強歩鍛錬から一週間が経ち、後一週間もすれば七月。星野川高校に入学して初めて迎える夏本番。だというのにちっともワクワクしない
「はぁ~、夏とか滅びねぇかなぁ……」
寝苦しさで起床を余儀なくされた俺は開口一番、夏が滅びる事を切実に祈っていた
「恭! 朝っぱらからインキ臭い事言わないで! こっちまで参っちゃうわよ!!」
洗面所で顔を洗ったからなのかスッキリしたような顔をした零に怒られてしまった
「だってよぉ……夏って暑いじゃん? 暑いとやる気出ないだろ?」
「そんな事ないわよ!! 暑いからこそ海やプールが楽しいんじゃないの!」
夏=海やプールが楽しいだなんて思考が生まれたのはアレだ。どっちも夏にしか入れないという人間の思い込みが短絡的な思考を生んだんだと俺は思えてならない
「そうかぁ~? プールなら家にあるだろ? 一年中入れる。しかもタダで」
元が映画館だけあってウォータースライダー等はない。それでも泳ぐだけ、浮き輪でプカプカ浮かぶだけなら家のプールで十分だ
「分かってないわね! ウォータースライダーを滑ってこそ夏のプールでしょ!」
「知るか。とりあえず顔洗いに行ってくる」
このまま話を続けてたらプールに連れてけと騒ぎ出すと思った俺は洗面所に避難した。言っとくが逃げたんじゃないぞ?戦略的撤退だ
「プールなら家にもあるってのにわざわざ人の多いところへ行こうとするかねぇ……」
顔を洗い近くにあったタオルで水を拭き取った俺。鏡を見ると案の定寝ぼけた目をしている自分が映り、自分は寝起きだという事を再認識する。ちゃんと見ると自分の顔とはいえ寝起きの顔というのは酷いものだ
「一人暮らしをしてから二か月か……」
この二か月で多くの人を拾ったり引き取ったりしてきた。零を拾ったところから始まり、闇華、琴音、母娘達、東城先生、飛鳥、碧と蒼。そして、加賀を始めとする貧乏家族。一括りにすると大した事ないように思えるが、人数で換算すると相当なものだ
「他人と一緒に住んでる時点で一人暮らしじゃないよなぁ……」
一人暮らしとは一人で暮らしているからこそ成り立つもので他人が同居している時点で一人暮らしではなくルームシェアか同居だ。そういえば加賀達は家に住んでるのは確定情報として、今はどこにいるんだろう?
「加賀達の所在だけじゃなくって工事の進捗状況とか全く把握してないって家主としてマズいよな?」
加賀達を拾ってきた日、俺は疲れて眠ってしまい、目が覚めると部屋だった。一旦は起きたが、そのまま眠りこけてしまい加賀達がどの部屋を使っているか知らない。で、工事の方も学校へ行く時にチラっとだけ見る。でも、未だにどこもブルーシートが敷いてある状態だ
「家出少女や零達と同じ家なき子とかなら部屋に余裕があってもクラス単位、学校単位の家族か母娘を拾ったとなると部屋数足りなくなるよな……」
今までは部屋が余ってるからという理由だけで同居を許可したり、拾ったりしてきたが、現状を考えるとそれも不可能になりつつある。
「考えても仕方ない。寝癖直すか」
いつもなら顔を洗い、寝癖を直し、歯磨きをするという流れ作業を終えて朝飯にするが、今日は早めに起き、時間に結構な余裕がある。たまには順序が朝飯を食ってから歯磨きをしても罰は当たらない。
寝癖直しを髪全体にスプレーし、ブラシで髪型を整える。俺の髪質は柔らかい為、寝癖が簡単につく。逆に言うと直すのも簡単だ
「簡単に寝癖がつくが直すのも簡単なのは喜ぶべきところだな」
寝癖を直し終えた俺はリビングへ戻る。すると……
『教員から生徒へのハラスメント問題多発!』
琴音の手伝いをしていただろうと思しき東城先生、闇華、飛鳥と先ほどまで俺と論争をしていた零が所定の位置に着き朝飯を食べていた。それはそれとして、朝から教師による不祥事関係のニュースを見ると登校意欲を失くすぞ……
「教員から生徒へのハラスメント問題多発……私も言動には気を付けないと」
東城藍を教師として見るなら今のところハラスメントらしいハラスメントなんてないように思える。女としての東城藍は俺からすると野獣だからコメントは控えさせていただこう
