「恭、せっかく海に来たんだから遊ぼうよ!」
由香と腕を組んで海に来た俺は海の家を見つけるとすぐさま駆け込み、ビーチパラソルとシートを借り、適当な場所にそれを設置し、その場に寝ころんだ。由香はというと、俺が快適空間を作る為の材料を調達している間、何をしていたのかは分からない。ぼんやりと空を眺めていたところにぬっと現れたんだ、別行動だった間の事など俺の知る由もない
「遊ぼうって俺はまだ日焼け対策すらしてねーんだけど?」
女じゃないから日焼けとか紫外線とか気にする必要など特にないのかもしれない。しかしだ、日焼けをして何が大変って、後になって激痛で風呂に入れないなんて事がある。そうならない為にも日焼け止めクリームを塗るというのは大切な事だ
「大丈夫! あたしもまだ塗ってないから!」
両手を腰に当てドヤ顔で言う由香。何も大丈夫じゃないぞ……。由香は女の子なんだから紫外線の影響で将来シミが出来たら大変な事になる。日焼けで思い出したが、中学時代、必要書類を提出しに学校行ったけど、あん時は日焼け女子が多かった。まぁ、男子も汚いチョコレートみたいな肌色してた奴多かったから深くは考えなかったけどな
「何も大丈夫じゃねーだろ……。つか、由香に日焼けされっと中学時代を思い出すから日焼け止めだけはちゃんとしてくれ」
中学時代。今の生活が充実しているから当時の同級生やクラスメート達には極力会いたくない。しかし、親父の再婚により、由香とは義理の姉弟になり、その上俺の通う星野川高校に瀧口と由香の二人が転入してきた。今まで口には出さないでいたが、ハッキリ言って彼女達の存在というのは俺にとって忌々しいものでしかない。家族だから、利用価値があるから波風立てないように振る舞ってっけど
「中学……時代……」
何か思うところがあったのか、今まで明るかった由香の声が一気に暗くなる。俺が学校に行かなくなった一番の理由はクラスメイトに嫌気が差したから。当時のクラスメイトの中には由香と瀧口も含まれており、由香は女子の、瀧口は男子のカリスマ的存在だった。俺はそんな彼女達に何の興味も示さなかった。だから虐められたんだろうな……
「何だよ?思うところでもあんのか?」
由香が中学時代を思い出して何を思ったのかは知らん
「う、うん……」
「そうかい。んじゃ、その思うところは胸の内に秘めてろ」
旅行に来てまで不愉快な思いは誰だってしたくない。オマケに俺は高校に入ってまで中学時代の話なんてしたくない。
「で、でも……」
「でももストもない。俺は由香を含めて中学時代の連中を切り捨てるために星野川高校に入った。まさか入学一か月で計画が崩れるとは思わなかったけど。でだ、辛口な事を言うけどよ、俺としては今更興味すらない連中の話なんて聞きたくねーんだわ」
コミュニケーションを取る上で一番苦痛な話。それは自分の興味がない話だ。例えば、ナルシストの自慢話がこれに該当する。ソイツが過去に積み上げてきた栄光など誰も興味はなく、退屈な話だ。今の俺にとってナルシストの自慢話に相当するくらい中学時代の話には興味がなく、聞きたくもない
「で、でも、あ、あたしは中学で恭にした事をいつかは謝らなきゃって……」
どういう風の吹き回しか由香は中学時代、俺にした事に対して少なからず罪悪感を抱いているらしい。本当に今更だ。謝るくらいなら最初からしなきゃいいのに
「それについては謝らなくていい。元々お前や瀧口には興味も関心もなく、道端の石ころ程度の認識しかしてなかった。お前がそれについて謝罪したい理由が親父と夏希さんが再婚し、家族になったからって理由なら尚の事。ゴールデンウィークの時にも言ったと思うけど、親父と夏希さんが再婚しようと決めるのは当事者同士で俺じゃない」
客観的に見て俺は冷たい人間だと思う。ラノベの熱血系キャラやヒロインなら相手から歩み寄ってきてくれているのにその態度はなんだ!と説教の一つでも食らいそうな言動だというのは自分でも自覚していて根に持っていると言われても仕方ない。俺本人からすると一度壊れた関係は絶対に元には戻らず、よくも悪くも前に進む他ないと言ったところだ
「でも、せっかく家族になったのに……このまま疎遠なんて寂しいよ……」
家族になった……か。由香が疎遠になったと感じているのは単に俺が実家にいないからってだけだろ
「家族はともかく、お前が疎遠になったって思うのは単純に俺が一人暮らししてるからだろ?俺から言わせると用もないのに実家には帰らねぇし、お前限定で言えば学校で顔付き合わせてんだろ?」
