爺さんに誘われ、駐車場へ来た俺。気温は昼よりは低いものの、何とも言えないムワッとした暑さで飲み物の一つでも持ってくればよかったと後悔させられてしまう
「んで?話って何だよ?説教なら俺は戻るぞ」
日中の変質者騒動に関してなら零達に説教をされていて聞き飽きている
「儂は説教などせんよ。零ちゃん達が代わりにしてくれたからのう」
穏やかな笑みを浮かべる爺さん。説教じゃなかったら何なんだ?
「説教じゃなかったら何だ?アレか少しは外へ出ろっていう小言か?」
「いやいや。恭は自分からは外へ出なくとも零ちゃん達が誘うか必要があれば外へ出るじゃろからその話でもない」
「じゃあ、何だ?盃屋さんが金欠になった理由でも教えてくれるのか?」
盃屋さんが金欠になった理由を俺は何一つ聞いてない。興味がないのもそうだが、本心じゃ金欠になった、家がなくなったなんて話は聞き飽きていた。春先から今に至るまで途中、遭遇しない時期もありはしたが、拾ってきた奴の大半が金欠。例外は東城先生のみだ
「ああ、その話もせんといかんのう。まぁ、真央ちゃんの金欠は単なるいつでも引き出せる金が底を突いたからって単純なものじゃ。と言っても恭にはいまいちピンと来ないじゃろう」
当たり前だ。そもそもがいつでも引き出せる金と決まった時にしか引き出せない金など聞いた事がない。ATMはそこら中にある。コンビニATMは結構遅い時間帯まで稼働してるから金がないなんて事態にはならないと思う
「まぁな。俺はまだ自分で金を稼ぐ事も口座に金を入金した事もない。あるとしたら親父から金を引き出しておいてくれと言われて夜間帯にコンビニATMを使ったくらいだ」
正直俺はコンビニATMは好きじゃない。普通のATMなら手数料は掛からないものの、コンビニATMは幾ばくかの手数料が掛かるからだ
「恭弥……。あの阿保には今度儂から説教をするとしてじゃ。恭は真央ちゃんの事をどれくらい知っとる?」
「人気声優って事と過去にやらかしたって事くらいだ。実際、俺は彼女がいつデビューしたかとか、誰と仲がいいとかは知らない」
デビュー時期を知らないという事は来歴とか人物についてなど以ての外。早い話が俺は彼女の事をほとんど知らないのだ。ネットで調べればいくらでも声優になったキッカケとかは分かるだろうけど、ネットの情報など本当かどうか分かったものじゃない
「そうか。じゃあ、彼女が両親の為に貯金をしているって事は知らないという事じゃな?」
「ああ、知らねぇな。ネットで調べて深く知ろうと思うほど俺は声優に入れ込んでねぇし」
俺の声優知識など所詮は俄か。他人と語り明かせるほどのものじゃない
「人の興味はそれぞれじゃからそれについては何も言わん。して、彼女が両親の為に貯金していると聞いて恭はどう思った?」
自分の両親の為に貯金をしている。それを聞いてどう思ったかと聞かれても有り体な答えしか出ない
「そうだな、偉いと思った。自分の親の為に貯金できるだなんて親孝行な娘じゃないか」
俺なら両親の為に貯金しようとは思わない。お袋の為ならと思うと吝かではない。親父に対しては……現状、義母である夏希さんと義姉である由香がいる事を考えると躊躇われる部分しかない
「本当に有り体じゃな。まぁ恭に気の利いた答えなど最初から期待しておらんかったからいいんじゃが」
このジジイ……、霊圧使って押しつぶしてやろうか?
