『いつまで顔を赤らめてんだよ……』
今の俺達は幽体だから近所の人に不審な目で見られ、通報される心配は全くない。普通の人間には見えないんだからな。それでも何かを想像し、顔を赤らめている零達は見ていて気持ちが悪い
『まぁまぁ、きっと零さん達は恭さんのナニの大きさを想像して乙女の世界に入り込んでるんです。これくらいは許してあげましょうよ』
言ってる内容はともかく、どう見ても女子にしか見えない笑みを浮かべる蒼。そのナニについて詳しく聞くのは止そう。男の娘でも中身は親父や爺さんに負けず劣らずのオッサンだ。聞いたら後悔するのは火を見るよりも明らかだ
『そうかい。んじゃ俺は先に入る』
俺は現在進行形でトリップしている零達を放置し、家に入る事に。だが……
『恭ちゃん、私達を置いてくなんて少し薄情じゃない?』
家に入ろうとしたところで東城先生に止められる。薄情?違うな。昔からよく言うだろ?壊れたパソコンとヘソを曲げた人間、トリップした奴は放置しろって
『壊れたパソコンとヘソを曲げた人間、トリップしたヤツは放置するのが俺なんだよ。それに、少し確認したい事もあるからな』
ゴールデンウィークの一件以来俺は由香と話す機会はあったが親父や夏希さんと話す機会はなかった。一人暮らしを始めた時には親父にしょっちゅう電話をし、家具の確認や零達が同居するという報告をしていたが、今じゃそれもなし。それも込みで確認したい用件がある
『確認したい事?それって何?』
『まぁ、いろいろだ。とにかく、俺は先に行く』
『それって────』
東城先生が何かを言う前に俺は家の中へ入る。
『さてっと、この時間なら親父は起きてるよな……?』
家の中へ入った俺は親父が起きていると思い、リビングへ向かった。
「恭君、事故に遭ってまだ意識戻ってないのよね?」
「ああ。奇跡的に怪我は大した事のに意識だけ戻らないって同僚が言ってた」
リビングに入ると親父と夏希さんがテーブルに就き、俺の話をしていた。どうやらタイミング的にはバッチリだったみたいだな
「心配よね……」
「ああ、あの時以来まともに話せなくなってしまったとはいえアイツは俺の息子だからな」
親父の言うあの時とは言わずもがなゴールデンウィークの時だ。サンドバッグみたいにボコボコに殴ったにも関わらず俺の心配か……
『俺の事なんて忘れて義娘と義母の三人で仲良く暮らしてりゃいいものの……』
親父と夏希さんに届かないと知っているからか悪態を吐いてしまう。自分でも性格が悪いというのは自覚している。しかし、今の言葉は紛うことなき俺の本心だ
「私も同じよ。恭君には母とは認めないと言われてしまったけれど、私はあの子を息子だと、家族だと思っているわ」
今のは夏希さんの本心か?それとも、親父の手前そういってポイントを稼ごうとしてるだけなのか?
「夏希……済まない……俺があの時しっかりしていれば……」
「いいのよ、私も由香に甘かった部分があるから」
申し訳なさそうな顔をする親父と悲しそうに微笑む夏希さん
『これじゃ俺が悪い奴みたいじゃねーかよ……』
居たたまれなくなった俺はリビングを出て二階にある由香の部屋へ向かった
部屋の前に着くと中から嗚咽が聞こえてくる。
『何?もしかしなくても泣いてんのか?』
原因は分からない。今分かっているのは由香が泣いてるという事だけだ
『とりあえず入ってみるか』
普段なら由香が泣いてても俺は迷わず無視する。理由は興味がないから。それと俺にそこまでする義理も義務もないから。今回は部屋に無断で入ろうと気が付かれる心配がないから入る
「うっ、うっ……、恭……」
部屋に入るとあれまビックリ! ベッドに顔を埋めた由香が泣きながら俺の名前を呼んでるではありませんか!