「東城先生は大丈夫ですよ。私達生徒の事をよく見てくれていますし私が本当は女である事や男装についてとやかく言わないんですから」
飛鳥が間髪入れずに東城先生は大丈夫だと告げるも……
「そう言ってくれるのは教師として嬉しいけど、自分の言動がいつ生徒を傷つけるか分からない。それに星野川高校は様々な事情を抱えた子達が集まる場所だから私達教師は気を引き締めないといけない」
東城先生の言葉で自分の通う高校にはいろんな過去を持つ連中が集まるんだと改めて思わされる。俺もその一人だから他の連中を嘲笑うなんてしない。それでも世の中には他人を自分より下だと見下す奴等がいて星野川高校でもない話じゃない
「星野川高校や灰賀女学院は大丈夫だと思いますよ? 現に私は闇華だなんて人から敬遠されても不思議じゃない名前なのにみんな仲良くしてくれますし」
アニメやラノベなら女で名前に闇が入ってるのは美しかったりカッコいいという印象だ。現実では根暗、キラキラネームとバカにされそうではある。
「灰賀女学院は恭ちゃんのお祖母ちゃんが理事を務めているから問題ないと思う。星野川高校は別として」
東城先生の口ぶりはまるで心当たりがあるとでも言いたげだ。それを聞く術を俺はもちろん、この場にいる全員が持ち合わせておらず外部に学校の情報を喋れない以上は誰もそれを追求しはしない。結局のところ学校の問題は大事になって初めて世間に公表され、その頃には手遅れという事だ
俺は朝飯を食わず、チャチャっと歯磨きと着替えを済ませるとカバンを引っ掴み東城先生よりも早く家を出た。琴音に朝飯を食わない理由を聞かれたはしたものの夏バテと適当に誤魔化し、昼飯はコンビニで買うと言った。これも夏の暑さのせいだと思うと恐ろしい
「教師による生徒へのハラスメント問題か……」
熊外駅に向かう道中、今朝のニュースで特集されていた『教師による生徒へのハラスメント問題』を思い出す。
「そもそもが何で教師が生徒へハラスメントを働くかが全く理解出来ない」
星野川高校は生徒と教師の年齢が割と近い。学校内では教師と生徒であってもプライベートでは歳の離れた兄弟で十分通る。大して一般高校だと教師と生徒。人によっては親と子。人によっては祖父と孫だ。自分の半分以下くらいしか生きてない人間にそんな事をして何が楽しいのやら……
「生徒は教師の奴隷じゃないんだけどなぁ……」
家から星野川高校に着くまで俺の頭の中は『教員から生徒へのハラスメント問題』の事で頭が一杯だった
学校へ着き、中へ入ろうとしたが、案の定ドアは開かない。教師が誰一人として来てないのだから開くはずもない
「昼飯の調達がてらコンビニで時間潰すか」
開いてないものは仕方ない。元々早く来過ぎた俺の落ち度だ。昼飯も調達し忘れた事を思い出しコンビニへと足を向けた
コンビニへ行くと決めたまではよかったものの、現・星野川高校の校舎は元々スーパーマーケット。近くのコンビニと言っても横断歩道を挟んで向かい側にしかない
「まぁ、仕方ないよな……元々はスーパーマーケット。ある程度のものは手に入る環境下にあったんだ。同じ通りにコンビニを建てるメリットなんてどこにもない」
信号待ちをしながらスーパーマーケットと同じ通りにコンビニを建てるメリットについて考えていた。これはアレだ。社会科の自主勉だ
「そういえばコンビニの飯なんて何か月ぶりだ?」
零を拾った一人暮らし初日は家具や調理器具がなく、二人で飲食店へ行った。その帰りにコンビニで飲み物を買った記憶がある。食いモンはゴミが出るからと言って買わず終い。闇華を拾った日は家具が届き、自炊を開始した
「とりあえず……うん。一人暮らししてからはコンビニで飯を買うだなんてしてないな」
信号が赤から青に代わり、横断歩道を渡る。始業までかなり時間があり、遅刻さえしなければいいから急ぐ事はしない
「久々に少し立ち読みしてから行くかな」
