「零ちゃん!」
「闇華だ!」
飛鳥の荷物を無事に受け取った俺達はベッドには行かず、部屋のど真ん中にて現在進行形で顔を突き合わせ舌戦を繰り広げている。議題は零と闇華のどっちを揶揄うかだ
「私は零ちゃんの地団駄を踏んでるところが見たいの!」
「その姿を俺は一回見ている! 闇華のオドオドした顔の方が絶対に面白い!」
客観的に見るとアホかと思えるくらい幼稚な言い争いをしていると思う。だが、俺達は大真面目だ
「零ちゃんの地団駄の方が面白い!」
「いーや! 闇華のオドオドだ!」
誰も来ない密室で異性と二人きりだというのにやってる事は子供の喧嘩レベルの言い争い。高校生にもなって何やってんだってと呆れられても仕方なく、ここに東城先生がいようものなら冷たい声でくだらない事で喧嘩しないと言ってるだろう
「恭クンの分からず屋!」
飛鳥は剥れてそっぽを向く。普段は何から何まで男っぽいのにここで女の一面を出すのは卑怯じゃないか?ったく、そんな顔されたら俺が折れるしかないじゃないか
「分かったよ、俺が悪かった。揶揄うのは零からでいい」
「本当!?」
「ああ」
「やった!」
さっきまでとは一変し、眩しいくらいの笑みを浮かべる飛鳥。本当に卑怯だ
「零を揶揄うのはいいが、最初と同じ手は使わないぞ?」
最初に使った手は油断している零にいきなり話し掛けるという幼稚園児でも思いつくような単純な手だった。飛鳥は初めてでも俺は二回目で同じ手を使ったのでは面白味に欠ける
「うん! それで?どうするの?」
悪戯を思い付いた子供。今の飛鳥を例えるならこれに尽きる。実際、人を揶揄って遊ぼうとしているから例えもクソもないか
「作戦ならある」
「どんな?」
「メリーさん作戦」
「メリーさん作戦?」
メリーさん作戦、都市伝説に出てくるメリーさんは対象に電話を掛け、現在地を教え、最終的には後ろにいますってオチだ。今回はそれに倣い、分刻みで電話は掛けないものの、部屋の前あたりから始め、浴室、トイレと零を振り回し、最終的にはベランダにいると告げ、実際は部屋のどこにもいませんでしたー! ざまぁみろ! と締めくくり終わる
「ああ。最初は零を部屋の外へ誘導し、その後は浴室、トイレと零を振り回して最終的にベランダへと誘い込む。んで、実際には部屋のどこにもいねーよ! バーカ! って言って終わりっていうシンプルな作戦だ」
思い付いた時は我ながら完璧な作戦だと錯覚したけど他人に説明したら何だろう……、小学生でも思いつくようなしょうもないイタズラだ。我ながら思考回路が子供染みてる
「恭クン、零ちゃんを揶揄いたいって言った私も他人の事言えないけど、発想が小学生だよ……」
言うな飛鳥。自分でもそう思ってたところだから
「悪かったな、発想が小学生でよ」
さっきは飛鳥が剥れてそっぽ向いたが、今度は俺がそれをする番になる事になってしまうとは……。男の方が女より上だなんて言わないけどよ、これはさすがに恥ずかしすぎるだろ……
「悪くないよ、私はそんな恭クンに守ってもらったんだもん」
そう言って彼女は後ろから俺を深く抱きしめ、頭を撫でてくる
「子供扱いすんなよ」
気恥ずかしさから意地を張る俺。本当は解っている……。零と闇華、飛鳥や双子の一件で痛感させられてる。大人の力を借りないと何もできないガキだって事くらい
「私からすると恭クンは子供だよ」
子供か……、東城先生とか親父に言われるならまだしも飛鳥には言われたくねーな……
「大人ぶってるけど俺と歳の差たった二歳だろ」
これはお姉さんぶってる飛鳥に対して俺のせめてもの抵抗だ
「私と恭クンは二歳も歳が離れてるんだよ」
「どっちだって同じだろ?歳の差が二歳ってのは変わりないんだからよ」
「それは今だからそう言えるんだよ」
「かもな。それより、零を揶揄うのどうする?やるか?」
最初は零と闇華のどちらを揶揄うかで言い争い、俺が折れる形で零に決まり、最初と同じじゃ面白くないという事でメリーさん作戦だなんて発想が小学生並みの作戦を立てた。それを飛鳥に伝えた結果は……言わなくても分かるだろ?