『親父といい、夏希さんといい、由香といい……何なんでしょうねぇ』
親父も夏希さんも由香も切り捨ててきた人間だ。だというのに揃いも揃って俺の心配。マジで何なんだよ……
「恭……早く目を覚ましてよ……寂しいよ……」
『寂しいって、お前は友達たくさんいるだろ』
義姉とはいえ同級生の女子が自分の為に泣いてくれているというのに自分でも驚くほど冷静に突っ込みを返せた辺り俺の感覚はマヒしているみたいだ
「恭……このまま死んだりとか……ないよね……?そんな事になったらわたし……まだあの時の事謝れてないのに……家族になれてないのに……」
コイツ等揃いも揃ってゴールデンウィークの一件まだ引きずっているようだ。
『アホらし』
泣き続ける由香を後目に俺は部屋を出た。
『来たのは失敗だったか……俺一人留守番してりゃよかった』
部屋を出てドアの前で後悔の念が押し寄せてきた。親父の思い、夏希さんの思い、由香の思い。三人の思いを聞いた俺は考えなくてもいい事を考えさせられる羽目になった
『本当の意味で仲直り、した方がいいのか?』
許すと言ったらそこで終わりだ。自分は許されたと安心しきってしまうからだ。許さないと言っても同じだ。自分は許されないと諦めてしまうから。じゃあ、どうすればいい?許すとも許さないとも言わなければ相手は不安に駆られる。だが、それと親父達が俺をどう思っているかは別だ
『どうするかは目が覚めてから考えるか』
神矢が起こした騒動の時、お袋は俺の前に姿を見せた。どうやったかは分からない。分かっているのはやろうと思えば幽霊側から相手に自分の姿を見せる事が可能だって事だけだ
『後でお袋にやり方だけ聞いておくか』
俺はそのまま外へ出た。リビングへ戻るという選択肢もなかったわけじゃない。戻ると親父と夏希さんの苦悩を聞かなきゃならないから戻らないだけで
入る前と同様家の前に行ってみるとそこにいたのは沈んだ感じの碧以外の女性陣と苦笑いしている蒼とお袋だった。ちなみに碧は興味なさそうな顔で蒼の腕を抱いていた
『えーっと、何で零達は沈んでんだ?』
理由は大体察しがつく
『あ、あはは~、きょうが家に入ってから五分くらいした時に零ちゃん達が元に戻ったんだけど……ね?ほら、今のお母さん達って幽霊じゃない?』
『ああ、そうだな』
『それで……ね?一応、アルバムがある場所には行けたんだけど……』
『肝心のアルバムに触れる事が出来ず、俺の幼い頃の写真を見れなかったから沈んでるってわけか』
『当たり』
思った通り零達が沈んでる理由は昔の俺を見る事が出来なかったかららしい。当人である俺としてはガキの頃の恥ずかしい写真を見られなかったのについてはよかったと思う
『当事者としては昔の恥ずかしい写真を見られなくて助かった』
『あ、あはは~……』
『今度から自分の現状を確認してから行動を起こせ。この一言に尽きるな』
写真を見られなくて助かった。俺はあえてそれを口にせずに一言言うだけだった
それから俺達は大人しく家へ戻り、零達は自分の身体に戻ってから明日は学校があるという事で床に就いた。俺?俺は休みだからな! と、いう事で……
『再びここを訪れるとは……どうかしてるな』
再び実家へ来ていた。もちろん、一人で。目的は……まぁ、いろいろだ
『ったく、あんなモン見せられるだなんてな』
あんなモンとは由香がベッドに顔を埋めて泣いてる姿だ。特に興味もないのに再び実家を訪れるとは本当にどうかしている
『何でここに来ちまったのやら……』
深い溜息を吐いた後、俺は家の中へ入った。
『当たり前だけど暗いな……』
零達とここに来た時はまだ辛うじて電気が点いてる建物がチラホラあった。それが今じゃ暗い建物の方が多い。例に漏れずこの家も辺りは真っ暗。親父も夏希さんもとうの昔に寝ているだろうから当然の事と言えば当然の事だ
『とりあえず由香の部屋に行くか』
さすがにもう寝てるだろ。俺はそう思いながら由香の部屋へ向かう。
『さてっと、さすがにもう泣き止んでるだろ』
部屋の前に辿り着くと最初に来た時同様、部屋の中から嗚咽が聞こえてきた
『まだ泣いてるのかよ……』
よく泣くなぁ……と思いながら部屋のドアをすり抜け、由香の元へ向かった
「恭……恭ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
由香の元へ行くと最初と同じでベッドに顔を埋め泣いていた。
『よく泣くなぁ……』
最初は何なんだと思ったが、アレからそれなりに時間が経過しているとよく泣くなと逆に感心してしまう。本当にコイツはよく泣く奴だ。もしかするとあの時もこうして泣いていたのかもしれない
「恭……あたし、恭の為なら何だってする……だから……早く目をさましてよぉ……」
何だってするから目を覚ませと言われてもなぁ……今ここにいるんだけどなぁ……
『なんつーかアレだな。近くて遠いってのはこういう事を言うんだろうな……』
怪我は大した事ない。その理由は何故だか分からない。普通トラックに撥ねられたら一週間のケガじゃ済まないだろう。でも俺は全治一週間。その訳は後でお袋に聞こう。ついでに何でこうなったかもな。それよりも今は由香を慰める方が先だ
「恭……あたし、恭に伝えてない事があるの……祐介と付き合ってたけど、本当はお互い言い寄られるのが面倒だっていう利害が一致しただけの関係だった……バレたらめんどくさいから彼氏彼女って事にしてたけど、あたしが好きなのは恭だけ……」
いきなりそんなカミングアウトされましても……
『唐突過ぎるだろ……』
独白もそうだが、内容も内容だ。あまりにも唐突だ。きっと目の前で同じ事を言われたら処理落ちしないまでも『は?』ってなる
「目が覚めたら一番最初にこの気持ちを伝えたい……世界中の誰よりも恭、貴方が好きだと」
由香は依然としてベッドに顔を埋めたままだから表情は見えない。
『いやいや! まずは瀧口の黒い噂の真実の説明が先だろ!』
聞こえないと知ってても突っ込まずにはいられない。悲しいかな、変人に囲まれていると突っ込みを入れるクセが付く
「あたしの気持ちを伝えた後で祐介の黒い噂。その真実を言うね……だから……だから戻ってきて……」
『いや、先に噂の真実から伝えろよ』
意識不明状態の俺を心配するあまり泣き続け、自分の気持ちを伝えると決意する由香と普通に突っ込みを入れる俺。温度差が酷いなぁ……
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