東城先生のお母さんって猫被ってたって事!?」
「うん。昔ロシアンシュークリームと称して私にシュークリームを食べさせた事があるんだけど、食べた私はどうなったと思う?」
「ど、どうなったんですか? 藍さん?」
「全部のシュークリームにからしが入ってて悶絶したよ」
今思い出しただけでも腹立たしい。自分の娘にからし入りシュークリームを食べさせたんだから
「「す、全てのシュークリームがからし入り……」」
お母さんの武勇伝を聞いた闇華ちゃんと飛鳥は顔を青くしていた
「そうだよ。これ以上お母さんの武勇伝を話すと私のトラウマを穿り返す事になるだろうし闇華ちゃん達にトラウマを与える事になるだろうから作業再開させるよ。だけど、闇華ちゃん達が見たお母さんは素じゃなかったって事だけは覚えておいて」
私は有無を言わさず作業を再開した。お母さんにされた事で警察沙汰に発展したという事はなかったにしろ私にとっては苦い思い出ばかり。思い出したくもない事だってある
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