久々のコンビニという事で店側からすると迷惑以外の何物でもないと頭では理解しつつも立ち読みを決意。コンビニに入ってから決意したんじゃ遅い。こういうのは横断歩道を渡っている時とかコンビニに行く前に決心しておくに限る
「らっしゃせー」
コンビニに入り、店員の怠惰な声に迎えられながら真っ先に向かったのは弁当コーナー。そこへ着くと色とりどりな弁当にどれを買ったものかと迷いが生じ、決めあぐねてしまう。
「えーっと、ペペロンチーノにカルボナーラ、きのこの和風パスタ……で、米が入ってるのがカレーにオムライス、カツ丼……高カロリーなものが多いな……食欲のない俺にはちとキツイな」
陳列されているの商品は高カロリーなものが多く、食欲がない今の俺にはキツイ。見ているだけで胃もたれしそうだ。高カロリーじゃないものもあるにはあるが、ネギトロや納豆巻きと言った巻物やとろろ蕎麦等の加熱を必要としないものの、暑い季節で冷蔵庫にも入れずに放置するには不安が拭いきれないものだった
「ラーメンや焼きそばは加熱を必要としているから論外、冷たい蕎麦やうどんは食中毒の危険性が出てきそうで怖い……まぁ、サンドイッチとかおにぎりにしとくか」
悩みに悩んだ末に選んだのはおにぎり二つと一リットルコーラ。飯が食えないなら糖分を摂取して空腹を紛らわすって作戦だ。
陳列されている明太子おにぎりを二つ取り、ドリンクコーナーで一リットルコーラを取った後、そのままレジへ行き、会計を済ませる。袋に入れられた商品をカバンに入れ、そのまま雑誌コーナーへ
「マンガ雑誌なんて最近読んでないな」
少年マンガから少女漫画、テレビ欄を纏めた雑誌、果てはパソコン関係の雑誌まで数多くの雑誌が並ぶ中、適当にマンガ雑誌を手に取り、パラパラと捲る。
「面白いマンガを見つけたら儲けモンだな」
雑誌を捲る中、特に好きなマンガがあれば儲けモンくらいに考えていたその時だった
「コラッ! 買わないならさっさと出て行きなさい!」
背後からする女性の声。周囲に他の客が見当たらない現状でコイツが誰に注意しているかなんて考えるまでもない。コイツが注意してるのは俺だ
「はぁ……」
立ち読みしていた俺の自業自得とはいえ絡まれたら面倒な上に遅刻したら珍しく家を早く出た意味がない。ここは大人しく退散退散っと
「待ちなさい!!」
絡まれたら面倒だと思い、注意してきた女性に目もくれず退散しようとしたところで呼び止められる俺。呼び止めた人物など一人しかいない。先ほど俺を注意した女性だ。それでも俺は無視してコンビニから出て行く。怠惰な店員を後目に
「待ちなさいと言ってるでしょ!! 聞こえないの!?」
コンビニを出てもなお付いてくる女性。ストーカーか?
「なんスか?」
しつこく付き纏われても面倒なので一応、応答はする。
「君、名前は? どこの学校?親の連絡先は?」
万引きをしたわけでもないのに名前、学校名、親の連絡先を聞かれる筋合いがどこにある?仮に万引きをしたとしても名前、学校名、親の連絡先を聞き出すのも警察へ突き出すのも店側のやる事だ。
「名前は山田太郎。学校は私立片思い高等学校で親の連絡先は────────」
目の前にいる女性は正義感だけが無駄に肥大しただけの人間だと早々に察した俺はデタラメな名前、学校名、親の連絡先を教える。女性は几帳面にもそれを手帳にメモし、聞き終えたら満足気に立ち去った
「ああいう正義感だけが肥大した人間が教師だったら生徒は可哀そうだよな……」
来た時同様、信号待ちをしながら先ほど絡まれた女性について考えていた。正義感が強いのはいい。しかしだ。世の中正義感だけ強くても生きていけない。警察官だって不正をしたり、常軌を逸した行動に出る
「二度と会わないから関係ないか」
二度と会わない人間について考えていても時間の無駄。それよりも今日の授業は何をするか考えていた方が有意義だ
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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