「意見を求めておいてそりゃねーだろ」
俺は爺さんへの殺意をグッと堪えながら返す。何だかんだで今まで助けてもらってる身としては下手に逆らうのは得策ではない
「真央ちゃんの話を聞いて恭がどう思うかを試したかっただけじゃ。ぶっちゃけ、恭が外道回答をしたとしても儂は今の返した方をした」
「そうかい。んで?本命の話ってのは何だよ?盃屋さんが両親の為に決まった期間が経過しないと引き出せない口座に貯金してるって話をするためにここに連れてきたんじゃないんだろ?」
盃屋さんの話をするだけならキッチンで十分だ。それをしないという事はそれなりに重要な話があったに違いない
「そう急かすでない。全く、せっかちな男はモテないぞ恭」
「うるさい。別に俺はモテたいと思って日常生活を過ごしてないからいいんだよ」
俺としては異性にモテるという事に対して重要性というのを感じてない。人間、恋をする時はする。例え相手がどんな容姿だったとしても
「欲がないのう……」
「堅実に生きていると言え。それで?本命の話って何だよ?」
このまま爺さんが恋バナを続けるのなら早急に部屋へ戻ろう。何が悲しくて祖父と恋バナなどせにゃならんのだ
「本当に恭はせっかちじゃ……、それはさておき、恭」
「んだよ?」
重要な話は大抵爺さんから聞かされる事が多い。ゴールデンウィークの事がいい例だ。本来ならその手の話は当事者である親父からされてもいいと思う。俺は今回も親父の代わりに爺さんが実家関係の行事を伝えに来たと思っていた。爺さんの口から衝撃発言があるまでは
「最近早織さんとは仲良くやっとるか?」
「はい?」
爺さんが何を言っているのか解からない……。何で今このタイミングでお袋の名前が出てくる?
「おや?恭は耳が遠くなったかのう?」
耳が遠くなったわけじゃない。ちゃんと爺さんが何を言ったのか聞いていた。その言っている内容が理解出来ないだけで
「ちゃんと聞こえていたよ。俺が理解出来ないのは爺さんが言ってる事の内容だ」
「はて、儂はただ恭と早織さんが仲良くやっているかを聞いただけなんじゃが?」
「そこがおかしいって言ってんだよ。お袋は俺が中学の頃に亡くなっただろ?なのに何でその亡くなったお袋と仲良くやってるか聞いたのかが理解不能だ」
普通の奴が聞いてたら爺さんの発言は単なる頭のおかしな奴のそれか物忘れの激しいボケ老人の発言に過ぎない。特に事情を知っている人間が聞いたら尚の事だ
「恭にはまだ言っとらんかったが、儂は恭よりもずっと前から早織さんの事見えとった」
衝撃発言パート2。え?何?どういう事?
「え?何?爺さんお袋の事見えてたの?」
「うむ!それに、最近じゃ新しく四人増えとったな」
爺さんの言う四人とは千才さん、紗枝さん、紗李さん、麻衣子さんの事だと思う。って、ちょっと待て! 話が急過ぎる!
「えーっと……、どういう事?」
俺は大抵の衝撃発言や不測の事態には驚かない自信がある。それは俺の幼少期が原因なのだが、今は割愛。それはそうと、爺さんにお袋の姿が見えるって何がどうなっているんだ?
「どういう事も何も儂は仮にも一企業の長じゃ。息子の結婚相手の家くらい調べるわい」
いやいや、普通の親は息子が結婚する相手の家なんて調べませんよ?
「いや、普通の親はンな事しないからな?」
「え?しないの?儂だけ?」
何だ?その意外そうな顔は?しねーよ!
「ああ、爺さんだけだ。それで?爺さんが何を思ってお袋の実家を調べたのかは知らんけど、それと爺さんがお袋の姿が見える話と何の関係があるんだ?」
親父もだが、爺さんの奇行に突っ込んでたら精神が持たない
『そこからはお母さんがお話するよ~』
今まで黙っていたお袋が初めて口を開いた。ドラマとかなら秘められた壮絶な結婚秘話や出生秘話などが語られ、それを聞いた主人公が苦悩するという展開がこの後に待ち受けているのだが、俺は両親の惚気話など聞きたくないという気持ちで一杯だった
「そうしてもらえるかのう、早織さん」
『はい。という事でここからはお母さんがお話するね~』
何がという事でなんだ?話の展開が見えないぞ
「話の展開が全く見えないのだが……」
『まぁまぁ、何でお義父さんがお母さんの姿が見えるかって言うとね~』
シリアスの欠片も感じさせない雰囲気のお袋。それもそのはず、爺さんがお袋の姿を見る事が出来るという事はだ、理由は粗方想像がつく。というより、若かりし頃のお袋が爺さんに俺と同じ事をしたからに他ならない
「ああ」
それでも俺は一応、話を聞いている事をアピールすべく相槌を打つ
『お母さんがお義父さんに力を分けたからだよ~』
ほら、想像通り。理由は想像通りだが、渡したタイミングだ。
「だろうな。俺も零達に同じ事をしたんだ、それくらいなら想像がつく」
『うん、きょうならそう言うと思ってたよ~』
「それはいいとして、いつ力を分けたんだ?親父がお袋を彼女として爺さんに紹介した時か?」
『ううん、恭弥がお母さんを彼女としてお義父さんに紹介してくれた時はまだ実家の事すら話してなかった。力を分けたのは結婚披露宴が終わって恭弥が酔い潰れてた時だよ』
力を分けた時期は分かったものの、リアクションに困る。酔い潰れてた親父に突っ込めばいいのか、爺さんとお袋が何を話していたのかを聞けばいいのか……どっちなんだ?
