「今何時だ?」
起きたら部屋が暗かった。帰って来たのが時間が何時か分からないから具体的に何時とは断言出来ないが、少なくとも一時間以上は経過していると見て間違いはなさそうだ
「飛鳥の精神が子供に戻っちまったのか……」
天井を見ながら俺は今の状況を整理する。飛鳥の精神が子供に戻ってしまった。俺がウザイ教師に絡まれるだけなら実害はほとんどない。が、実害が出てしまった
「神矢想子を早めに対処しないと本格的にヤバいよなぁ……」
自らの正義感を押し付けてるだけなら可愛い方だ。そのせいで一人の生徒が精神的になり身体的に異常をきたしたとなれば話は別。学校側が責任を持って対処しなければならいない。その学校側が動けない、動かないとなると生徒が動くしかない
「動くっつったってどうすりゃいいんだよ」
生徒が動くと言っても簡単じゃない。正規の教職員であれ、パートであれ下からの力を持って一人の教師をクビにするのは簡単じゃなく、署名だったり、保護者からの抗議文だったりと必要だ
「署名を集めるって言ってもなぁ……。はぁ……」
星野川高校は一クラスの人数は微々たるもの。一年生はクラス三つでようやく普通高校で言うところの二クラス+α。二年生、三年生はどうなのかは把握してないが、多分、一年生と同等の人数かそれよりも少ないと思う。中には両親と離れて暮らしているって奴がいてもおかしくはない
「俺一人が考えても仕方ねーよな……」
俺一人で考えて何とかなるならとっくの昔にそうしている。そうじゃないから困ってる
「コーラでも飲むか」
枕もとにあったスマホを手に取り時間を確認すると現在午前一時。どうやら俺は昼頃布団に入ってからずっと眠りこけてたらしい。道理で喉が渇くわけだ。寝ている零達には悪いがスマホのライトを点け、周囲を照らしながらキッチンへ
キッチンに着いた俺は缶コーラが入ってる冷蔵庫へ。
「零達は飛鳥の事知って泣いたのか?」
ライトで周囲を照らした時、零達の顔を横目で見た時に見えた涙の跡。涙を流していた理由が笑い過ぎによるものなのか、それとも、飛鳥の事を知ってのそれなのか今の俺に知る術はない。
「はぁ……」
本当は缶コーラ一本飲んで寝るつもりだった。明日も学校だ。飛鳥は多分欠席するだろうが俺は違う。今日と変わらず登校し、授業を受ける。そんな奴が目が覚めたとはいえ夜更かしなんてマズイなんてのは十分すぎるほど理解はしている
「学校があるって頭で理解していても気持ちって追い付かないもんなんだな」
昨日まで同年代として普通に笑い、普通に話していた奴が今日、たった一人の人間のせいで壊れた。その人間の自己満とも取れる行動のせいで
「夜空でも見に行くか……」
昼は飛鳥の精神が子供に戻ってしまったという現実にどうしていいか分からず、不貞寝する形で眠りに就いた。目が覚めて多少なりとも考えが纏まったり頭がスッキリすると思ったらそんな事はなかった。俺はもしかして無意識のうちに事実から目を背けているのかもしれない
キッチンを出てそのまま出入口でスリッパを履いて外へとやって来た俺は一直線に駐車場を目指した
「まさか飛鳥が女だとバレるとは思わなかったよなぁ……」
駐車場へ来た俺は入学式の日、初登校の日と同様定位置に座って満天の星空を眺める。夜空を眺めていると自分や自分の周囲で起こった事がちっぽけだと思えるから不思議だ。実際はそんな事ないんだけど
「神矢想子か……」
飛鳥を精神的に追い込んだ女・神矢想子。ゴールデンウィークの俺も奴と同じ事をしていたのかもしれない。それを考えるとある種自分も奴と同類なのかもしれない
「あんな価値観を押し付けるだけの女と同類とか嫌だよなぁ……」
同族嫌悪。今の俺にはピッタリじゃないか……
「はぁ~……」
深い溜息を吐き、缶コーラを開け、一気に呷る
「うっぷ……」
一気に呷ったせいでゲップが出そうになるところをギリギリ堪え、若干肺のあたりに痛みが。だが、飛鳥はこれ以上に痛い思いをしたんだと思うとなんて事はない
結局アイデアが何も浮かばず終いの俺は部屋に戻り、ゴミを捨ててから布団に入り、寝た。起きたら飛鳥が元に戻ってくれているのを願って
「きょうおにいたん……おきて?」
布団に入り、いざ寝ようというところで思わぬ邪魔が入った。言うまでもなく俺を起こす飛鳥の声だ。その飛鳥だが、口調が学校で話した時よりも幼くなってるのは気のせいか?
