「当分働きたくねぇなぁ……」
スタジオを出て空を見上げると光輝く太陽。スマホを見ると時刻はちょうど十二時を回ったところ。飛鳥、琴音、藍、由香から不在着信があったが、全部無視だ無視。文化祭の準備って気分じゃねぇし
「マジで誰もいないところに一人で行きてぇ……」
文化祭の準備をサボってのんびりしようと思ったところで茜と真央に取っ捕まり、アニメの収録スタジオに連れ込まれ、怪現象に見舞われる。今日ほど全てを捨てて一人きりになりたいと思った事はない。あの怪現象については幽霊側の単なるイタズラだった。曰くアニメ好きの声優志望だったが、病気で早くに命を落としてしまったが、夢は捨てきれず、声優事務所やアニメ制作会社、収録スタジオを彷徨っていたところに茜と真央が出るホラー系アニメの収録に出くわし、ちょっと驚かしてやろうとしたところ、面白くなってエスカレートしたとの事。マジしょうもねぇ……
『きょうが一人になろうとするのは勝手だけど、お母さん達がいるから絶対に一人にはなれないよ~』
『恭様を一人になんてさせないわよ』
「そりゃどうも。別に二人が着いて来る事に関してはどうでもいい。茜達声優や藍、飛鳥、由香といった面倒事を持ってくる連中から離れられれば俺はそれでいいんだよ」
幽霊二人組が着いて来る件については諦めた。強引に引きはがそうと思えば可能だが、霊圧を探られ見つかるのは目に見えている。だったら連れてった方が百倍マシだ
『きょう……』
『恭様……』
「はぁ……飲みモン買いに行くか……」
飲み物を買って来ると言ってスタジオを抜け出した手前、手ぶらじゃ戻れない。別にこのままトンズラこいても俺的には構わない。あの怪現象の犯人について茜と真央は収録開始時から知っていて何でもドッキリをしたいから他の連中には言わないでくれと言われ、承諾したらしいしな。早織達が何も言わなかったのは別に害はないと思ったから言わなかっただけとの事で、幽霊の方も前情報として声優コンビから俺の事は聞いてたらしいから怯え一つ見せなかった。見事に女共の策略に嵌ったというわけだ
俺は茜と真央の声優コンビの行動に溜息を吐き、近くのコンビニを目指した。爺さんといい、茜達といい……
「めんどくせぇなぁ……」
収録スタジオの怪現象に文化祭の準備。一つは終わった事だが、もう一つは終わってない。凛空君の一件も含めると今の俺に必要なのは労働ではなく癒し
「このまま旅にでも出るか」
『いいんじゃない? きょうにだって休息は必要だと思うし~』
『私達は恭様と一緒にいられるのならそれでいいわ』
「んじゃ、満場一致で旅に出るか」
コンビニではなく駅へ向かった。文化祭の準備? 茜と真央が待ってる? 知るか。俺は自由気ままな旅に出る。以上
駅に着いたところで問題発生。それは────
「どこ行くか決めてなかった……」
そう。行き先だ。旅に出ると意気込んだはいいが、どこへ行くか決めてなかったら旅に出ようがない
『自由な一人旅だったら適当な場所でいいんじゃない~? お母さんはきょうと一緒ならどこでも構わないからさ~』
『適当な電車に乗って適当な場所で降りればいいじゃない』
幽霊二人は気楽なモンだ。金の心配しなくていいんだからよ。だが、俺は違う。どこに行くにしても金がかかるし、限度額だってある。つまりだ、自由気ままな旅とは言っても俺の財布にある金が使える範囲での場所にしか行けない。財布の中を確認すると……
「二万三千円……宿の事も考えると行ける場所は限られてくるな……」
財布の中に入ってるのは二万三千円。そこから宿代を引くと使えるのは精々三千円。三千円じゃそう遠くには行けない
「どうしたもんかなぁ……」
爺さんに頼むという手はなくはないが、同居人達にバラされたらと考えると安易に頼るわけにはいかない。アイツらにバレたら何をされるか……考えただけでも恐ろしい
「俺に自由はないのか……」
財布に入ってる金額と頼りになる奴が周囲にいない自分が恨めしい……。俺が肩を落としていると不意にポケットに入ってるスマホが振動した。取り出してみると……
「爺さん? 何の用なんだか……」
爺さんからの着信。面倒事に巻き込まれた後でコイツの相手はしたくねぇんだが……出ないと永遠に掛け続けてくる
「仕方ねぇか……」
仕方なく俺は電話を取った
『もっし~☆ 恭~? お爺ちゃんじゃよ~』
取るんじゃなかった……
「何だよ? はぁ……気色ワリィな」
『なんじゃ、釣れないのぅ~』
「俺が釣れないのはいつもの事だろ。それより、何の用だ? アホみてぇな用だったら切るぞ?」
『そう言うでない。ちとお前さんに泊ってほしい旅館があってのぅ』
「旅館ねぇ……別にいいけどよ、泊まるからには条件出させてもらうぞ」
爺さんの持って来た話は今の俺にとって渡りに船。断る理由はないのだが、同居人達にバラされたら面倒だ。条件の一つ出しても罰は当たらないだろ
『中身にもよるが、儂が呑める範囲でなら聞こう』
「何、大した要求じゃねぇよ。条件っつっても大したもんじゃねぇ。泊まるのは構わねぇけど、滞在期間の決定権を俺に寄越す事と居場所等を零達に絶対言わないでくれればアンタの頼みを聞いてやるっつーだけだしな。どうだ?」