「あー……とりあえず何で力を分ける事になったのか聞いていいか?」
そもそも爺さんがお袋の実家について何をどれだけ知っていたかを聞くのが先だと思う俺だが、あまりの急展開に思考が追い付かず、聞くタイミングを逃してしまった
『それは単純明快、恭弥には私の家は神社って軽く説明してそれで済んだんだけど、お義父さんはさっき説明があった通りお母さんの実家を調べ、その実態を知った』
「その説明で納得する親父マジチョロいな。それで?」
『それで、息子が愛した女性だから実家がどんなのでも関係ないってお義父さんは言ってくれたんだけど、一つ問題があった』
その問題というのは言うまでもなく俺の事だろう
「その問題って……」
『うん。きょうの事』
話の流れからすると俺にお袋の家系の血が濃く受け継がれるのではないか?という事だろうな……。父と母、どちらの血を濃く受け継ぐかなんてのは意図的にコントロール出来るものではない。そればかりは運を天に任せるしかないのだが……
「俺の事ってのはアレか?俺が親父の家系とお袋の家系、どちらの血を濃く受け継ぐかっていう問題か?」
『違うよ~』
違うんかい!
「じゃあ、何だ?」
『きょうだって反抗期あったでしょ~?』
「あったけどよ、それと爺さんに力を分けたのと何の関係があるんだよ?」
反抗期というのは成長過程でどうしても訪れてしまうものだ。反抗の度合いが子供によって違うから反抗期だったとしても大人しめの子供なら訪れたとしても分からないと思うけど。それと爺さんに力を分けたのとの因果関係が分からない
『あるよ~、だってお義父さんに力を分けたのはお母さんの子供だから大なり小なり力は持っている。でだよ?その子供が反抗期を迎えてお母さんの手に負えなくなったら今度はお母さんの家からお爺ちゃん達を呼ばないとでしょ~?でも、お爺ちゃん達だって簡単には来られない。それを考えてお義父さんに力を分けたんだよ~』
お袋が言わんとしている事は理解した。要するに幼い俺が暴走した時のストッパー役だ。反抗した記憶などないのだが、万が一俺が暴走し、お袋一人の手に負えなくなった時、母方の祖父母がまず呼ばれる。しかし、あっちにはあっちの予定がある。そうなった時のすべり止めとしてお袋は爺さんに力を分けた。といった感じなんだろうけど、何で親父にはそうしなかったのかが謎だ
「要するに俺が暴走した時にストッパーとなる手駒ってわけか」
『きょう~! 言い方悪いよ~?』
「事実だろ?そのストッパーに親父が選ばれなかったのは謎だが、とにかく、爺さんのお袋が見える理由は理解した。んで?何でいきなりこんな話を?」
いきなりこんな話をされた方としては驚く。季節的にそろそろホラーが映える季節だからか?
「うむ、季節的にそろそろホラーが映えるから見えててもよい頃合いかと思ったからじゃ」
やっぱり……、俺が成長したからとかじゃなかった。単にそういう季節だからって理由だけだった
「さいですか。とりあえず俺はお袋と仲良くやってるから心配すんな。あと、この話は盃屋さんと操原さんにはするなよ?イベントとかに駆り出されたりしたら堪ったもんじゃないからな」
暑さに耐えられなくなった俺は爺さんを残し、部屋へと戻った。まさか爺さんもお袋の姿が見えてるとは思ってなかったけどな! とりあえず俺の願いは盃屋さんや操原さんといったメディア関係の人に言いふらさないでいてくれる事だけだった
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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