「恭くん……」
「琴音、何も言うな」
飛鳥の住む段ボールハウスの前まで琴音達を連れてきた俺は隣にいる琴音が何を言いたいのかすぐに理解した。自分の住む家の前に段ボールハウスが立ち並んでいたんだ。誰だって何だこれって言いたくなる
「で、でも、これはさすがに私達だけで撤去するのはちょっと……」
「やっぱり?」
「うん……」
琴音もだが、母親達も顔が引きつっている。一つ一つの段ボールハウスは大した事ないのにそれが複数あると雑な作りだったとしても撤去するのに時間と労力を要するから仕方ない
「まぁ、自分達で撤去してもらうしかないか」
「うん。さすがにこれは私達だけでやると手間が掛かるよ」
段ボールハウスに使われている段ボールの出どころは気にしないとして、琴音達に撤去させようとした俺がバカだった。これは自分達で撤去してもらおう
「段ボールハウスの撤去は追々考えるとして、とりあえず友達のところに行くから全員着いてきてくれないか?」
琴音達を呼んだ本来の理由は段ボールハウスの撤去だった。が、しかし、会社一つ分の社員全員が同じ場所に段ボールハウスを作っているとなると管理人が複数いてもお手上げだ
「「「「わ、分かった……」」」」
飛鳥の家族だけだったらとりあえず飛鳥を強引に連れ込んで俺がここに住んでいる事を理解させればどうとでもなる。この場所に段ボールハウスを作っているのは内田家だけだったらな
琴音達を引き連れ、内田家が住んでいる段ボールハウスの前へやって来た俺は連れて来られた時同様にブルーシートを捲る
「飛鳥いるか?」
“ただいま”や“お邪魔します”と言う事に違和感しか感じなかった俺はあえてその二つの言葉を言わず訪問者みたいな感じで声を掛けた
「おかえり、恭クン。戻って来てくれてよかった……」
安堵した表情で俺を迎えてくれた飛鳥。それに対して内田母は……
「へぇ~、戻って来たんだ」
未だに疑いの眼差しを向けてくる
「ええ、戻ってきましたよ。そういう約束でしたからね。ついでに俺の他にも客を連れてきました」
「客?さっき来た時も言ったけど今はお茶の一つも出せないんだけど?」
「それはこれ以上ないってくらいに理解してます。それに、貴女の言った通り俺は住む場所を提供しに来たんです」
俺の住んでいる八階の一部と五階、六階、七階は現在工事中。だとしても内田家くらいなら部屋はある。他の家族?その人達は爺さんの専属になったら灰賀グループで用意した社宅があるはずだからそこに住む事になるだろうから俺の知るところではない
「は?ただの高校生でしかないアンタがアタシ達家族の住む場所を提供する?バカも休み休みいいな!」
内田母の言う通りだ。ただの高校生でしかない俺から住む場所を提供するだなんて言われても信用性はない
「バカな発言かどうかは外に出て確かめてみれば如何でしょう?」
「いいよ。外に出たところでアンタにアタシ達の住む場所を提供するだなんて出来るわけないんだからね!」
カバンを持ち運よく俺の挑発に乗ってくれた内田母とオロオロしてた飛鳥を連れ、一旦外へ出る。すると……
「恭くんお話終わった?」
「「なっ────!?」」
内田母娘は外で待っていた琴音達を見て言葉を失った
「ああ、俺からの話はたった今終わった。それで琴音に頼みがある」
「何?」
「男の格好した奴は俺の友達だから俺から話をするとして、隣にいるとても母親とは思えない見た目の母親に琴音がここに来た経緯とか諸々を話してやってくれ」
「分かった」
「俺と飛鳥は二人だけで話すから少し離れる」
「うん」
言葉を失っている飛鳥の手を引き、東側の玄関までやって来た。その間に飛鳥は“恭クン! どこに連れてくつもり!?”とか言ってたが、そんなのガン無視だ
「恭クン! こんなところにまで連れてきて俺に何の話があんだよ!」
強引に連れてきたせいか若干不機嫌な飛鳥なのだが、凄みは感じない
「何の話って昨日学校で俺の家について聞いてきただろ?アレの修正」
「ああ、アレね。恭クンの家って本当は金持ちだったん?」
飛鳥の質問は昨日と同様に俺の家単体に対してのものだ
「俺の家は金持ちではないな。ただ、爺さんが大手不動産会社の会長をやっているってだけでな」
「ふーん……って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「驚き過ぎだろ」
「いやいや! 普通驚くっしょ! 何恭クンってマジもんの金持ちじゃん!」
「俺の父親はリハビリ科の技師だから俺の家自体は普通の家だ! それに、俺がすごいんじゃなくて爺さんがすごいんだよ!」
順当に行けば親父が社長になっててもおかしくない。が、何故か親父はそれを断ったらしい。まぁ、俺も中学に入って爺さんが大手不動産会社の会長やってるって知ったから詳しい事はほとんど知らない
「いやいや! 恭クンの家が普通の家だったとしても恭クンのお爺さんはすごい人だべ?」
「うーん、どうなんだろうな?俺と接する時は単なるスケベジジイだったからよく分んねーや」
これまた中学の時のエピソードだ。中二の頃、部屋に引きこもる事が多かった俺を外へ連れ出そうと模索した親父が爺さんか婆さんに相談したらしく、それを知った爺さんが夜突然来て有無を言わさず俺を袋詰めにして拉致。気が付けば俺は大人のお姉様方に囲まれていた。爺さんの顔?鼻の下が伸びてたな
「よく分んねーって……恭クンは自分のお爺さんの事を何も知らないの?」
「ああ、知らねぇ。俺が知ってる爺さんは中学生を袋詰めで拉致って大人のお姉様がたくさんいる店に放り込むような人だ」
「うわぁ……」
ドン引きする飛鳥の気持ちはよく分る。俺だって他人から同じ話をされたら引く
「と、まぁ、俺は爺さんの一面しか知らねぇ事が分かったところで琴音……さっきの女性集団の話をしようか」
「う、うん……」
「結論から言うとあの人達は姉でもなんでもない他人だ」
ここに来た経緯とかから話すと時間が掛かると思い結論から話しはしたものの、飛鳥は納得してくれるだろうか?
