「…………何でだよ」
俺がトイレから戻ると……楽しそうに談笑している蒼達の姿があった。こっちは面倒事が増えてどうしたものかと頭を悩ませてるってのに……悩みの種達は楽しそうに談笑。理不尽じゃね?
『こ、これは……』
『思った以上に大変そうね……』
目の前で談笑する蒼達に理不尽さを感じている俺とは違い、深刻そうな顔をする早織と神矢想花。生者と死者の温度差に俺の頭痛がさらに酷くなる。ここらで優先順位というのを決めておくか
「はぁ……帰るか」
談笑している蒼達に気付かれないようにコッソリ居間を出て玄関に向かう。助けてって言われた時に何とかすればいいだろ。頼まれてもいない事を俺はやらない主義なんだ
凛空君の家を出て夕暮れに照らされた住宅街を一人歩く。出る前に早織達に一条家にいる幽霊の話を聞いていけと言われたが、俺は一睨みで一蹴。面倒事が増えて怠い上に案内されてすらいない仏間に今日来たばかりの俺が勝手に入るわけにはいかないのだ
「俺、何しに行ったんだ……」
悩みを聞いてやってくれと言われて連れ出され、来てみたらこれだ。蒼が嘘を言ってるとは思わねぇが、凛空君の警戒心が強いというか、被ってる仮面が分厚過ぎるというか……何かを聞き出すのは骨が折れそうだ
『きょう……』
『恭様……』
「何だよ? 言っとくがな、今の凛空君にはどんなアプローチをしても無駄だぞ。かつての俺と同じだってっつーなら解かるだろ? 特に早織」
『それは解ってるけど……』
「だったら今の凛空君に回りの人間がしてやれる事なんてないのも解かるよな?」
『う、うん……』
「ならこのまま帰っても大丈夫だろ。凛空君が抱えてる悩みなんて分かんねぇが、中学時代の俺と似通った状況だって言うなら放っておけ。ダイレクトに悩みを聞いたところで誤魔化されんのが関の山だ。分かったら過度な干渉させようとすんな。二人共な」
『わ、分かったよ……』
『だ、だけど────』
「だけども何もあるか。苦しいの一言すら言えない奴にこっちからあーだこーだ言っても無駄だ。凛空君が空元気振り撒いてるなら周りにできる事はないんだよ」
周りができる事があるとすれば息切れを待つのみ。あれこれ世話を焼いてやると吐くものも吐かない。今の俺達にできる事は何もない。俺は神矢想花を強引に黙らせると無言で歩く。蒼に文句を言われるのなんて知るか。苦しんでる奴が目の前にいたとして、何とかしてやりたいと思うなら空元気を今すぐ止めろ、もっと周りを頼れと言ってやるくらいできたはずだ
住宅街を抜け、バス停前まで着いたが、とてもバスに乗る気分じゃなく、スルー。いつもなら到着時間を確認してその場で待つのが灰賀恭なのだが、今は一人でいたい気分なのだ。凛空君の姿が昔の俺とダブるなんて事はない。彼は俺より恵まれている。だが、恵まれた環境故に彼が本音を吐き出す機会を失っているような気もしなくはない。俺的には大変よろしくない環境だ
「どっかで本音をぶちまけさせないといけないよなぁ……」
夕暮れの空に呟いたところで意味を成さないのは解っている。解っていても呟かずにはいられない
「なるようにしかならなぇか」
『きょう……』
『恭様……』
助けてやって欲しいと言われて来てみたらこれだ。俺は何のために自分の時間を他者の為に消費したのか分からない。バスに乗ってまで来たのに収穫はゼロ。交通費を無駄に使っただけとか割に合わなさすぎるだろ
「コンビニにコーラでも買いに行くかな……」
凛空君を救ってやってほしいと言われても俺にはどうしようもない。空元気振り撒いてろ
『コンビニでコーラ買うなら四本買ってくれないかな~?』
『そうね。そっちの方がいいわね』
「何でだよ?」
俺は訝し気な目で幽霊二人を見る。コンビニにコーラでも買いに行くかなとは言ったが、コーラを買うと確定したわけじゃない。もしかしたらコーヒーかもしれないんだぞ? それにだ、何で四本も必要なんだよ? 二リットルを買うかもしれないのに。いや、さすがに二リットルは買わんけどよ
『凛空君の家にいる幽霊がコーラ大好きなんだよ~。それに、手ぶらで仏間に行くよりも手土産があった方がいいでしょ~?』
早織さん? 俺は帰るって言いましたよね? 戻る前提で話をするの止めてもらっていいっすか?