実家暮らしなら今の関係は親視点から見るとヤバい。義理の母、義理の姉と不仲なのは親父からすると危機感を抱く事案であり、義母、義姉からすると家族なんだから息子、義弟とは仲良くしたいと思うのは至極当然だ。しかし、当人にその気が全くなかったとしたらどうだろう?距離を詰められるのは迷惑でしかない
「そ、そうだけど……、お母さんも恭と仲良くしたいと思ってるし……、それに、あたしも……」
仲良くなりたいと言われても困る。血の繋がった息子、娘でも中学二年……いや、小学三年辺りから異性を毛嫌いする時期に差し掛かる。全ての人がそうだとは限らないものの、やはり異性の家族とは距離を置きたい年頃でグイグイ来られても困るというもの
「仲はいいだろ。夏希さんとは会ったら世間話くらいはするし、お前とは今こうして話をしているんだからな」
人によっては中学入学を期に異性の家族と会話すらしないという話もチラホラ聞く。同性の家族だって場合によってはそうだ。それを踏まえて由香の言いたい事が分からない
「そ、そうじゃなくてッ! あ、あたしはッ! 恭ともっと一緒にいたいって言ってるんだよッ! 学校でももっと話がしたい! もっと一緒に出掛けたりしたい! 一緒にお風呂だって入りたい! 一緒に寝たい!」
最初の三つはいいとしてだ、最後の二つはヤベーだろ……年齢的に
「落ち着け、最初の三つはいいとしても最後の二つは年齢的にアウトだ。俺が高校生にもなって義理とはいえ姉と一緒に風呂に入りたいとか寝たいとか思ってたら気色悪いだろ」
姉と一緒に風呂とか寝たいとか思ってて許されるのって多分、小学校低学年くらいまでだぞ……
「気色悪くないよッ! あたし的にはバッチコイだよッ! 一緒にお風呂入りたいし、寝たい! 何ならその先もしたい!」
いくら血が繋がってないとはいえ、姉と弟がねぇ?添い寝以上の事したらねぇ?ヤバいだろ……。でもなぁ……風呂に関して言えば水着アリとはいえ零達と一緒に入ってっから強く断れねぇんだよなぁ……
「風呂と添い寝に関しては一旦置いとくとしてだ、その先はマジでヤバい」
添い寝に関しては家じゃ零達と同じ部屋で寝ている事もあってか風呂同様強く断れず、何か言おうモンなら絶対にボロが出るから触れないでおく。その先は年齢的な事や経済的な面から見てもしたくないわけではないが、避けたい事ではある
「何で?あたしは全然構わないのに!!」
「俺が構うんだよ。つか、したい話ってそれか?だったら─────」
「違うよ! その話もしたいけど、本命はここからだよ!」
中学時代の話や俺と家族になりたいという話が前座でこれからが本命の話ならその内容は何だ?
「その本命の話って何だよ?」
「この旅行が終わったらあたしも恭の家に住むから!」
俺は由香が何を言ってるのか分からなかった。え?家に住む?由香が?何で?
「はあぁぁぁぁぁぁ!?」
由香の衝撃発言に驚いた俺は思わず飛び起きる。今まで拾ってきた連中と違って由香にはちゃんと家があるってのに何で家に住むんだ!?
「何さ!あたしが恭の家に住むの嫌なの!?」
「別に嫌ってわけじゃねーけど、お前にはちゃんと家があってオマケに部屋まであんだろ!? なのに何で家に住む話になってんだよ!」
別に入居に関して特別な条件は設けていない。あのデパートは家として俺に与えられたものでルームシェアをするつもりなど全くなかった。もちろん、他人に貸す予定も。だから母娘や加賀達から家賃を取ったりなんてしてない
「だから! それを今から話そうとしてんじゃん!」
「いやいや! そんな気配微塵もしなかったからな?」
「黙って聞く!」
「はい……」
強引に黙らされた俺はとりあえず由香の話を聞く事にするも、自分の中で彼女が家に住まなきゃならない理由を考えてみた。一つ目は親父が転勤で移動になったから。二つ目は家を建て直すから。一つ目は単身赴任で事足りるから由香が家に住まなくてもいい。二つ目だったら由香だけじゃなく、親父や夏希さんもセットで付いてくる。となると由香が家に住む理由って何だ?
「あ、あたしがきょ、恭の家に住む理由はね……」
俺は固唾を飲んで神妙な面持ちで話し始める由香を見つめる。一体どんな理由なんだ?
「あ、ああ……」
「あたしが恭の家に住む理由は……これ以上お義父さんとお母さんがイチャつく姿を見たくないからなの」
「はい?」
由香が何を言ったか理解出来ず、俺はその場で固まった
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!