集団の中にいるのは苦痛……とまでは言わないが、得意ではない。多種多様な人間がいるのは世の中的にはいい事だとは思う。集団の中にいるとどうしても避けられないのが意見の対立だ。意見が割れるとマジで面倒だ。互いに譲り合うという事をせず、決まるまで対立し続ける。全く、集団は面倒だぜっ! なんて思っていた俺なのだが、今だけは集団の中にいたいと思う。何でかって? それはだな────
「はぁ……」
「恭、そんなにあたしと一緒にいるの嫌?」
「嫌だったら使えるもの全て使って逃げてる」
闇華の日が終わり、今日は由香の日で不幸な事に休日。いつもなら大はしゃぎで布団と新婚生活を謳歌────もとい、二度寝をしているのだが、もう一人の俺が作った灰賀恭当番制度がそれを許さない。まだ家に閉じ込められてるだけだったらよかったのだが、由香たっての頼みで実家に帰省している。つまりだ、俺は今、実家にいるわけで……リビング内には俺達だけだが、何とも言えない気まずい空気が流れる。幽霊達は例によって不在。終わりだ……
「そっか……」
哀愁漂う雰囲気で苦笑を浮かべる由香。今までは気まずさなど微塵も感じなかった。中学時代の事は水に流したわけじゃないが、穿り返す事でもないので口には出さないし、失った物────いや、失ったもの以上のものを手に入れたから咎める気もない。気まずさを感じるのは場所の問題だろう
「ああ。それにだ、嫌いなら同居を許したりはしないし、学校でも無視を決め込んでいる」
「そっか……」
「ああ。まぁ、一クラス辺りの人数少ないからどこまでできるかしらんけどな」
星野川高校の一クラス辺りの人数的な意味で完全に関わらないというのはほぼ不可能だろうが、嫌なモンは嫌なんだ。教師連中に何を言われようと無視を決め込む。灰賀恭はそういう人間だ。学校でガン無視されるという事は当然だが、家でもガン無視。と、俺が嫌いな人間に対してどういう態度を取るかは置いといてだ、どうして俺は実家に呼ばれたのだろうか?
「義姉として、恭の事が好きな一人の女としては過去の事があっても完全に無視は勘弁してほしいかな……」
「それはそん時の気分次第だ。ところで、どうして俺はここへ呼ばれたんだ?」
由香と一緒にいるのは別に嫌ではない。かと言って良くもないがな。それよりもここに呼ばれた理由だ。俺は呼びつけられるような事はしてないし、帰省したいとも思ってなかった。だから呼ばれた理由が全く分からない
「お義父さんとお母さんが恭と仲直りがしたいんだってさ」
「仲直りって……別に喧嘩してないんだが……」
親父達と喧嘩した覚えなどない。直近と言っていいのか分からんが大喧嘩したのなんてゴールデンウィークの時くらいだ。それだってかれこれ四か月は経過している。もし仲直りがそれだったとしたら今更だ。親父達の夫婦仲がどうなろうと俺の知った事ではないし、特別興味もない
「ゴールデンウィークの事で仲直りしたいんだってさ」
「はぁ……今更過ぎるだろ……何ヶ月経ってると思ってるんだよ……」
マジで今更過ぎる。ゴールデンウィークが終わってから四か月だぞ? その間にそういう話をする機会はいくらでもあった。その話を持ち出されたところで俺の答えは変わらないんだけどよ
「あたしもだけど、お義父さんとお母さんは恭と本当の家族になりたいんだよ」
本当の家族って……俺は別にそんなの望んでないんだが……再婚しようと何しようと親父の人生だ。決めるのは親父で俺が口を挟む権利はない。身も蓋もない話をするとだ、家族なんて言っても所詮は他人同士。本当の家族になんてなれはしない。一枚の書類を役所に提出すれば家族と認められ、一枚の書類で家族ではなくなる。家族なんて書類一枚でどうにでもなるんだ。本物を求める方がどうかしている
「書類一枚でどうとでもなるような関係に本当もクソもないだろ」
俺と早織じゃあるまい。魂で繋がっているとかならまだしも、俺と夏希さん、由香が本当の家族になんてなれるわけがない
「それはそうだけど……恭はあたしと家族になりたくない?」
「どっちでもいい。俺にとって繋がりの名前なんてあってないようなものだ。彼氏彼女もだが、家族と関係になど興味なんてねぇよ」
彼氏彼女なんて所詮は友達や同僚という曖昧な関係から一歩進んだもの。家族は好き同士なカップルが彼氏彼女からさらに進み、人によっては子を成しただけの関係。俺にとって家族というのはその程度のものであり、特に意味はない。だから本当の家族と言われてもピンとこない。それにだ、仲直りしたいと言ってる親父達はここへ来てから姿がなく、見せる様子もない。マジで仲直りする気があるのかと疑わしくなる
「恭……」
「帰るぞ」
俺は立ち上がり、リビングを出ようとした
「恭、待たせたな」
「お待たせしてごめんなさい……」
リビングを出ようとしたタイミングで運悪く親父達登場。今日は厄日か?
