「白々しいな。琴音にだって幽霊見えるんだから二人が俺と一緒にいるって知ってるだろ」
「それを言われたら何も言い返せない。それで?恭くんは私に何を聞きたいのかな?」
柔らかな笑みを浮かべる琴音は優しい口調で問いかけてきた。彼女に聞きたい事はそれなりにある。予告よりも早く塚尼先生が姿を消した理由、次のターゲットに俺を指名した理由、琴音がここにいる理由と軽くピックアップしただけでも三つ。談話室にいる連中には五分程度で戻ると言ってある。一つ一つの疑問に対し、説明を求めてたら五分じゃ足らない。ここは塚尼先生が姿を消した時間が予告よりも早かった事と次のターゲットに俺を指名理由だけ聞いておくとしよう
「塚尼先生が姿を消した時間が予告よりも早かった理由と次のターゲットに俺を指名した理由だ。本当はここにいる理由も聞きてぇが、五分したら戻るって言ってあるんでな。チンタラしてる暇ねぇんだわ」
姿消した塚尼先生がどこで何してるかは聞かない。謎解きの答えを先に知ったら面白くないからな。これだけは自分の────いや、自分達の力で見つけ出す
「ふ~ん、理由を求める恭くんにしては珍しいね。てっきり姿を消した塚尼先生がどこで何してるか聞いて来ると思ったのに」
「本当だったらそれも聞くんだが、謎解きの答えを教えてもらっても面白くねぇだろ?それくらい自分達で見つけるさ。それより、塚尼先生が姿を消した時間が予告よりも早かった理由を教えてもらおうか?」
予告じゃ姿を消すのは零時。だが、実際は二十三時半。三十分も誤差があった。琴音は名前だけ見るとドジっ子だけど、彼女の日頃の仕事ぷりを見ていると時間を間違えるとはとても思えない。だから何か裏があるはずだ
「予告よりも早かった……か。恭くんは私が時間を間違えたと本気で思ってる?」
琴音は嘲笑うかのように俺を見据える。俺が時間を間違えたんだと言われているような気がしてならない
「何が言いたい?」
「別に?ただ、恭くんは私が本気で時間を間違えると思ってるか聞いただけだよ?」
イタズラが成功した子供のようにクスクスと笑いながら俺に視線を向ける琴音。彼女は何が言いたいんだ?
「間違えるとは思ってぇよ。予告よりも早かったから少々驚きはしたけどな」
とは言っても誤差は三十分。取るに足らないと言われてしまえばそれまでだ
「ふ~ん、それは恭くんが私を信頼してくれてるって受け取っていいの?」
「何を今更。信じてなきゃ部屋の事なんて任せねぇよ」
「ふぇ!?」
さっきまで魔性の女オーラ全開だった琴音の顔が一気に赤くなる。俺は何か変な事言ったか?
「ふぇ!?って何だよ……。つか、顔赤いが大丈夫か?」
「あ、うん!大丈夫!そ、それで、恭くんが私を信頼してくれてるって話だったよね?」
「違う。塚尼先生が姿を消した時間が予告よりも早かった話だ」
「え?あ、そ、そうだったっけ?」
「そうだよ。ったく、大丈夫か?」
「だ、大丈夫大丈夫!」
口では大丈夫と言う琴音だが、俺には恥ずかしがってるようにしか見えない。手で顔を仰ぎながら言われても説得力がないぞ?
「ならいいんだが……それより、話の続きだ。塚尼先生が姿を消した時間が予告よりも早かった理由を教えてくれないか?」
「う、うん……え、えっと……ど、どこまで、は、話したっけ?」
琴音の顔は未だに赤く、口調もたどたどしい。何が恥ずかしかったんだ?
「琴音が本気で時間を間違えると思っているのか?ってところまでだ」
「そ、そうだったっけ?」
そうだったっけって……もう呆けが始まってんのか?
