「零、悪かった……」
豹変した真央を連れ、部屋の前まで着き、中にいる零達にどう説明しようかと悩んでいたところに外へ出る用事があったのか零がドアを開けた。んで、意図してないイベントに強制参加させられ、精神的疲労が溜まっていたのか俺は彼女に抱き着くという失態を犯す。で、現在─────
「あ、アタシは怒ってないから顔を上げなさい」
抱き着き事件の被害者である零の前で土下座をしていた。
「し、しかしだな……」
「抱き着かれた当人がいいって言ってるのよ。それに、滅多に甘えない恭が甘えてくれた。アタシはそれが嬉しかったわ」
いきなり抱き着くのと甘えるのは違うけど、本人がいいと言っているのならいいか。と、思い顔を上げると─────
「零ちゃんが許しても私達は許してませんよ?恭君」
「闇華ちゃんの言う通りだよ、恭クン。私達は許してないよ?」
「恭ちゃん、何で私に抱き着いてくれなかったの?」
「恭くんは零ちゃんが一番好きなの?」
「恭、義姉よりも赤の他人を選ぶんだ……」
「グレー、長い付き合いなのに私には甘えてくれないんだね……悲しいなぁ……」
闇華達は許してくれなかったようで、光のない目で俺を見つめていた。
「えっと……、闇華達にはまた今度甘えるって事でいいか?」
これまでの経験上、こうなった女性に何を言っても無駄なのは百も承知。否定的な言葉を掛けると返って逆効果。結論を言うとお茶を濁すしかない
「なら今夜にでも甘えてくださいね?恭君?」
闇華さん?今度と言ったはずなのに何で今夜を指定してくるんでしょうか?
「き、機会があれば……」
拒否したら何をされるか火を見るよりも明らかだ。ここは適当に言って逃げるに限る。逃げた俺は悪くない!おっと、土下座する事になった経緯をまだ話してなかったな。簡単に言うと俺抱き着く→零戸惑いの声を上げる→騒ぎを聞きつけた闇華達が強引に引きはがし、室内へ連行→有無を言わさず正座させ土下座要求。というわけだ
「「「「「絶対やって!!」」」」」」
「はい……」
機会があればと有耶無耶にしようとしたのが裏目に出てしまった……。それはそうと真央は─────
「男って本当汚らわしいわね」
軽蔑の眼差しで俺を見つめていた
「はぁ……」
俺が失態を犯した原因はお前にあるんだぞ?もう少し気にしたらどうだ?なんて言ったところで今の彼女は何も感じないだろう。どうせ『そんな事私が知るわけないでしょ?馬鹿なのかしら?』と言われるのが関の山だ
「ねぇ、恭クン」
「んだよ?」
「さっきからずっと気になってたんだけど、真央さん雰囲気違くない?」
「まぁな。詳しい事は俺にも分からんけど、とりあえずこうなるに至った経緯を今から説明する」
真央の変化については一番最初に気づいてほしかった。まぁ、彼女の変化よりも俺のした事の方がある意味じゃ衝撃的だったのは分かるけど
立ち上がった俺は未だ軽蔑の視線を送り続ける真央を余所に二人で山を探索した事と途中、廃墟らしき建物を見つけた事、その建物を見た瞬間、体調を悪くした事を説明した。
「─────というわけでここまでが真央の体調が悪くなるに至った経緯だ」
廃墟かどうかは別として建物を見ただけというのを体調が悪くなった原因と断言するには弱い。もしかすると頂上と山頂の温度差によるものって可能性もあり得なくはないのだが、あくまでもそれは体調に関してであって人格に関しては原因不明なのだ
「その建物に関しては後でホテルの人に聞くとして、恭ちゃんの体感で頂上との温度差って感じたの?」
俺も真央も送迎バスに乗ってたとはいえ軽装。早朝の登山ではなく、季節も夏だからといって頂上の温度が低くないというわけではない。加えて俺はジャケットを羽織っていて温度調節が可能。対して真央はTシャツ一枚で温度調節は不可能。もしかしたら温度差が原因だったのかもしれない
「俺的には大して温度差は感じなかった。まぁ、ジャケットを羽織っていたってのが一番大きかったと思うが、真央も真央でTシャツ一枚だってのに寒がってる素振りは見せなかったぞ」
山自体の高さが大した事なかったおかげなのか真央が寒がっている素振りは見せなかった。つまり、温度差というのは差ほど感じてなかったのではないか?
