机上の空論という言葉を皆さんはご存知だろうか? 机上の空論────頭の中だけで考え出した実際には役に立たない理論や考え。早い話が学んだ事や人から聞いた話と実際は違うという事に他ならない。例え自分自身からであっても
「まさかこんなに早く見つかるとは……」
文化祭中は……サボれると思っていた時期もあった。だが、現実は優しくないらしい。簀巻きにされ、俺はクラスメイト達の前に晒し者にされていた。捕まった経緯は……言いたくない。幽体離脱して絶対に捕まらないと思っていた俺に落ち度があったと察してくれ
「恭の霊圧なんて簡単に見つけられるよ」
「恭クン、言い訳を聞こうか」
「恭、お姉ちゃん悲しいよ……一緒に文化祭楽しめると思ってたのに……」
藍は口調こそいつも通りだが、目が笑っていない。飛鳥は額に青筋を浮かべている事から怒っているのは明白。由香はマジ泣き三秒前。他のクラスメイトはゴミを見るような目で俺を見る。早織達幽霊組は……肩を竦める者、ガッカリしてる者に二分。この場に助けがないのは明らかだった
捕まる前の俺は幽体離脱してて藍達は霊圧を察知できない日だと聞いてたから絶対に見つからない自信しかなかったんだが……まさか文化祭開始してすぐ見つかるとは思わんかった
「勘弁してくれ……」
彼女達に聞こえないようにつぶやく。中学時代から学校行事に全く興味のない俺が高校の文化祭なんて中学よりも規模がデカい祭りに大人しく参加するわけがない。中学まではよかったさ。外部の人間が来ると言ったところで所詮は同級生の保護者とか近くの幼稚園に通う園児とかだったからな。しかし、高校の文化祭は違う。保護者や子供に加え、入学を考えてる現役中学生や高校に縁のある人達、地域の人と訪れる人間層の幅が広がり……中学より面倒だ
「勘弁してくれ? どの口が言ってるの?」
「恭はお姉ちゃんと文化祭満喫したくないんだ……」
「恭クン?」
「人の呟き聞くなよ……」
ボソっと呟いたつもりが何で聞こえてるんですかねぇ……地獄耳共め……
「「恭?」」
「恭クン?」
「ゴメンナサイ」
納得はいかんが、とりあえず謝っとく事に。圧放つ女共に逆らっていい事など何もないのは爺さんと親父を見て知ってる。女は怒らすと怖い
「「「よろしい」」」
怒りを収めた藍達は満面の笑みを浮かべていた。怒り狂った女は適当にやり過ごすに限る。一段落してホッと胸を撫で下ろしていた時だった
『灰賀恭! 大至急学園長室に来な!』
婆さんから校内放送での呼び出しを食らってしまった。嫌な予感しかしないのは気のせいか?
「「恭……」」
「恭クン……」
藍達の不安に満ちた視線とクラスメイト達の疑いに満ちた視線が刺さる。文化祭サボろうとしたツケが回って来たかと思えばそれまでだが……灰賀女学院の人間である婆さんに罰を与えられる筋合いはない。きっと厄介事なんだろうなぁ
「はぁ……行ってくるから縄解いてくれ……」
文化祭の真っ只中で厄介事に巻き込まれるとは……神様は俺の事が大嫌いらしい
人に聞きながらどうにか学園長室の前に辿り着いた。うん、この扉を叩きたくない。今すぐ逃げ出したい
『きょう、逃げ出したい気持ちはお母さんも解かるけど、ここで逃げてもお家まで来られるよ~?』
『そうよ、恭様。諦めなさい』
文化祭デートがおじゃんになった腹いせなのか早織も想花も素っ気ない。もしかして俺、女運ないのか?
「分かってるっつーの」
大人の頼み事というのは非常に面倒なものが多い。子供と違って伴う責任の数が違うから仕方ないのかもしれんが、子供と大人の中間にいる俺に厄介事を持って来ないでほしいのだが……厄介事は早めに片付けるに限る。俺は意を決して学園長室の扉をノックした
『入りな』
ノックして秒で婆さんから返事が返ってきた。俺は憂鬱な気分なまま、扉を開け、中へ入った
「よく来たね」
「放送で呼び出しといてよく来たねはねーだろ」
中へ入るとあったのは毎度お馴染み太々しい婆さんの顔。この顔して電話越しじゃボケかましてくるんだからマジでめんどくせぇ
「ああでもしないと恭は呼び出しに応じなかったろ?」
「当たり前だ。今日一日はサボろうと思ってたからな」
「全くあんたは……と、いつもなら呆れてるところなんだけどね、今回ばかりはそのサボり癖があってよかったよ」
「サボろうとはしたが、ものの数分で藍達に捕まったぞ?」
「知ってるよ。理由は言わなくても理解してるだろ?」
「ああ。俺の霊圧が保健室から教室に移動したからだろ?」
「当たり。恭にしては察しがいいじゃないか」
なんか含みのある言い方だな。これから頼み事をしようとしてる人間相手にそんな事言っていいのか?