「そうだよ。んで?塚尼先生は何で予告の時間よりも早く姿を消したんだ?」
予告どおりなら姿を消すのは零時だった。しかし、実際に姿を消したのは二十三時半。いや、それよりも五分か十分くらい前。どう考えたって変だ
「その説明をする前に確認していいかな?」
琴音の顔は先程よりは赤みが引いたが、まだ頬がほんのり赤く、場所が場所だったらこれから告白されるのではないかと勘違いしそうだ
「あ、ああ……」
「恭くんは談話室の時計を見て塚尼先生がいなくなったを二十三時半だって思ったんだよね?」
「ああ。飛鳥と談話室に行って時間を確認したら二十三時半だった。実際に塚尼先生が姿を消したのはもっと早い時間……多分、二十三時二十五分とかそのくらいじゃないかと思ってる」
飛鳥と談話室に行ったのは塚尼先生が姿を消した後だから事が起きた正確な時間は分からない。ただ、談話室で時間を確認したら二十三時半だったってだけの話で
「ふーん。なら恭くんは塚尼先生が姿を消した正確な時間は分からないんだ」
「ああ。部屋には時計がない上にスマホは藍に預けてる。俺────いや、俺達には時間を確認する手段がない」
「それは知ってるよ」
知ってるなら聞くな
「なら聞くな。で?どうして予告の時間と実行した時間に誤差が生まれたんだ?」
「それは簡単。談話室の時計を遅らせたから」
「遅らせた?どういう事だ?」
「本当は時間を遅らせる予定はなかったんだけど。私達にとって予想外の事が起きちゃってね、急遽談話室の時計を遅らせる事にしたんだよ。恭くんならそうした理由分かるよね?」
琴音が薄い笑みを浮かべながら見つめてくる。問いかけ────というよりは同意を求めていると言った方が正しいか。琴音は何を思って時間を遅らせるだなんて面倒な真似をしたのかは分からない。予定外だと言っていたけど、何が予定外だったと言うんだ?
「分からねぇよ。俺は仕掛ける側じゃねぇからな」
「だよね……はぁ、これが恭くんじゃない子だったら時計を弄るだなんて面倒な事しなくて済んだのに……全く、いつもは頼もしいと思う君の警戒心もこんなに厄介になるとは思わなかったなぁ……」
遠い目をしながら天井を仰ぐ琴音が重要な仕事を終えたサラリーマンと重なる。もっと言うなら重大なプロジェクトが失敗したサラリーマンだ。それくらい琴音の姿に哀愁が漂って見える
「警戒心って……俺は警戒心が強い方じゃないぞ?ただ、物事には理由があると思ってるだけだ」
「そうかな?私的には警戒心が強い方だと思うよ?」
「そうかい。よく分かんねぇや。んで?何で談話室の時計を遅らせたんだよ?予定外の事が起きたのは解かったけどよ、だからって談話室の時計を遅らせる事はなかったんじゃねぇの?」
俺は時計に関する知識が全くないから詳しい事は分からない。だが、一つ言えるのはデジタル時計や梁時計と違って振り子時計等の昔からあるような時計は簡単に弄れるものじゃないという事だ。聞いた話によると昔からあるような時計というのは複雑な構造をしているとかなんとか。
「さっきも言ったでしょ?恭くんじゃない子だったら時計を弄るだなんて面倒な事しなくて済んだって。回りくどく言っても仕方ないから直球で言わせてもらうけど、恭くんが昨日のお夕食でカレーを食べてくれたら私────いや、私達だってこんな面倒な事しなかったよ。私達にとって恭くんがカレーを食べなかったのは正直、予定外の事だった」
予定外の事って俺が昨日の晩飯食わなかった事かよ……。散々結論を先延ばしにしてきた割に理由がショボい。俺は思わず頭を抱えそうになった。あまりのアホらしさに俺は……
「理由ショボくね?」
と思った事がうっかり口から出た。犯行時間を誤認させるとかなら分かる。自分のアリバイを作る上で誤認させるのは割と重要だしな。でも、俺が夕食のカレーを食わなかっただけで時間を遅らせられたなんて答え合わせの時に言えるか?言えないだろ。