「え!? た、他人!?」
「ああ。他人だ」
「え!? って事は入学式に来ていた人全員……」
「他人だな。ついでに言うと親戚でも何でもないぞ」
「ま、マジで?」
「マジで」
「う、嘘ぉ……」
驚きのあまり叫ぶ事すらしない飛鳥
「驚いてるとこ悪いけど話を続けるぞ?」
「う、うん」
「入学式の日に来ていた人達は姉でも親戚でもない赤の他人だ」
今思い起こせばすごい事だよな……八十人近い赤の他人が俺の入学式に来ていた事もだが、それを許可した学校と親父はかなり器がデカいと思う
「そうなんだ……でも、おかしくね?あん時に来ていた恭クンの関係者は見ただけでも八十人近くいたっしょ! え?何?恭クンは八十人近くの人と一緒に生活してるって事になるけどよ、そんなに人がいたら家が狭くなる」
飛鳥の言う通り入学式に来ていた俺の関係者は七十九人。四捨五入すると八十人でそれだけの人間が一か所で一緒に生活してるのはおかしい。マンションなら話は違うけどな
「確かに飛鳥の言う通りだ。八十人近い人間が一か所で一緒に生活するのは無理だ。マンションじゃない限りはな。だけど俺は実際、八十人近い人間と一緒に生活している。飛鳥は信じられないと思うが、このデパートの空き店舗は俺の家なんだよ」
零に話した時もだが、信じられないって事は俺が一番よく知っている。だから飛鳥が簡単に信じるだなんて思っちゃいない。最初からな
「そ、そんな話されても信じられるわけないっしょ!! ここに住んでる?ここはデパートの空き店舗だべ!! 人が住めるはずない! 恭クン、もしかして俺を騙そうとしてるん!? だとしたら最低だよ!」
ほら、信じなかった。零だって部屋に連れ込んで初めて信じたんだからな。闇華と琴音は連れ込んだっつーよりも運び込んだからここに住んでるって言う前に信じざる得ない状況だからすんなり信じたし、東城先生は東城父から親父へ話がいったから連れてくる前にある程度は把握していたから問題なかった
「信じられないって気持ちも俺を疑う気持ちも解かるが、事実なんだ。って言ったところで飛鳥は信じないよな?」
「当たり前だよ! 空き店舗に住んでます。はいそうですかってなるわけないでしょ! もし恭クンの言ってる事が本当だって言うなら証拠! 証拠を出してよ! そして私を納得させてよ! お願いだから恭クンを信じさせてよ!!」
飛鳥の悲痛な叫びが内田母に届いてませんように。俺はそれだけを祈った
「この空き店舗が人の住める状態だって事を証明すればいいのか?」
「そうだよ! 恭クンがここに住んでるって言うなら証明出来るよね!?」
本当なら飛鳥の家族や他の段ボールハウス住まいの人達と一緒にとは思ったが、どうにも飛鳥は雰囲気や年齢は違えど零と同じタイプらしいな
「分かったよ。本当は全員揃ってからのつもりだったが、飛鳥だけ先に案内する事にするから付いて来い」
「つ、付いて来いってどこに連れてく気!?」
「どこってまずは風呂だな。昨日から風呂に入ってないだろ? 女子としては臭いとか気になるんじゃないのか?」
「そ、そうだけど……でも、ここにお風呂なんか……」
「あるから言ってるんだよ。いいから黙って付いて来い」
「う、うん……」
俺は飛鳥を黙らせた後、家の中へ入り、そのままエレベーターの前まで来た
「八階に行くまでの間に聞いておきたい事があるんだが、いいか?」
この建物が店として営業していた時だったらエレベーターが来るまで多少の時間が掛かった。現在は俺とここに住んでいる人間と作業員以外誰もいないからエレベーターはボタンさえ押せばすぐにでも来る。あるいはドアが開く。俺はその前に飛鳥に聞いとかなきゃならない事がある
「何?」
「飛鳥はこれから風呂に入るわけだが、飯は他の人達よりも先に食うか?」
「うん」
「分かった。んじゃ、さっさと行くか」
俺はエレベーターのボタンを押す。すぐにドアが開いた
「恭クン、一ついい?」
エレベーターのドアは開いていていつ乗ってもいい状態だ。だというのにこの期に及んでなんだ?
「何だよ。デパートの空き店舗なのにエレベーターが動いてるわけを聞こうってなら俺はさっきと同じ話をするぞ?」
「違うよ。こんなチャラついた格好で話し方もチャラい私と友達になってくれたのかを聞きたかったの」
飛鳥と友達になった理由か……そういえば何でだろう?
「別に理由なんてない。強いて言うなら飛鳥が友達になってくれって言ったからだ」
「何? それ? 私から声を掛けなかったら友達にすらならなかったって事?」
「さぁな。少なくとも俺は三年間ボッチ生活をしてただろうな」
「ふーん」
「それより、早く上に行こうぜ?風呂に入る前に着替え選ばなきゃならないんだからよ」
「うん!」
俺と飛鳥はエレベーターに乗り八階へと向かった
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