「飛鳥か……どうした?」
身体は大人だったとしても精神は子供。アニメとかならキモオタが寄り付くようなキャラとして人気爆発間違いない。今の俺からするとコメントに困る厄介な奴なんだけど
「といれ……こわいからいっしょにきて」
六歳の時はどうだったんだ? 一人でトイレまで付いてきてほしいと言ってたのか?分からない……
「分かった」
布団から出た俺は零達を起こさないようにしながら飛鳥と共にトイレへ
トイレの前へ着き、俺は一瞬だが、このままリビングにある布団へと戻ろうと考えた。その考えは飛鳥の“おわるまでまってて……”という飛鳥の声で吹き飛んだ。夜の闇が怖くて一人でトイレに行けない飛鳥が一人で戻って来れないなんて考えるまでもない
「はぁ……ずっとこのままだったらどうすんだよ……」
ただの風邪なら一週間かそこらで治るから放置しておいてもいい。今の飛鳥は……単なる風邪と笑い飛ばすにはあまりにも大きく、あまりにも事態が重い
「俺も似たような事しちまったから強くは言えねぇけどよ……」
自分も飛鳥達を傷つけた人間だ。神矢想子に強くものを申せる立場にないって十分過ぎるほど理解している。俺のした事を知っていて同じ学校に通ってる人間ならきっとこう言う。“お前は神矢想子と同類だ”と
「あの女と同類は嫌だけど仕方ないよなぁ……」
俺は神矢想子と同類の人間だと認めよう。認めた上で俺に何が出来る? 出来る事なんて過去……ゴールデンウィークと同様に己が本能に任せて他者を傷つけるだけだろ? 飛鳥を守る為に神矢想子を傷つける? そんなの飛鳥を免罪符にしてるだけだ
「俺は……無力だ……」
俺は神矢想子と同類。それを受け入れ、今、自分に何が出来るかを考えた結果、皮肉にも自分の無力を自覚するとは情けない……。そんな自分が堪らなく嫌だ
用を済ませ、トイレから出てきた飛鳥とリビングに戻った俺は飛鳥の“きょうお兄ちゃんと一緒にねたい……、だめ……?”という上目遣い+発言に負けてしまい、同じ布団で寝る事になった。
「柔らかい……」
柔らかな感触で目が覚めた俺はその感触がする方を見る。隣には幸せそうな顔で寝ている飛鳥が
「そういや一緒に寝たいって言われたんだっけ……」
寝る前に飛鳥から一緒に寝てほしいと言われ、そのまま同じ布団で寝たのを忘れていた。ここに住み始めてからというもの、零と闇華に不安だから同じ部屋で寝てほしいと言われ、その要望に応えはしたが、彼女達の布団に潜り込んだ記憶はない。むしろ彼女達が俺の布団に潜り込んで来た記憶ならある
「夜中一緒にトイレ行った時点で戻ってなかったとこ見ると飛鳥は確実に今日欠席だな」
今日は登校日じゃない。正確には一年生の登校日じゃないだ。俺と飛鳥は学年登校日の他に木曜、金曜も登校しなきゃならないプランBで登録している。今日は木曜だから登校しなきゃいけないってわけだ
「とりあえず起きるか……」
現在時刻が何時かは分からない。元が映画館だから窓なんてなく、部屋の換気をしたい時は出入口のドアを開けなきゃならなくなる。それは置いといて、現在時刻が分からない。零と闇華が規則正しい寝息を立てているところを見るとまだ慌てて起きる時間ではないという事だけは理解出来る
「まずは起き掛け一杯のコーラだな」
寝起きで飲食をすると健康に悪いなんて話がある。それが本当か嘘かは定かではなく、信憑性に欠ける。そんな話があるって知ってても喉は渇く。今の話を頭の片隅へ追いやり布団から出ようとした
「きょうおにいちゃん、ずっとあすかのそばにいてね……」
幸せそうな顔をしながら寝ている飛鳥が俺の腕をガッチリホールドしていて起き上がる事が出来ない
「先が思いやられる……」
なんて言いはしたものの、幸せそうな顔をして寝ている飛鳥を起こせず、俺は飛鳥が自分から起きるのをジッと待った。学校?今日はどうせ登校日じゃねーんだ。サボったって問題はねーだろ
と、思っていたのが間違いだった。
じりりりりん! じりりりりん!
学校という単語を聞いた飛鳥が怯え、当たり前だが欠席するという話でカタが付いた。俺だけでも登校しようとしたのだが、飛鳥が俺と離れたくないと泣き叫び、それを見かねた東城先生は自分が学校に伝えるから今日の欠席を許可してくれた。学校側のミスだから当然公欠。だというのに……
「しつこいな……」
先ほどから電話が鳴りっぱなし。着信画面には『星野川高校』と表示されており、掛けてきている奴は神矢想子。初めて電話に出た時、神矢から『内田さんも灰賀君も元気なら登校しなさい! 私なんて多少の体調不良なら登校してたわよ!!』という身勝手極まりない話をされた
「きょうおにいちゃん? でないの?」
俺の服をキュっと握り不安そうに見つめてくる飛鳥
「出ないぞ。飛鳥も嫌だろ? 自分の話しかしない奴の話を聞くのなんて」
「うん、いや」
「だろ? だからいいんだよ。藍お姉ちゃんが休んでいいって言ってたんだから」
何の連絡もなく欠席するのはさすがにマズイ。今日は東城先生から許可を得て欠席しているから何の問題もない。それは教員間で情報が回ってるはず。にも関わらず神矢想子はしつこすぎる
「うん! じゃあ、あすかとあそぼ!」
本来なら飛鳥の親にこの事を報告し、過去の話を聞かなきゃならないが、当事者である飛鳥が離れない以上、それは困難だ。
「いいぞ。何して遊ぶ?」
飛鳥の親に報告するのは後でいい。優先順位的には一番上だが、飛鳥が離れないのなら仕方ない
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