滞在期間の決定権を寄越せというのは通るかどうか微妙なところだが、俺がいる場所を零達に言わないってのは通るだろ。俺にだって癒しの時間というのは必要だしな。果たして爺さんはこの条件二つを呑むかだ
『そんな事でよいのか?』
「ああ。同居人連中と学校、親父達に居場所さえバレなきゃそれでいいからな。それにだ、好きな時に帰宅できた方が何かと都合がいいんだ」
『元よりそのつもりじゃ。若者の意見を取り入れたいという事で長居してもらう予定じゃったしな』
「さいですか……んじゃ、今から言う駅に向かえを寄越してくれ。ついでに俺の生活に必要なものを一式用意しておいてもらえると助かる」
『分かっておる』
「ならいい。俺の居場所は────」
自分の居場所を伝え、電話を切る。そして……
「ご都合主義過ぎるだろ……」
俺にとって都合の良すぎる展開になった事に対して脱力。ご都合主義にも程がある。どこぞのネット小説じゃあるまい。こうも都合よく事が運ぶと逆に後の事が不安で仕方ない
『いいんじゃない? きょうは今まで頑張ったんだしさ~』
『たまにはご都合主義に乗っかっても罰は当たらないわよ』
「そうか? そうだといいんだが……」
今後の展開に一抹の不安を覚えながら俺は爺さんの迎えを待った
爺さんの迎えを待ってからしばらく────
「恭殿! 拙者達に黙っていなくなるだなんて酷いでござる!」
「グレー! 約束したよね? 私達を置いて行ったりしないって!」
声優二人組に見つかってしまった
「マジかよ……」
言い訳するのも面倒になった俺はガックリと項垂れる。まさか見つかるとは思ってなかった
「マジかよじゃないでござる! いつまで経っても戻って来ないと思ったら……こんなところで何をしているでござるか!」
「ちゃんと説明してくれるよね? ね!」
不安的中。ご都合主義には必ずビックリするどんでん返しが付き物だ。俺にとってのどんでん返しは彼女達に見つかった事に他ならない
「はいはい、ちゃんと説明するよ。すりゃいいんだろ……」
俺は茜達に嫌気が差したところを軽くぼかし、爺さんにどっかの旅館に泊まってほしい事を掻い摘んで説明した。人気声優の茜と真央だ。着いて行くと言い出しはするだろうけど、簡単に休みが貰えるわけがない
「ふーん、グレー一人で旅館に宿泊ねぇ……」
「恭殿は拙者達を置いて一人でご旅行でござるか……」
女が絡んでないのに茜と真央の目からハイライトが消えてるのは何でだろう? 爺さんの頼み事聞いただけだから俺は悪くないよな?
「ああ。爺さんの頼みでな。何、二~三日で帰って来るさ」
彼女達の目に光がない事にはあえて触れず、適当な滞在期限を告げるも……
「「ふ~ん」」
以前として真央達の目に光が戻らない
「何だよ? その目は? 疑ってるのか?」
「疑っているでござる」
「うん。グレーの事だからお爺さんに泊る条件として滞在期間の決定権を寄越せとか言ってそうだもん」
鋭すぎるだろ……盗聴でもしてんのか?
「ンな事言ってねぇよ。爺さんに若者の意見を取り入れたいから二~三日は滞在してくれとは言われたがな」
はい、ごめんんさい。嘘吐きました。本当は滞在期間の決定権を寄越せって言いました。知られたらめんどくさいから言わないけど
「ふ~ん……」
「疑わしいでござる……」
「ほ、本当だっつーの!」
茜と真央のジト目に俺は思わずたじろぐ。バレたら俺の計画が全部水の泡だ
「信用できないなぁ……グレーって突然いなくなる事あるからさ~」
「恭殿は首輪付けておかないとすぐどこかへ行ってしまうと零殿達から聞かされてる故、信じろという方が無理でござるよ」
茜も真央も俺の事をよくご存知で。でもなぁ……一緒に連れてくわけにはいかないんだよなぁ……二人は人気声優で社会人。仕事の休みが簡単に取れる立場じゃない。俺みたいに通信制高校に通ってるわけじゃねぇし
「どうやったら信じてくれんだよ……あれか? 一緒に連れてけば信じてくれんのか? それは無理だろ。二人共人気声優で社会人なんだから簡単に休みが取れる立場じゃないんだしよ」
一般企業だって有休を取る時は前もっての申請が必要だ。人気声優ともなると出てるアニメは一つじゃないし、アニメ関連のラジオ等の収録だってある。簡単に休めはしないのは明白。今回は俺の────
「何をしているんじゃ? 恭? それに、茜ちゃんと真央ちゃんも」
勝ちを確信したところで第三者────爺さんが乱入してきた
「何ってアンタ待ちだよ。待ってる間に茜と真央に見つかって旅館の事を話したら自分達も連れてけって言い出して困ってたんだ」
「そうじゃったか……別に茜ちゃん達を連れて行くのは構わんぞ? その旅館ここから近いしのう」
「え!? いいんですか!?」
「それは真でござるか!?」
「うむ。まだ開業しとらんが、あそこなら茜ちゃん達の仕事場に行く分にも近いじゃろうし問題なかろう。後は恭次第じゃが……」
爺さんは俺に視線を向ける。彼に倣って茜達もこちらを見る。涙を溜めながら
「好きにしてくれ……」
断ると面倒な予感しかしなかった俺は力なく選択を茜達に委ねるしかできなかった。俺の一人旅が始まる前に終わりを告げた瞬間だった
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