「そう。じゃあ、温度差によるものじゃないね」
東城先生の考えじゃ真央が体調を崩した原因は温度差によるものだったらしい。さすが教師といったところか、山に関する知識も多少持っているようだ
「多分な……」
頂上で見た建物が真央の体調が崩れた原因じゃないかと思う。とは言わなかった。真央が来る前から家に同居している連中と由香だけなら躊躇う事なく候補の一つに上げる。邪険に扱うというわけではないけど、茜と真央という二人の人気声優の前じゃとても言えない。彼女達に信用がないとかじゃなく、情報漏れの観点からお袋の存在やそれに準ずるものの存在は言いたくないのだ
「そうなると原因不明じゃないでしょうか?」
「闇華ちゃんの意見に賛成。山の温度差じゃないとしたら他に原因があるはずだよね?恭」
闇華と由香の意見は的を射ていた。彼女達の言うように原因……となりそうな事は別にある
『きょう~、真央ちゃんと見た建物の事は茜ちゃんはもちろん、零ちゃん達にも言っちゃダメだよ~?』
俺が口を開く前に建物の事は言うなと言うお袋。あの建物に何があるというんだ?つか、この場には零達もいるんだぞ?目の前で言っちゃダメとか建物の事とか言っていいのか?
『大丈夫だよ~、今お母さんの姿が見えて声が聞こえるのはきょうだけだから~』
もしかしなくても……
『当たり~、霊圧コントロールできょうにしか認識されないようにしてま~す』
やっぱり……。霊圧って便利なんだな
『まぁね~』
とりあえず、ここは適当に言っておくか
「他に原因があるとしたら精神的疲労じゃねーか?真央の場合、付け回されたり、住む場所が変わったり、新しい場所に住んだと思ったら旅行に来たりと心休まる暇なんてなかったと思うしな。それよりも休憩にしないか?さすがに疲れた」
このまま真央が体調を崩した原因を探っていても埒が明かず、俺としても建物の事を隠し通すのはキツイ。隙を見計らってトイレにでも駆け込んでお袋から詳しい話を聞くべく休憩を提案した
「いいんじゃない?このまま話し合っていても堂々巡りになりそうだし」
「琴音の言う通り。話し合っていても無駄に時間を消費するだけ。私は恭ちゃんの意見に賛成。ね?みんなもそう思うよね?」
東城先生が零達へ同意を求めると彼女達は無言で首を縦に振った
「満場一致って事で休憩な」
休憩が決定し、一息つける。そう思っていた
「それなら貴方はここから出て行ってくれないかしら?」
黙っていた真央から強烈な一言。男嫌いな今の彼女にとって男と同じ空間にいるというのは耐え難い苦痛でしかなく、出ていけと言うのも解かる。そんな彼女に噛み付く人物が一人─────
「アンタねぇ! 病人だからって言っていい事とと悪い事があるでしょ!!」
零だ。病人でも言っていい事と悪い事があるっていう意見には賛成だが、今の俺にとっては部屋から出ていく口実としてこの言葉は都合がいい
「そうですよ! 真央さん! 今のは酷すぎます! 恭君に謝ってください!」
零に続き闇華も真央に噛み付いた。何となく周囲を一瞥すると行動を起こしてはいないけど、思うところはあるようで琴音達も真央を睨んでいる。収拾がつかなくなる前に止めるか
「零、闇華、止せ。今の真央は男嫌いで俺に対して嫌悪感しか抱いていない。出て行けと言うのは当たり前の事なんだ」
ここは俺の部屋だから本来出ていくのは真央の方だ。今回ばかりはそう言ってくれた方が口実か出来て都合がいいから助かるけど
「でもッ……!」
「今のは酷すぎます!」
零と闇華が俺の為に怒ってくれるのは嬉しい。だが、お袋の話というのも気になる。だから……
「いいんだ。それより、真央の相手頼むわ」
誰に言うでもなく、零達に真央の相手を任せ、俺は部屋を出た
「さて、どこか落ち着ける場所はないものか……」
部屋を出た俺は落ち着ける場所を探していた。ホテルのロビーにある休憩スペースに行くのもアリっちゃアリだ。これから幽霊のお袋と話をするって事を除けば
『それなら海にでも行く?』
海か……。確かにあそこなら落ち着けはする。ただ、昼間の海に一人で男一人……。その男が独り言を言っているとか……危ない奴だと思われても仕方ない
『でも、喫茶店とかよりはマシでしょ~?』
お袋の言うように喫茶店とかよりはマシだ。店員に聞かれる心配もないし
『なら海へレッツゴー』
お袋の提案により俺は海へ向かった
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