「止めるよ。そんな気分じゃなくなっちゃったし」
「だな。んじゃ、ごろ寝でもすっか」
零を揶揄う気満々だった俺達の興は冷め、二人でベッドへ。この表現やらしいな……
「恭クン……」
「飛鳥……」
向き合う形でベッドへ寝転んだ俺達はどちらともなく手を握り合い、聞こえるのは波の音のみ。二人しかいない現状がそうさせているのか、この部屋の雰囲気がそうさせているのかは分からない。分かるのは普段の俺ならしないであろう事を何の恥ずかし気もなくしているという事実だけ
「恭クンはさ、どうして星野川高校に入学したの?」
唐突に飛鳥から出たのは俺がなぜ星野川高校に入学したのかという質問
「どうしてって、俺の言動を見てたら知ってるだろ?部屋に引き籠ってたからだ」
本当は部屋に引き籠っていたからだけじゃない。普段は人の名前使って遊んでる連中が学校行事でのみバカみたいに自分達は仲間だ、自分達は友達だと戯言を言うのにウンザリしていたからだ
「本当にそれだけ?」
「何が言いたいんだよ?」
「本当はそれだけじゃないんじゃないの?」
さすがに年上だけあって鋭いな
「何を根拠に……」
「根拠はないよ。でも、恭クンは困っている人を見捨てないでしょ?出会って間もない私の事を助けてくれたしさ」
俺は飛鳥を助けてなどいない。爺さんが偶然トラックドライバーを探していて偶然飛鳥の家族を始めとする連中が家の前に段ボールハウスを作っていた。俺は爺さんにトラックドライバーを紹介し、邪魔なホームレス連中を追い出したに過ぎない
「全部偶然だ。零達を拾ったのも、飛鳥の親父を始めとする失業者共に仕事を紹介したのもな」
同居人達との出会いは全て偶然の産物。零を拾ったのも、飛鳥を引き取ったのもな
「そうかな?私はこうなる運命だったと思ってるんだけど」
運命……か。その言葉は嫌いじゃない。まぁ、信じてもいないけど
「飛鳥がそう言うならそうなんだろ。俺にはよく分からん」
同居人達との出会いが運命だったとしたら俺達はこれからどうなっていくのだろうか?出会いがあれば別れもある。いつまでも今の場所に住み続けられるかと聞かれれば必ずしもそうとは限らない
「もうっ! 恭クンはロマンってものが全く分かってないんだから!」
「俺にロマンなんて求めるな。生憎ロマンチストじゃないんでな」
俺がロマンチストだったら……おえぇぇぇぇぇぇ、自分で想像しといてなんだが気持ちわるッ!
「夜な夜な抜け出して一人で星を見に行くクセに……」
星を見に行くのとロマンチストなのは無関係なんだよなぁ……
「うっせ、星を見に行くのとロマンチストは関係ないだろ」
「素直じゃないなぁ……」
俺が素直とか気色悪すぎるだろ……。親父と爺さんの女装姿並みに
「悪かったな……、素直じゃなくて……」
「う、ううん……、私はそんな恭クンがす……」
長旅のせいで疲れたのか、飛鳥は何かを言いかけて寝落ち。俺もそれに釣られて寝落ちしてしまった
きょうと飛鳥ちゃんのイチャイチャが寝落ちという形で終わり、私と紗李ちゃんは暇だったのがさらに暇になった
『あらら~、きょうと飛鳥ちゃん寝ちゃったね』
『ですね。これからどうしましょうか?早織さん』
普段はテンションが高い飛鳥ちゃんの相棒?守護霊?の紗李ちゃんがどうするか聞いてきたけど、そんなの私が知りたいよぉ~
『どうするも何も私達は物に触れられないわけだし~、ここできょう達が起きるのを待ってるしかないよ~』
『ですよね~』
私達の目の前にはスヤスヤと寝息を立てるきょうと飛鳥ちゃんがいる。飛鳥ちゃん限定で言えばきょうの隣で寝られるだなんて羨ましいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~!!