「ちょうど帰ろうとしたところだ。別に待ってねぇよ」
彼らを待ちきれなくなって帰ろうとしたわけじゃない。ただ、ここにいる意味がないから帰ろうとした。ただそれだけの話だ
「俺達とは話したくない……という事か……」
「そうなの? 恭君?」
悲痛な表情を浮かべる親父と夏希さん。話したくないとは一言も言ってないのだが……どうしてそうなるんだ……
「ちげぇよ。ここに長居する意味がないから帰るだけだ」
俺はどこにいようと誰に監禁されようとどうでもいい。衣食住と一緒にいる相手がちゃんとしていればそれでいい。居場所に拘りも興味もない
「恭、俺達がお前を呼んだ理由は由香ちゃんから聞いてるよな」
「ああ、聞いてる。俺と仲直りがしたいってな」
「その通りだ。俺は────俺達はお前と……」
「悪いが、俺は終わった話をするつもりはねぇし、興味もない。アンタが誰と再婚しようとどうでもいいし、止めるつもりもねぇ。再婚するなら勝手にしろ。アンタらが自分達は家族だってならそうなんだろよ。話がそれだけなら俺は帰る」
そう言って俺は親父の横を通り過ぎようとした。しかし────
「待ってくれ……俺達は恭────お前と話がしたいんだ」
親父に肩を掴まれてしまった
「話がしたいと言われても俺にはアンタとする話がない」
「お前にはなくても俺達にはあるんだ」
人間関係は煩わしい。自分の都合だけで相手を拘束する輩がいるからだ。一方的なワガママを押し付けようとする相手なら歯牙にもかけなければいい。周囲の人間だって相手にする価値はないと一蹴するだろうしな。だが、こういうのは別だ。当事者同士のみで済む話ではなく、第三者の余計な介入が入ってくる。要求されている方に全くその気がなくとも余計な人間の介入が入り、要求を呑まざる得ない。関係ない奴は黙っててほしいものだとつくづく思う
「アンタがどんな話があろと俺には関係ない。話は終わりだ。俺は帰る」
親父の手を払いのけ、リビングを出ようとする。だが────
「待って! お願いだから少しだけ私達の話を聞いて……お願いだから」
今度は夏希さんに引き留められてしまった。俺にこの人達とする話はないんだがなぁ……
「はぁぁぁぁぁ……」
俺の口から出るのは拒絶の言葉ではなく深い溜息。興味のない相手に引き留められると人間は二パターンに分かれる。激怒して怒鳴り散らしてからその場を後にする者と勘弁してくれよと呆れる者。俺は間違いなく後者だ。勘弁してくれ……ゴールデンウィークの話を今更しないでくれ……俺は失った物を取り戻した。それだけで満足なんだ
「そこまで私達の事が憎いかしら? 当然よね……娘にばかりかまけていて恭君の事を見ようとすらしなかった……憎まれて当然よね……」
「恭……済まない……」
「あたしもゴメン……あの時はどうかしていた……」
謝れとは一言も言ってないんだがなぁ……面倒臭がりな性格がここで災いしたか……。いや、もしかしなくても今日は厄日か? だとしたら不幸以外の何物でもねぇな
「まだ何も言ってないんだが……はぁ……」
今日何度目かになる溜息が出る。勘弁してくれよ……こういう問題って時間が解決してくれるんじゃねぇのかよ……その時は気まずくても自然と前みたいに話せるようになってるモンじゃねぇのかよ……だというのに憎いかって聞かれるとか……本当に何なんだよ……謝られてもどう反応していいか分かんねぇよ
「何も言わないって事はあたし達の事が憎いって事でしょ?」
「恭……」
「そうなの? 恭君」
今度は被害妄想ですか、そうですか……
「俺がいつ憎いって言ったよ……つか、本当の家族だか何だか知らねぇけど、高校生にもなって親の再婚にいちいち口出ししねぇし、新しく家族が増えたところで今までと何一つ変わらねぇだろ。ついでに言っとくとだ、家族間の喧嘩なんてのは長い目で見れば絶対に避けられねぇだろ。だから仲直りもクソもねぇし、アンタらが一方的に気まずさを感じているだけに過ぎねぇ。喧嘩の度に憎いか? って聞かれる方の身にもなってくれよ……」
どうして俺の周りにいる人間はちょっとした事でもすぐ重く捉えてしまうのかと思うとまた溜息が出そうになる。単なる家族喧嘩なのに憎いか否かにまで発展させられる方の身にもなってほしいものだ
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