「伊達にアンタの孫やってないからな。それより、何か俺に頼み事があるんじゃないのか?」
「今日はやけに積極的じゃないか。拾い食いでもしたのかい?」
「ンなワケねーだろ。厄介事は早めに片付けるに限ると思っただけだ」
俺の元に来る厄介事は夏休みとかの課題と一緒だ。後回しにするとめんどくさくなって一切手を付けない。だったらどうするか? 早めに片付けるに限る
「何も言ってないのに厄介事だって決めつけるんじゃないよ」
「違うのか?」
俺は婆さんの目をジッと見る。婆さんは視線に耐え切れなくなったのかスッと目を逸らした。やっぱり厄介事を言いつける気だったな……
「違わないよ。しかしねぇ……」
「しかし何だ?」
「今回のあんたに頼みたい事は……ちと厄介でねぇ……」
「ちと厄介って今まで高校生の領分を超えた事しか頼んでこなかったクセによく言う」
「なかなか痛いところを突いてくるじゃないか。その通りだからぐうの音も出ないんだけど……今回ばかりは……」
何やら神妙な面持ちの婆さん。彼女の様子から見るに今回の厄介事は今までのとは違う事が窺える。今までだと本来は警察の領分だったり役所の領分だったりと高校生がどうにかできる問題じゃなかった。だが、婆さんの感じから見ると今回は今までとは違うようだ
「今回ばかりは何だよ? とにかくさっさと話せ」
「はぁ……話す前にこれを見とくれ」
そう言って婆さんが寄越したのは一枚の写真だった
「えっと……城?」
写真に写っていたのは一城の城。随分と寂れてるな……この写真は遠くから撮影されたものっぽい、遠目からでも城が長らく人の手が加わってない事はすぐに理解した。この城に何があるってんだ? 取り壊しするなら俺じゃなくて爺さんに話が行くはずなんだが……
「その通り。正確にはホテルなんだけどね……」
「どうでもいい。この建物が何なんだ?」
この質問がマズかったらしい。婆さんは目を逸らす。俺みたいなクソガキに頼むくらいだ、ネコの手も借りたいくらいなんだろうけど、実際に頼むのは心苦しいってところか
「実はねぇ、この城────いや、ホテルが……分かりやすく言うとホラゲ? って言うのかい? そこに入った人達がホラゲ的な事になってねぇ……」
「ホラゲ的な事と言われても分からん。ホラゲのBADEND的な事にでもなってるのか?」
「いやぁ……あたしの口から詳しい事は言えないねぇ……」
詳しい事が言えないってどういう事だ?
「どういう事だよ? 頼むくらいなら何がどうなってるのか話してくれてもいいだろ?」
「そうなんだけど……実際に本人に会ってもらった方が早くてね……」
「あのなぁ……」
厄介事を押し付けようとしてるクセに詳しい事は言えない。不誠実な事この上ないだろうに……
「申し訳ないと思ってるよ……でも、こればかりは本人とそのご家族に会ってもらうしかないんだよ……」
「はぁ……」
「頼むッ! 何も言わずに引き受けとくれ! あの家族を救うのに頼れる相手がもう恭しかいないんだよッ! この通り!」
「………………」
必死に頭を下げる婆さんに俺は言葉が出なかった。詳しい事は言えないという割に必死な様子に困惑するしかなかった。はぁ……めんどくせぇ
「恭!! もう頼れるのはあんたしかいないんだ! あんたが最後の希望なんだ! この通り!」
かつて婆さんに……いや、大人にここまで頭を下げられる事があっただろうか? 自分の祖母がここまでする事があっただろうか? いつもなら事後報告みたいな感じで俺の知らぬ間に決まってて何の相談もなしが当たり前だった。いつもの太々しさはどこ行ったんだか。ったく、しゃーねーなぁ
「頭を上げてくれよ。詳しい事は分かんねぇけど、どうしても助けたい人達なんだろ?」
「じゃ、じゃあ……!」
勢いよく頭を上げた婆さんの額は若干赤くなっており、目元には薄っすら涙が溜まっていた
「何がどうなってるのかサッパリだが引き受けてやるよ。文化祭出るよりかはマシだからな。だから頭上げてくれ」
「引き受けてくれるのかい?」
「そう言っただろ? 俺に何をさせたいのかは知らんが、文化祭サボっても怒られないなら無理難題以外はやる」
「恭……ありがとね」
「別にいいさ。婆さんには日頃から世話になってるからな。さすがに最後の希望って言われちゃやらんわけにはいかんだろ」
「ありがとう……」
「礼はいらん。文化祭サボっても怒られんようにしといてくれればそれでいい」
「当然! 何しろ今から恭には北海道にとんでもらうんだからね!」
俺はこの言葉を聞いた瞬間固まった。北海道? マジ?
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