「俺はこれから家に帰るんだよ。戻る前提で話すんな」
『恭様、帰るのは構わないけれど、蒼君と琴音さんになんて言い訳するの? 黙って帰ったって言ったらきっと怒られるわよ?』
『そうだよ~、蒼君も琴音ちゃんもすっごく怒ると思うよ~?』
神矢想花と早織の言う事は正論過ぎてぐうの音も出ない。二人の言う通りこのまま帰ったら怒られるのは目に見えている。適当に凛空君が本音をぶちまけないんだから何もできないとか言っとけばどうにかなりそうなんだが……
「現状俺にできる事は何もないとか言っとけば大丈夫だろ。実際できる事なんて何もねぇしな」
ポッと出の奴がいきなり最近悩んでる事ないか? なんて聞いたら単なるお節介だ。かと言って蒼にちょっと凛空君と殴り合いの喧嘩でもしてこいとか言ったら普通にヤバい奴。ここは放っておくのが得策だ。そう、普通ならな。だが、俺は幸か不幸か幽霊が見えてしまう。早織達の言うように手土産を持って仏間に入るのも悪くはないと思う。ただ、そうなったらそうなったで問題も出てくる
『二つの面倒事に直面してるきょうに蒼君と琴音ちゃんを黙らせるだなんて事する気力あるの~?』
『早織さんの言う通りよ。今までは強引な手段が通用したかもしれないけれど、今回ばかりはそうもいかないわよ? きっと蒼君は黙って抜け出した事をもの凄く怒ると思う』
「はぁ……仕方ねぇな」
俺はスマホを取り出すと蒼に電話を掛けた。怒られるのが面倒だから今から言い訳をしようとか、めんどくさくなったから帰る事を伝える趣旨の電話じゃない。幽霊が見える俺だからこそできる事をするための下準備の電話だ
『もしもし……』
電話に出た蒼はそれはそれは不機嫌だった。声がいつもより低い
「もしもし。言っときたい事があって電話したんだけどよ、今いいか?」
『いいですけど……恭さん、トイレって嘘吐きましたよね?』
早速痛いとこ突いてきたな……。本当の事を言うと火に油注ぐだけだが、かと言って今回ばかりは適当な言い訳でその場を逃れようって狡い真似はしない
「まぁな。ちょっと手土産が必要だったからトイレって嘘言って外へ出たんだよ。それより聞きたいんだが、凛空君って父親か母親のどっちか亡くしてねぇか?」
『父親ならボク達が中一の頃に事故で死んでますけど……それがどうかしました? 今回の事と何か関係あるんですか?』
「それをこれから本人に聞くんだよ。ワリィんだけどよ、俺が戻ったらどっかのタイミングで仏壇に行けるように取り計らってくれね? 後は俺がどうにかすっから」
『は、はぁ……それで凛空が救われるなら……』
「救われるかどうかは知らねぇけど、前には進むと思うぞ? とにかく、そういう事だからよろしくな」
『は、はい。念のため確認ですけど、本当に面倒になって帰ろうとかじゃないんですよね? ちゃんと戻って来ますよね?』
どんだけ疑り深いんだよ……
「面倒になってとかじゃねぇし、ちゃんと戻るっつーの」
『なら安心です。ではまた』
「ああ」
電話を切ってスマホをポケットへ戻す。そこまで疑うなら俺に泣きつく前に本音を聞き出せばいいものを……
「めんどくせぇ……」
俺には友達と呼べる人間がいない。だが、蒼と凛空君の関係が非常に面倒なものだというのは何となく分かる。蒼がこれまで空元気の凛空君にどうアプローチしてきたかは分からない。悩みないか聞き続けてきたのかもしれないし、時間が解決してくれると見守ってきたのかもしれない。そもそもが凛空君が父親を亡くしたからおかしくなったのだと決めつけるのは早計だ。もしかしたら別の何かが原因なのかもしれない。考えるとキリがない
「さっさとコンビニで買うモン買って戻るか」
『そうした方がいいよ~、夕ご飯の事もあるしさ~』
『長居させたら凛空君のご家族にも蒼君達にも迷惑よ』
「だな……」
俺は面倒な人間関係を構築してくれやがった同居人の男の娘を恨めしく思いながらもコンビニを目指した
コンビニでロング缶コーラを買って一条家に戻ると玄関先には蒼と琴音、凛空君と最初に顔合わせした女性二人、それと、スーツ姿の眼鏡を掛けた真面目を絵に描いた女性と金髪のザ・ギャルみたいな女性の姿があり、一度立ち止まる
「事情を説明する奴が二人増えちゃったよ……」
蒼と琴音だけだったら説明するのも楽なんだが……凛空君達事情を知らない組にも説明するとなると怠い、めんどい、逃げ出したい。かと言って説明なしじゃ確実に反感を買う。とにかく、今は説明よりも凛空君の亡くなった父親とやらに会う方が先だ。俺は全てを天に任せ、空を見上げる。日が落ちてきてるからか薄暗く、星が点々と光っている。感じ的にもうそろ飯時か……
「今日は最低限できる事だけして早めに帰るか……」
俺はこれからのプランを決め、歩き出した
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