「ショボくないよ!他の子だったらお部屋から出てこないだろうって事で見逃せるけど、恭くんを始めとするイツメンと瀧口君達は幽体離脱できるんだよ!?万が一お部屋から出られたら塚尼先生もそうだけど、これから隠れる人がどこに隠れるか分かっちゃうじゃん!」
頬を膨らませながら幼い子供のみたいに怒る琴音。口には出してないが『も~!恭くんのバカ!』って聞こえるのは気のせいか?それとも病気か?それは置いとくとして、今の発言で俺が次のターゲットに指名された理由も何となく解かった。きっとどこかに隠れた先生達を楽に見つけさせないためだ
「分かっても隠れてる場所を言うとは限らないだろ?俺はこういう学校行事が面倒だと思ってる人間だぞ」
学校行事は面倒だ。特に旅行的行事。学校祭、体育祭といった準備に日数を要し、本番は一日だけのものなら準備期間中、文句を言われない程度にサボればいい。俺一人がサボったところでやりたい奴や実行委員が勝手に準備してくれるから気楽なモンだ。旅行的行事はそうはいかない。旅行中のレクは練習なしのぶっつけ本番でしおりを見りゃ何時にどんなレクをやるってのは書いてあるが、大抵が移動した先とか夕食の後とか抜け出すタイミングがなく、抜け出したとしても口実によっちゃアフターケアが必要となる。本当に面倒でしかない事を他の連中はどうしてできるのか不思議なモンだ
「面倒だって言いながらちゃんと参加してるよね」
「仕方ないだろ。今日に限って言えば瀧口に叩き起こされたんだから」
「あ、あはは……」
「あははじゃねぇよ。ったく、次のターゲットに俺を選んだ理由は何となく解かるが、わざわざメッセージ残すなよ……」
「ご、ごめんね?」
俺は苦笑しながら謝罪の言葉を口にする琴音を睨む。謝るくらいなら最初からするなという気持ちよりも先に出たのが狙うなら予告なんてするなって思いだ。ゲームじゃ予告を出したのは最初の被害者のみで残る被害者は予告なし。探索しなくて済んだが、今の状況も面倒ではある
「今更謝られても遅いっつーの!」
「あ、あはは……それより談話室に戻らなくていいの?」
「まだ五分経ってないだろ」
「え、えーっと……」
気まずそうにしながら琴音はスマホを取り出し、こちらに差し出した。待ち受けが俺なのは突っ込まないでおくとしてだ、画面には十三時と表示されていた。起された時に瀧口が昼飯がどうのって言ってたっけ?その時点で十二時は過ぎてると思ってたが、もう昼過ぎか……時が経つのは早いなぁ。つか、何で琴音は気まずそうな顔してんだ?
「もう昼過ぎか……時間が経つのは早いな」
「そうじゃなくて……」
「何だよ?」
「もう戻らないと五分経っちゃうよ?」
俺は琴音の言葉を聞いて思考が停止した。琴音は何て言った?戻らないと五分経つ?嘘だろ?
「嘘だろ?」
「本当。私、恭くんが談話室出てからずっと付けてたから知ってるけど、君が談話室を出たのが十二時五十分。ここへ着いたのが同五十五分。で、今が十三時。多少誤差があったり、恭くんは時計の類を一切持ってないから適当に言い訳すれば誤魔化せると思うけど……早く戻った方がいいんじゃない?」
背中に嫌な汗が伝う……なんて事はなかった。俺は談話室にいる連中に五分程度したら戻るとは言ったが、五分後キッカリに戻るとは一言も言ってない。時計も持ってねぇし俺の体内時計じゃ今がちょうど五分なんだって言えば言い包められそうだしな。それより、琴音と一緒にいるところを見られるのが一番ヤバい。瀧口達や飛鳥、由香はもちろん、灰賀女学院の生徒達に見られたら面倒事が増える。俺がやる事は一つだ!
「ああ、そうする。琴音も俺以外の奴に見つからねぇよう気を付けろよ?」
「うん!」
俺は琴音に注意を促すと全速力で走り、談話室へ戻った
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