『うん~、まぁ、ここから出て他の部屋を見に行こうと思えば出来るんだけど、その間にきょう達が起きたら大騒ぎになるでしょ~?』
きょうの事だから大騒ぎはない。でも、心配して探し回るはず。探してくれるよね?大丈夫だよね?お母さんはきょうを信じるよ?
『冷静な灰賀君でも取り乱す事あるんですね!』
紗李ちゃんはきょうを何だと思ってるのかな?
『そりゃ、きょうだって人間だからね~、取り乱す事くらいあるよ~』
『是非その話聞きたいです!!』
紗李ちゃんはさっきよりも大きい声で言う。こんな大声で騒いでたら普通は起きるんだけど、私達は幽霊で一応、きょう達とは意思疎通が可能なんだけど、今みたいに寝てたりするといくら騒いでも当のきょう達に私達の声は全く届かない
『いいけど、きょうには内緒ね~?』
『もっちろん! 怒らせて押しつぶされたくありませんから!』
言ってる事は情けないんだけど紗李ちゃんの言い分は痛いほど分かる。それだけきょうの持つ霊圧は強大なんだよね~
『じゃあ、きょうが初めて虫を見た時の話でもしよっかな』
きょうが初めて虫を見た時────言い換えるときょうが初めて取り乱した時の話。きょうからすると覚えていたくない、思い出したくもない事なんだろうけど、私的には可愛いきょうの一ページだからずっと覚えていたい事
『お願いします!』
紗李ちゃんの目が活き活きしているのはどうしてかな?きょうが取り乱した=きょうの弱点じゃないんだよ?ま、母親である私はきょうの弱点を知ってるけどね~
『うん。きょうがまだ幼稚園児の頃なんだけどね~、その頃から外に出たがらないきょうを上手い事言いくるめて外で遊ばせたんだ~』
あの時は本当に苦労したなぁ~……
『灰賀君って幼い頃からインドアだったんですか?』
『まぁね~、外で遊ぶと言うよりもずっと家で特撮ドラマ見てた~』
他の子はバンバン公園デビューを果たし、外で遊んでいたというのにきょうは公園デビューをしてから外で遊んだ回数は数える程度。しかも、片手で
『そ、それでよく今までやってこれましたね……』
『本当に不思議だよね~』
不思議な事に幼い頃からインドアだったきょうだけど、集団行動は出来ていた。幼稚園に入る前は藍ちゃんとか他の子に遊んでもらっていたから人と関わる機会が全くなかったわけじゃない。遊ぶ場所が家だったのが傷だけど
『それより! 灰賀君が取り乱した時の話です! 結論! 結論を教えてください! 過程はいいです!』
この子はせっかちさんなのかな?
『紗李ちゃんって実はせっかちさん?』
『いえ! 早織さんが灰賀君の話をし出すと長いと思っただけです!』
バッチリ見破られてる……。
『紗李ちゃんってエスパー!?』
『普段の早織さんを見ていれば誰だって気づきます! ちーちゃんですら気づいてますよ! それより! 灰賀君が取り乱した時のエピソードはよ!』
ワクワク! きっとアニメだとこんなオーラが見えそうなくらい期待に満ち溢れた目で私を見る紗李ちゃんは女子高生みたいに見えてしまい、私も老けたなぁ~と泣きたくなる思いで一杯だった。女子高生の時に亡くなっているから精神の成長がそこで止まってるとも言えるんだけどね~
『はいはい、きょうが初めて虫を見た時はね~────────』
幼き日の息子の話なんて本人が起きてる時には絶対に出来ない。だって、その話をして万が一きょうに疎まれたら私は二~三日沈んでしまうかもしれないから
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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